祝!!これから始まる俺の物語!?
ガタゴトと一定の音を立てながら、修復されたフィアンセは夜の街道を走り続けていた。
車内の空気は、どこまでも重い。
俺は後部座席の隅っこで体育座りを決め込み、己の膝を見つめていた。
思い返せば返すほど死にたい。なんだよ、アルティメットパンチって。ペチッてなんだよ。しかもガチ泣きして白状するとか、男として終わってるだろ、俺…。
記憶がフラッシュバックする度に悶絶しそうになる。だが、そこで俺の非凡な脳細胞が、起死回生のギアを巻き上げ始めていた。
待てよ?そもそもバフが効かなかったのはミリオンの元値が低かったからで、俺のせいじゃない。それに、デコピン一発で死ななかった頑丈さと、あの怒涛の逃げ足は評価されるべきだ。ナギちゃんだって『守ろうとしてくれた』って感謝してくれたしな?
そう、生き残ったんだ。
生存戦略としては百点満点である。
よし…!次の現場でバチッとカッコいいとこ見せれば、今回の黒歴史なんて上書き保存されるだろ!
ものの数分でどん底から立ち直り、一人で勝手に納得する俺。我ながら鋼のメンタルである。
「みんな、今日は色々あって疲れたんじゃないかい?目的地のソラリアまではまだまだかかるから、朝までゆっくり寝ていていいよ」
運転席からベルトの優しく落ち着いた声が響く。
「ふっふーん、知らないんですか?道中の景色を楽しむのも楽しみなんですよ!それを寝て過ごすなんて、私から言わせればナンセンスです!」
「あっそ、俺は寝させてもらうぞ」
威風堂々と胸を張るミリーに対し、俺はそれ以上付き合う気もないと言わんばかりに背を向けた。
触らぬバカに祟りなしだ。
「なるほどな、一理あるぜ!確かに道中寝て過ごすのは損だよな!」
放課後「買い食い行こうぜー!」と誰かが叫んだ瞬間の、あのIQ二桁のノリである。
疲労感とは無縁のテッドは目を輝かせてミリーとガッツポーズを交わしている。完全に調子に乗った高校生のそれだ。
はいはい、若いね~。
心の中で生暖かい視線を送りつつ、嵐が過ぎ去るのを待つようにキュッと目を閉じた。
狸寝入りを決め込んでいれば、そのうち飽きて勝手に――
「ショウさんも!一人だけ寝逃げしようだなんてダメですからね!!」
「くぼぁ!?」
容赦なく両肩を揺さぶられ、せっかくの意識が覚醒した。目を開けると、ミリーが満面の笑みで俺の顔を覗き込んでいる。
「見てくださいショウさん!今、道端におっきなキノコが生えてましたよ!」
「知るか!俺には暗闇で見えねぇんだよ!ほいで眠いんだ俺は!!」
「そうだぜショウ!男なら朝まで完徹して、夜のテンションでくだらねぇ話を語り明かすのが常識だろぉ?」
「そんな常識は今すぐドブにでも捨ててやる!俺は寝るからな!」
「またまた~、恥ずかしがらなくていいんですよ~?」
「うっせバカ!」
そんな不毛すぎる押し問答を繰り広げること小一時間。
あんなに威勢がよかった二人はというと、
「んー…えへへ…うーん…むにゃむにゃ…」
「んぐがーー…」
俺を起こして満足したのか、拍子抜けする程あっさりと爆睡し始めていた。勝手すぎるだろコイツら…!寝付きの悪い俺への冒涜か?
