第2話 アイリス
巨大ロボットを造るには、まず人間一人分の身体を造れるようになりたかった。
ステッパーを大きくするだけでは足りない。指で小さな部品を扱い、荷物を抱えて歩く仕組みを実物で覚えるために、人間と同じ大きさのオートマタを造ろうと決めた。
十五歳の俺は工房の作業机にあるディスプレイへ二つの設計モデルを並べた。
一枚は当面の出撃用に改造するパワードスーツ。もう一枚は人間と同じ大きさのオートマタのボディだった。
「また増えたな」
父は図面を覗くなり笑った。
「こっちはスーパーロボットを造るための練習。俺が中に乗る巨人を造る前に、人間くらいの身体で仕組みを覚えたいんだ」
「そのために二つ同時に造るのか。ブレインユニットまで造る気か?」
「そこは買う。既にある一般的なロボティクスのロジックから人型の身体を造ってノウハウを学びたいんだ」
オートマタは普通の制御装置を載せたロボットとは違う。ボディを造れても、それだけで彼らの一員にはならない。ブレインユニットはオートマタの工房から取り寄せる必要があった。
公開されている接続規格とボディの整備資料なら手に入る。分からない部分を勝手に埋めず、その規格に合う身体を組み上げるところから始めるつもりだった。
父は関節を拡大して眺めたあと俺を見た。
「俺の仕事が遅れるほど道具を占領するなよ?」
「空いてる時間に使うよ。腕が動くようになったら父さんにも見てほしい」
「なら、やってみろ。どこまでできるか見せてもらおうじゃないか!」
その言い方が嬉しかった。
さっそく材料の注文を始めた俺の横で、母が二つの設計データを別々のフォルダへ移した。
「コスト管理も大事よ?費用も分けておいてね。どちらに使ったか分からなくなるわよ」
未来の巨人には近づけそうだったが、貯金は同じ速さで遠ざかっていった。
*
パワードスーツは中古の既製品を買って改造した。工房の仕事と自主学習の合間に試験を重ね、十七歳には家族の見守る試験宙域で飛べるようになった。
自分で加速し、向きを変え、作業艇の甲板へ戻ったときの感触は忘れられない。窓の向こうにあった宇宙へ手が届いた。
それでも工房へ帰れば、もう一つの身体が待っていた。
オートマタのボディには三年かかった。
肩を回すと腕の内側で配線が擦れた。指を細く収めようとすると握る強さが足りなくなる。直した部品が隣の部品に干渉し、せっかく組んだ腕をまた開く。
測定記録が増えるにつれて図面の赤い修正箇所は減っていった。
十八歳になる頃には全身の動作試験を終えた。
身長は百六十センチほど。長い銀髪を備えた女性型のボディが、工房の架台に支えられて目を閉じている。
顔立ちも身体の輪郭も俺が決めた。
すっきりした腰に長い脚。胸はかなり豊かに造った。何度も調整した顔は同い年くらいに見える。
構造を学ぶためだったことに嘘はない。外見にも随分時間をかけたことは否定できなかった。
ミアは完成したボディと俺を交互に見比べている。
「どうだ、頑張っただろ?」
「凄いよお兄ちゃん!本当に人間みたい!こうしてみると奇麗な人が寝てるようにしか見えないよ!」
「だろ?俺の理想を全てつぎ込んだからな」
「あー…すごく、大きいね?」
「夢が詰まっているからな」
隣で父が吹き出した。
俺も笑いながらブレインユニットの価格表を開いた。
こちらは笑えなかった。
新品は予算を大幅に超えている。ボディの完成が近づくたびに調べていたが、値段は俺の都合に合わせて下がってくれなかった。
「リファービッシュ品なら手が届くかもしれんぞ」
声を掛けてきたのはハリス・コール。父の友人で、独立船のキャプテンだ。寄港のたびに格闘の相手をしてくれた人で、今日は修理を終えた部品を受け取りに来ていた。
「工房で再整備して検査したやつだ。新品よりは安い」
「それでも取り寄せると結構するんだよ」
「次の寄港地にオートマタの工房がある。直接行って在庫を聞くか?」
俺は顔を上げた。
「連れていってくれる? 仕様書を持っていくから、向こうで相談したい」
「ロイドがいいと言えばな。客室は空いてる」
「仕事は片づけてから行けよ」
父は俺が振り向く前に答えた。
*
数日後、俺はキャプテンと寄港先の宇宙港を歩いていた。頭上の案内板に次々と便名が加わり、荷物を抱えた船員の間を背丈も歩幅も違う人々が行き交う。工具を積んだ搬送車に道を譲るたび、早く工房へ着きたくて足がそわそわした。
オートマタの工房に着くと、キャプテンと並んで受付へ向かった。
船旅の間に何度も見直した仕様書を端末に開く。ボディの寸法も接続規格も試験結果も入っている。あとは予算に合うブレインユニットがあればいい。
「ボディはお持ちなのですね」
受付のオートマタに頷いた。
「自分で造りました。これに合うリファービッシュ品を探してます」
彼女は端末を受け取って画面を確かめた。
「詳しく伺います。こちらへどうぞ」
