第74話 ランキエールの花嫁②
屋敷の前庭では作業者や大工が行き交い、私たちの披露宴の準備が始まっていた。
もともと広大な庭に、端から端までチョークで目印が描かれ、地面には杭を打ち、当日にテーブルや料理台を置く場所が吟味されている。
二回の挙式(母なる石の前と教会でそれぞれ行う)と披露宴、各村でも行う祝祭を合わせれば、参加人数は膨らむに膨らんでのべ千人以上と相成った。
前庭では、特設の舞台すら用意されている。ランキエール伝統の手回し弦盤や風袋笛を作った祝祭音楽、王都から楽団も呼んで食事の間の催しごとを行うための場所だ。
この結婚式の趣旨は二つ。
まず、東部地域の諸侯に今のランキエールの力を改めて示すこと。
そして、王都周辺からも関係のある諸侯を呼び、もてなしたあと、引き出物という形で困窮にあえぐ民に支援物資を送ること。これはこの干ばつ下で困窮した王都の楽団などへの芸術支援も含まれた。
以上の意図を踏まえ、そりゃあもう豪華な結婚式をしよう、ということになったわけである。
前庭で作業をしているということは、もちろん、外出時に必ずその光景を目にするわけで、そうなれば必然、
「奥さま! どうですかい!?」
と大工たちから声がかかる。
聞こえてきた方を見るに、外壁に蕾付きの太蔓を使って屋根の取り付け作業をしていた。それどころか外壁の右側には、ドルナクの猟犬の紋章とランキエールの獅子の紋章が巨大に縫いつけられ始めており、このぶんだとおそらく当日には紋章に沿って青々と葉が付き花が咲く。
「素晴らしいわ! この調子で作業に励むよう!」
私は扇子をばっと広げ、声を張ってみなを鼓舞した。
作業者たちはそれでにわかに活気づいたので、私はたいへん良い感じで跡継ぎの嫁の役目を果たせている気になる。
──でも正直、とても、とても恥ずかしい。
自分で思うが、私はけっこう、派手好きなところがある。そういう意味でランキエールのなんでも大きく見せてくる感じはわかりやすくて非常に気に入っていたのだが、自分のためにそれをさせるというのは、やってみれば本当にむず痒かった。
屋敷を出てまず向かったのは、最初の挙式を行う、母なる石の前。
そこの前にもいくつか杭が打たれていて、当日の椅子と祭壇の配置が検討されている。これはランキエールの民も多く参加するので、人員の整理が必須である。
そして最後に向かったのが、精霊司祭の教会。
ここでは二度目の挙式、というか、母なる石の前ではランキエール式の式を挙げて、教会では人数を絞って王都式の誓いをすることに決まっていた。これはドルナクの両親に向けてということと併せて、西から呼んだ諸侯に対して、ちゃんと西側の伝統も重んじることをアピールするためのものだ。
ランキエールの信仰では、母なる石と聖教の神である『主』はあまり深く考えられずに合流していて、礼拝も教会で行われたり母なる石にむかって行われたり、両方ある。ただ、定期的に教会のミサに来るものは少数派で、そもそも精霊司祭はけっこう、自分たちの尺度でミサを不定期に行ったりする。そのあたりは口伝のあれこれがあるそうで、精霊司祭たち当人以外は勘所はあまりわからないし教えてもくれない。
そういう細かいことを省けば、ランキエールで主流の教会への認識は、冠婚葬祭の、『葬』をやる場所、というイメージがあるだろう。
今日ここに来たのは、式の下見ということ以上に、れっきとしたランキエール式の婚礼の儀の一行事を行うためだ。
それは、死者のミサ。
結婚という、家と家が結びつき、これから新しい命を育む区切りの前に、亡くなった家族や祖先を忘れず、受け継いでいくためのミサを行う。
そしてランキエール家と、そこにやってきていきなり女主人をやりだした私のような嫁には特に、改めて敬意をもって弔うべき人がいた。
ランキエール公爵家現当主アルシオンの亡き妻にして、私の夫トリスタンの実母。
ローゼン=ランキエールである。
*
私とトリスタン、そしてお義父さまが最前の席に座り、うしろには屋敷の使用人たちが続いて、粛々とミサが進む。
そしてお義父さまの隣の席には、一つの遺骨箱──大きな骨壺のようなもので、ランタンのような形をした箱が布で覆われ、上には小さな十字架が立ててある──が、そっと置かれていた。
遺骨箱の中に入っているのは故人の頭蓋骨である。ランキエールではこのように、墓のほかに、納骨堂に故人の頭蓋を保管し、行事のときに当人として扱うようにする習慣があった。
