第3話 初陣
ウェストヘイヴンが窓の向こうで小さくなっていく。
係留桟橋の間に埋もれていた居住区の灯が、離れるほどひとまとまりの街に見えてきた。その先で貨物船の列が別の進路へ分かれ、警備艦の船影がゆっくり横切る。
十八歳になった俺は、アイリスと並んでその灯を見送っていた。
乗っているのはハリスの民間武装護衛船だ。貨物も積める独立船で、今回は荷物を届ける宇宙航行に同行し、寄港先で整備を手伝う。
格納区画には俺のパワードスーツも積んである。
俺たちがいるのは乗員用ラウンジの窓際だった。長椅子の背には誰かが置いたクッションがあり、隣の食堂から朝食の片付けをする音が聞こえる。壁のラックに読みかけの雑誌が差してあるのを見つけ、自分もここで暮らすのだと思うと嬉しくなった。
「マスター。窓に映っていますよ」
「何が?」
「お顔です。先ほどからずっと笑っていらっしゃるので」
口元に触れてみたが、笑いを収めようとしても戻らない。
アイリスの横顔も窓に映っていた。長い銀髪を肩から払う仕草まで綺麗で、その口元には俺を見て楽しんでいる笑みがある。
「俺の夢に近づいたなって。まだ仕事もしてないのに、ブレイクウォーターの窓から故郷を見送るだけで嬉しくなってくるんだ」
「では、今日の顔も覚えておきます。もっと近づいたときと比べられるように」
「もっとひどくなるぞ」
「楽しみです」
少し照れたが、俺も先の楽しみが増えて笑ってしまった。
「じゃあ、もっといい顔を見せられるように頑張るよ」
出港から数時間後、船内に警報が鳴った。
『メーデー、メーデー、メーデー。こちら輸送船セレスト。宙賊船三隻の攻撃を受けている。船体損傷、死傷者あり。自力での離脱は困難。付近の武装船に至急、援護を要請する!』
張り詰めた女性の声と共に、画面へ船名と現在位置が表示された。救難信号に添えられた航跡が更新されていく。
船内放送にハリスの声が響いた。
『救援に向かう。全員、戦闘配置!』
ブレイクウォーターが進路を変えた。
接近するにつれて、砕けた船の残骸と砲火が見えてくる。
輸送船の砲塔は半分が沈黙し、船首近くの外板が大きく抉れていた。その背後から中型船が追い付き、左右へ開いた小型艦が退路を塞ごうとしている。
『セレスト、こちらブレイクウォーター。救難信号を受信した。これより援護する。こちらへ退避できるか?』
『こちらセレスト。応戦して敵を減らしましたが、砲の半分を失いました。操舵手も死亡。今は同乗者が舵を取っています』
輸送船のキャプテンに続き、別の女性が応じた。
『操舵は私が引き継いだ。そちらの後ろまで持たせる!』
輸送船が船腹を傾け、迫る光をすれすれでかわした。
追う中型船の外板には、不釣り合いなほど新しい砲塔が何基も並んでいる。船首の大型砲に、舷側を埋めるレーザー砲。どれも工房のカタログで値段を見て諦めたメーカーの製品だ。
『止まれや! 積荷を全部よこせ! 逃げやがったらエンジン潰すぞ!』
中型船の砲口が光った。
輸送船のシールドが薄く明滅する。ブレイクウォーターが間へ割り込み、砲撃を返した。
『宙賊のくせに、いい砲を揃えやがって……!』
ハリスの舌打ちを聞きながら、俺は格納区画へ走り出した。
「アイリス!」
「はい。起動しておきます」
*
格納区画の奥に、黒く引き締まったパワードスーツが立っていた。
艶を抑えたブラックの胴体に、オレンジの肩装甲。ガントレットとグリーブも同じ色で揃え、関節の動きを妨げないよう装甲を重ねている。腰は細く、背中のスラスターは身体の線に沿って収まっていた。
首元には紅いロングマフラーを巻き、右腰にはクリムゾン・クレイモアの柄を収めてある。
何度見ても、俺の欲しかった姿だった。
「よし、出番だな!」
背部から身体を滑り込ませる。
肩の装甲が閉じる音に胸が高鳴った。ここだけでも三回造り直した。ようやく実戦で使える。
「キャプテン、俺を出して!」
『どこへだ!』
「外! 小型の方なら横から近づける!」
『はぁ!?パワードスーツでか!? 今、船が撃ち合ってるんだぞ!死ぬ気か!?』
思わず言い返しかけた。
