第4話 シャーロット
輸送船セレストを護衛してリンドベル・コロニーに着いたのは、宙賊との戦闘から二日後だった。
ラディセント合衆国のこの宇宙港は、故郷のウェストヘイヴンと同じ惑星を巡っている。入港中のスクリーンには幾層もの係留施設が重なり、傷ついたセレストのために空けられた経路を救護艇が先導していた。
負傷者は病院へ運ばれ、積荷の引き渡しも済んだ。入港後の手続きを終えてドックへ降りると、輸送船のキャプテンと乗員たちが待っていた。
「君がカイル・リード君か」
先頭に立つ灰色の短髪の女性が俺の顔を見てからハリスへ目を向けた。通信で見た輸送船のキャプテンだ。
ハリスが頷くと、差し出された手を握り返す。両手で強く包まれた。
「すまない。もっと年のいった男だとばかり……君たちが来てくれなければ、この港までは持たなかった。ありがとう」
「あ……はい。こちらこそ」
何に対してこちらこそなんだ。
横でハリスが笑いを噛み殺している。映像を褒められたときはあんなに喋れたのに、真正面から礼を言われると上手く返せなかった。握られた手を見て、改めて顔を上げる。
「この宇宙港まで一緒に来られてよかったです。ハリスたちも頑張ってくれましたから」
乗員の一人が俺を上から下まで見た。
「怪我は本当にないのか? あの砲火の中にいたのに」
「はい、問題ありません」
「……本当にその様だね。先ほどまで死地に居たとは思えないよ」
女性は言葉を失い、隣の乗員と顔を見合わせた。
「会社に抜粋した映像を送ったら、照合用に原記録も寄越せと返されたよ。こっちは逃げるのに必死だったってのに」
「私も見ていなければ信じない。パワードスーツで船とやり合うなんて、ホロムービーでもやりすぎだ」
最後まで追ってきたのは重武装の中型船に小型艦が二隻。俺が中型船と小型艦を一隻ずつ潰し、残る一隻はハリスたちが仕留めた。
その話をしかけると女性は何度も頷いた。
「そこは見てた。人間が船の前に立ちはだかったところから、もう何が何だか……」
キャプテンがもう一度俺の手を握った。
俺があそこにいたことを確かめるようで、今度は茶化せなかった。
隣のアイリスが誇らしそうに俺を見ていた。
「私からも礼を言わせてほしい」
乗員の間から一人の女性が進み出た。
高く結んだハニーブロンドの髪が背で揺れる。長い脚に、紺のジャケットを綺麗に着こなした姿。胸元へ片手を添えて礼をした彼女が顔を上げると、澄んだ青い瞳と目が合った。
その少し後ろには、濃い栗色の髪をまとめた年上の女性が控えている。
「シャーロット・アシュフォードだ。あの船には納品の責任者として乗っていた。君の勇気と働きに感謝する」
「カイルです。操舵を代わったのって、君?」
「ああ。直接礼を言いたかった。だが、こんなに若いとは思わなかった」
顔を上げた彼女の目が俺を捉えた。
まっすぐ見つめられて、妙に背筋が伸びる。
「十八歳だよ。ついこの間成人したんだ」
「十八……私より年下なのか」
シャーロットは目を丸くした。その視線が顔から肩へ移り、また戻ってくる。
何か付いてるんだろうか。
「君は怪我なかった?」
「私は大丈夫だ。負傷した者たちも、命は助かった。ただ……操舵手は救えなかった」
シャーロットの視線が一度だけ床へ落ちた。
「私が引き継いだ後も、船長たちは最後まで戦ってくれた。君が来てくれて、やっと逃げ切れたんだ」
「あれほど傷んだ船で砲撃をかわし続けてたんだよな。あの操船はすごかったよ」
「ありがとう」
彼女が息を吐く。後ろの女性がそっと近づいた。
「エレナと申します。お嬢様の身辺をお預かりしております。私からも、お礼を」
丁寧に頭を下げられ、俺も慌てて返した。
シャーロットが一歩近づいた。
「一つ確かめたい。最後に使った、あの長大な刃は剣なのか?」
「そう。クリムゾン・クレイモアっていうんだ。まだ試作だけど、最後まで振り抜けてよかったよ」
彼女は息を吸ったまま黙った。後ろで誰かが『やっぱり剣だったのか』と呟く。
