第69話 夫婦の決断②
私とトリスタンが合流する前から、少し時は戻り、聖女ミレイユの監獄塔の中。
聖女ミレイユは態度を一転させて(ずっとぶうたれてはいたけども)、彼女なりに真剣に、質問に答えてくれるようになった。
そうしたらもう、出るわ出るわの新証言。まず洗い出すべきだったのはかつての教会が使役していた美人局の部隊についてで、基本的な関係者の名前についての聴取は取れていたのだが、聖女ミレイユはその全体像をあまり把握しないまま、好き勝手に力を振るっていたらしい。
だから、ちゃんと聞き直したときに、どの貴族の子女を狙ってなにをしたのか、という別観点が山ほど出てきた。これは、現在裁判が行われている各人の罪が軽くなる方面にも重くなる方面にも、どちらにも作用し得る重大情報である。
依然、聖女ミレイユを相手にしたときの聴取の難しさ、というところは残っている。聞こうとしても話しがしょっちゅう飛ぶし、多少気を許したら関係の世間話や感想などを言い始めるし、たまに大袈裟に言おうとして断定して半ば嘘を言ったり、記憶違いとか撤回があまりにも多いのはもはやご愛敬。
それでもなんとか、王都の研究班が欲しそうなことのきっかけだけは私がざっくばらんに聞くことができたので、あとは数か月かけ、彼女が落ち着いて供述をすれば、彼らが知りたいことはすべて割れるだろう。
「──では、そろそろ最後の質問にしましょうか」
「あーもう、ようやく終わるの?」
私がそう言うと、聖女ミレイユは牢屋の床にぺたんと座ったまま、体をぐぅーっと上に伸ばす。さっきまで飲んでいた酔いも覚めたのか、疲労が勝って段々眠くなってきそうでもある。
途中から彼女は、何度も煙草に手を伸ばそうとしてやめていた(それでも我慢できなくて一本吸っていたけども、さっきまでと違って、髪に匂いがつかないよう、服の中に金髪の大部分を入れるようにしていた)。制御が効いているのか効いていないのかよくわからない。
ただ、彼女なりの真剣さというものもなんとなく、わかってきたところがある。
最後に私の私欲として、私にとって重大なことを聞かせてもらおうと思う。
「ほかの聖女の権能について、あなたご存じ?」
これは、今現在行われている裁判よりは大きく優先順位は下がることだ。
「……ほかの聖女?」
「ええ。光の聖女であるあなたのほかにも、聖女がいたはずです」
「あー。らしいわね」
聖女の伝承はその多くが失伝していて、それぞれの権能の詳細も実はわからない。聖女ミレイユは数十年ぶりに出てきた聖女であり、そのおかげで教会も彼女を高い格で取り扱った、ということもあった。
彼女はどうも、自分の中に複数のかつての聖女の人格を飼っているような口ぶりであり、転生する前の記憶が詳細に引き出せるとしたら、それはもう情報の宝庫だろう。
聖女などというわけのわからないものに人生を狂わされた身としては、今後どれだけ先になるかわからないが、新たな聖女が生まれる前に打てる対策は打っておきたい。
しかし、聖女ミレイユはそれについては眉間に皺を寄せ、諦めたように、
「実はなんにも知らないわ。あんまコーリューとかなかったし」
と言った。
ここで落胆……するだろう、普通は。
でも私の聴取も慣れたもので、交流の有無に言及したのなら、同時代に複数の聖女がいたこと自体は確かだと受け取っていいはずだと理解した。
「交流、する可能性があったんですか?」
「んー、ちょっと待って」
聖女ミレイユは目を瞑り、両手の指を頭に指してうう、と考える。
ちゃんと待つ。
目を開けて、彼女は言った。
「……あった、ってことなのかな? でもすっごい嫌なイメージだけ返ってくる」
「嫌なイメージですか?」
「うん。これはあたしの予想なんだけど」
──予想に、イメージ。
彼女の言い方は、こういうところがある。
「たぶん、過去のあたし、ほかの聖女からめっちゃ嫌われてる」
「……あー」
「あたしも大概だけど、聖女って癖の強い子多いのよ。そんな中でも、なんての? あたしは一番聖女から嫌われるタイプだったけどシャコー的ではあったから」
と思ったら、今度は体験したかのような断定口調だ。
相槌を打ちながら、私まで混乱しないように注意する。
「でもちょっと待って。私たちのうち誰かが、えーちょっと待って。えー」
聖女ミレイユはまた、同じようにぐっと目を瞑って頭に人差し指を置く。
「……火の聖女には、いいイメージあるみたい。その子だけなんかみんな嫌って言わないかも。ほかはわりーけど今はわかんないわ」
