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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
第1章 怒れる納税者

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第8話 政治家からの誘い

理想を実現するためには、力が必要になる。

しかし、その力を手に入れるために、何かを差し出さなければならないとしたら。

黒崎は初めて、政治の世界で「選ぶこと」の難しさに直面します。

2035年5月16日、午後7時14分。

東京都千代田区、貸会議室。

「先方から、正式に面会の申し込みが来ています」

桐生美月(きりゅうみづき)が、ノートパソコンの画面を黒崎に向けた。

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、メールの差出人を確認した。

『東京都議会議員・鷹宮修一事務所』

「……都議会議員ですか」

「はい。鷹宮修一(たかみやしゅういち)さん。現在三期目の都議会議員です」

小野寺航(おのでらわたる)が、資料を机に置いた。

「行政改革を掲げて当選した方です。地方自治体の予算公開について、議会で何度か質問しています」

「じゃあ、考え方は近いんですか?」

黒崎が尋ねると、小野寺は首をかしげた。

「近い部分はあります。ただ、政治家として何を重視しているかまでは、分かりません」

高瀬直樹(たかせなおき)が椅子にもたれた。

「向こうから会いたいって言ってきたんだろ? とりあえず会えばいいじゃん」

美月は画面を閉じた。

「会うこと自体には賛成です。ただし、条件があります」

「条件?」

「政治活動への協力を求められても、その場では返事をしないでください」

黒崎はうなずいた。

「分かりました」

「それから、相手の事務所で話す内容と、私たちの活動方針は分けて考えましょう」

「はい」

美月は、少しだけ表情を和らげた。

「……黒崎さん」

「何ですか?」

「前回、榊田さんと会った時は、事後報告でしたよね」

「……はい」

「今回は、ちゃんと相談してくれてよかったです」

高瀬が笑った。

「完全に怒られてるな」

黒崎も苦笑した。

「学習はしてるつもりだ」

美月は小さく笑い、予定表を開いた。

「では、明日の午後六時。鷹宮事務所で面会です」

* * *

2035年5月17日、午後6時02分。

東京都新宿区、鷹宮修一事務所。

「ようこそ。黒崎さん」

鷹宮修一は、黒崎が想像していたよりも若々しい印象の男性だった。

五十歳前後。

背筋が伸び、穏やかな笑みを浮かべている。

「突然お呼び立てして、申し訳ありません」

「いえ。こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」

黒崎が頭を下げると、鷹宮は美月にも椅子を勧めた。

「桐生さんも、どうぞ」

「ありがとうございます」

事務所の壁には、選挙区内の地図と、過去の活動写真が並んでいた。

黒崎は、机の上に置かれた資料に目を留めた。

『東京都の行政事業評価に関する提言』

鷹宮が、その視線に気づいた。

「興味がありますか?」

「はい」

「あなたが調べている国の予算とは規模が違いますが、地方行政にも同じ問題があります」

鷹宮は資料を開いた。

「事業の目的は書いてある。しかし、何を達成したのか分かりにくい。そういう資料が、まだ少なくありません」

黒崎はうなずいた。

「私も、同じことを感じています」

「だから、あなたの記事を読んで驚いたんです」

鷹宮は笑った。

「政治経験のない会社員が、予算の見せ方を変えようとしている。面白いじゃありませんか」

黒崎は少し照れた。

「まだ、何も実現できていません」

「最初は誰でもそうですよ」

鷹宮は、静かに続けた。

「ただし、あなたには決定的に足りないものがあります」

黒崎は顔を上げた。

「何でしょうか」

「組織です」

鷹宮は、机の上で指を組んだ。

「選挙には、人が必要です。資金も必要です。地域とのつながりも必要になる」

「はい」

「今のあなたに、それがありますか?」

黒崎は正直に答えた。

「ありません」

鷹宮はうなずいた。

「でしょうね」

そして、一枚の書類を差し出した。

「そこで、一つ提案があります」

黒崎は書類を受け取った。

そこには、政治活動への協力に関する案が記されていた。

「私の関係する政治グループに、参加しませんか?」

黒崎は、書類を見つめた。

「……政治グループ、ですか」

「ええ。地域で活動する議員や支援者が集まっています。政策研究も行っています」

鷹宮は続けた。

「あなたが参加すれば、勉強会の開催や地域との交流を支援できるでしょう」

黒崎は、思わず顔を上げた。

それは、今の自分が最も必要としているものだった。

会場。

人脈。