「剣なんて歴史館に展示されている遺物でしか見たことがなかったから自信がなかったが、まさか本物だったとは……たしか、古代の戦争で使用された武器だったか? 刃が巨大化して、宇宙船を斬れるとは思わなかった」
「刃を霊素で作ってるから、あの大きさでも振れるんだ。思い切り振り抜いたら機関区画まで届いたよ」
「艦載砲ではなく、自分で振るう剣にそれ程の出力が出せるのか。君には驚かされてばかりだ」
シャーロットが額へ手を当てた。
この時代の刃物を使う戦闘といえば、せいぜいナイフでの格闘だ。剣を持って戦う人間など歴史の中にしかいない。その剣で船を両断したとなれば、驚くのも無理はなかった。
それでも、格好よく決まった自信はある。
「映像、ちゃんと見えた?」
「船が二つに分かれるところまで。あれを操船席から見て、叫ばずにいられる者がいるなら会ってみたい」
彼女は俺の顔を見直すと小さく笑った。
「それに……スーツを脱いだ君も、ずいぶん絵になる。ホロムービーのヒーローが目の前に出てきた気分だ」
「本当? スーツを脱いでもヒーローに見えるなら嬉しいな」
「世辞ではない。そういうつもりで言ったのでは……いや、褒めたかったんだ」
言い直した彼女の耳が少し赤くなった。
まずい。俺まで頬が緩む。戦い方をヒーローみたいだと言われるだけでも嬉しいのに、真っすぐ顔を見て言われると余計に照れた。
アイリスが横から俺の袖を軽く引いた。
「マスター。嬉しいのは分かりますが、そろそろ私の紹介も」
「あ、ごめん!」
アイリスがスカートの裾を整えると、シャーロットも姿勢を正した。
「アイリスと申します。マスターがボディを製作したオートマタです」
「……オートマタ?」
シャーロットの目が大きく開いた。
銀の髪から微笑む顔へと視線が動く。さっきまで俺に向いていたのと同じ、信じられないものを見る目だった。
「失礼した。お忍びの、どこか高貴な家の方かと」
「まあ。ありがとうございます」
「いや、表情も話し方も自然で、とてもオートマタだとは分からなかった。‥‥製作したという事は、カイルが作ったのか?」
「ボディはね。ブレインユニットは工房から買った」
シャーロットはアイリスをもう一度見つめた。
「見事だな。これほど美しい人を自分の手で……」
「細部までこだわっていただきました」
アイリスは手の甲を俺へ向けて指を一本ずつ曲げ、最後にその手で俺の袖をつまんだ。製作の工夫まで見てもらえるのが嬉しくて、俺もシャーロットへ手元を示す。
「指先も自然に動くだろ。細かい部品をつかめるように何度も調整したんだ」
シャーロットがその動きを目で追って頷くと、アイリスが続けた。
「戦闘中は私が船から支援していました。記録した映像もお見せできますよ」
「ぜひ頼む。あの斬撃をもう一度見たい。……今なら、君たちに色々と聞けるからな」
俺は思わず二人の間へ顔を出した。
「こっちの映像はいいぞ。マフラーが綺麗に――」
「マスターのお勧めはそこです」
言い切る前にアイリスが続けた。
シャーロットが俺を見て、それから堪えきれずに笑った。
「そこも楽しみにしておこう」
*
ハリスと輸送船のキャプテンが話している間、俺たちはドック脇のラウンジで待つことになった。
シャーロットの向かいへ座ると、エレナも隣のテーブルに腰を下ろす。
「元の護衛はどうしたの?」
尋ねるとシャーロットの表情が曇った。
「途中の港で検査を理由に足止めされた。納期が迫っていたから、安全とされた区間を進んで、別の護衛と合流する手筈だったんだ」
「その前に襲われたのか」
「ああ。宙賊にしては妙に武装がよかった。あの区間へ来ることまで読まれていたようで……」
そこで言葉を切り、彼女はカップへ手を伸ばした。
エレナが小皿を置く。蜂蜜の香りがする焼き菓子に、シャーロットの目が少し丸くなった。
「お好きでしょう。朝はほとんど召し上がれませんでしたから」
「……ありがとう」
一口食べた彼女の目元がほころぶ。
