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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
第1章 怒れる納税者

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第9話 支援金百万円の条件

政治活動を続けるには、お金が必要になる。

しかし、誰から、どのような理由で支援を受けるのか。

その判断は、時として政策そのものより難しい。

2035年5月21日、午後6時08分。

東京都新宿区、鷹宮修一事務所。

「百万円です」

鷹宮修一(たかみやしゅういち)は、何気ない口調でそう言った。

向かいに座る黒崎玲司(くろさきれいじ)は、思わず聞き返した。

「……百万円、ですか?」

「ええ。あなた方の活動に対する支援として、用意できる金額です」

隣に座る桐生美月(きりゅうみづき)のペンが止まった。

鷹宮は、二人の反応を楽しむように微笑んだ。

「もちろん、正式な手続きを踏んだうえでの話です。政治団体の設立も必要になるでしょう」

黒崎は、机の上の資料を見つめた。

百万円。

現在の自分たちにとっては、途方もない金額だった。

会場費。

資料の印刷費。

ウェブサイトの運営費。

地域での活動費。

その多くを賄える。

「……ありがたいお話です」

黒崎は、慎重に答えた。

「ただ、先日お話しした条件について、確認させてください」

鷹宮はうなずいた。

「政策発表の最終判断ですね」

「はい」

「その点は、あなた方に任せます」

黒崎は顔を上げた。

「本当ですか?」

「ええ。私たちが事実確認や助言を行うことはありますが、発表を禁止する権限は持ちません」

美月が口を開いた。

「その内容は、書面にしていただけますか?」

鷹宮は、少しだけ眉を上げた。

「慎重ですね」

「お互いの認識を明確にするためです」

「構いません」

鷹宮は、秘書に目配せした。

秘書が、一枚の書類を差し出す。

そこには、協力の基本方針が記されていた。

黒崎は、ゆっくりと読み進めた。

政策発表の独立性。

活動資金の適正な管理。

双方の名称を使用する際の事前確認。

どれも、理解できる内容だった。

しかし、最後の項目で、黒崎の視線が止まった。

『選挙に関する協力については、別途協議する』

黒崎は、顔を上げた。

「……これは?」

鷹宮は微笑んだ。

「当然のことです。選挙となれば、事情が変わりますから」

「具体的には?」

「候補者の調整、選挙区の選定、他の政治団体との関係。そうした問題です」

黒崎はうなずいた。

「なるほど」

鷹宮は、少し身を乗り出した。

「黒崎さん。あなたは、どこの選挙区から出るつもりですか?」

黒崎は、正直に答えた。

「まだ、正式には決めていません」

「でしょうね」

鷹宮は笑った。

「では、私から一つ提案があります」

黒崎は、静かに耳を傾けた。

「東京のある選挙区で、次の衆議院選挙に向けた候補者の調整が進んでいます」

「はい」

「そこに、あなたの名前を挙げることができます」

黒崎の表情が変わった。

「……私を?」

「ええ。ただし」

鷹宮は、ゆっくりと言った。

「その場合、私たちの推薦候補として活動していただくことになります」

美月が、静かに顔を上げた。

「推薦候補ということは、政策上の合意も必要になりますね」

「もちろんです」

鷹宮はうなずいた。

「ただ、あなた方の考えを否定するつもりはありません」

黒崎は、机の上の書類を見つめた。

百万円。

選挙区。

推薦。

そして、組織。

欲しかったものが、一度に目の前へ現れた。

だが、そのすべてを受け取っていいのか。

まだ、答えは出なかった。

* * *

2035年5月21日、午後7時26分。

東京都新宿区、駅前の歩道。

「……どう思いましたか?」

美月が尋ねた。

黒崎は、しばらく考えた。

「正直、魅力的でした」

「そうですね」

「百万円あれば、今の活動はかなり楽になります」

美月はうなずいた。

「ただし、資金の出し手や移動の方法によって、適用される規制が変わります。受け取れるかどうかも、確認が必要です」

「分かっています」

「それと、選挙の推薦は別の問題です」

黒崎は、足を止めた。

「……そうですね」

美月は、鞄から手帳を取り出した。

「黒崎さん。今の私たちには、まだ選挙区も、正式な政治団体もありません」

「はい」

「その状態で、資金と推薦の話を同時に進めるのは危険です」

黒崎は、静かにうなずいた。

「だから、まず自分たちの形を作るべきだと?」

「はい」

美月は、まっすぐに答えた。

「支援を受けるかどうかは、その後に判断しましょう」

黒崎は、少し笑った。

「……美月さんは、本当に慎重ですね」

「あなたが、あまりにも前に進みたがるので」

黒崎は苦笑した。

「否定できません」