政治活動の経験。

そして、選挙への足がかり。

「……ありがたいお話です」

「そうでしょう」

鷹宮は微笑んだ。

「ただし、当然ながら、協力には一定のルールがあります」

黒崎の表情が引き締まった。

「どのようなルールでしょうか」

鷹宮は、書類の一項目を指さした。

『対外的な政策発表は、事前にグループ内で調整すること』

黒崎は、その一文を見つめた。

* * *

2035年5月17日、午後6時38分。

東京都新宿区、鷹宮修一事務所。

「……事前調整というのは、具体的には?」

黒崎が尋ねると、鷹宮は落ち着いた口調で答えた。

「政策を発表する前に、関係者で内容を確認するということです」

「確認だけですか?」

「場合によっては、修正をお願いすることもあります」

黒崎はうなずいた。

「例えば、どのような修正でしょうか」

鷹宮は少し考えた。

「あなたは、国の支出を見直すと言っていますね」

「はい」

「しかし、地域には補助金で成り立っている事業もあります」

「そうですね」

「それらを一律に無駄だと言われると、困る人が出てくる」

黒崎は答えた。

「私は、一律に無駄だと判断するつもりはありません」

「それは承知しています」

鷹宮は微笑んだ。

「ただ、言葉の選び方一つで、誤解が生まれる。だから、調整が必要なんです」

理屈は分かる。

政治は一人で動かすものではない。

関係者との調整が必要なのも事実だ。

だが、黒崎には一つ、気になることがあった。

「鷹宮さん」

「何でしょう」

「もし、私たちが調べた結果、グループの関係者にとって都合の悪い事実が出てきた場合は、どうなりますか?」

部屋の空気が、少し変わった。

鷹宮は、しばらく黒崎を見つめた。

「……具体的には?」

「例えば、特定の事業について、支出の見直しが必要だと分かった場合です」

黒崎は続けた。

「その事業を支援している方がグループ内にいたら、発表を止められるのでしょうか」

鷹宮は、静かに息を吐いた。

「黒崎さん」

「はい」

「政治には、守るべき関係があります」

黒崎は黙っていた。

「正しいことでも、伝え方を間違えれば、協力してくれる人を失います」

「……はい」

「だからこそ、調整が必要なんです」

黒崎は、書類をもう一度見た。

その言葉は、間違っていない。

しかし。

「……一つ、確認させてください」

「どうぞ」

「事実に誤りがない場合でも、関係者の反対だけを理由に、発表を見送ることはありますか?」

鷹宮の笑みが消えた。

数秒の沈黙。

やがて、鷹宮は答えた。

「状況によっては、あるでしょう」

黒崎は、ゆっくりとうなずいた。

「分かりました」

美月が、隣で静かにメモを取っていた。

鷹宮は、少し身を乗り出した。

「誤解しないでください。私は、あなたの活動を否定しているわけではありません」

「はい」

「むしろ、期待しています」

鷹宮は続けた。

「だからこそ、政治の現実を知ってほしいんです」

黒崎は、鷹宮の目を見た。

「ありがとうございます」

そして、書類を机に戻した。

「ただ、このお話は、少し考えさせてください」

鷹宮は、ゆっくりとうなずいた。

「もちろんです」

その表情には、わずかな失望が浮かんでいた。

* * *

2035年5月17日、午後7時24分。

東京都新宿区、歩道。

事務所を出た黒崎と美月は、駅へ向かって歩いていた。

しばらく、二人とも何も話さなかった。

先に口を開いたのは、美月だった。

「……どう思いましたか?」

黒崎は、少し考えた。

「魅力的な話でした」

「そうですね」

「今の俺たちに足りないものを、全部持っている」

美月はうなずいた。

「人脈も、経験も、活動の基盤もあります」

黒崎は足を止めた。

「でも、気になることがあります」

「政策発表の事前調整ですか?」

「はい」

黒崎は、夜の街を見渡した。

「もちろん、事実確認や表現の調整は必要です」

「そうですね」

「ただ、誰かに都合が悪いから発表しない、という判断まで受け入れるのは違う気がします」

美月は、少しだけ微笑んだ。

「私も、そこが気になりました」

黒崎は彼女を見た。

「美月さんなら、どうしますか?」

「私なら、条件を交渉します」

「交渉?」

「はい。政策の内容確認は受け入れる。ただし、最終的な発表の判断は、自分たちで行う」

黒崎はうなずいた。

「なるほど」

「それが認められなければ、参加しません」

黒崎は、少し驚いた。

「……はっきりしていますね」

美月は笑った。

「組織に入ることが目的ではありませんから」

黒崎は、その言葉を聞いて笑った。

「そうですね」

二人は、再び歩き始めた。

その時、美月がふと尋ねた。

「黒崎さん」

「はい」

「もし、鷹宮さんの支援を断って、選挙に出られなくなったらどうしますか?」

黒崎は、少し考えた。

「……別の方法を探します」

「見つからなかったら?」

「それでも、今の条件では受け入れません」

