祝!!宝物ゲット!?
真面目なヤツと騒がしいヤツが同時に消えた時、残された空間に充満するのは『ロクなことにならない予感』だけだ。
ベルトはお堅い会議。ミリーは『推しのライブがあるんですよ!いってきます!!』とか虫の羽音かってくらい高い声で消えていった。
つまり現状、この第三部隊警察署の防犯レベルおよび倫理観は実質ゼロである。
ぬるくなったお茶をすすり、暇潰しで作り始めた『クリップをまっすぐ伸ばしたヤツ』が8個目に突入。平和なことは結構だが、男2人でやることもなく過ごす時間というのは地味に精神を削る。
(ギィ…)
テッドの部屋でゲームでもさせて貰おうかと考えていると、視界の下からヌッと逆さの顔が割り込んできた。
「そーいやよぉ、こんな話聞いたことあるか?」
見やれば、テッドはソファーの背もたれに脚を投げ出し、頭を床に向けてだらりと垂らしている。まさに普通に座っている状態をそのまま上下逆さまにしたような、ダメ人間レベルマックスな体勢だ。
帽子と頭が一体になっているようで、テッドの帽子はご主人様の頭にガッチリと捕まっている…従う相手は選んだ方がいいぜ?帽子さんよぉ。
「んだよ、俺は今このクリップを伸ばすので忙しいんだが」
「つれねぇこと言うなよなぁ。…実はな、最近ここら辺で『違法なブツ』の取り引きが行われてるって噂があんだ」
「放置でいいだろ。まだ確定してもねぇのにバカと二人三脚でありもしねぇブツを探すってか?それなら一日中木目を数えてた方がよっぽど有意義だぜ」
ムエタイの膝のように鋭い暴言に、テッドは口を一文字に結んで目を見開いた。
「まぁまぁ、そんなお前の気持ちを手のひら返しさせる情報なんだって…って、聞いてる?」
視線を手元に戻し、クリップ伸ばしに没頭する。視界の端でテッドは肩をすくめため息を吐く。
「聞いてるってことで進めていくぜ。そのブツなんだけどなぁ、ズバリ『エロ本』なんだ」
なんだ、てっきりクスリでも行き交っているのかと思ったが、杞憂だったらしい。ただの夢が詰まった薄めの本だ。
「俺も考えたぜ?エロ本のどこが問題なんだってな。しっかしその内容がヤベェんだ。なんとジャンルが『NTR』なんだ」
(カチンッ…)
思わずクリップを落としてしまった。なに…?NTR…ネトラレ…?
重い腰を上げ部屋着の情熱ジャージを脱ぎ捨て制服に袖を通す。目指すはもちろん正面玄関。
「テッド、行くぞ」
「え、気が変わったんか?」
「今からソイツを○す」
「oh…」
俺は様々な性癖を受け入れている。しかし、しかしNTRだけは…NTRだけはダメなんだッ!大体なんなんだあの内容は!家帰ったら友達に嫁さん取られてた?バカか!ムナクソすぎて吐き気がする。
そんな呪物を裏でコソコソ回すとは、万死に値する。
「全員まとめてぶち○す!!うおーーー!!!」
並々ならぬ殺意を抱いて、俺は正面玄関へと全力ダッシュした。
が、自動ドアのセンサーが俺のスピードに追い付くわけがない。
(ガンッ!)