「…はぁ」
静けさを取り戻した車内で、俺は思い溜め息を吐いた。
一度覚めてしまった目は、もう当分眠りそうにない。
ふと前方に目をやると、黙々とハンドルを握り続けるベルトの背中が見えた。
メーターの淡い光に照らされた彼の横顔からは、いつもの狂喜じみた愛車家の一面は影を潜め、静かな真剣さに満ちている。この横顔を見れば、女の人は全員一発で惚れるのではないだろうか。
「なぁ、ベルト」
「ん?あぁ、ショウ君。起こしてしまったかい?」
ベルトはバックミラー越しにチラリと俺を見ると、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「いや、騒がしいヤツらのせいで当分寝付けそうにねぇ…。…それはそうと、ずっと一人で運転してるんだろ?テッドにでも運転を押し付ければいいんじゃないか?」
「ハハハ、気持ちは嬉しいけど遠慮しておくよ。フィアンセの性格は僕しか扱えないからね。それに、ドライバーは僕の役目だ。みんなはゆっくり休んでていいんだよ」
「へ~」
疲れも見せずに愛車を走らせ続けるベルトの横顔を見つめる。コイツのレベルになると、運転はどんだけ連続しようとごほうびになるのかもしれない。
「…ベルト」
「ん?」
「…あいや、やっぱなんでもねぇ」
自分から話すのもなんだかカッコ悪くて言葉を飲み込んだが、静かに前を見つめるベルトさんは、全てお見通しといった様子で優しく目を細めた。
「昼間のことかい?」
「…あぁ」
「ショウ君、気に病むことはないよ。君は自分のできる限りのことをして、仲間のことを思って前に出た。そして自分の無力を素直に認めて泣けるのは、君が誠実な証拠だ。失敗してもすぐ前を向ける…それは立派な『強さ』だよ」
「……ッ」
大人な言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。
パニックになって全部ぶちまけた後とはいえ、正気を取り戻した今「あの時はただモテたかっただけです」なんて自分から認めるのは俺の残されたプライドが許さなかった。だが、なにも言わなくてもすべて汲み取った上で、こんな情けない俺を肯定してくれる人がいる。
「…ふん。次はちゃんと活躍するからな」
「フフ、楽しみにしているよ」
ベルトは優しく微笑み、車は静寂を切り裂いて走り続けた。ちなみに俺たちの車を待つため、第二部隊さんの馬車は同じところでずっと止まったままだ。ゴメンナサイ。
やがて東の空が白み始め、深い藍色が鮮やかな朝焼けへと塗り替えられていく。
雲海を抜けたフィアンセの視界が開けた瞬間、眼下に広大な大都市の姿が躍り出た。
朝日を浴びてキラキラと輝く美しい建造物群と、世界中から集まる人々を迎える賑やかな街並みが広がっている。
「うわぁ…!久々に来ますけど、本当に大きい街並ですねぇ!」
「んあ~…もう着いたんかぁ?」
ミリーの興奮気味な声に、目を擦りながらテッドが起きる。俺も窓から身を乗り出して外を眺めたが、ふと違和感を覚えて首をかしげた。
「綺麗な街だけどさ、聞くとこじゃダンジョンで有名なんだろ?ダンジョンなんてどこにも見当たらないけど…ただの山とか岩場だけじゃないか」
「おいおい、相変わらず節穴だなぁショウ」
テッドが意地悪くニヤニヤしながら、窓の外の山肌を指差した。
「よく見ろよ。あの岩影にポツンと開いてる不気味な穴とか、あの草むらの奥にある地下への階段。あーいう地味な穴っぽこが全部ダンジョンなんだよ」
「うーん、言われてもよくわからないな。もっとこう、禍々しかったり、魔方陣がドーンってあるもんかと…」
「ソラリアのダンジョンは昔からひっそり隠れているタイプが多くてね。だからこそ攻略甲斐があって、世界中から冒険者が集まって観光名所として発展したんだよ」
ベルトの補足を打ち消すように、テッドが「まぁお前じゃ入り口を見つける前に通り過ぎて迷子になるのがオチだな!」とガハハと笑う。
「うっせぇ!探検家気取りで穴堀りすんのがそんなに楽しいかよ!」
「ケケケ!そうかよ…ってあ!!あそこにダンジョン!」
「えっ!?うそうそどこどこ!?」
「ギャッハハハハ!!うぅっそぴょぉおーんww」
「ンモ○ね」
そんな軽口を叩き合っている間に、車は大門をくぐり、色鮮やかな看板や怪しいお土産屋の露店がひしめく活気溢れる街の中へと滑り込んでいった。
「いやはや、無事到着できたね。ここが数多のダンジョンで、栄える大都市、ソラリアだよ」
活気溢れる大通りを抜け、フィアンセはギルド指定の宿屋の前へと滑り込んだ。
車から降り立ち、両手を広げて深く息を吸い込む。
「つ、ついたぁぁぁあーー!!生き返るうぅう!!」
