3通目 手紙が作文になってしまう
週末明けの学校で、フローラ様が声をかけてくれた。
「ブライアント伯爵とはどうだった?」
興味津々、というよりは、どこか心配している響きの声色だった。
それもそうだ。
お相手は『鮮血の伯爵』と呼ばれるほどの猛者で冷淡といわれる伯爵。しかも年上。
「戦地帰りの軍人さんって感じでしたよ。顔のケガで話すのが大変そうでしたから、お手紙を交換することにしました」
私は素直に会った時の感想を述べた。
「そう。ブライアント伯爵は息子のセドリック様の結婚相手を探すのに躍起になっていたみたいだから。何事もなかったのなら良かったわ」
フローラ様はホッと息をつく。
確かに、ブライアント伯爵からは熱意というか、切羽詰まった何かを感じた。
婚約者に捨てられた息子の結婚相手を探すことに必死だったんだろう。
戦地からの帰還を待たずに、他の男と結婚されたんだ。外聞は悪い。それは、まあ、お相手もだろうけど。
「尻軽女がっ!」
後ろから誰かの罵りが飛んできた。ビクター様の声だ。
フローラ様はジトッと非難の目を向ける。他の女子生徒たちも同様だった。
あーあ、女子を敵に回しちゃって。
どの口が言うのか。
私は振り向いてやらない。もう他人だ。構う理由がない。
「でも、お手紙って何を書けばいいんでしょうか?」
よく考えたら、友達同士でもお手紙のやり取りなんてしたことがない。
何を書いたらいいのか、よくわからなかった。
「日々の出来事とか、悩みとか、相手に伝えたいことを書けばいいのよ」
さらっと答えるフローラ様。
それが正しいお手紙のやり取りなのだろうけど、上手く書けるかしら?
放課後、四つ葉のクローバーが印刷されたレターセットを購入した。
寮の自室に戻って、早速ペンを握る。
『親愛なるセドリック様
先日はご足労頂きありがとうございました』
か、書けない。続く言葉が出てこない。どうしよう。
何を書けばいいのかしら。
勉強机に座ったまま、私は固まってしまった。
えーと、フローラ様からのアドバイスを思い出してと。
『今日は数学の授業がありました。公式が複雑で、計算を間違えないように細心の注意が必要でした。
また、社会の授業では、フェルマータ地方の地理について勉強しました。
特産の』
これじゃ、ただの作文だわ!
セドリック様に授業の内容を報告してどうするの、私!
ああ、何を書けばいいのか。さっぱりわからない。
自分からお手紙でやり取りしましょうなんて言っておきながら書けないなんて。
今日はもう、ペンを置こう。紙を無駄にしてしまいそうだわ。
翌日、教室でフローラ様から声がかかった。亜麻色の髪が楽しそうに揺れる。
「お手紙は書けた?」
何かを期待されている気がする。
「それが、書くと作文やレポートのようになってしまって……」
「真面目ねえ」
フローラ様が肩を落とす。なんか、申し訳ありません。
「でも、いい加減なことを書こうとしないのはエイミーの良いところよ。きっと相手方にも伝わるわ」
フローラ様のフォローが沁みる。いつも優しいフローラ様は天使のようだわ。
あんな作文みたいな手紙で、セドリック様に呆れられないといいんだけど。
大人の男性に稚拙な文章なんて送れない。
十歳の年の差なんて、まあ何とかなるだろうと思っていた自分を叱りたいわ。
「気負い過ぎずにね」
フローラ様はポンと私の肩を叩いた。
私が手紙に何を書くか悩んでいる間に、セドリック様からの手紙が届いた。
『親愛なるエイミー
先日は時間を作ってくれてありがとう。
それなのに、あまり話せなくて申し訳ない。
傷が治るまでまだかかりそうだ。しばらくは手紙のやり取りで許してほしい。
俺のことは聞いているかもしれないが、戦地に行く前は婚約者がいた。
しかし、俺の帰りを待つことが出来ず、他の男と結婚してしまった。
この年で同年代の未婚の女性はほぼいない。
勝手に父が進めてしまった婚約だったが、キミに出会えて良かったと思っている。
学校はもうすぐ夏休み前のテストがあるかな?
勉強が忙しかったら、返事はテスト後でも構わない。
頑張ってくれ。
追伸
キミの藍色の髪はとても素敵だと思ったよ。
セドリック』
セドリック様の手紙には誠実な言葉が並べられていた。本当にあの阿呆とは大違いだわ。
自分の事情も包み隠さず伝えてくれた。
卒業しているのだから当然だが、テストの時期も把握してくれている。
それに、この地味な藍色の髪を褒められたことなんてなかった。
な、なんか照れる。
これが大人の男性の書く文章なのね。
テストの後でもいいと言われたけど、これは返事を書かなきゃ。
まだテスト期間まで時間があるもの。
さて、何を伝えようかしら。
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