美月も、小さく笑った。

その時、彼女のスマートフォンが鳴った。

画面を確認した美月は、少し驚いた表情を見せた。

「……会社からです」

「何かあったんですか?」

「いえ。少し、確認しないと」

美月は、数歩離れた場所で電話に出た。

黒崎は、その後ろ姿を見つめた。

しばらくして、美月が戻ってきた。

「すみません」

「大丈夫ですか?」

「はい。ただ……」

美月は、一瞬言葉を選んだ。

「来月から、担当業務が変わるかもしれません」

「そうなんですか」

「ええ」

美月は、いつもの落ち着いた表情に戻った。

「まだ決まったわけではありません。今は、こちらの話を進めましょう」

黒崎はうなずいた。

だが、彼女がほんの少しだけ無理をして笑ったことに、気づいていた。

* * *

2035年5月22日、午後8時03分。

東京都千代田区、貸会議室。

「百万円!?」

高瀬直樹(たかせなおき)が、椅子から立ち上がった。

「すごいじゃん! それ、もう選挙に出られるんじゃないの?」

「いや、供託金だけでも三百万円必要だ」

黒崎が答えると、高瀬は座り直した。

「……そうだった」

小野寺航(おのでらわたる)は、鷹宮から渡された書類を確認していた。

「それに、資金の問題だけではありません」

「何がですか?」

黒崎が尋ねる。

「この支援金、誰が出す予定なのか確認しましたか?」

「鷹宮さんの関係する政治グループだと聞いています」

「そのグループの正式名称は?」

黒崎は、言葉に詰まった。

「……確認していません」

小野寺は、静かにうなずいた。

「まず、そこからですね」

美月が資料を開いた。

「政治団体間の寄附なのか、個人からの寄附なのか。そもそも、どの団体が支出するのか。それによって確認すべき事項が変わります」

高瀬が首をかしげた。

「そんなに複雑なのか?」

「複雑です」

美月は、はっきりと答えた。

「だから、詳しい専門家にも確認しましょう」

黒崎はうなずいた。

「分かりました」

小野寺が続けた。

「それと、もう一つ」

「何でしょう」

「政治団体を作るなら、活動の目的を明確にする必要があります」

黒崎は、ホワイトボードを見た。

そこには、これまでの活動方針が書かれていた。

『国民が払ったお金の使い道を、分かりやすくする』

『必要な支出と、見直すべき支出を区別する』

『財源を確認したうえで、国民の負担を減らす方法を考える』

黒崎は、静かに言った。

「……この三つは、変えたくありません」

小野寺はうなずいた。

「それでいいと思います」

高瀬が手を挙げた。

「じゃあ、団体の名前は?」

黒崎は、少し考えた。

「……名前か」

高瀬は笑った。

「まさか、まだ考えてないの?」

「正直、後回しにしてた」

美月が、ノートパソコンを開いた。

「候補をいくつか出してみましょう」

高瀬が、勢いよく言った。

「減税日本!」

小野寺が首を振った。

「既存の政治団体などと混同される可能性がありますし、活動の目的も減税だけではありません」

「じゃあ、税金改革党!」

「それも少し違う気がします」

美月が笑った。

黒崎は、しばらく黙っていた。

そして、ホワイトボードに一つの言葉を書いた。

『国民会計』

三人が、その文字を見つめた。

高瀬が首をかしげた。

「……国民会計?」

黒崎はうなずいた。

「国のお金を、国民が理解できるようにする」

黒崎は続けた。

「国の会計は、政治家や官僚だけのものじゃない。国民全員に関係するものだと思う」

小野寺が、静かにうなずいた。

「悪くないですね」

美月も、少し微笑んだ。

「覚えやすいと思います」

高瀬が笑った。

「じゃあ、国民会計党?」

黒崎は、ホワイトボードを見つめた。

「……将来、政党を作るなら、その名前にしたい」

美月が、少し驚いた顔をした。

「政党、ですか?」

「はい」

黒崎は、ゆっくりとうなずいた。

「今は、まだ四人です。でも、いつか国会で政策を実現するなら、仲間が必要になります」

高瀬は笑った。

「気が早いな!」

黒崎も笑った。

「そうかもしれない」

しかし、その目は真剣だった。

「まずは、政治団体として始めましょう」

美月は、ノートパソコンに文字を入力した。

『政治団体名(案) 国民会計の会』

黒崎は、その文字を見つめた。

小さな活動に、初めて名前が付こうとしていた。

* * *

2035年5月24日、午後2時19分。

東京都千代田区、貸会議室。

「……これで、提出書類の確認は一通り終わりました」

美月が、机の上の資料を整理した。

政治団体の設立届に必要な事項。

代表者。

会計責任者。

主たる事務所の所在地。

活動の目的。

黒崎たちは、提出先や記載内容を確認しながら、準備を進めていた。

「会計責任者は、誰が担当しますか?」

美月が尋ねた。

高瀬が、すぐに手を挙げた。

「俺、やろうか?」

小野寺が、少し考えた。

