10通目 届かない手紙
年が明けても、セドリック様からの返事はこなかった。
ここまで期間が空いたことはない。雪で遅れているのかしら?
その程度のことだったらいいんだけれど。
それに最近、よくない噂も聞く。
一度、停戦条約を結んだ隣国が、再び人を集めている、と。
噂の出処がはっきりしないし、真偽を確かめようがないからすべてを信じているわけじゃない。
だけどもし、本当だったら。
セドリック様がまた戦地へ招集される可能性は十分にある。
卒業後、軍部に行く予定の生徒たちも顔色があまり良くない。
やっと停戦したのに、また戦争が始まるなんて、考えたくない気持ちはよくわかる。
ただの噂なら、それでいいんだけど。
人とは話に尾ひれをつけるのが好きだ。どんどん膨らんだ情報が飛び交う。
「エイミーの婚約者様は軍人なんでしょう? 何か聞いていない?」
婚約者が軍部に行く予定の女子生徒に尋ねられた。
でも答えることは出来ない。私も何も知らない。
「いえ、何も。お手紙が帰ってこないの」
「そう……」
女子生徒は少し悲しそうに頷いた。
大丈夫。セドリック様は約束してくれた。私を一人にしないって。
「ハッ! どうせ今頃、戦場で死んでんじゃねーか?」
ビクター様が鼻で笑った。
何人もの女子生徒がジロッと彼を睨んだ。今回は私も睨んでやった。
彼はたじろいだが、ほとんどの女子生徒を敵に回したことは大きい。
「そんなだから婚約を申し込んでも断れらるのよ」
「誰も浮気が原因で婚約解消された人と婚約を結ぼうなんて思わないわよね」
女子生徒たちがコソコソと言い合う。ただし、音量は大きい。
ビクター様の顔がカッと赤くなった。
婚約解消後、何件もの婚約を申し込んだらしいが、すべて断られたそうだ。もちろん、自業自得としか言いようがない。
社交界の情報網を甘く見てはいけない。
浮気の証拠を叩きつけられて婚約を解消せざるを得なかったオズボーン家。
そんな面白い醜聞は瞬く間に広がるに決まっている。
もちろん、家の評判は真逆だ。
破棄してもおかしくなかった案件だけに、解消を選んだ我が家の懐の深さを見せつける結果となっている。
女癖が悪い男と婚約を結ばせようなど、余程の理由がない限り、そんなことする親はいない。
今回の件で、私の婚約相手を選ぶ権限はお母様に移って本当に良かった。
でないと、また変な殿方を連れてこられていただろう。
お父様の男を見る目がないのは明らかだ。
おかげで、私はセドリック様という素晴らしい婚約者を得て、楽しく過ごしている。
ビクター様は真っ赤な顔をして私を指した。
「お、お前があんなことしなけりゃ、こんなことにはならなかったんだよ!」
いや、それを私にぶつけられても。
先にやらかしたのはあなたですよ。だからこんなことになっているんです。
みんな知っていますよ。
「その目が嫌いなんだ。ニコリともしねー面が気に入らねえ!」
今さら人の顔に文句言われても。隣でニコニコ笑っている女の子が欲しいなら、お人形でも買えばいいわ。
周囲から悲鳴が上がった。ビクター様が何を思ったのかハサミを持ち出したのだ。
走って近づいてくると、一本に結っていた私の髪の毛を乱暴に掴んだ。
ギュッと力任せに頭皮が引っ張られる。思わず喉から悲鳴が出た。
「痛っ!」
「うるせえ!」
ジャキンと嫌な音が聞こえた。周りに落ちるのは私の藍色。
「生意気なお前にお仕置きだ」
勝ち誇ったようにビクターが言う。
もう、許さない。
「お仕置きされるのはあなたのほうよ。これは立派な暴行罪にあたる」
私の言っていることがわからないのか、ビクターは嘲る表情を崩さない。
証拠になるから髪の毛は出来るだけ集めないと。
婚約解消の際、少し法律を勉強していたのが役に立つわ。
私が髪の毛を集めていると、ビクターは腹を抱えて笑い出した。
「そんなゴミ集めてどうしようってんだ? ああ、自分で掃除してるのか。感心感心」
私の意図に気付いたウェンディが集めるのを手伝ってくれた。広げたクリーム色のハンカチに藍色が乗っていく。
「お前、本当に自分が何をやったのかわかっているのか!?」
ランスロット様がビクターに詰め寄る。それでも彼の主張は変わらない。
「こいつが悪いんだ! こいつが俺をバカにするのがいけないんだよ!」
「バカなことしたのはお前が先だ!」
ランスロット様の言葉は届く気配がない。
「ホント、最低。自分のしたことがわかっていないの?」
「信じられないわ」
女子生徒たちが彼を蔑む。彼女たちに向かってハサミを振り回した。再び悲鳴が上がる。
「う、うるせえ! お前らもこうなりたいのか!?」
ランスロット様や他の男子生徒がビクターを取り押さえる。
騒ぎを聞きつけた先生も駆けつけたときには、教室の中は大騒ぎだった。
怯える女子生徒、ビクターを押さえつける男子生徒たち、髪の毛を拾う私とウェンディ。
先生が頭を押さえたくなる気持ちはわからなくもない。
「オズボーンは職員室に――」
「構いませんわ」
先生の言葉を私は止めた。そう、職員室なんかで、終わらせてやらない。
婚約『破棄』ではなく、『解消』を選んであげた温情を仇で返されたのだ。
今度こそ、しかと罰を受けてもらいましょう。
「然るべき措置を、取らせていただきますので」
この時の私は、笑っていただろうか。
お読みいただきありがとうございます!
次回、阿呆を(法律的に)ぶっ飛ばします。
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