第63話 中央軍にて③
まだやる気のサンドラ殿に、俺も相応の殺気を出して、
「来い!」
と叫ぶ。
彼女は立ち上がり、部下に醜態を見せることも厭わず──それが上官としての誇りだったのだろう──、命を懸けて飛び込んできた。
一撃目。さっきより強い。魔力は十分になったがまだ核心には遠い。
二撃目。彼女はもはや自分の命が二撃しか残らないと知るように、血走った目で、全身全霊をかけて吶喊してくる。
俺は迎え撃ったあとに受け流す。睨みつけて殺気を押し返し、最後の一撃が来たら殺すと信じさせる。
そして、反撃が待つ三撃目。
「ああああああああああああああ!」
一戦目の初撃と同じ、振り下ろし。
あえて正面から、剣を横にして受ける。今度はきちんと左手で剣の腹を押さえて。
ギィンと余韻のない金属音が鳴った。
俺はこの三撃目を、完全に受け止めきっている。
けれど、周囲は俺の足元を見遣っていた。
俺の体は確かに、後方へと動き、靴が地面をわずかに引きずっていたのだ。
「おめでとうサンドラ殿。それが魔力の核心だ」
鍔迫り合いの向こうの面甲の隙間から、恐怖と怒りに塗れた瞳の中に、きらりと生命の輝きが見える。
「だが、ルールはルール。命を懸けねば、魔力は宿らん」
「……やってください。トリスタン殿」
ふっと迫り合いを解き、剣の柄でサンドラ殿の甲冑の胴体を、思いっきり叩く。鎧をたわませて、押す時間を長く取った。飛ばすための力と衝撃は、常人なら耐えられないくらい溜まる。
そういう打撃を、敬意を籠めて返した。
彼女は甲冑とともに、がん! がん! と高い音を立てて転がっていく。
「がっ! あっ!」
腹を殴った。おそらく嘔吐している。甲冑の中では下手をすれば窒息するだろう。
「治療してやれ。受け身は取れていた。死にはしていない」
治療部隊が彼女に駆けつけるのだけ確認すると、俺は所定の位置に戻って、
「ほかに、これを希望する者は?」
と尋ねた。
一瞬静まり返る。
それで問題ない。この光景を見て、すぐに俺もやるべきだ、と言うことはかえって軽薄。命のやり取りを甘く見ている。
俺はしばしの間、沈黙して待った。
そして、恐る恐る手を挙げる者が、現れ始めた。
◆
それからは立て続けに、まだ気骨のある中央軍の有望な兵士たちを屠っていった。
見込みのある者は一割にも満たない。
が、思ったより、根性のある連中だと思った。
休息中に、軽い鎧に換装し、息も絶え絶えのサンドラ殿が戻ってきた。
「無事だったか、サンドラ大尉」
「……おかげさまで、景色が変わりましたよ」
彼女は剣を杖にしながら、微笑んで言う。
「死ぬかと思いました」
「うむ。いいことだ」
サンドラ殿と同じく、俺の目の前では数多の甲冑が倒れてのたうち回っている。俺の部隊の連中も同じ目に遭った者は多いので、彼らは彼らで、一通り甲冑にのたうち回らせたあと、気遣うように立ち上がるのを手伝ったり、落ち込んでいる者がいたら、
「……まあ、そんなもんだ」
と声をかけたりしていた。
叩きのめすべき意気のあるやつらがもういなくなり、俺も疲れ始めたころ、一人の長身の、おそらく青年──甲冑を着ているから顔は見えない──が俺の前にやってきた。
「やるか」
言うと、その者は微かに頷く。
サンドラ殿が自然に俺たちの間に立ち、号令をした。
「では、始め!」
その瞬間なんと俺は、先の先を取られた。
そいつはかけ声とともに突然前傾し、二歩で俺の間合いに侵入してきて、背を起こすと同時に左下から右上へ剣を跳ね上げてきた。
一撃目が狙ってきたのはなんと、俺の手元である。仔細に言えば、剣を握っている俺の、指。
驚いたが剣を横にずらし、刃を跳ねのけて対処する。
敵の剣尖を無視する判断など戦場ではあり得ない。こんなことをすれば敵の指を落とす前に自分が斬られる。
だが今の俺は三度打たれるまで返さないと宣言している。
つまりこれは、俺が言ったルールに沿って、俺を殺しに来るための最適戦術だ。
落ち着く間もなく二撃目。来たのは胸元を狙った突き。
これも殺しに来ている。突きは外したときに隙ができるリスクが高いが、剣戟の中でもっとも防ぎにくい攻撃の一つでもある。
──そして今は、三撃目までは攻撃されないことが保証されている。
俺が胸を捻ってその突きを回避し、来るべき三撃目の前。
その者は避けられた勢いを保ったまま上体を倒し、右足を軸にして独楽のように回り、剣を持っていないほうの左手を地面に着け、掬うように、俺に向けて砂を払ってきた。
──こいつっ!
砂が俺の顔に当たるのと同時、明白に魔力の籠った突きが飛んでくる。しかも、二撃目の残像とあえて被るよう操作されている。
生半可な殺意じゃない。
俺は本気を出さざるを得なかった。
瞼を上下から細め、砂から瞳を守る。目にすら魔力が宿って時間がゆっくりと流れる。自然と右の人差し指、中指、親指の腹が硬化する。
俺はゆっくりと迫りくる剣尖を指で摘まみ、剣の背ごとたわませるように強く押し返して停止させた。
「良い。素晴らしい。本気で俺を殺しにかかってきている。だが──」
約束の三撃目が終わった。
俺は摘まんだ剣を、手首の跳ねを利かせて横に投げ、そうして開いたその者の胸に、助走をたっぷりつけた拳を下からお見舞いする。
金属が潰れる感触がした。
その者は横というより一度空に浮き、かかった力を正面から受け取ってしまいながら、背後に飛ばされる。
「──それは怨みの剣。貴様、どこぞの間者か?」
俺は殺気の種類の区別がつく。
先ほどから俺が指導しようとしているのは、自らの命を守るため、目の前に現れた“敵”を殺めんとする剣だ。この“敵”は、自らに相対している者なら誰だろうが問わない。
こういう剣は恐ろしいが、あらゆる動物がこの剣と同種の争いの中で生きている以上、自然の健全さがある。狩る者と狩られる者がそれぞれ生き延びるために行った殺生とは、それだけの真剣さと命への尊敬があるからだ。
一方で、狩る者と狩られる者の理から外れ、ある特定の個体──己の肉親を殺した者などだ──に執着をし、その“怨敵”を殺めんとする剣もある。
決して偏に悪いものではない。人間らしく、また、純粋な“敵”への剣より魔力が籠りやすいこともある。しかし、正しき理性とつり合いを取らないと、いずれは足元を掬われる危うさを孕んだ剣でもあるし、指導には向かない。
ましてや今は訓練の場。この場にそぐわず、俺という特定個人を殺しに来た者には、その意図を問いたださねばならない。先ほどから感じていた妙な視線の出所もこいつで間違いない。
俺はその者が倒れているところまで行き、右膝で甲冑の上から腹を押さえ、左手で面甲を跳ね上げた。
「名乗れ。何奴だ」
そうして見えた顔が、戦士のものとは思えないほど高貴で、十代の若い顔立ちだったことにまず、驚く。
しかも、あまりにも確かな見覚えがあった。
激しく困惑すると同時に、背中に冷や汗が流れる。
「……ソラン殿下?」
面甲の下に見えたのは、つい先刻に王妃殿下の宮で相対した第二王子、ソラン殿下だった。