美月は、しばらく黙っていた。

そして、小さく言った。

「……安心しました」

黒崎は、思わず彼女を見た。

「え?」

「いえ、何でもありません」

美月は、少しだけ歩く速度を上げた。

黒崎は、その背中を見つめた。

いつも冷静で、厳しいことを言う女性。

だが、時折見せる表情は、少し違っていた。

黒崎は、慌てて後を追った。

* * *

2035年5月19日、午後8時11分。

東京都千代田区、貸会議室。

「……断るのか?」

高瀬が、驚いた声を上げた。

黒崎はうなずいた。

「条件が変わらなければ」

小野寺は、静かに資料を閉じた。

「判断としては、理解できます」

「でもさ」

高瀬は腕を組んだ。

「選挙に出るには、金も人も足りないんだろ?」

「そうだ」

「だったら、少しくらい妥協してもいいんじゃないか?」

黒崎は、すぐには答えなかった。

高瀬の言うことも、分かる。

理想だけでは選挙に勝てない。

支援を受ければ、活動は大きく前進する。

だが。

「……俺が政治家になりたいと思った理由は、何だったと思う?」

高瀬は首をかしげた。

「税金の使い道を分かりやすくしたいからだろ」

「そうだ」

黒崎は続けた。

「なのに、都合の悪いことを公表できなくなったら、意味がない」

高瀬は黙った。

「もちろん、何でも公表すればいいわけじゃない。個人情報も守らなきゃいけないし、事実確認も必要だ」

黒崎は、机の上の資料を見た。

「でも、誰かの顔色を見て、正しい情報を隠すのは違うと思う」

高瀬は、しばらく考えた。

そして、ため息をついた。

「……分かったよ」

黒崎は顔を上げた。

「いいのか?」

「お前がそう決めたなら、仕方ないだろ」

高瀬は笑った。

「ただし、金が足りない問題は解決してないからな」

「分かってる」

美月が、ノートパソコンを開いた。

「そこで、一つ提案があります」

三人が顔を上げた。

「政治活動を続けるための、資金計画を作りましょう」

黒崎はうなずいた。

「お願いします」

美月は画面を切り替えた。

『活動資金計画』

そこには、会場費、印刷費、通信費、交通費などが整理されていた。

「まず、必要な支出を明確にします」

美月は続けた。

「そのうえで、適法な形で活動資金を集める方法を検討しましょう」

小野寺がうなずいた。

「政治団体の設立も、そろそろ考える必要がありますね」

黒崎は、画面を見つめた。

政治団体。

数週間前までは、遠い世界の言葉だった。

だが、今は違う。

自分たちの活動を、継続できる形にする必要がある。

「……やりましょう」

黒崎は、静かに答えた。

その時。

美月のスマートフォンが鳴った。

画面を確認した彼女の表情が、少し変わった。

「……黒崎さん」

「どうしました?」

「鷹宮さんの事務所からです」

黒崎は顔を上げた。

「何と?」

美月は、メールを読み上げた。

『先日のご提案について、再度お話ししたいことがございます。条件面についても、ご相談が可能です。』

高瀬が目を丸くした。

「おい、向こうが譲ってきたんじゃないか?」

黒崎は、しばらく考えた。

そして、美月を見た。

「……返信してください」

「内容は?」

黒崎は、はっきりと答えた。

「政策発表の最終判断を、こちらで行えるなら、もう一度お話ししたいと」

美月はうなずいた。

「分かりました」

黒崎は、ホワイトボードを見た。

『継続的な支持者 1人』

まだ、たった一人。

しかし、政治家からの誘いを受けるまでになった。

黒崎は、静かに息を吐いた。

政治の世界は、思っていたよりも複雑だった。

そして、思っていたよりも早く、自分の前に現れ始めていた。

* * *

2035年5月20日、午前9時36分。

東京都内、鷹宮修一事務所。

「……そうですか」

鷹宮は、秘書から渡されたメールを読んだ。

『政策発表の最終判断は、黒崎側が行うことを条件とする』

鷹宮は、しばらく画面を見つめていた。

やがて、小さく笑った。

「……面白い」

秘書が尋ねた。

「どうされますか?」

鷹宮は、窓の外を見た。

「今回は、条件を受け入れましょう」

「よろしいのですか?」

「ええ」

鷹宮は、静かに答えた。

「ただし、彼にはまだ分かっていないことがある」

秘書は黙っていた。

鷹宮は、机の上の資料を閉じた。

「政治の世界では、自由に発言できることと、自由に行動できることは、同じではないんですよ」

その言葉の意味を、黒崎はまだ知らなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

何かを実現するために協力を得ることは、大切です。

しかし、協力を受けることで、自分の考えをどこまで守れるのか。

黒崎たちの活動は、少しずつ政治の現実と向き合う段階へ進んでいきます。

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