第55話 第二王子①
燦々と日が照り、乾燥する王都。周辺の草花は茶色く枯れ、道中も麦畑や家畜を見つけることもできなかった。
俺たち一行が門をくぐると、歓声が湧いた。
「待ってたぞぉー!」
野太い男の声である。
それに続いてやんややんやと囃し立てる声が続く。
王都の民はランキエールを歓迎していた。干ばつの窮状──それもかつての王太子による愚策と光の聖女ミレイユの醜聞によって悪化していたものである──を救い、なんとか生活できるだけの物資を下支えした俺たちに、対しては、素直に「よくやった」と思ってくれているようである。
「助かるぞおでっかいの!」
「水置いてけ! 水置いてけ!」
……なんだか、妙なノリの良さを感じるが。
辺境と馬鹿にされているようで、そうでもないらしい? このあたりの等身大のおおらかさが王国の良さなのかもしれない。
そして、次のような歓声も混じっていた。
「トリスタンさまー!」
黄色い歓声である。
馬車の中で、ヴィヴィエンヌがニヤニヤとした視線を注いでくる。
「人気ですわねぇ、我が夫は」
「言ってくれるな。元はと言えば君が気合い入れて整えすぎたことが発端だ」
「あら、嬉しいという話なのに。夫がモテモテなのは気分がいいですわ」
さてさて、俺たちが向かっているのはもちろん王宮、なのだが。
今回は国王陛下に謁見するわけではない。訪ねるのは王妃殿下の宮。
国王陛下の体調は安定しておられる……という話ではあるが、ご多忙であられることを踏まえ、細かな折衝や政を取り仕切ることは主に、代行として王妃殿下が行っておられる。
王宮の敷地の一角にある、王妃殿下の宮まで行くと、出迎えがあった。
由緒正しい白い親衛隊の制服を着た兵士たち。
そしてその中に一人、見目麗しい長身の男性がいる。王都人にしては高く、俺の目元くらいの上背があり、そして、着ている宮廷服に入っているのは、王家の色である金の差し色。
その彼は、俺たちが来たのを認めると、王族が臣下に許される範囲の最大の会釈をして礼を尽くしたあと、ヴィヴィエンヌを見て柔和に微笑み、言った。
「久しぶりだね、姉さん」
王位継承権一位に繰り上がった、第二王子ソランである。
◆
会議室のテーブルに、父上、俺、ヴィヴィエンヌの三名が座り、王妃殿下と各地の重鎮もつく。そして、最後にソラン殿下が座った。
「改めまして、ソランです。本日も、勉強させていただきます」
彼は、現王位継承権第一位の男としては過剰なくらい丁寧な口調で言った。
第二王子であるソラン殿下は、廃太子となった第一王子アドリアンの異母弟に当たる。ヴィヴィエンヌのことを「姉さん」と呼んだのは、彼女がアドリアン殿下の婚約者だったときの癖なのだという。
王妃殿下はアドリアン殿下を産んだのち、子が望めぬ体となった。国王王妃両陛下は仲睦まじいことで有名だったが、王統の存続のため陛下は改めて側室を娶り、そうして生まれたのがソラン殿下である。
殿下が生まれた折に側室だった母君は亡くなってしまったが、なんと王妃殿下がソラン殿下を養子として迎え入れた。こうしてソラン殿下は、王妃殿下の懐刀、そして王統の存続を背負った正統な王子となったわけである。
しかし、ソラン殿下は継承権の順位のわりには、王宮内で強い立場にいなかった。
第一に、王統を存続させるためという経緯で、王妃殿下にも慮って選ばれた側室の子であるからして、後ろ盾が弱い。どこかの公爵家や勢力の代表者の娘が満を持して国王の妻となり、その結果として生まれた、という経緯とは異なる。
また、彼を養子にした王妃殿下とその一族からしても、第一には実子のアドリアンを王にすることが至上命題になるので、あくまでソラン殿下はスペアという扱いを出なかった。
第二には、若すぎたということがあった。
ヴィヴィエンヌがランキエールに来た三年前の時点で、ソラン殿下は十四歳。現在十七歳で、もうじき十八歳の成人を迎えるが、それでもまだ国王となって権力を振るうには早すぎる。
元々は、アドリアン殿下が精神・体力ともに健康であり、レーンヴァルド公爵に叙せられて正式に王太子となり、国王となることが確実視されていたという状況である。
そこで、良く言えば王妃殿下の懐刀だが、悪く言えば王妃の傀儡に過ぎず、本人はあくまで王統の継承のためのスペアであったソラン殿下に、人は集まらなかった。来たとて王妃殿下の方だ。王統の規則上、アドリアン殿下に子が生まれれば、王位継承権はそちらの方が優先されてしまうこともある。
それが去年、アドリアン殿下と聖女ミレイユの失態によってすべてがひっくり返った。王国内で大勢力を誇っていた教会の信用も失墜した今、王都の権力関係は再編の真っただ中にある。
そして国王陛下の容態についても、王妃殿下のことを信じるならまだまだ問題ないが、三年前から明らかに謁見の回数が減り、王妃殿下を通じて采配を振るっている現状からして、大いに失礼ながら、いよいよ崩御も近いやもしれぬ、と予感されるには十分である。
となれば、再びの立太子も近い。
現にアドリアン殿下の愚行で無茶苦茶になったレーンヴァルド領も、副総督の手によって急激に復興が進められており、こうしてソラン殿下も実践的な交渉の場に連れてこられ、国王となるべく勉強に励んでいる。
殿下について受ける個人的な印象は、長らく不安定な立場にいたことによるものか、浮世離れしているな、というところだ。次期国王になることが見込まれる者が低姿勢であることは、あまり良いことではない。
ただ、それはそれとして、特筆すべきことは別にもあった。
「ということで、ヴィヴィエンヌ。二年債を増発せねばなりません」
「わかりました。ランキエールが引き受けましょう。物価の上昇が懸念点ですが、小麦の相場については、先物の売買で落ち着かせる方向で考えています」
「助かります」
「しかし、予想より先物価格の上昇も早く、効果は限定的でして」
「それについては、アンジュー領での小麦の増産を発布する予定です。水を回すことになりますが、小規模なら問題ない。これで少なくともあと二年は持たせられる」
王妃殿下とヴィヴィエンヌは涼しい顔で、丁々発止のやり取りを続けている。
この二人のやり取りはとにかく早い。そしていつだって準備は万全。王宮側もランキエール側も、彼女たちの隣で秘書が控え、言われた資料を即座に出すべく控えているような状況である。
王都側の重鎮は、もう昔からのことなのか、それを受け入れて黙って言われたことに応えるだけである。俺も父上も、要所で口は挟めど(というかヴィヴィエンヌは要所で当主を立てることも怠らない)、基本的には彼女に頼りきりだ。
だが、そこに唯一、口を挟める者が出てきた。
「……姉さん。先物の価格が上がってるのはたぶん、東部の商人が買う側に回り始めているからですよ」
それがソラン殿下だ。
ヴィヴィエンヌは彼に言われたことを瞬時に咀嚼し、うん、と一度頷いた。
「確かに、そうかもしれませんね」
そう、王妃殿下の懐刀とはすなわち、ヴィヴィエンヌと同じく、この王妃殿下によって長年育成されてきた才能ということでもある。
ソラン殿下はある意味で、ヴィヴィエンヌと同門とも言える存在だった。