案内されたのは展示室の奥にある小さな部屋だった。
壁の棚には指や関節の見本が並び、机の端には掌に収まる部品と人間大の腕が置かれている。俺の工房なら分解途中の部品で埋まる場所に、ここでは完成品が整然と並んでいた。
机の向こうにいた柔和な顔立ちの男性型オートマタが俺たちを席へ勧める。仕様書に目を通しながら尋ねてきた。
「既製のボディではなく、ご自身で製作されたのですね。何か特別な用途がおありですか」
「いつかスーパーロボットを造りたいんです。俺が中に乗って操縦する鋼の巨人で、宇宙を飛んで怪獣と戦えるような機体です」
「人を乗せて戦う巨大なロボットを、ご自身でお造りになるのですか」
「はい。巨大な腕で大剣を振るところまで自分で操縦したいんです。そのためにまず人間くらいの身体を造って、関節や全身の制御を覚えようと思いました」
彼の目がわずかに見開かれ、それまで滑らかに動いていた指が画面の上で止まった。造りたい機体に興味を持ってくれたのなら、計画も聞いてほしい。
隣のハリスも担当者の顔に目を留めていたが、俺は説明の続きを話した。
「造ったボディも一緒に船へ乗せたいです。働いて資金を貯めながら、もっと大きな機体を造れるようになりたくて」
オートマタはもう一度仕様書を見た。
口元に浮かんだ笑みはさっきまでの丁寧な微笑みとは違い、面白い話の続きを待っているように見えた。
「失礼。ご紹介したいものがございます。少々お時間をいただけますか」
俺が頷くと彼は一礼して部屋を出た。
扉が閉まるなりハリスが小さく息を吐いた。
「あんな顔をするんだな」
「造る話に興味を持ってくれたのかな」
「ああ。商談中のオートマタがあそこまで素の感情を見せるのは初めてだ。よほど面白かったんだろうな」
ハリスは扉を振り返ってから俺へ向き直った。
「まあ、話を聞こう。予算を超えたら遠慮なく断れよ」
ほどなく扉が開いた。
入ってきたのは別のオートマタだった。落ち着いた服装の女性型で、先ほどの担当者が扉の外から深く頭を下げている。責任者だろうか。
彼女は俺の前にケースを置いた。もう一方の手には見積もりを表示した端末がある。
「お待たせしました。ちょうど、格安でお渡しできるブレインユニットをご用意できます」
「リファービッシュ品ですか?」
「ええ。こちらのボディにも適合します。よろしければ、ぜひお使いいただきたいのです」
声が弾んでいた。
売りたいというより、俺に渡すこと自体を楽しみにしているように聞こえる。
提示された額は用意した予算を下回っていた。輸送費を省いた分を考えても随分安い。
「この金額でいいんですか」
「はい。検査記録と保証もお付けします」
俺が喜んで頷きかけるとハリスが見積もりへ指を置いた。
「リファービッシュでも、ここまで安いのは滅多に見ない。何か訳ありの品なんですか」
「量産に至らなかった試作モデルなのです。内部仕様が標準品と異なるため卸し先が決まらず、長く保管されておりました」
「このボディに載せて問題は?」
「接続部は標準規格です。お預かりした仕様書との適合も確認しております。保管後の再整備と検査については、こちらに」
彼女が記録を開いた。ハリスは画面を引き寄せて目を通す。
「安いのは保管品だから、というわけですか」
「それだけではありません」
彼女は俺へ微笑みかけた。
「造りたいもののために、まず自分の手で身体を造って学ばれた。そのお話に心を動かされました。少しばかり応援させていただければと」
ハリスが俺を見た。俺も思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます。造った身体を早く動かしてあげたくて来たんです。大事に使います」
ハリスと一緒に検査記録を確かめた。標準規格の接続部と再整備の内容が記載され、保証の条件も確認できた。
最後まで読んだハリスが端末を俺へ返した。
「買います。ありがとうございます!」
彼女の笑みが深くなった。
「こちらこそ。お役に立てるのを楽しみにしております」
まだブレインユニットを買っただけなのに、もう誰かに会う約束をしたような言い方だった。
*
帰宅した夜に組み込みを済ませた。
父に接続を確かめてもらい、母と起動前の検査を終える。キャプテンも帰る前に見ていくと言って工房へ残った。
ボディの背を閉じて端末を操作すると指先がわずかに動いた。銀色の睫毛の下で目が開き、彼女が俺へ顔を向ける。試験装置で何度も動かしたはずの首なのに、その仕草を見て息をのんだ。
「おはようございます、マスター」
「……おはよう。聞こえる?」
「はい。よく聞こえています」
彼女は自分の両手を見た。指を一本ずつ曲げ、手首を返す。
起動直後の調整に備えて用意した表示を見ていると、予想より早く数値が揃っていった。
「立ってもよろしいですか」
「待って。先に脚の――」
「可動範囲と荷重の確認は済みました。右足首の補正も反映しています」