俺も勧められて手を伸ばした。温かくて甘い。張っていた肩が少し緩んだ。
「何門もの艦載砲の攻撃をくぐり抜けた装備も、アイリスの指先まで自然に動く身体も、君が手を入れたものなんだな。普段はどんな仕事をしているんだ?」
「実家が工房なんだ。船の部品を直したり、設計を手伝ったり。パワードスーツもそこで改造した」
「戦うだけでも驚かされたのに。君自身が造り手だったとはね」
シャーロットはカップを置いて身を乗り出した。目が合うと微笑んでくれるので、さっきから少し話しすぎている気がする。
「飛ぶ練習も、工房で?」
「最初はそう。外で試せるようになってからはハリスにも付き合ってもらった。止まる方が難しくてさ。飛べたと思ったら、戻る場所を通り過ぎたり」
「君にもそんな頃があったのか。私も操船実習の最初の接岸で行き過ぎたよ」
端正な礼をした人が、少しばかり気まずそうに笑う。
その顔を見て俺も笑った。
「隣で教官が黙っているのが怖くてな」
「俺のときは笑われた」
「それは抗議したくなるな」
「しかも記録が残ってる」
隣を見た。
アイリスは澄ました顔で手元の端末へ目を落としている。
「最近の練習分だけですよ。上達したところも残しています」
「変な姿勢で止まったやつ、消してないよな」
「見直すと勉強になりますから」
「本当にそれだけ?」
「私が楽しめるという利点もあります」
シャーロットが声を立てて笑った。
「君たちを見ていると、私まで楽しくなってくる。よければ君が何を造りたいのか、私にも聞かせてくれないか」
「いいの? 長くなるぞ」
「望むところだ」
そこでハリスが戻ってきた。
俺の横へ腰を下ろし、端末をテーブルに置く。
「待たせたな。お前の取り分も出したぞ」
救援とこの港までの護衛に対する報酬。照合中の賞金は受取予定として分けて表示されている。
俺は最後の合計を見て、指で一度なぞった。
「これ、船全体の分じゃなくて?」
「お前の分だ。うちの取り分も乗員の手当も引いてある」
もう一度見る。
工房で受けた修理や設計の仕事で、少しずつ積み上げてきた貯金。それに今回の金を足したら。
「この金があれば自分の宇宙船を探せるんじゃないか?」
「修理前提の中古なら候補に入る。俺も売り物を当たってみるつもりだった」
ハリスの顔を見た。
冗談ではなかった。
端末で貯金の残高を開いた。何度も部品の値段と見比べてきた金で、今度は自分の宇宙船を選べるのだ。どんな船なら手が届くのか早く見たくなった。
「マスター」
アイリスが隣から画面を覗き込んだ。肩が触れ、腕へ柔らかな重みが寄せられる。
いつものようにこちらをからかう顔かと思ったら、彼女も画面を見て笑っていた。
「探しましょう。私も一緒に見たいです」
「一緒に見よう。アイリスが操船して、俺が出撃できる船がいいな」
言った途端に落ち着かなくなった。
船の売買情報を開きかけた俺へ、シャーロットが声を掛ける。
「ランディングシップでもよければ、紹介したい船がある」
指が止まった。
「この港に?」
「ああ。実家の運送部門で使っていた船だ。更新で売りに出す予定になっている。整備記録も揃っていたはずだ」
彼女は端末を取り出しかけて、俺を見た。
エレナも売却を担当する部署の連絡先を開いている。
「ただ、修理待ちだ。すぐ飛べる船ではない」
「どこを直すの?」
「姿勢制御系と貨物区画の設備だったと思う。正確なところは担当者に確かめよう」
「見せてもらえる?」
食い気味になってしまった。
シャーロットは驚いた顔をした後、すぐに頷いた。
「任せてくれ。私が操船実習に使った船でもあるんだ。君が使ってくれるなら、私も嬉しい」
エレナが担当部署へ通信をつなぐ。
俺はアイリスと顔を見合わせた。さっきまで漠然としていた船に、急に居場所ができた。
「あの船も軍の荷物を運んでたの?」
「いや。普段は地表と港の間で荷物を運んでいた。今回襲われた船とは別だよ」