けれど映像の中では、船首へ飛んだ弾をブレイクウォーターのシールドが受け止めている。ハリスはその船を指揮しながら俺まで心配しているのだ。
「分かってる。でも、見てるだけなんて嫌だ。俺も戦える」
『飛べるのと戦えるのは違う!』
「戦えるように造ったんだ!」
声が大きくなった。
俺は一度息を吸い、前に見てもらった試験記録を表示した。
「今もこの出力が出てる。迎撃砲なら防げるし、船より小回りも利く。……頼む、キャプテン」
アイリスが現在の数値を記録へ重ねる。
俺はディープリンクから霊素を吸収した。胸から手足へ巡らせると身体の内側に熱が満ち、指先まで冴えていく。
閉じかけたバイザーに髪が紅く映った。
瞳の奥にも同じ光が灯っている。初めて鏡で見たときは声が出た。ホロムービーのヒーローみたいだったからだ。
見慣れた今でも、これはいい。
笑いそうになった俺をアイリスが覗き込む。
「そのお顔、帰ってからも見せてくださいね」
「ああ。もっといい顔になるぞ」
「では、楽しみにしています」
ヘルメットが閉じる。
接触パッドからレギュレーターへ霊素を送ると、黒い装甲の継ぎ目が紅く灯った。
駆逐艦一隻に匹敵する出力。
巨大な船体と大量の設備へ分ける代わりに、俺はこの身体一つを生かし、飛ばし、戦わせるために使う。
それを受け止められるように造り直したのが、このパワードスーツだ。
『……ロイドと測った数値、本当にそのまま出てるな』
「うん。試験で使った装備をここでも使わせてほしい。小型からなら狙える」
『仕方ねえ…左の小型を狙え。俺がシールドを削る。中型の正面へは出るなよ』
「任せて!」
『帰ってから自慢しろ。ここで待っててやるから、絶対に死ぬんじゃねえぞ!!』
胸が熱くなった。
「すごいの見せるからな!」
エアロックへ入り、フレキシブル・スタビライザーへ霊素を通す。
薄紅く灯ったマフラーを背後へ流すと、通信越しにアイリスが小さく笑った。
『マフラーのたなびき方まで操作してるんですね』
「そこまで含めて俺のスーツだからな。格好よく撮ってくれよ」
『はい。そこも撮っておきます』
外扉が開いた。
砲火の向こうに小型艦が見える。俺は表示された進路へ身を乗り出した。
「カイル、行きます!」
*
紅い尾を引いて母船を飛び出した。
正面では中型船が砲火を吐き、右の小型艦が輸送船へ回り込もうとしている。
俺の目標は左でブレイクウォーターと撃ち合っている一隻だ。
開きっぱなしの威嚇用通信に、別の怒鳴り声が割り込んだ。
『何だ、あの赤いの!バトルスーツで飛び出してくるなんてイカレれやがる』
『撃ち落とせ!』
小型艦のレーザー砲がこちらへ向いた。
マフラーを広げてマントの様に身体を包むと、迫る光が紅い表面でほどけて散る。弾かれた一条が肩の外を抜けていった。
その向こうで敵のシールドが白く潰れた。
ブレイクウォーターの斉射だ。
『今だ、カイル!』
俺はマントの隙間から左手を突き出した。
掌に集めたアストラル・フォトンが紅い弾を形作る。魔法で霊素を留めた光粒子を、狙った砲塔へ撃ち込んだ。
クリムゾンバレッドが装甲を貫いた。
砲塔が内側から弾け、傾いた船腹から火が噴く。俺はその裂け目へ二発目を叩き込んだ。
小型艦の後部が膨れ上がる。
エンジンを巻き込んだ爆発が船体を二つに折り、破片が四方へ飛び散った。
「一隻!」
掌から撃った弾で本当に敵艦を落とせたのが嬉しくて、自分の声も弾んだ。
『マスター、中型船の砲塔がこちらを向いています』
レーダーにいくつもの射線が重なる。
左へ噴射すると直前までいた場所を太い光が抜け、続くレーザーがマントへ突き刺さった。
止まらない。
船首から舷側へ並んだ砲塔が次々に俺を捉え、進路を変えるたびに別の砲口が光った。
『あの赤いのを潰せ! 砲門を全部そっちへ向けろ!取りつかれたら終わりだ!』
金を掛けた砲を見せびらかすような撃ち方だ。
反射したレーザーが紅い布の縁を照らす。その下の黒い装甲には、まだ傷一つ付いていない。
「いいぞ!」
身体をひねるだけでマントが追い、抜けたい方へスラスターが押してくれる。
レーザーが入り乱れる中を突き進みながら、俺は笑っていた。何度も図面を描き直した甲斐があった。
『実体弾、正面!』
