第62話 中央軍にて②
俺は目の前で簡単に、ランキエールの戦士たちにひっくり返され続け、積もっていく中央軍兵の山を見て思う。
──まるで、相手にならない。
戦士たちも、表情には出さないが飽いているようだ。
「ここまで魔力が扱えぬものか?」
「面目ない。やはり、実戦形式となると難しいところがあるのかと」
隣のサンドラ殿に問うと、彼女は気まずそうに続けた。
「落ち着いてやれば、ランキエールの基準でも一兵卒分くらいの出力にはなるはずなんです」
「落ちついてやれば?」
「はい。ここまで組み手で駄目だと信じていただけないのはごもっともなのですが──」
その物言い自体、俺たちの常識からすれば訝しむべきことだった。
ここか、勘所は。
おそらく根本的な魔力に対する発想がランキエールとは異なる。
一応中央軍の有望株全員がそれなりに魔力を使える証明ということで、サンドラ殿は兵を一人呼び、木剣で訓練用の打ち込み人形を打たせて見せてくれた。
すると木剣は深々と人形に深々と食い込んで、抜けなくなった。
どうでしょうか、という目でサンドラ殿は見てくる。
「……まあ、半人前程度はやれているな」
「半人前、ですか」
俺は背後のうちの部隊の戦士に目を遣る。彼も打ち込み人形の前に出てきて、今度は手刀で打ち込み人形の首を落とした。
中央軍の兵士たちは立ち尽くして唾を呑む。
「落ち着いたとて出力も足りん。おそらく魔力を体に宿すということの解釈が異なるんだろう。俺たちからすればむしろ、実戦形式で魔力を使う方が簡単だ」
「失礼トリスタン殿。と、言いますのは」
「……指南をしてもいいが、しかし、魔法の理論体系はおそらく王都のほうが発展している。君たちからすれば俺たちのやり方は不合理に見えるだろうし、また、魔法の兵器を作るなら君たちの解釈の方が良いということもあるはずだ」
兵士たちは逡巡した様子を見せる。
だが、サンドラ殿は逡巡した下から見返してきて、
「ですが、現に我々は、あなたたちに負けています」
と言った。
──その意気や良し。
「なら、荒療治だが、ランキエール流というか、俺の部隊流の魔力の掴み方を試してみるか?」
俺がそう言うと、中央軍の兵士たちは見るからに喜色を浮かべた。サンドラ殿も喜んだ顔をしたが、次には申し訳なさそうに、
「……そんな方法があるならぜひお願いしたいのですが、よろしいのですか?」
と言ってくる。
「ああ。もったいぶるようなことでもない」
「ぜひ! ぜひお願いしたいです」
「なら、人数分の甲冑と、模造刀ではなくよく研いだ真剣を用意してくれ」
「はい! おい! 三○五号から人数分を──」
いよいよと始まった準備の傍ら、逆にさっきまでと顔色が悪い方に変わった者たちがいた。
俺の部隊のやつらだ。
自分たちはもう不要なことのはずなのだが、全員顔を青ざめさせて、中でもフェンリクが一応伝えにゃならんな、という雰囲気でサンドラ殿に言う。
「あー……サンドラの姉御」
「はい、なんでしょう」
「トリスタンさまが言っているのは、そんな秘策みたいなものではなくてですね。俺らの中でも出来悪いやつがやんなきゃいけない、なんと言いますか、罰? みたいなところがある、やつ、で……」
「人聞きが悪いぞ、フェンリク。おまえもこれでコツを掴んだんだろうが」
「まあ、そりゃそうなんですけども」
「……お、揃ったか? 全員、甲冑を着込んで真剣を持ってくれ!」
サンドラ殿も含め、全員が時間をかけ、全身を覆う甲冑をしっかりと着込んでくれた。彼らはきちんと軍隊式に整列し、面甲を上げて聞く姿勢になってくれる。素晴らしい規律である。
うむ。
全員準備が良さそうなので、説明を始める。
「では一人ずつ、俺を殺す気で──というか殺してくれて構わん──、三度打ってこい。その間俺は剣で防ぐか避けるかしかしない」