俺は表示を見直した。本当に終わっている。
架台の支えを外すと彼女は足を床へ下ろし、何の迷いもなく立ち上がった。銀髪が背へ滑り、俺は姿勢の表示と彼女を見比べた。
俺が最初の歩行試験に費やした時間は何だったんだ。
そんな気持ちと、ちゃんと歩いてくれた喜びが一度に来た。
「痛いところとか、動かしにくいところは?」
「左肩にわずかな抵抗があります。あとで一緒に見ていただけますか」
「もちろん。どの動きで引っ掛かるか、あとで教えてくれる?」
「ありがとうございます。とても丁寧に造ってくださったのですね」
彼女は胸元へ目を落とし、それから俺の顔を見た。
「特に、この胸にはこだわりを感じます」
「俺の夢が詰まっている」
「なるほど。ずいぶん大きな夢をお持ちなのですね」
口元が楽しそうに緩む。
「大切にしますね。マスターの夢ごと」
好みを詰め込んだ身体を彼女も喜んでくれたのが嬉しくて、俺も顔を上げて笑い返した。
「アイリスって名前を考えてたんだ。どうかな?」
「アイリス。素敵ですね。ぜひ、その名で呼んでください」
彼女は柔らかく笑った。
「この身体もいただいた名前も、大切に使います」
父が咳払いをした。
「喜んでるところ悪いが、まだ試験は残ってるぞ」
「そうだった」
端末を取り上げようとするとアイリスが先に手を伸ばした。
「私の顔の検査でしたら、もう十分にしていただきましたが」
「見てただけだよ」
「はい。とても熱心に」
「顔だけじゃないところも見せてもらおうか。歩く試験から始めよう」
ミアがとうとう声を上げて笑った。
*
数日後、アイリスはクラシカルなメイド服で工房へ現れた。
長い銀髪を背へ流し、黒いスカートに白いエプロンを重ねている。豊かな胸元と細い腰に合わせて仕立てられた服は、彼女によく似合っていた。
「その服、どこで?」
「注文しました。私の好みです」
「作業するときに邪魔じゃない?」
「そのときは着替えます。マスターがお好きな服と私の好きな服が一致しただけですので、どうぞお気になさらず」
何も言っていないのに先回りされた。好きな服まで同じなのが嬉しくて、もう一度彼女を見た。
「よく似合ってるよ。俺もその服で来てくれて嬉しい」
「では、着替える前にもう少し見ていてくださいね」
父が用意した二つのパッケージはもうインストールしてある。
整備記録と点検手順をまとめた《シップ・メンテナンス》。操船の記録と訓練用データを収めた《ヘルム・オペレーション》。
どちらも父が仕事で蓄えたものを手直ししたパッケージだった。
最初の整備試験でアイリスは、交換候補にしていた部品を二つに分けた。
俺が尋ねる前に一方を指す。
「こちらは接続側の損耗です。部品そのものはまだ使えます。計測しますか?」
父が黙って測定器を持ってきた。
結果を見たあと、もう一方の部品も渡す。アイリスは摩耗箇所を示したうえで交換を勧めた。
「……この判別は記録に入れたが、そこまで詳しく教えてないぞ」
「条件が似ていましたので。違う箇所はこちらです」
次々に表示される比較結果へ父が顔を近づけた。
操船シミュレーターではキャプテンが試験条件を変えた。
積荷の偏りを追加する。推進器の一つに反応の遅れを設定する。
アイリスは船の挙動を確かめると修正し、接岸位置へきれいに収めた。
「もう一度だ。今度は別の船でやってみろ」
同じ結果を見たキャプテンは椅子の背から身体を起こした。
「うちでもオートマタには世話になってる。あいつらも大した腕だが……お前、何を買ってきたんだ?」
「ブレインユニットだよ。一緒に見ただろ」
「見たから聞いてるんだ」
俺はアイリスを見た。
彼女は両手を揃えて微笑んでいる。
「お買い得でしたね、マスター」
「自分で言うのか」
「浮いた予算で、私を褒める語彙のパッケージなどいかがです?」
「そこは自分で考えさせてくれ」
アイリスは今度こそ声を立てて笑った。
その隣でキャプテンが額を押さえる。
「こんな冗談を言うのも初めて見たぞ」
俺も初めてだった。
工房で一瞬だけ目を見開いた担当者と、妙に嬉しそうだった責任者を思い出す。
何をそんなに喜んでいたのだろう。
「マスター」
呼ばれて振り向くとアイリスが俺の端末を指していた。
画面には巨大ロボットの図面が開いたままになっている。
「次は、こちらですね」
「まだ先だけどね。金も技術も増やして、次はあの機体を動かしたい」
「では一緒に増やしましょう。私はそのためにも来たのですから」
彼女が俺の隣へ椅子を寄せてくれたので、二人から見える位置へ設計画面を移した。一緒に造る相談ができるなら心強いし、彼女の身体の動かし方や図面の読み方も教わりたい。
俺が口を開くより先にアイリスがこちらを向く。
「次の機体も顔から造り始めますか?」
「今度は骨組みからだよ」
「では外見の打ち合わせは長めに確保しておきますね」
工房に父の大笑いが響いた。




