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祝!!攻略!カレイド・アビス!?

「おいおい…マジかよ」

 テッドとベルトの不毛なプロレスを眺めるのも飽き、1歩踏み出した俺の口からは自然とそんな言葉が漏れていた。

『カレイド・アビス』。万華鏡のように光り輝く地下都市とは良く言ったものだ。目の前に広がる光景はとても俺の語彙力じゃ表現しきれそうもない。ぜひ誰か国語が得意なヤツに来てもらって代弁して欲しい。見上げるほど広大な地下空間。そこらじゅうに飛び出すでっかい結晶が地上から漏れ出す光を反射して文字通り万華鏡のようにチカチカ色を変えている。オシャレっちゃあオシャレだが、ずっと見ていると偏頭痛を起こしそうだ。そして何より不可解だったのが、その構造だった。

 遥か頭上―正確には天井と言える場所に、逆さまになった街並みが広がっていて、そこを普通に歩く人の姿まで点のように見えた。さらには、直角に切り立った壁面にへばりつくように建てられた家々や、宙に浮く謎の巨大立方体。上下左右の概念が完全にゲシュタルト崩壊していた。

「いんやぁ、ここに来るのは久しぶりだなぁ。お?見てみろよ、あそこの噴水の水が上へ昇ってってるぜ」

 確かに重力がイカれてるせいで、水が空へ向かって逆流していた。

「クソ…あんなとこ今から歩くなんて、三半規管が爆発しそうだぜ…」

「大丈夫だよ。もしもの時は僕が助けてあげるから」

 ヘッドロックの刑を終えたベルトが首を揉みながら歩み寄ってきた。

「ほら、とっとと本題に入ろうぜ」

 そう言うとテッドはポケットの中から俺がさんざん文句を言った依頼書を取り出す。

「今回の俺たちの任務だが…。ここカレイド・アビスの最深部、第7層で発生している局所的な空間の歪みの調査だ」

「空間の歪み?」

「おうよ。ただでさえ重力や空間がデタラメなこの街だが、異常な空間のねじれが観測されたみてぇだ。そんでもってそこに入った人間や物資が行方不明になる事件が起きたってワケ。その原因が強力なモンスターなのか、それとも不審者の陰謀か……。そいつを突き止めるってのが俺たち第三部隊の任務だ。」

 ほ~う、要するに第一、第二部隊のツケが回ってきた割には、1歩間違えれば普通に次元の裂け目に消えかねない、超危険な調査任務と言うわけだ。

「俺もやしっ子だからここで待ってるよ」

「諦めろショウ。もしものことがあってもミリーが何とかしてくれる。それにもう俺たちの足元、さっきから浮いてるぞ」

 言われて足元を見てみると、俺の靴は地面から数センチ浮いていた。ふわふわとしたジェットコースターが落ちる直前のような嫌な感覚が全身を包み込む。

「…勘弁してくれ」

 足が離れ踏ん張りどころを失った俺は空中で足掻くことになった。ジタバタと虚空を蹴るが、全く進まない。

「誰かァ!引っ張ってくれ!泳げないプールの真ん中に連れてかれた気分だ!」

「ひゃあーっはっはっは!ショウのヤツ、カエルみたいに暴れてやがるぜ!」

「笑ってんじゃねぇ!!俺はレベル1高所恐怖症なんだ!」

 そう抗議するとテッドは「しゃぁーねーなー」と肩をすくめ、慣れた足取り(?)で近付いてくるなり俺の襟を掴んだ。

「あー、まず昇降機に乗るからなぁ。どこだぁ…?あったあった」

「待て。なにする気だ?」

 大きく振りかぶる。

「おいおい、嘘だろ?」

「そぅら、行ってこーい!!」

「ギィヤァアァアアア!!?」

 俺の絶叫を切り裂き風切り音が鳴り響いた。俺は大砲から射出された砲弾のごとく一直線に空中を切り裂いて行く。昇降機と思われる設備が見えてきたが、速度は一向に落ちることはない。うぉw死―――

(ゴシャァアン!)