「会計責任者は、単にお金を管理するだけではありません。収支報告など、継続的な責任が生じます」

高瀬は、ゆっくりと手を下ろした。

「……思ったより大変そうだな」

黒崎は笑った。

「無理に引き受けなくていい」

美月が、資料を閉じた。

「まずは、役割を整理しましょう。必要なら、専門家にも相談できます」

黒崎はうなずいた。

「お願いします」

その時。

高瀬のスマートフォンが鳴った。

「……ん?」

画面を見た高瀬の表情が変わった。

「おい、玲司」

「何だ?」

「これ、見てくれ」

高瀬は、スマートフォンを差し出した。

そこには、あるSNS投稿が表示されていた。

『政治家志望の黒崎玲司氏、早くも有力議員から資金援助か?』

黒崎は、画面を見つめた。

「……何だ、これ」

投稿には、さらに続きがあった。

『税金の透明性を訴える一方で、政治家から百万円規模の支援を受ける方向で調整中との情報。結局、既存政治家の仲間入りか。』

高瀬が声を上げた。

「まだ受け取ってないだろ!」

「そうだ」

黒崎は、静かに答えた。

美月が、投稿を確認した。

「……情報が外に出ていますね」

小野寺の表情も厳しくなった。

「しかも、金額まで一致しています」

黒崎は、しばらく黙っていた。

百万円。

鷹宮との面会。

資金援助の提案。

その内容を知っている人間は、限られている。

「……誰が漏らしたんだ?」

高瀬がつぶやいた。

黒崎は、首を振った。

「今は分からない」

美月が口を開いた。

「黒崎さん。まず、事実関係を整理しましょう」

黒崎はうなずいた。

「はい」

「現時点で、支援金は受け取っていません」

「そうです」

「政治グループへの参加も決めていません」

「はい」

「では、その事実を説明する必要があります」

黒崎は、スマートフォンを手に取った。

「……分かりました」

しかし、その時。

新しい通知が表示された。

差出人は、鷹宮修一事務所。

件名。

『本件に関するご相談』

本文には、こう書かれていた。

『現在、黒崎様への支援に関する情報が一部で拡散しております。混乱を避けるため、当面の間、本件について対外的な発言を控えていただけますと幸いです。』

黒崎は、画面を見つめた。

「……発言を控える?」

美月が、静かに言った。

「黒崎さん」

「はい」

「どうしますか?」

黒崎は、しばらく考えた。

そして、はっきりと答えた。

「説明します」

高瀬が顔を上げた。

「いいのか?」

「事実を隠す理由がない」

黒崎は、ノートパソコンを開いた。

「ただし、相手を批判する必要もない。確認できる事実だけを伝えます」

美月は、少しだけ微笑んだ。

「分かりました」

黒崎は、短い文章を書き始めた。

『現在、一部で私の政治活動に関する資金援助の情報が出ています。

政治活動への協力について、複数の方と意見交換を行っていることは事実です。

ただし、現時点で、報道されている百万円の支援金を受け取った事実はありません。

今後、資金援助を受ける場合には、関係法令を確認し、適切な手続きを行ったうえで、必要な情報を公開します。』

美月と小野寺が内容を確認した。

「問題ないと思います」

小野寺がうなずいた。

黒崎は、投稿ボタンを押した。

数分後。

返信が次々と届き始めた。

『説明してくれてよかった』

『じゃあ、今後受け取る可能性はあるんだな』

『結局、政治家とつながってるじゃん』

『資金の出どころを公開するなら評価する』

黒崎は、画面を見つめた。

支持する人。

疑う人。

批判する人。

そのすべてが、自分の活動を見ている。

美月が、静かに言った。

「……これからは、お金の動きも注目されますね」

黒崎はうなずいた。

「そうですね」

そして、ホワイトボードを見た。

『国民会計の会』

まだ、設立準備中の小さな団体。

だが、すでに政治の世界の視線が向けられ始めていた。

黒崎は、静かに息を吐いた。

「……だったら、最初から全部、きちんとやろう」

その言葉に、美月がうなずいた。

「はい」

黒崎は、もう一度画面を見た。

鷹宮事務所からのメール。

『対外的な発言を控えていただけますと幸いです。』

黒崎は、その文章を静かに閉じた。

政治家からの支援は、まだ受け取っていない。

それでも、すでに自分の発言を制限しようとする力が働き始めていた。

黒崎は、初めて理解した。

政治の世界では、お金を受け取る前から、借りが生まれることがあるのだと。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

活動が大きくなるほど、資金管理や情報公開の重要性も増していきます。

本作では、政治家になるまでの過程だけでなく、信頼を守ることの難しさも描いていきます。

次回もお楽しみいただければ嬉しいです。

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