「ぶべっほぁ!」
ウィーンと呑気に開き始めたドアに勢いよく激突し、俺は鼻を押さえてうずくまった。遅れて差し込んできた温かい日差しが、俺の情けない姿を無慈悲に照らし出す。
「くっそぉ…悪人どもがぁっ…!」
「いや、今のはお前のせいだぜ?」
時は午後五時、聞き込みに明け暮れた俺たちは、なんの成果も得られず途方に暮れていた。
あたりはすっかり茜色に染まり、ところどころ街灯が付き始めている。
「ちくしょ~。ぜーんぜん見つかんねぇよテッド~」
「ずっと聞き込みして得られた情報が特売情報だけってなぁ。どうなってんだ…」
薄暗い路地裏のベンチで座り込み、鼻頭に貼られた絆創膏が夕日に虚しく照らされているのを見つめる。
「まぁ、エロ本の聞き込みしてなんも言われねぇだけマシか…ここらぐらいじゃねぇか?」
言われてみればそうだ。制服着た男たちが急に「エロ本はどこだ!?」なんて詰め寄ってきたのなら、即通報である。
しかしながら、この街の住民は眉ひとつ動かさず「ごめんなさい、全く知らないの」と親切に答えてくれた。幸か不幸か、この街の倫理観は終わっている。
疲れ果てて天を仰ぎ、すっかり諦めモードに入っていた俺たち。
だがその時、街灯の光すら届かない路地の奥から、どこかのサスペンスドラマでしか聞かないような無駄にシリアスな声が漏れてきた。
『…おい、例のブツ、持ってきたんだろうな?』
『あぁ、死ぬ思いで獲得した極上の"NTR "だぞ…』
その言葉が聞こえた瞬間、俺の全身の血が逆流した。こんな灯台下暗しな場所で決定的なシーンに出くわすとは。
「あれ、ショウどこだ…っていつの間に!?待て待て待て!」
テッドすら認識できない速度で突撃を開始して、影から飛び出した。
「悪党どもめがぁ、覚悟しやがれ!ぶっ殺してやる!!」
「うわぁ!?なんでサツがこんなところに!!」
「や、やるしかねぇぞ!」
「かかってこいやぁーー!!」
人類最高の跳躍力で飛び上がり、拳を振りかぶる。
男たちの目が恐怖に染まり、硬直する片方の顎へ向かって俺の渾身の右ストレートが炸裂した。完璧なタイミング、角度、男の顎がガクンと揺れ――
「……ん?」
揺れなかった。びくともしなかった。
静寂が包む路地裏。男がポカンとした顔で俺を見下ろしている。かく言う俺は――
「痛ってぇえええ!!!手が、俺の手が割れやがったぁあああああ!!」
自傷ダメージによりその場でゴロゴロとのたうち回る羽目になった。
「くっくっく…やったねぇ?お前らやっちゃったねぇ?」
後ろから邪悪な笑い声が聞こえる。路地裏の入り口で逆光を浴びたテッドのシルエットが浮かび上がっている。
「うちのショウにこんな重傷負わせやがって、どーセキニン取ってくれんの?おら、いしゃりょーだいしゃりょー」
「え、いやいやいや、コイツが勝手に…なぁ?」
「そ、そうだぜ!俺たちは何にも――」
「うるせぇ!大体オメェがバカみてぇに固ぇ顔面してっからだろうが!!」
俺が言うのもなんだが、理不尽の権化だ。
直後、夕暮れの路地裏に響き渡ったのは、悲痛な悲鳴とダイナミックな破壊音だった。
「ぎゃあああ!?サツがカツアゲなんて聞いてねぇよぉおーー!!」
「あぁ誰か助けてくれぇえーーー!!」
「この俺から逃げられると思うなよぉ?全員あの世送りじゃあ!!」
地面で手をいたわる俺の視界の端で、男たちが次々と空中を浮遊し、路地裏のゴミ捨て場へと突っ込んでいく。画面外で繰り広げられる惨劇に、俺は痛みを忘れてそっと目をそらした。
煙が目撃者を覆うように、夕闇が深まる裏通り。
建物の隙間に広がるゴミ捨て場へ逆さまに突き刺さっている男たちのうめき声だけが、静かに響いていた。
テッドは悠然と、転がっている男をまたぎ、アスファルトの上に落ちている一冊の本を手に取った。
「ほーん、これが例のブツって?」
影で手を押さえて悶絶していた俺の視線も、自然とその手元へと吸い寄せられる。
まさか本当に存在していたとは。
この平穏な街の暗がりでコソコソと取り引きされていた、この世の邪悪を全て凝縮したような呪物……。
「あー、しっかしこれどーすん?燃やす?」
「…いや、待て」
激痛に耐えながら、膝立ちになった。拒絶、嫌悪、殺意。様々な感情が渦巻く中で、俺の脳裏にふと、人間としての最低で純粋な欲望…好奇心が首をもたげる。
一体どんな不届きな内容で、人を不幸に陥れているのか…?
自分への言い訳を必死に組み立てながら、俺は冊子を凝視した。
腐ってもエロ本。そう、それには間違いなくエロが含まれているのだ。まだ一文字も読まれていない本を燃やしてしまうのは作者さんに申し訳ないというものだ。
「一応確認してみよう…」
「へへっ、やっぱし気になっちまうか?」
「ち、違ぇし!万が一があるから、万が一があるからな!」
「へーへー…まぁ俺だって気になるし、人に言えた立場じゃねぇか…」
一通り言い合いを終えると、二人揃って本へと意識を集中させる。表紙にはなにも書かれておらず、ただ真っ黒なカバーが無造作に施されているだけだ。
俺はテッドから本を受け取ると、慎重に手を掛ける。
「よし、開けるぞ」
「……ゴクリッ!」
息を殺し、真っ黒なカバーの端に親指を引っ掛け力を加える。紙の表面と皮膚が擦れるわずかな音が、まるで爆弾の導火線に火がついた音のように神経へ突き刺さる。
「おい…ショウ焦らすな…早く…!」
横から身を乗り出してきたテッドの目は野獣のようにギラギラと輝いている。
(…パサッ)
意を決して、ゆっくりと表紙を持ち上げる。1ミリ、また1ミリ。開かれたページの隙間から、夕闇のわずかな光が滑り込んでくる。
まだ全体は見えない。だが、ページの端にチラリと覗いたのは、不穏なまでに鮮烈なインクの色彩だった。
来た…!これが禁断の…っ!