エレナが見学を手配している間に、ハリスが俺の方へ身を寄せた。
「アヴェルザント王国のアシュフォード子爵家のお嬢さんだ。実家の船のことはよく知ってる」
「子爵……」
思わず背筋が伸びた。
シャーロットが俺を見て、少し困ったように笑う。
「どうか今まで通りに。君ともっと話したいから、その……」
「俺ももっと話したいよ。さっき聞いてくれた、造りたいものの話もまだしてないし」
「そうか。よかった」
その返事が嬉しくて、俺も笑った。
*
見学の許可はすぐに取れた。
届いた売却予定額を見てハリスが頷き、俺へ端末を返す。
「貯金と今回の取り分なら、船体は狙えるな」
「修理は自分でやる」
「そのつもりで部品代と運航を始める金を残せるか見るんだ。俺も付き合う」
「分かってる。直したら飛ばせるか、まず自分の目で見たいんだ」
数字だけで舞い上がって決めたくはない。
でも今は、その船の前に立ってみたかった。
シャーロットは納品先への報告を済ませ、エレナと共に保管用のドックへ案内してくれた。
男女で同じ宇宙船に乗って旅をすれば親密な仲だと見られるが、今日は従者と担当者が立ち会う停泊中の見学だ。一緒に船を見て話せる機会ができて嬉しかった。
港内シャトルの窓を大きな船腹が次々に横切る。俺は空いている係留区画を見つけるたび、今度こそかと身を乗り出した。
「次の区画だ」
「場所までよく覚えてるんだな」
「よく通っていたからね。あの船で接岸の練習もした」
「教官が黙ってた船?」
「ああ。できたときには褒めてくれたよ。あのときは嬉しかったな」
シャーロットの声が少し明るくなった。
手放す予定の船にも、彼女には思い出があるのだ。
シャトルを降り、見学に付き添うドックの係員と合流する。
係員が開いた扉の先へ進んだ。
大きな窓の向こうに、肉厚なエイを思わせる船がいた。
短い機首から左右へ船体が広がり、その後ろに二基の太いエンジンが並んでいる。四本の着陸脚で低く構えた姿は、今にも床を蹴って飛び立ちそうだった。
「マンタ級の多目的ランディングシップだ。船名はスウィフト」
シャーロットが指した船首には、色褪せた文字が残っていた。
俺は窓へ近づいた。
交換した外板だけが新しい色を残している。船尾の乗降口は、跳ね上げられた幅広い乗降用スロープで塞がれていた。
「あそこから荷物を積むの?」
「ああ。車両も入る。惑星へ降りて、そのまま運び出せるんだ」
「いいな。パワードスーツも積めるし、惑星へ降りて仕事ができるんだな」
俺はスーツを整備するときに肩を開いた姿を思い浮かべた。左右に工具を並べても収まりそうで、頭の中ではもう配置を変え始めていた。
アイリスが俺の隣へ来た。
「まだ外からですよ、マスター」
「分かってる。ちょっと想像しただけ」
「何をどこへ置くか、ですか」
「何で分かるんだよ」
「工房でも同じお顔をなさるので」
俺はそんなに顔に出ているのか。
シャーロットがこちらを振り返った。
「中へ案内しよう。君に見てほしい場所もある」
*
接続通路を渡ると空気の匂いが変わった。
油と金属に、しばらく使われていない船の乾いた匂いが混じっている。
ドックから電源を受けた照明の下で通路を進むと、手すりの塗装がよく握るところだけ剥げていた。角には荷物をぶつけた跡もあり、この宇宙船で働いていた人たちの姿を思い浮かべた。
途中のラウンジには青いソファと食卓があり、カウンターの奥には調理台と冷蔵庫が収まっていた。船外作業から戻り、手を洗ってここで飯を食う。部品の置き場ばかり考えていたのに、食卓を見たらそんな暮らしも楽しみになった。
シャーロットはブリッジの扉の前で足を止めた。
「ここがブリッジだ」
中央のシートの前を囲むコンソールには最低限の表示だけが灯り、正面のメインスクリーンはまだ暗い。
俺は入り口で立ち止まった。
あの席で自分の行き先を決め、仲間へ声を掛けて出港したい。
「座ってみてもいいかな」
「操作をしなければ大丈夫ですよ」
係員の返事を聞いてからシートへ腰を下ろした。
