第56話 第二王子②
ソラン殿下は言う。
「ランキエールがドルナクと組んで交易を始めてから、東部の商人もどんどんこちらとの交流を深め、手法を学んでいっています。自分たちが作ったものを買い戻して保有したいというのは理解できる」
ランキエール側では俺と父上、そして王妃側の重鎮たちも遅れて殿下が何を言ったか理解し、全員が苦い顔をした。
今我々が行おうとしているのは、王都が陥っている窮状を、ランキエール含めた東部地域が救う、ということであり、それは王宮とランキエールで協定を結び、意図して物価上昇、特に穀物の価格上昇を抑えようということが含まれる。
だが、別の立場から見ればこれは、本来我々がもっと高く売りつけられる穀物を、政によって低い値段で融通していることでもある。
そこに、王都で最先端の手法を学んだ東側の商人が参入し、自らで農作物を保有し始めたのだ、ということを、ソラン殿下は指摘した。
王宮にとってこれは東側にやられている、というところでもあるし、俺たちにとっては、現在勝っている状況をコントロールして王宮に恩を売りたいのに、変に勝ちすぎてしまうということを意味する。
「……東の商人となれば、ランキエールの商人も無関係ではないでしょうね。失礼しましたソラン殿下。こちらの片手落ちです」
「あ、いや、失礼。姉さん。謝ってほしかったわけじゃないです。大切なのは原因究明で、きちんと起きていることを把握し、量を測ろうという話なので。ランキエールのみなさんには感謝しています」
面白いのが、ヴィヴィエンヌが即座に謝罪すると、ソラン殿下が焦ったように返し、ぺらぺらと親し気に話し始めたことだ。王妃殿下はその様子を見て、ちょっと呆れた顔をする。
けれど彼に悪意はないし、配慮もある。軽いがそういう言い回しである。
この場に限ってはそれが良い方向に作用した。緊張が走っていた会議に場の空気が少し緩んだのだ。
ソラン殿下は、この場にいる全員に向かって言う。
「我らは一つの国。富が西から東に流れようと、それは大いなる循環の一部に過ぎないことを、忘れてはなりません」
素直にその言い方と、視座に感心した。
これは、東に富が流れることについては受け入れた上で、対立構造にならないよう気を付けたまま、冷静に分析を続け、長い期間で全員で得をしよう、という大局観を全員に示したということに外ならない。
間違いなく王の視座である。これを受けて、
──王国の未来も期待できるやもしれぬ。
と思った者も、会議に同席している中にはいるだろう。そして殿下は、俺たちランキエールを含むテーブルを改めて見回して、次のように結んだ。
「愚兄による取返しのつかない失敗を経てなお、王国がもっているのはランキエールの助力によるもの。その恩は返さねばなりません。もしも干ばつが終わったあとの未来に、ランキエールが危機に陥れば──」
ただ、最後の一言の前に、意味深な気配を覚えた。
「──そのときは我々が、ランキエールを助けましょう」
彼の視線は、不自然なほど長く、自身の存在を知らせるかのように、俺に向いていたのだ。
◆
去り際に、王妃殿下がヴィヴィエンヌに言った。
「巡礼祭を、復活させるそうですね」
「……そちらにまで、話が及んでおりましたか」
「東部地域の神父に、多くの記録確認が行っていると聞きました。また、巡礼に使う旗や十字架を集め直そうともしていると」
ランキエールの陣営に、微かな緊張が走る。
巡礼祭は聖教の儀式を組み込んでいるが、見方によっては異教徒じみた行事でもある。もしも釘を刺されたら、今後の対応が変わってしまう。
「ええ殿下。あくまで、無理のない範囲でですが」
「結構なことです。私も幼いころ、巡礼祭を見かけたことがあります。あれは良いものです。王都の教会が疲弊している今、東のやり方で精霊司祭たちが聖教を紡いでくれるのは、我々としても非常に喜ばしい」
王妃殿下がそう言うのを聞いて、一行は胸を撫でおろす。
「姉さん、僕も遊びに行っていいですか? その巡礼祭というのに」
そこにソラン殿下が、背後にも聞こえるように尋ねてくる。
これは王妃殿下に加えて、未来の国王がお墨付きを出したということでもある。
ヴィヴィエンヌはきっと内心で礼を言いつつ、微笑んで返す。
「……ソラン殿下。『姉さん』と言うのは、さすがにもう、ちょっと。それにもう大事なお体なんですから、気軽に遊びに行くだなんておっしゃらないでください」
「そうですよソラン。訪ねられる方の身にもなりなさい」
「ははは! 母上も姉……ヴィヴィエンヌ殿も、これは失礼しました」
ヴィヴィエンヌと王妃殿下、ソラン殿下の三人には、親しげかつ独特の、知己であるがゆえの特有の雰囲気があった。
振り返るに、我々が王太子アドリアンの結婚式に訪れた折、王妃殿下がヴィヴィエンヌとソラン殿下の婚約を提案してきたのも、こういった温度感を踏まえてのものだろうと思う。
宮を出て、馬車まで行く折に、ヴィヴィエンヌに尋ねた。
「仲がいいんだな、君たちは」
「まあ、アドリアン殿下の後始末で散々三人で話しましたからねぇ……ソラン殿下は幼いときから愚痴聞き係をしてくれました」
「なるほど」
「前にも言いましたが、王妃殿下は私にたいへん目をかけてくれました。あの婚約はもちろん、大局を見てのものでしたが、私の資質を王妃殿下が大いに評価してくださったゆえだとも聞いています」
そしてヴィヴィエンヌは、思い出したかのように自身の首元に手をやって、髪を持ち上げた。
「この髪の手入れの仕方なども、教えてもらいましたよ」
あからさまにそう言われると、思い出したように知ることがある。
そう、ヴィヴィエンヌの髪色は、黒。
王妃殿下と同じ色である。
「使うべき香油も実は違うのです。ドルナクの両親も、私ほど黒は濃くないというか、茶色なので……。少ないんですよね、真っ黒な髪の人は」
「親近感が湧いたのかな、王妃殿下も」
「……かも、しれませんね」
彼女は懐かしむような目で遠くを見ながら、馬車の前まで来ると、軽快にステップに乗り上げて、専用に誂えられた座席に座る。
次の行先も決まっている。
彼女が王都に来た用事は、王宮との折衝に加えて、もう一つあった。
「では、行きましょうか。私に負けた女のところへ」
ヴィヴィエンヌは実に溌剌とした笑顔で、そう言った。