心臓が早鐘のように鳴り響く。目を見開き、グッと顔を近付けその禁断の1ページへと視線を叩きつけた。
「……………あ?」
「…こ、れは…」
静寂。あまりの予想外さに、脳の処理が完全にフリーズする。
視界に飛び込んできたのは妖艶な美女でも、ピンクな世界観でもなかった。
ページ一面を飾っていたのは、テカテカに光る褐色の巨大な肉体。超巨漢のプロレスラーが、相手の首に太ももをガッチリと巻き付け締め上げる躍動感溢れるフルカラーショットだった。
上部には力強い文字でこう記されていた。
『実践!相手を逃がさない究極の寝技・取り立て技(通称NTR)』
「……」
「……」
(ペシンっ)
軽い音を立てて本を閉じる。
「テッド……」
「おう」
「コイツを渡したヤツを○す」
「OK」
諸悪の根源は拍子抜けするくらいあっさり見つかった。
犯人の怪しげな小太りの男は、重みのある小袋をジャラジャラと鳴らしニヤついていた。
「ヒッヒッヒ、今回もバカどもを騙して金儲けしてやったぜ!中身はむさ苦しいオッサンの写真集だとも知らずにな!ガッポガッポだ!」
「…おい」
「んあー?誰だ…うげっ!?警察……ってなんだショウかよ!」
男の顔から引いた血の気が、一瞬で戻る。
「驚かせやがって!最近入ったばかりで一般人より弱いって噂の新人じゃねぇか。そんな雑魚一匹になにができるっていうんだ?」
「へぇー、俺なら勝てるって?確かにそうかもな。…だが、誰が『1人』で来たと言った?」
「ふぇ?」
「出てこい、テッド」
(スゥーーー…)
俺の後ろから、妙なポーズで腕を組んだテッドがスライド移動で出現する。
「テ、テテテテテッドーーー!?さっきまで影も形もなかったのに!?」
状況を理解できず七変化する男の顔面。もはや慈悲を与える気など微塵もない。
「テメェは俺たちを、怒らせた」
俺が腕を掲げた瞬間、銃弾と化したテッドが男の全身へ全力の連打を叩き込む!
「オラオラオラオラオラァーーーッ!」
「ぐるっほぁあーー!!」
壁に腰まで埋まり込み、撃沈する男。ゲス野郎にふさわしい、実にあっけない幕引きだった。
転がった金袋を拾い上げ、地面に散らばる写真集へ静かにライターの火を落とす。
赤々と燃え上がる紙くずを背に、俺はポケットに手を突っ込んだまま、一度も振り返ることなくその場を後にした。
遠ざかる足音とともに、メラメラと揺らめく炎が夜の闇へと溶けていく。
後に残されたのは、闇に立ち上る一筋の煙と、静寂だけだった――
(数時間後――第三部隊警察)
すっかり夜も更け、ショウやミリーも眠りについた頃、警察署内はすっかり静まり返っていた。
「テッド君、ちょっといいかい?」
夜遅く、会議から帰ってきたベルトが開口一番俺を呼び止めた。
「あぁ、いいぜ」
導かれるままベルトの部屋へと上がり込む。
バタン、と静かに扉が閉まり、外界の音が遮断される。
「んで、なんか話でもあるのか?」
「偽金の流通元にある程度目星がついた」
「…そうか」
俺は椅子に深く座り込み、息を吐いた。
「場所は?」
ベルトはすぐには答えなかった。目をわずかに伏せ、重苦しい空気の中で深く、静かに一呼吸置く。
「――陽光と秘境の港町、『ソラリア』だ」
~続く~
ご一読ありがとうございました!!
今回は、ハイテンポになるような配分を心がけてみました。
私もNTRは許せない立ち位置なのですが、皆さんはいかがでしょうか?
さて、前半のバカバカしさとは一転して、ラストはガラリと雰囲気を変えて新展開へ……!
次回に期待ですね!
では、また来週~。