朝の爽やかな風が、長旅の疲れも昨日の羞恥心もすべて洗い流してくれるようだ。
そこへ、俺たちを追って同じ敷地に入ってきた馬車から、第二部隊の面々が降り立った。
一晩中俺たちの車を待たされていたせいか、リタが般若のような顔で歩み寄ってくる。
「…ちょっと、アンタら。途中で何回止まれば気が済むわけ?おかげでコッチは寒空の下で何時間待たされたと思ってんのよ!」
「いやぁ悪い悪い。コイツのフィアンセが調子崩しちまってよぉ」
「笑い事じゃないわよヘラヘラ隊長!…まったく」
降りてくるなり、腕を組んでガミガミと文句を叩きつけてくるリタ。
だが、運転席からベルトがフッと申し訳なさそうに微笑みながら車を降りると、リタの勢いがピタリと止まった。
「やぁ、リタ君。寒空の下で待たせてしまってごめんね。僕の運転に付き合わせちゃって申し訳ない」
「あ…い、いや…別に私は…っ。ベルトさんが謝ることじゃないでしょ!悪いのはヘラヘラ隊長と後ろでペチペチやってたバカ二人なんだから!」
ベルトに優しく謝られた瞬間、さっきまでの般若のような顔が嘘のように朱に染まり、視線を泳がせながら早口になるリタ。
あからさまに態度が違う。俺やテッドに対する雑な扱いとの温度差で風邪をひきそうだ。
「ぷぷぷ、ショウさんバカ呼ばわりされてますよ?」
「え?お前もバカ呼ばわりされてたぞ?」
「え…え?ヒ、ヒドイ!」
俺の指摘に、ミリーは目を丸くする。そして、自分の胸の前で手をパタパタさせてパニックになった後、がっくりと肩を落とす。
「うぅ~ショウさんはともかく、なんで私までバカ呼ばわりされないといけないんですかぁ…」
「いやいや、お前のせいで俺がバカ呼ばわりされるようになったようなもんだから同罪だろ」
「ショウさんのせいですー!ショウさんが弱いのがいけないんですー!」
涙目になりながら頬をぷくっと膨らませ、ぽかぽかと俺の腕をネコパンチで叩いてくるミリー。
「…ふん、とにかく無事についてくれたならいいのよ。べ、ベルトさんもずっと運転で疲れたでしょ。早く中に入りなさいよ」
ぷいっと横を向いて先へ歩き出すリタだったが、その耳の先端はあからさまに真っ赤だった。
「ふふふ、リタったら…素直じゃないわねぇ」
馬車から最後に降りてきたセレナさんが、口元に手を添えて上品に微笑んだ。
「でも、本当にお疲れさまでした。途中で少しトラブルはありましたが、怪我人もなく無事に到着できて何よりです」
「あ、あの…っ」
セレナさんの後ろから、ナギちゃんがおずおずと顔を出した。弓を大切そうに抱えながら、ペコリと控えめにお辞儀する。
「みなさん…長旅、本当にお疲れさまでした…!あの、ミリー…ちゃん…体調とか、大丈夫でしたか…?」
「はぁ~~~~ん!?なーにが『体調大丈夫でしたかぁ~?』ですか~~~~っ!?」
ナギちゃんの純粋な気遣いに対し、ミリーが露骨に肩を怒らせて噛みついた。
仲良くなりたいというピュアビームに対抗するように、ミリーは眼光から殺意ビームを放っている。
こんな場面バトル漫画でもそうそうお目にかかれない。
彼女がここまで反応する理由はただ一つ、ナギちゃんの、あのモデルのようにすらりと伸びたスタイルと、ぶかい服の上からでもわかる豊かなプロポーションである。
「私をなんだと思ってるんですか!?この程度の移動でバテるわけないじゃないですか!だいたいナギさんは私よりちょっと、ちょーーっと背が高くてスタイルが良くて胸が大きいからって調子に乗らないでくださいっ!」
「えっ…えぇっ!?ひゃいっ…すみません…?」
「言っておきますけどね!私だってこれから伸びるんです!この前だって身長149.46センチから149.52センチになりましたし、絶賛成長期なんですからね!」
「ぐっ…ミリー、やめなさい…自爆にしかなってないわよ…」
リタが苦痛に満ちた表情で額を押さえる。
そう、ナギちゃん本人は「ミリーちゃんと仲良くなりたいな」とおどおど寄っているだけなのだが、ミリー側の並々ならぬ身体的コンプレックスによる嫉妬と私怨が暴走し、勝手にバチバチ火花を散らしているわけだ。
「ふっ、俺なら君にそんな思いさせな――」
「相変わらず仲がよろしいことで。さ、二人ともそこまでにしなさいね?疲れも溜まっているでしょうし、まずは中に入りましょうか」
「……」
あー…入るタイミング間違えた。
セレナさんが静かな笑顔で二人の間に入り、優しく背中を促す。
「おう、そうだな!それじゃさっさとチェックイン済ましちまおうぜ!」
テッドがパンッと大きく手を叩き、ギルド指定の立派な看板が掲げられた宿屋の扉を威勢良く押し――蹴って開けた。
「すんませーん!予約頼んでた第二部隊の者とテッド様、後はテッド様親衛隊の雑用係一味でーす!」