これはランキエール流の野生の戦闘を念頭に置き、俺が魔獣との戦いからヒントを得て考案した訓練だ。
「ただし、その三度が終わったら、俺が鎧の上から一撃を見舞う。これは手加減しない。受け身が取れていなければ骨くらいは折れるだろうし、そもそも鍛え方が甘ければ死ぬかもしれん。つまり三度ある機会のうちに俺を斬るか、少なくとも剣を落とすかしないと、死にうる一撃が飛んでくるわけだ。こうすると、限られた三撃のうちに自然と生存をかけて魔力が乗るようになってくる」
そう言いながら、甲冑を着ている兵士たちとは逆に、俺は胸当てや小手を外して地面に置いていく。俺の体を覆うものは布しかなくなり、防御ができる装備は剣だけになる。
「指導などという偉そうなことをする手前、当然俺も見本として命を懸けよう。そして三度の危機を乗り越えたあとには、俺自身の命を守るため、魔力をもって全力で諸兄に痛恨の一撃を見舞う」
俺のほうの準備も終わる。
「では、誰が最初に来る?」
しかし、そう言って顔を上げると、見えたのは、なにやら青ざめた顔の中央軍の連中だった。
慣れないことだろうから、それだけならまだいいのだが、ランキエールの連中も額に手を当てている。
──だからなんで、俺の部隊のやつらまで青ざめてるんだ?
確かにこれでしごいたことはあるが、過去の話だろうに。
しばらくは誰も前に出てこなかった。だが、怖気づいたのかと落胆しかけたころ、
「私が行きましょう」
と、サンドラ殿が面甲を下ろし、俺の前に立った。
念のため、問う。
「貴殿は我が妻、ヴィヴィエンヌの知己と聞いている。それでもなお手加減はしないが、よろしいな?」
「……構いません。それは我々が尊ぶべき原初の騎士道です」
「その意気や良し! 来い!」
俺が言ったのと同時、サンドラ殿はまず真っすぐ、上から下に剣を振り下ろしてきた。
初撃である。俺は剣を横にして受け止める。
しっかりと重く、ちゃんと魔力は籠っている。さすが力で成り上がった上級の士官だけあって、さきほど組み手であえなく投げられていた者どもとは一味違う。
けれど、俺の剣は微動だにしていなかった。
サンドラ殿は目を見開き、俺をなにか異なる者であるかのように見る。
にわかに緊張が迸った。
「……まだ殺す気で来てないな? あと二回しか残っていないぞ」
「失礼っ!」
二撃目。今度は横薙ぎ。さっきよりも力が籠る。
それを俺は、剣を立てて受け止める。刃に手を添えて支えにせずとも、この程度の一撃なら手首を遊ばせて当てるだけで止められた。
俺の反撃まで、あと一撃。
俺はあえて周囲にも殺気を飛ばす。
訓練場全体に漲った緊張が加速して膨らむ。次の一撃を終えたら、俺はこの相手を殺すと信じさせる。サンドラ殿は恐怖に顔を歪め、けれど、そこで止まる。上官として、部隊を背負う大尉として食いしばる。
「あああああああああああ!」
最後の一撃はまた、単に上から下に振り下ろしただけの単純な一撃だった。
俺はそれも微動だにせず受け止め、反撃としてただ無造作に押し返し、剣の腹で思い切り鎧を打って、彼女を横に飛ばした。
「がっ、あっ! がはっ!」
鎧から鈍く擦れる音が鳴った。呻き声は細く長い息に変わって、ひゅぅ、ひゅぅ、という呼吸になる。
倒れていたのはたった五秒ほど。サンドラ殿は命の危機だと知って、全身の酸素を総動員し、膝を突いてなんとか立ち上がってこちらに相対した。
面甲の下に覗く目からは、追い詰められた野生動物のような殺気が放たれていた。ここまで来たら入口には立てている。
──だが、もう一度受けては、命にかかわるか?
しかし彼女は、ここで引いては上官として示しがつかぬと言わんばかりに、
「もう一度、よろしい……ですか?」
と言ってきた。