箱の上には、文字でこう書かれている。
──ここに、ローゼンを納む。
本当なら私が義母と呼ぶべきだった人は、トリスタンが十五の頃に流行り病で亡くなったそうだ。
伝え聞いた人物像は、けっこうな変人。女主人然とはしていなくて、しょっちゅう領民に混じって豪快に酒を飲んでいたらしい。
あと、体が小さく、背丈は今のトリスタンほどしかなかった(そんな人は王都基準では立派な巨女だけれども)そうで、魔力の扱いに長けていたらしい。つまりトリスタンは母親似だとのこと。
トリスタンもお義父さまも、私に気を遣うことがあったのか、お義母さまの話はあまりしなかったけれど、たまに出てくる話と、使用人たちが私の背後に見る影からするに、彼女はとても好かれていたようだった。
死者の魂の扱い方については、王国の東部地域は独特の死生観を持っている。
聖教的な天の国というものがあるのは共通なのだが、死者はそこに住み続けるのではなくて、天の国から魂が帰ってくることがあったり、いろんなところに死者が分かれて宿ったりもする。だから遺骨箱と共にミサを行うということは、死者を弔うだけでなく、生前と同じように、家族で主に祈りを捧げよう、ということ意味していた。
私は決して信心深い方ではないし、もともと王都の聖教で育っているけれど、こんなふうに、ふとした瞬間に感じる魂のようなものや、故人を感じて弔いたいというやり方は、不思議と肌に合う気がする。
ミサが終わり、納骨堂に遺骨箱を戻したあと、教会の裏にある、お義母さまの墓へ行った。
領主の妻ということで特別扱いされているわけではなく、たくさんの領民たちと同じ大きさの墓石が並ぶところに、彼女のそれがあった。でも、被せられている蔦の冠はまだ新しくて青く、どこで見つかったものなのか、貝殻なんてものも載せられて、まるで人々によって着飾られたようになっている。
お義父さまが祈りを捧げたあとに、私とトリスタンも同時に祈る。
この作法は聖教の死者の祈りと共通。手を合わせて目を瞑り、心の中で、次のように唱える。
──主よ、願はくは彼に、常しへの安息を与へ給へ。
──絶ゆることなき御光を、その上に照らし給へ。
──彼が魂の、安らけく憩はむことを。
目を開ける。
私はふと、トリスタンとお義父さまに聞いた。
「お義母さまは、私を見て、なんておっしゃってくださいますか?」
そう聞かれることもあろう、と知っていた二人は、一度目を合わせてゆっくり頷き、しばし沈黙したあと、またゆっくりと同じ格好で腕を組む。
そして二人して、首を傾げた。
「い、いやぁ、難しいな、トリスタン」
「……非常に難しいですね、父上」
トリスタンは困り果てたように言って、続ける。
「ランキエールの嫁姑関係では、嫁は姑に従わねばならん……というところがあり、そこで起きる諍いを含めて笑い話にする伝統なのだが……うーん、君と、母上の場合だろう? うーん」
彼と同じように、お義父さまは眉間に皺を寄せ、より深い夫の想像力を働かせるようにして、言う。
「ローゼンはたぶん、ヴィヴィエンヌ殿を猫かわいがりする……だろう。きっと。だが、あいつは穏やかと言えば穏やかだったが、拗ねるところについてはわからんというか、共に過ごしていくうちになんとなく察するところはあれど、細かいことは結局最後までわからなんだ。しかし少なくともランキエールがこうして繁栄することを喜んで……ん? 喜ぶのか?」
話しながら急に悩んだお義父さまに、トリスタンがくすくすと笑いながら返す。
「いや、それは大喜びするでしょう。間違いなくします。でも夕飯が気に入らなかったときは貧乏飯を恋しがるし、いざガレットでも出されたら『お砂糖入ってないの?』なんて言い出すんだ。母上はそういう人だ」
「……たしかにそうかもしれん」
お義父さまもまた、言い終わってくすりと微笑んだので、私もそれにつられて笑ってしまい、
「とても、楽しい方だったのですね。お義母さまは」
と呟いた。
墓石の前に、寂しくも温かい空気が流れる。
きっとその空気は、突然屋敷にやってきた私に対しては遠慮して、それぞれが心の内に留めておいてくれたものなのだろうと思う。
「ああ。ローゼンとヴィヴィエンヌ殿が話している姿は……想像できん。できんが」
お義父さまは安心したように静かにそう言って、
「貴殿がローゼンに振り回されている姿は、想像できる。たぶん、そんなふうになっていただろう」
と結んだ。





