第61話 中央軍にて①
審判役が、
「あいよー、見合って見合って」
と言う。そして、
「よいっ!」
と叫んだのと同時に、右手にいた中央軍の兵士三名の模造剣と、左手にいたランキエール兵──今日の一番乗りはフェンリクである──の盾がぶつかる。
「「「ぎゃっ!」」」
その結果、三名の兵士はあえなく飛ばされる。
少し経つと、同様の光景が、屋外の訓練場いっぱいに広がっていった。
それを俺は、佇んで見守っている。
ヴィヴィエンヌが聖女ミレイユの聴取に当たっている傍ら、俺とランキエールの戦士たちは中央軍の訓練に呼ばれていた。
先の王太子の婚礼で起きた襲撃事件において、中央軍はランキエール兵の強さと、自分で言うのもなんだが、俺の戦闘力に感銘を受けたらしい。婚礼以後には俺宛てにたくさんの指南の依頼が舞い込むようになった。
あるいは敵対し得る相手にこちらの戦い方を教えるのは抵抗があったが、これを断るのは逆に角が立ち、叛意を疑われることである。また、ヴィヴィエンヌ流に解釈するのであれば、正面から戦って中央軍の物量に勝てるわけがないのだから、指南役として軍の中枢に入るルートを確保しておいたほうが、敵の組織や作戦を知り、あるいは内部から分裂を誘導できる立場を持ちやすい、という考え方もできる。
そういうわけで指南役を引き受けたのが始まりだった。
すると、対魔獣で鍛えたランキエールの実践的な指導は評判になり、王都に来るたび、俺たちは中央軍や諸侯の騎士団に呼ばれ、指南役として訓練を見たり、組み手の相手をするということが習慣化したのだ。
今回はその中でも大規模なほうだ。近衛兵を中心に、地方の腕っぷしの強い若者や、軍の育成をしたい大佐以上の幹部も何名か集まってきている。
人数も多いので、とりあえずということで、俺の部隊の戦士たちと参加者にはまず、多対一で組み手をしてもらっている。
無論、ランキエールの戦士が、多対一の一のほうである。
そのとき、俺の背後から声がかかった。
「トリスタン殿。本日はご足労いただき感謝する」
「サンドラ大尉」
声をかけてきたのは、軍人然としているが女性──王都の淑女にしては飛び抜けて背が高くて体格も良く、また、筋肉で張り詰めた四肢を持っている御仁である──、サンドラ大尉だった。
彼女は公爵家の令嬢、すなわちヴィヴィエンヌの同等の格を持つ人物である。
中央軍では、女であっても魔力の扱いに長けていて戦闘力が高く、家柄があるのなら、相応の素質がある者として出世をすることができる。彼女の年齢と家柄で大尉というのは、男の基準に照らし合わせても極めて順調な類いだろう。
「どうですか。中央軍は」
彼女は規律高く、軍人仕様のよく通る声で尋ねてきた。
「どう、と言われてもな。文化と戦術が違いすぎる。中央軍の強さは兵站と物量だ。弓部隊と魔法部隊を抜きにして語ることはできん」
「……なら、ランキエールの基準で個々の兵士の戦力を測る、ということならどうでしょう?」
俺は目の前で繰り広げられている組み手を見ながら、端的に答える。
「すまんが、問題外だ」
「これは手厳しい」
「体重差で言うと、中央軍の兵士は二人……いや、三人でうちの戦士を倒さねばならん。それも人数の分、圧勝できないとおかしい」
組み手を見るに、うちの連中は中央軍の兵三人程度なら、もはや盾すら使わずさっさと手で引っ掴んで投げてしまっていた。まるで大人と子供の戦いだ。
新兵ならまだしも、意欲のある若者を集めてこれでは話にならない。
「だが、実際は四人か五人でギリギリ。ランキエール人どうこう以前に、根本的に個々の能力に差があるだろう」
「……不躾ながら、その原因とはなんだと思われますか」
「そうだな、まあある程度以上は魔力の扱いに尽きるのだが、根本は別にある。たとえば──」
俺は腰の短剣をおもむろに引き抜いて見せた。サンドラ殿は、
「……?」
という反応をして俺の手元を注視する。
そして俺は、後ろ手で背後に短剣を投げた。
剣が飛んでいったのは背後の建物の影。狙ったのはそこに隠れていた人物が持っている手帳である。
「ひっ!」
短剣は手帳を貫いて、手帳ごと背後に飛び、壁に突き刺さった。
俺はその人物に声をかけた。
「失礼! 貴君の所属を明かしてくれ!」
「ひいっ! あ、えっと」
「侵入者ではなかろうな?」
「お、王宮の、者でして。許可はその、得て、います」
──王宮?
その人物は胸元の紋章を指差す。確かに王宮のもので間違いない。
「軍の外部から見学があるとは承知していないが」
「は、はい。たいへん、失礼、いたしまして……」
その人物はへなへなとへたり込んだあと、恐怖に顔を歪めて、駆けて逃げていく。周辺に控えていた警備兵が彼をすぐに追った。
俺は隣で目を見開くサンドラ殿に言う。
「サンドラ殿。失礼ながら、あの者の視線に気づいていたか?」
「いえ、恥ずかしながら」
「なら、大尉がそれでは少々心もとない、ということになろうな」
「……本当に手厳しいですね、トリスタン殿は」
「不服か?」
彼女は怯まず返してくる。
「いえ、これこそ我々が望むものです」
「ならいい。長らく戦がなかった以上は仕方がないが、そもそも戦闘力以前に、君たちは命のやり取りをする危機感に欠けている。魔力は生命と源を同じくするのに、それでは出る力も出ない」
話しながら、俺は組み手の方に再び視線を遣って、広く視野を取る。
……実はさっきから、さっきの手合いとはまた別の視線も感じている。
こちらは手練れだ。それだけにこの視線がどこから来ているのか絞れない。
凄んだ手前、警戒は解かないようにする。
そしてこの視線の源が誰なのか、目的はなんなのかを思案する中で、ふと不安になったことがあったので、サンドラ殿に尋ねた。
「……ちなみに、さっき王宮の者を追い払ったのはまずかったりするか?」
「あ、たぶん大丈夫です。兵士の領域に丸腰で入ってきた以上、向こうが悪いということになります」
「左様か。安心した」