船腹の連装砲が火を噴いた。
実体弾はシールドで受ける。俺一人の前へ集中した防御が弾を砕き、その破片を追い越して懐へ飛び込んだ。
右のガントレットからリストブレードを伸ばす。
中型船のシールドを斬り付けると、傷口を起点に青い光が波打った。次の瞬間、舷側を覆う一面が消えた。
開いたところへ滑り込み、連装砲を斬り上げた。
ほとんど抵抗がない。厚い装甲も砲身も一緒に割れ、宙へ浮き上がる。
『おい……人だぞ! パワードスーツ着た奴が外にいる!』
『はあ!? そんなわけあるか!』
『今こっちの砲を斬ったんだよ! 映像見ろ!』
『クソが!ホロムービーじゃねえんだぞ!なんだよあれ!』
『何なんだ、あいつ……近寄らせんな!』
声が裏返った。
残ったレーザー砲が動くより先に、俺は紅い残光を引いて船尾へ抜けた。
『もう一隻の小型がそっちへ行く!』
ハリスの声と共に、右後方の反応が向きを変えた。
中型船へ近づいた俺を横から狙うつもりらしい。
『そいつは俺がやる。お前はそのまま行け!』
ブレイクウォーターの砲火が小型艦の進路を横切った。
ハリスに背中を任せられるのが心強くて、俺は中型船へ目を戻した。
中型船のエンジンが輝く。
逃げる気だ。
「まだ終わってないぞ!」
追いすがりながら右腰の柄を抜いた。
クリムゾン・クレイモアが紅い刀身を伸ばす。追い付いた瞬間、左のリストブレードで船尾のシールドを斬った。
青い防壁が明滅する。
消えるのを見てスラスターを止め、生命維持の分を残して出力を右手へ集中した。
刀身が一気に最大の二十メートルまで伸び、紅い光が敵のエンジンを照らした。
『おい、俺は悪い夢でも見てるのか――』
「ぶった斬れええっ!」
シールドが戻るより早く振り下ろした。
刀身が装甲へ沈み、機関区画まで一息に断ち割る。振り抜いた腕に、確かな手応えが残った。
刃を消して離脱する。
背後でエンジンが装甲ごとずれ、傷口から噴いた閃光が船尾を吹き飛ばした。爆発が船腹の弾薬庫へ届き、並んだ砲塔を次々に跳ね上げる。
中型船が爆発四散した。
シールドで破片を弾きながら振り返る。
少し離れた右側でも光が膨れ、最後の小型艦が砕けた。ブレイクウォーターの砲火が止まった。
『敵三隻、すべて撃破。輸送船への追撃、止まりました!』
アイリスの報告に重なって、輸送船から通信が入る。
『い、生きている……船が残っている。ありがとう!お陰で助かった!』
操舵を引き継いだ女性の声だった。
俺も大きく息を吐いた。間に合った。
「キャプテン、今の見たか? 俺の大剣、ちゃんと届いただろ!」
『見たわ! 見守っているこっちの気も知りやがれ!心配させやがって!』
ハリスの大声に乗員の歓声が重なる。
俺もとうとう声を上げて笑った。
「アイリス、今の撮れてた?」
『はい。マスターの二隻撃破も、キャプテンの援護も』
「帰ったら見せて!」
『皆さんにもお見せしましょう。まずは戻ってきてくださいね』
帰還先のハッチに誘導灯が点いた。
俺はしっかり速度を落とした。ここで飛び込みすぎたら、せっかくの映像に余計な場面が増える。
*
格納区画でパワードスーツを固定し、ヘルメットを外した。
アイリスが背部を開けてくれる。身体を引き抜いたところでハリスが駆け込んできて、俺の両肩をつかんだ。
「怪我は!」
「ない! ほら、全部動く!」
両手を握って開くと、ハリスは大きく息を吐いた。
その手が離れてからようやく俺も力を抜けた。
「心配かけたな。キャプテンが援護してくれたから、思い切って飛び込めたよ」
「まったくだ。船ごと斬る奴がいるか」
「いた」
「目の前にな!」
背中を叩かれると痛かったが、ハリスまで笑い出したのが嬉しくて俺も笑った。
「色々言いたい事もあるが…助かったぞ。お前のお陰だ。輸送船のキャプテンからも礼が来てる」
「最後の小型、ありがとう。あそこで振り向かずに済んだ」
「お前がでかい方を引き受けたから、こっちも狙えた。三隻とも片付いて何よりだ」
輸送船には救護班と応急修理の要員が向かった。俺もスーツを点検してもらいながら、渡す交換部品の確認を手伝った。
負傷者の処置が済み、輸送船が自力で港へ向かえると聞いた頃には、ようやく船内も落ち着いていた。