「なに勝手なこと言ってんだ!あと扉蹴るな!」
宿屋の店内は、外の喧騒が嘘のように穏やかな温もりに包まれていた。
磨き上げられた重厚な木製の床、天井から吊り下げられた真鍮製のランプが明るい琥珀色の光を投げかけ、微かに香る焼きのにおいとハーブティーの香りが長旅の緊張をほぐしてくれる。観光都市ソラリアのギルド指定店だけあって、店内は上品かつ冒険者の憩いの場としての居心地の良さを完璧に両立させていた。
「いらっしゃいませ。ギルド指定宿へようこそ」
カウンターの奥から立ち上がったのは、仕立ての良いベストをスマートに着こなした、物腰の柔らかい初老の店主だった。ガキ大将の乱暴な入り方にも一切眉をひそめることなく、プロフェッショナルな完璧営業スマイルを浮かべて深々とお辞儀をする。
「第二部隊の皆様、そして…テッド様御一行ですね。お待ちしておりました。ギルドからの連絡通り、皆様のお部屋は既にご用意しております」
「へへ、さすが話が早ぇぜ!おい見ろよショウ、受付のじいさんまで俺のカリスマ性にひれ伏してんぞ!」
「ただの予約の確認だよ。あと、お前のカリスマじゃなくて、ギルドの根回しのおかげな」
調子に乗るテッドにすぐさまツッコミを入れつつ、俺は店内に目を走らせる。
広いロビーにはふかふかの革張りのソファや、ソラリアのダンジョンマップが飾られた掲示板があり、実に冒険心をくすぐる空間だ。昨日のデコピンの痛みがまだ少し残っている俺だったが、この上品な空気感には思わず心が踊ってしまう。
「ふむ、手入れが行き届いた良い宿だね。これならフィアンセを預ける駐車場にも期待できそうかな?」
「ベルトさん、車の心配より私たちの部屋の心配をしてくださいよぉ…」
「ハハ、そうだねミリー。店主さん、部屋割りはどうなっているんです?」
ベルトが爽やかに尋ねると、店主は手元の台帳を滑らかにめくりながら、確認するように言葉を続けた。
「はい、ギルド様からのご手配により、三階の特別フロアを丸ごと貸切とさせていただいております。皆様お一人ずつ、完全に独立した個室をご用意してございますので」
「えっ、一人一部屋!?マジかよ!ギルドどんだけ金持ってんの!?」
俺は思わず大声を上げると、テッドがフッと鼻で笑った。
「コイツぁギルドの金じゃなくて、俺たちの上が持ってくれてんだよ。なんたって、極秘任務だかんなぁ」
「あー…まぁそりゃそうか」
いくら極秘任務とはいえ、経費を湯水のように使える組織の太っ腹さに感謝しかない。難しい大人の事情は置いとくとして、重要なのは『俺に一人一部屋の完全プライベート空間が与えられた』という事実だ。
「まぁ、テッドみたいなヘンタイと同じ部屋にぶち込まれるよりは百倍マシね」
リタが心底ほっとしたように息を吐く。
「クックック…『部屋が違えば大丈夫?』いやぁ、違うなぁ~」
「ちょっと!ホントにやめてよね!ホントにこないわよね!?」
この男計りしれん。俺もたいがいだが、コイツのは常軌を逸している。
「ささ、皆様お疲れでしょう。お部屋の鍵はこちらになります。どうぞごゆっくりおくつろぎください」
カウンターにずらりと並べられた、部屋番号の刻まれた重厚な鍵。
「ほいたら俺たちが行動開始すんのは今日の昼からな。…あっ、そうそう、第二部隊のみなさん、いつでも俺の部屋来ていいですからね。ちなみに部屋の番号は――」
止まらぬテッドのセクハラ的発言から逃げるように、俺はそそくさと自分の部屋に避難する。
あんなものを毎回くらってなぜ良好な関係を築き上げているのだろうか?
「テッドのセクハラ回避よし、完全個室ゲットよし!条件は揃った…!見てろよソラリア、昨日までの俺は死んだ!今日から始まる俺の無双劇で、街中の冒険者をビビらせてやるぜ!フーッハッハッハッハッハーーー!!」
「…ショウさん、ここ私の部屋なんですけど。勝手に入ってきて何叫んでるんですか?お泊まりにはまだ早いと思うんですが」
シーーーーン。
マイ部屋のベッドの上で拳を突き上げた体勢のまま、俺の動きが停止する。
「あ、私の部屋303でした…。ここ302号室でしたね…」
「…」
「あの…その、なんかすみません」
「……いいよ」
(パタン…)
静かに扉が閉じられる。
俺の無双劇、始まる?
~続く~
ご視聴…じゃなくて、ご一読ありがとうございました!
また、やってしまいました。短めにまとめるつもりだったのですが、気付いたらまた文字数が溢れてしまいました(白目)。一通り書き終えた後、「どこ削ればええねん!(ビシッ!)」と一人でノリツッコミしてました。寂しくなんかありませんホントです。
次回こそはスマートな文字数を目指しつつ、ショウ君が楽しくすごせるように思考を巡らせておくとします。
では、また来週~。