 昇降機の金網に頭から突っ込み停止した。薄れる意識の中、「いゃ~すごかったですねぇ~。大丈夫でしたか~?」ミリーの声掛けと足音が聞こえたような気がしたが、そこで俺の目の前は真っ暗になった。



「おらァアアー!」

「ふんぎ!?」

 首元にとてつもない力が加わり危うく首がもげるところだった。というのもスッポリはまった首をテッドが無理矢理引っ張っているみたいだ。

「いででででで!おい、もうちょっと優しくしてくれ!首が取れちまう!」

 耳元で金属の擦れる嫌な音が鳴るとようやく金網地獄から解放された。見上げるとガタガタと頼りない音を立てて昇降機が降下している。

「気が付きましたか?最悪リザレクションで起こそうと思っていましたが」

 どこから持ってきたのか、手のひらサイズのキャンディを幸せそうに舐めながらニコニコしている。

「冗談じゃない!あれで俺が死んでたらテッド、お前は犯罪者だぞ!?てかそもそも怪我させた時点でアウトだろ!」

「うちは労災出ねぇからなぁ」

「…クソが」

 ズキズキ痛む首を押さえ、諦めて地べたに座り込む。悪魔共め、断じて許さん。

「一応ミリーが回復魔法を掛けてくれたけど、どうだい?」

「んーまぁ気絶する程の衝撃の後にしちゃあ調子が良いか。でもテッドお前さっきの二度とすんなよ」

「へいへい、次は一緒に手ぇ繋いでいきゃあいいんだろ?」

 ホントにわかってんのかなぁ。どんな形であれ魔法を目の当たりにするのは気分が上がるもんだけど、痛みをともなうのは勘弁願いたい。不毛なやり取りを続けてる間にも昇降機はどんどん地下の闇へと進んで行く。さっきまでチカチカ光っていた美しい結晶の街並みも、遥か遠くの天井へと遠ざかっていくのが見えた。代わりに俺たちの目に入ったのは黄色い照明に照らされた岩肌だけだ。下層に進むにつれ妙な感覚が肌を刺すようになってきた。呪われてんじゃねぇか?

「なんか寒くね?地下じゃなくて地獄にでも落ちてんじゃねぇか?」

「そりゃあねぇな。俺は地獄に落ちるような悪いことは一切してねぇからな!」

「そうか、そりゃあ見事なこった。テメェで天国行きなら今頃天国は人だらけだろうな!!」

(ガゴォン…!)

 やがて、昇降機は重々しい衝撃と共に停止した。出た先の看板には『第6層』と書かれていた。

「あれ?第6層?最深部じゃねぇのかよ」

「そうだぜベルト。どうなってんだ?」

「本来は第7層まで繋げる予定だったんだけど、かなり危険な場所だからね。なかなか人の手が施されないんだ」

 てことはこっから徒歩?ダリィー…。暗い、寒い、怖いの三重苦が俺の足取りを重くする。駄々をこねてでも昇降機前で待機させてもらうべきだったと後悔する。

「ふぅむ、暗いですね。…よし!『ライト』!」

 パチンと指を鳴らすと彼女の頭上にポッと光の球が5つ浮かび上がった。温かみのある優しい光が、暗い岩肌を照らし出す。

「へぇー、魔法って便利だなぁ。俺も使ってみたいんだけど」

「あ~…それですがショウさん、ショウさんは魔力が少なすぎて多分大したことは出来なさそうです…。」

 うつむいて力無く口をモゴモゴさせてそう言った。大したことは出来ないということはちょっとなら出来るってことだ。俺は諦めない。

「その大したこと以外なら何が出来るんだ?」

「えぇとその時の状況にもよるんですが、紙飛行機に風を当ててほんの少しだけ遠くに飛ばせるくらいですね」

「そ……っか」

 ショボい。せっかく異世界まで来たのに出来ることが紙飛行機を少し遠くに飛ばすだって?ガキしか喜ばねぇだろ。

「おら、つべこべ言ってねぇでさっさと行こうぜ。この任務がうまくいきゃあしばらくいい毎日が送れるぜ」

「そしたら僕のフィアンセもキレイに…!」

「あ…あーうん、そうだな…ハハ」

 頭になかった出費にテッドが表情を曇らせる。車の修理ってよくわからんが金かかりそうだしな。ドンマイ。

「と、とにかくこの第6層を攻略しねぇとな。つっても歩くだけだが」

「その道中に楽しいアトラクションがあるってんだろ?」

「そうだね。油断するとショウくんは死んじゃうかな?」

「そうかよ…」

 一言余計だ。なるべく楽しそうな単語を並べて自分を奮い立たせていたのに、これではあまりにも興ざめでしかない。ミリーのライトが周囲を照らしてくれているものの、安心感があるのは光が届く半径数メートルだけ。その先は、まるで光を吸い込むブラックホールのような、濃密な闇がどこまでも続いている。