交代で休憩に入った乗員が格納区画へ集まる。
画面には黒いパワードスーツが紅い残光を引いて船尾へ飛び込む映像。オレンジのガントレットを振り上げた肩越しにマフラーが翻り、長大な刃が振り下ろされた。
「おい、今のところもう一回!」
「俺も見たい!」
俺も画面へ近づこうとしたが、急に脚が重くなった。
アイリスがすっと腕を差し出してくれる。
「映像は逃げませんよ」
「今の角度、すごくない? 背中のフィン付けて正解だった」
「ええ。三度も形を変えた甲斐がありましたね」
「そこは二度。三度は肩」
「存じています。どちらも大変楽しそうでしたから」
その腕を借りると、アイリスがぴたりと身を寄せた。メイド服に包まれた大きなものが俺の腕に当たった。
顔を見ると目が合った。楽しそうに微笑む彼女は、俺が立ち直っても離れようとしない。
「わざとくっついてるだろ」
「はい。無事に帰ってきてくださったので、もう少しこのまま一緒に見ませんか」
無事に戻れたことを喜んでくれる彼女が嬉しくて、離れる気はなくなった。
「俺も一緒に見たい。最後の一撃まで、このまま付き合ってくれよ」
「はい。特等席ですからね」
「アイリス。最後のところ、俺が思ってたより早くシールドが戻りかけてなかった?」
「はい。でもクレイモアの方が先に届いています。迷わず振り切れていましたね」
「よかった。途中で小さく振らずに最後まで振り抜いて正解だったな」
「はい。上映ではゆっくり再生しましょう」
嬉しくて話し続けそうになった俺へ、アイリスが少し顔を寄せた。
「強いギフトをお持ちなのは知っていました。でも、今日あの二隻を倒したのはマスターが造って、練習してきた成果です。私はそこが嬉しいんです」
うまく飛べた日も設計画面の前で唸っていた夜も知っているアイリスに、そこを褒めてもらえるのは嬉しかった。
「ありがとう。あの調整が今日の役に立ったんだよな。アイリスがいてくれてよかったよ」
「帰ってきたマスターへ直接言いたかったんです」
支えてくれる手を握り返した。
「次の仕事でも頼りにしてる。出撃するところからまた撮ってくれる?」
「もちろんです。今日も出撃前のお顔をいい角度で残せましたし」
「気付いてた?」
「マフラーをなびかせて、少し顎を引きましたね」
「あの姿勢が一番決まるんだよ。いい角度だったろ?」
「はい。マスターのお勧めの角度で残してあります」
どんな姿が残っているのか早く見たくなった。
ハリスが隣で腹を抱えていた。
「ロイドに見せてやりたい顔だな!」
「父さんには戦闘の方を送って!」
「まとめて送れ、アイリス」
「いえ、こちらは私の手元に」
アイリスが俺を見て微笑んだ。
守ってくれたのか、弱みを握られたのか分からない。
ハリスがもう一度映像を見上げた。
「賞金の取り分は弾むぞ。次は何が欲しい?」
「カタパルト」
「船から買え!」
即答されて笑ってしまった。
それはそうだ。でも、もう欲しくなってしまった。
次の出撃には発進コールも欲しい。
そんなことを考えている俺の横で、アイリスは戦闘映像から一枚を切り出していた。紅い残光を引くパワードスーツの向こうで、宙賊船が爆発している。
「それ、俺にもくれ!」
「はい。写真もまとめてお渡ししますね」
「あとでみんなと見よう。キャプテンの声も入ってるよな?」
「はい。上映用にまとめておきます」
そう言いながら別のフォルダにも保存している。
「そっちは?」
「私が一人で楽しむ分です」
「それも後で見せてよ」
「はい。二人で見る分は、私が好きな場面からでもいいですか」
「いいよ。アイリスがどこを好きなのか俺も知りたい」
そう答えると彼女は満足そうに笑い、映像へ丁寧に名前を付けた。
――マスターの初陣。
その文字を見たら、窓の前で緩んでいた顔がまた戻らなくなった。
【Tips:アストラル・フォトン】
魔法によって霊素を発光する粒子状に保ったもの。カイルは装備の内部でこれを形成し、刃や弾丸として用いる。光子を照射するレーザーとは性質が異なり、霊素の作用を攻撃へ利用できる。保持する魔法の効果が尽きると、その働きも失われる。