少し高い肘置きは調整するとして、右側のコンソールもよく使う表示を手前へ寄せたい。
「アイリス。ここから外のカメラ、全部見られる?」
「接続を確認してからになりますが、配置は使いやすそうです。整備の表示も手元にまとめられそうですね」
彼女が隣の席へ手を添えた。
操船を任せて俺が格納区画へ走る光景が、勝手に浮かんでくる。
その顔を見上げた。
「発進するとき、ここから呼んでくれる?」
「もちろん。何度でも」
アイリスの声で発進を告げてもらうところが浮かんできて、今すぐにでも飛び立ちたくなった。
「それなら帰りもここで迎えてくれよ。毎回、格好よく出撃するところから見せるから」
「はい。帰還まで見届けます」
シャーロットは前方の窓を見ていた。
「実習ではよく乗った船だ。積荷の重さで反応が変わるから、最初は手を焼いた」
「どう合わせたの?」
「一度軽く動かしてみる。数値だけで追いかけずに、反応を確かめてから次の操作を入れるんだ」
彼女が片手をわずかに動かした。
そこに操船用の操作部があるみたいだった。
俺も飛行練習を思い出した。
表示ばかり見ていたときより、噴射した直後の感覚が分かるようになってからの方が上手く飛べた。
「もし買えたら、その辺も教えてほしい」
「喜んで。代わりに君の工房も見せてくれ。あの剣がどこから生まれたのか、知りたくて仕方がない」
「この船に作る工房なら、一番に案内するよ」
シャーロットが迷いなく笑ってくれたので、俺も船のことだけでなく彼女自身のことをもっと聞いてみたくなった。
係員に続いてカーゴベイへ移動する。
閉じた後部乗降用スロープの内側に広い床が続き、壁際には工具棚が並んでいた。隣の小部屋には作業台がある。
これだけ広ければ図面を出したまま部品を削り、組み立てて試せる。父の工房を借りるたびに片付けていた試作品も途中のまま置いておけるのだから、作業台の前から動きたくなくなりそうだ。
俺は空いた床の前でしゃがんだ。
固定穴へ指を当て、それから船側のエアロックへ目を向ける。あの先がサイドハッチだ。
「……ここからなら」
「カタパルトか?」
「まだ言ってない!」
背後のハリスが笑った。
「まず整備架だろ。荷物の通り道も残せよ」
「分かってるって。でも、その先の話もしたいんだよ」
言ってから立ち上がる。
ハリスは笑ったまま頷いた。
「なら、飛ばせる船か確かめようぜ」
この船を自分で飛ばしたい。だからこそ、外から見て喜ぶだけでなく直せるかどうかも確かめたかった。
俺は係員へ向き直った。
「整備記録と、修理待ちになったときのログを見せてもらえますか。中を詳しく調べたいです」
「担当へ取り次ぎます。検査の日程も相談できますよ」
「お願いします!」
シャーロットにも頭を下げた。
「紹介してくれてありがとう。見に来られてよかった」
「私もだ。君があんなに嬉しそうにするとは思わなかった」
彼女が少しだけ作業区画を見回す。
「君がこの船を飛ばすところを見たくなったよ」
「そのときは見ててよ。君が実習で乗ってた頃みたいに、ちゃんと飛ばせるようにしたいんだ」
まだ買えると決まったわけじゃない。
それでも、次にやりたいことははっきりしていた。
アイリスが端末を掲げる。
「一枚、よろしいですか」
「ここで?」
「はい。初めて見に来た日の記録に」
俺はハリスとシャーロットを呼んだ。
アイリスが撮り終えると、入り口で係員と話していたエレナがこちらへ来た。
「皆様ご一緒のところもお撮りしましょう」
「お願いします。アイリスもこっち」
端末を預けた彼女が隣へ来て、俺の腕へ自分の腕を絡めた。
「次は、マスターと私の船になった日の写真を撮りたいですね」
「そうだな。俺たちの船になったら同じ場所でもう一枚撮ろう。アイリスと並んだ写真を飾りたい」
画面に収まった四人の後ろには、まだ空っぽの作業区画が広がっていた。
俺にはもう、そこへ置きたいものがいくつも見えていた。