「あああ怖いよぉ。ベルトかテッド、どっちでもいいからおんぶしてくれぇ。プレッシャーで押し潰されそうだ」

「なっさけねぇなぁおめぇは。ほら、乗りな」

 朝までおんぶを要求するミリーをバカにしていたことを後で謝ろう。いつもはだらしない雰囲気のテッドの背中が異様に頼もしく感じられた。

「ベルトさん、私もおんぶして欲しいです」

「そうしたいけど、誰かが手を空けていないとモンスターが来た時にとっさに反応できないからね。テッドくん、もう一人オーダーが入ったよ」

「おぉい!俺の背中は1人乗りだぜ?」

 テッドの苦言なんて気にも止めず、ミリーはわしゃわしゃと首にしがみついた。無視かなんかか?コイツ。

「んあ?ぜんたーい止まれ。気配を感じる」

「了解、テッドくん」

 全員の足音がピタリと止まる。シーンと静まり返った暗闇の奥。ライトが届かない、完全なブラックホールの中から、

「ギチギチギチギチ…」

 なんと表現したらいいものか、肉がそのまま開閉するような生々しい音が響いた。同時にマムシのような独特の臭いが漂ってくる。

「ミリー、照らしてくれるかい?」

「は、はい…っ!」

 ミリーが指を振ると、頭上に浮かんでいる光の球のうち2つが、スーッと暗闇の奥へと進んでいく。優しい黄色い光が、じわじわと奥の岩肌を露わにしていく。そして、光の輪がその『境界線』に達した瞬間──。

「ッ!?」

 そこにいた。岩肌と同化するような悍ましい体躯。何十本もの節足が(うごめ)き、光を反射して、ギョロリとした大量の目玉がこちらをじっと見下ろしていた。まぁーこんなとこにいるとしたら虫だよなぁ。

「しっかし聞いてねぇぞあんなデカいのがいるなんて!」

「よし!ベルト、頼んだぜ!」

「うん、2人を頼んだよ」

 ベルトがそう微笑んだ次の瞬間、静寂は破られた。

「シャアアアアーーーッ!」

 洞窟の壁を震わせる程の咆哮と共に、ムカデの化け物がすさまじい勢いで突進してきた。

 強そうだけど見た目で判断してはいけないことを俺はもう学んだ。ベルトのことだから一撃で片付けるのだろう。おっといけない、麻痺してきている。悪い予兆だ。

 うねる無数の足が岩を削り、火花が散る。その巨体から繰り出された鋭い前足が、ベルトの脳天めがけて振り下ろされた。

「うおっ!?」

 あまりの風圧に、テッドにおんぶされている俺の髪が激しく逆立つ。直撃すれば間違いなく人間なんて一瞬で肉塊だ。だが、ベルトはただの一歩、流れるような動作で半身を引いただけだった。

(ドガァアアン!!)

 化け物の足が虚しく地面を叩き、頑丈な岩盤に深いクレーターを作る。

「うん、いい速度だね。でも、大振りすぎるかな」

 煙が舞う中、ベルトの声だけが異様に爽やかに響いた。抜き放たれた彼の長剣が、ミリーのライトを反射して美しくきらめく。激昂したモンスターが、今度は横薙ぎにその巨体を振り回した。洞窟の壁を強烈に削りながら迫る肉の壁。逃げ場のないその一撃に対して、ベルトは避けるどころか、自らその懐へと滑り込んだ。──キィン。高く澄んだ金属音が一つ、暗闇に木霊こだまする。俺の目が追いつかないほどの速度で、銀色の軌跡が闇を切り裂いた。直後、さっきまで光を跳ね返していた化け物の頑丈な外殻が、まるで紙細工のように真っ二つに裂け、ドサリと重苦しい音を立てて地面に崩れ落ちた。

 はいはい、いつもの流れね。

「ふぅ、じゃあ行こうか」

 剣に付着した緑色の血を振り払い鞘に納める。予想通りアッサリ終わったが、怖いものは怖い。心臓がバクバクだ。ところどころでモンスターと遭遇しながらも、俺たちはスムーズに第7層の入り口までたどり着いた。

「あぁークソ。床が90度回転するなんて誰が予想できるんだ?脳がバグりそうだ…」

「そんなアトラクションももう終わりだ、ラスト、第7層の攻略に入ろうぜ」

 俺たち2人を背中からドサリと降ろし、テッドは俺の背中を叩いた。第7層。これまでの道のりも十分奇妙だったが、これからその本山に足を踏み入れようとしている。そこにはいったいどんなロマン、非現実が俺を待っているのか。固唾を飲み、深淵を覗き込んだ。



 ~続く~









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