──来た。
火の聖女の伝承はない。もうこれだけで特大の新情報である。
身を乗り出しそうになるが耐えて、淡々と聞く。
「火の聖女の権能ってどんなものか、わかります?」
彼女はまた目を瞑って考えてくれる。
「……たぶん、乾かすとか、そんな感じ。ああだからあたしのお日様と相性悪くないのか」
「ちなみに、最後にあなたが会ったのは、いつの時代の火の聖女ですか?」
「んー、ちょっと待って。たぶん、二人前? 三人前かな?」
また目を瞑る。
少し、さっきと様子が変わっている。彼女は額に汗をかいていた。
そして、ぷはっと息を吐き、素朴に言った。
「ごめんわかんないわ。そのへんはっきりしない」
「わかったわ。ありがとう、ミレイユ」
私が名を呼ぶと、彼女はひらひらと手を振って返してくる。
今、私は初めて明示的に、過去の光の聖女の記憶を指定して呼び出そうとしてもらった。
それはたぶん、今の光の聖女ミレイユの体に負担がかかることなんだろう。
「もしかしてあなた、疲れてます?」
「正直ね。みんなにぼんやり聞いて、イメージとかもらうのは楽なんだけど、こういうのはちょっと辛め。グタイテキな知識とか聞くのは、かなーり疲れる」
「……不思議な感覚ですわねぇ」
「なんてーの? めっちゃイメージなんだけど──」
彼女はいつになく真剣な顔で続ける。
私はそれを、平静を装いながら、一字一句聞き漏らさぬよう構える。
「──古いあたしであればあるほど、ぼやーっとしていくの。忘れるとか消えるとかはない。そういう中であたしも、ぼやーっといろいろ考えたり聞いたり、一緒に感じたりしてる。あんまそれを区別しちゃ駄目」
「……ちなみに、無理に区別したらどうなりますの?」
「んー? あんま理由とか考えたことない」
「仮に、仮にです。やってみるとしたら、どうなるか、という方面で」
「……すっごい、辛い? 気がする。わかんない。何事も深く考えないのが大事よ」
それを聞いて、私は自らの認識を反省する。
これは明らかに、彼女が人格の混濁を避けるために編み出した思考方法だろう。聞きたいことは山ほどあるが、無理に引き出したらあるいはすべてがおじゃんになってしまうかもしれない。
聴取に反抗的だったのも供述が不安定だったのも、たぶんこれが一因にある。
「じゃあたとえば、あなたの中にいる人格と代わる……みたいなことはできませんの?」
「無理……じゃない、とは思うけど。でも、そのあたしがちゃんと出てきたい、と思わないと、たぶん駄目だし、無理やりやったら……よくわかんないけど、みんなそれはやめろって言う感じある」
「……なるほどね」
大いに、大いに参考になった。
──ヴィクトールにも、注意するよう言っておかないと。
かつての聖女ミレイユからは想像もつかないくらい、彼女も真剣に答えてくれた。そのおかげですっかり疲労しているようで、頭痛がするのか、彼女はこめかみを中指で押して揉んだりしている。
今日はここらが引き時だろう。
下手を打たなければ、これから欲しかった情報が得られるに違いない。
「ご苦労様でした。ミレイユ。すごく参考になりましたわ」
私が立ち上がってそう言うと、彼女はいよいよくたびれたのか、ご褒美とばかりに煙草を取り出して火を点け、「疲れた頭に沁みるわ~」と言ってぷはぁと煙を吐く。
それからすんと素面に戻ると、憎らしそうな顔で、
「……人を恋愛で脅しやがって」
と悪態をついてきた。
「それについては謝りましょう。あなたにとって大事なことなら、質に取るような真似が失礼なのは承知です。許せとは言いません」
私がそう返すと、彼女はやりにくそうに、煙草を持った手で頭をガリガリ掻いた。
「……真面目よね、あんた」
「でも、多少はその恋心を可愛らしいとは思ってましてよ? 囃し立てないだけで」
「ふんっ」
扉の方に行く。
安全を確認したあと、看守には席を外す時間を伸ばしてもらっているのだ。責任問題に繋がるから彼女もハラハラだろう。早く顔を見せてやろうとドアノブに手をかける。覚えたことを早く紙にも書き留めたいことだし。
だがそのとき、聖女ミレイユは思い出すように、私の背中を呼び止めてきた。
「そういえば、そういうあんたはどうなのよ」
「……どう、とは?」
反射的に言い返した私の額に、一筋の冷や汗が流れる。
そしてその揺らぎを、自称でも愛の化身である聖女ミレイユが、見逃すわけもなかった。





