第58話 やさぐれ聖女②
牢獄塔に囚われてからの聖女ミレイユの荒れっぷり──というか、厄介ぶり──はもう、話に聞くだけでも酷いものだった。
まず、基本的に嘘しかつかないし、質問への返答は要領を得ないし、意味不明なタイミングで世間話を始めるし、すぐ泣くし、キーキー喚き散らす。
そして急に気分が変わって午前に「反省したの……」とか言い出してペラペラ話し始めたと思えば、午後には「違ったかも」「私は悪くない」などとのたまい、あるいは悪意を持ってこちらを混乱させるような供述も始める。真面目に語ったときですら、そもそもの記憶違いが多々あるようだ。
その癖言うことの一部は歴史の闇の正鵠を捉えていることがあるらしいので、なおさらタチが悪い。
尋問官も本来はこういう知能の手合いには慣れているはずなのだが、それはやったやらないを認めさせられるか、ということに係る手腕に留まる。聖女ミレイユの場合は聞くべきことが複雑すぎ、覚えていることと覚えていないこと、覚えているけれど思い出せないことが王国の歴史分山積していた。そもそも転生や権能というのは荒唐無稽ということもあるし、また、真面目な話、転生を繰り返したことによる人格や記憶の混同も疑ってかからないといけない。
そんな中でなんとか、歴史についてだけでも確からしい供述を引き出せたのは、研究班の苦労が偲ばれる。
どうも最初は普通に「死にたくない」「痛いのは嫌」と言っていたようで、罰を匂わせて脅せば多少マシな答えも返って来ていたらしいのだ。マシな供述は概ねそれ由来だそう。
けれど、何か月か経って、どうやら私たちが光の聖女の転生を恐れているようだ、と勘づいてからは、自分の命を盾にこちらを逆に脅して来るようになった。馬鹿でもそういう嗅覚はあるのがなおさら厄介なところである。彼女は自分の爪で自傷行為を始めた。爪を床で研いで鋭くし、手首を傷つけては、
「ねえ私、こんなに辛いの、あー、あー! 死んじゃう!」
などど喚き散らし、実際出血によって貧血を起こすようにもなった。そしてなんだかそれが気持ちいいとか言って恍惚とした表情をしているという報告もある。
もうどうにもならなくなって、自白剤や酒類等の薬剤を使った尋問も始まった。そこでもなんとか新たに供述は得られたそうなのだが、これの後始末が最悪だった。
聖女ミレイユはそこで、酒の味を思い出し、そして、薬剤で中毒になったなどとのたまい始めて、煙草や葉巻を所望するようになったのだ。
交渉事の勘所も弁えてきたようで、○○を教える代わりに酒を寄越せと言うこともある。どうしてもうまくいかなかったらまたキーキー喚いて手首を切ったり舌を死なない程度に噛んだりする。
しかも、ものは試しとその交渉に応じて得られた情報がまた、歴史的にも魔法的にもたいへん価値があったようで……
「ふぃー。ヤニうめえわぁ!」
──聖女ミレイユは私にはそっぽを向いて、空に葉巻の煙を燻らせている。
そんな経緯で、煙草も酒もある限りは吸い散らかし飲み散らかす、最悪の監視体制に移行してしまったのである。
取り上げようとしたら自傷行為に走るらしい。頭をがんがん壁に叩きつけられて、記憶が変わったなどと言い出すこともあるそう。
もう、まだ情報を隠していてあえてこちらを試しているのか、単に覚えていないのか、気分で思い出すのか、なにもかもわからない状況である。
実は我々は光の聖女なりの賢さによって掌の上で転がされているのではないか、という疑いも持ち上がったが、よしんば賢いとしてもこんな惨状に自分から陥っているようではそもそもその程度の知能なのでは? と反駁されれば誰も言い返すことはできなかった。
まあ、振り回されていることは確かだ。
ちなみに、煙草の吸い方は最初からやたら慣れていた。それが今世の癖なのか前世の記憶由来なのかも不明である。
「あなた、前見たときよりも汚らしくなっていません?」
「……知ったこっちゃないわよ。私はもう終わったの、あー辛い辛い」
そう言うと聖女ミレイユは煙をふぃーと吐き、小樽に入った酒を両手で抱えて、一気に煽った。
今の彼女は、身なりもふるまいも、本当になにもかも酷い。
木綿の囚人服は黄ばみに黄ばんでいる。眩く輝いていた、光の聖女特有の金の髪もくすみきって、目の奥は濁ってどんよりしてる。
彼女は酒をたらふく飲むと、私たちがいることなど気にもせず、
「ごえっ」
と腹の底から下品にげっぷをし、しばらくすると急に立って牢の側溝へ駆けていく。そして、
「おえぇぇー」
と吐いた。
私は思わず顔を背ける。
葉巻と酒の匂いには、そういう場に出向いて交渉を行わねばらならなかった経験もあるので耐えられたけれど、吐しゃ物の酸っぱい匂いまで混じったら私まで吐きそうになる。
耐えられなくなり、後ろの看守を見ると、頷いてくれた。
窓までいって縄を引っ張る。すると塔の下の鈴が鳴って、ほどなくして屈強な中年の清掃員(これも女性である)が二名、雑巾のかかったバケツとモップを持って上がってきた。
聖女ミレイユは二人の姿を見かけると、「げ」という顔をする。
清掃員は牢獄の鍵を開けるなり、片方が聖女ミレイユを手早く拘束する。
「ほうらミレイユさま、粗相は駄目ですよー」
「ふざけんなババア! 私を誰だとっ! あっ! いたい!」
「ああもうこんなに汚して」
バケツにかかった雑巾──このためにあったらしい──を片手で取った清掃員は、ごしごしと雑に聖女ミレイユの口元や、吐しゃ物のかかった手足を拭う。そしてその多少綺麗になった両手両足をまとめ、掃除の邪魔にならないよう、吊るすように持ち上げる。
そうして汚らしい床と側溝の掃除が始まった。
その間聖女ミレイユは市場の豚みたいに吊るされながら、
「殺すなら殺せぇーーーーー!」
と叫んでいる。
私はそれを見て、かつての彼女の結婚式の晴れ姿に抱いた感想と同じだが、まったく逆のことを思った。
──ああ、これが、私が一度負けた女の姿か。





