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第73話 ランキエールの花嫁①

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・書籍版挿絵の一つを公開です! 今話からヴィヴィエンヌとトリスタンの結婚式回なので、嫁取り武闘の挿絵になります!

挿絵(By みてみん)

※書籍版の挿絵を、出版社様より許可をいただいた上で掲載しています。


ちなみにこちらで、出版社さんからいただいた書籍の挿絵や口絵の公開は最後になります。かなりたくさんお見せしましたが、実は書籍版の挿絵はなんと10枚ありますので、残りは是非、書籍版でお楽しみください。

 ランキエールの屋敷の中庭で、ヴィヴィエンヌが意気を籠めて叫んだ。


「さあ、来なさい、エルド!」


 エルドはもう、いい加減観念した、と言わんばかりに顔をしかめ、


「知りませんよ奥さま!」


と言い、結局怖がってギュッと目を瞑ってしまったヴィヴィエンヌの肩に、本人なりに力を抜いた速度で、木剣を振り下ろした。


 聞こえたのは、ガン、ではなく、パキィ、という音。


 なんと木剣は、ヴィヴィエンヌの肩に当たった箇所からひん曲がって折れていたのである。


 恐る恐る目を開けたヴィヴィエンヌは、木剣が折れているのを見て、ぱっと喜色に顔を染めた。


「……やりましたわ!」


 彼女が今やったのは、全身を硬化させる防御魔法である。今のは訓練用に木剣で肩を狙ったが、この分だと多少の弓矢や、小刀での刺突、そして高所からの落下を無傷で乗り切ることができるだろう。

 王都でもランキエールでも、戦士なら誰でも習得している初歩の初歩の弱い魔法だし、彼女の魔力ではたった数秒の硬化を、一日に二、三度が限界、という代物ではある。

 しかしこれができると、戦いにおいて無力な彼女であっても、不測の事態において生き残る作戦の幅がぐっと広まる。いつ誰に命を狙われるかわからない貴族の子女として、俺は前々から彼女にこの硬化の魔法の習得をお願いしていたわけである。


 ……実は、ここまで習得するのに、二年、かかった。


 道のりは長かった。

 まず、止血の魔法などとはまったく感覚の違う、どちらかというと戦闘用途の魔法の習得は、元々身体感覚が絶望的に悪いヴィヴィエンヌの適性からは外れていた。そして硬化は数秒しか発動できないのに、彼女は発動するタイミングの勘も絶望的に悪かったので(木剣を振りかぶると振り下ろしてもいないのにもう硬化してしまう有様である)、硬化できたとて物が当たる瞬間に合わせるのがもう、一苦労どころではなかった。


 最終的には目を瞑ることを許容し、何度も慣れと感覚を体に染み込ませるようにしていって、ようやく今、ここまでたどり着いたのだ。


「じゃあトリスタン! 最後の仕上げと行きましょう!」

「……ああ」


 今度は彼女と俺の二人で、中庭の片端まで行き、エルドにその反対側に立ってもらう。


 馬でも二十秒ほどはかかる、けっこうな距離である。


 エルドの準備が整い、しっかりと構えたと見るや、俺はヴィヴィエンヌを横抱きにして持ち上げる。


 いつもならヴィヴィエンヌは照れて顔を隠すところだが、今はどうも仕事として緊張感を持っているときらしい。俺が、


「いいか。覚悟しろよ」


と言うと、


「ええ。思いっきり、投げちゃってください」


と彼女は返してくる。


 俺も覚悟を決め、その通りにすべく、遠く離れたエルドに向かって、ヴィヴィエンヌを上方に、思いきり投げた。


 ひゅろろぉ、と彼女は空を飛んでいく。

 スカートと艶やかな黒髪がはためく。


 これは緊急時の脱出手段だ。ランキエールの戦士がヴィヴィエンヌを遠くに投げ、彼女は硬化の魔法で落下の衝撃に耐える。いざ襲撃があったとき、これができれば俺は彼女を守らず思いきり戦うことができるようになる。

 念のため俺も、投げた彼女が見当違いのところに落ちたときのため、あとから走って彼女を追跡する。


 高く舞い上がったヴィヴィエンヌは、なんとか体勢を立て直し、スカートを広げて多少の減速を図りつつ(これもとんでもない練習の成果である)、自由落下と俺の投げが合わさった速度でエルドに向かって落ちていく。


 ──よかった。狙い自体は外れていない。


 それをエルドが、全身と膝を使って、柔らかく、ふん、と肩と腕で受け止めた。


「無事か! ヴィヴィエンヌ!」


 見えた魔力の揺らめきから確かに最後、彼女は硬化の魔法を使ったはずだ。

 ヴィヴィエンヌをなんとか柔らかく抱きかかえきったエルドの表情は、ホッとしているように見える。


 エルドの肩に掴まる格好になっていたヴィヴィエンヌが、もぞもぞと動く。

 そして俺に首を向けて、言う。


「でき……ました! どこも痛くないです!」

「左様かっ! よかった」


 彼女はぱっと地面に降り、どやぁ、という顔を見せてくれる。


「これにて硬化の魔法習得だ。おめでとう、ヴィヴィエンヌ」

「いやぁ! これでなんとか式に間に合いましたわ!」

「ああ。これで不安要素が一つ減った」


 なぜ式が迫ったこのタイミングで硬化魔法の訓練をしているのかと言えば、それはほかならぬヴィヴィエンヌ本人がそう希望し、前々から行っていた訓練がそろそろ形になりそうだということも合わせて、今詰めきろう、ということになったからだ。彼女曰く、


 ──まあ、やはり、貴族の結婚式で事件が起きるのを、まさにこの目にしましたから。


とのこと。


 そう、俺たちは先の元王太子の結婚式の襲撃を防ぎ、そのうえで結婚式を乗っ取った身だ。


 自分たちだけつつがなく式ができると考えるのは、平和ボケが過ぎるのである。

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