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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
第1章 怒れる納税者

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第7話 支持者が増えた日、敵も生まれた

誰にも知られていなかった活動が、少しずつ注目を集め始める。

しかし、注目されるということは、応援されることだけではありません。

黒崎は初めて、自分の言葉が自分の手を離れて広がっていく怖さを知ります。

2035年5月13日、午前7時21分。

東京都内、黒崎の自宅。

スマートフォンが鳴り続けていた。

「……何だ、これ」

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、寝ぼけた目で画面を見た。

メール、四十八件。

SNSの通知、百三十七件。

昨夜までは、ほとんど動かなかった政治活動用のアカウントに、次々と反応が届いていた。

原因は、地域ニュースサイトの記事だった。

『税金の無駄を追及しない政治家志望者。その理由とは?』

記事には、先日の公開勉強会の様子が紹介されていた。

領収書を持ち込んだ参加者に対し、黒崎が金額だけで無駄遣いと判断しなかったこと。

その後、本人の了解を得て資料を確認したこと。

そして、疑問を持った人が黒崎の活動を応援すると表明したこと。

黒崎は、コメント欄を開いた。

『こういう人が政治家になってほしい』

『珍しくまともなことを言ってる』

『具体的な政策がないなら意味がない』

『どうせ選挙が近づいたら減税を連呼するんだろ』

賛否は分かれていた。

だが、黒崎の目を引いたのは、一通のメールだった。

件名。

『活動への参加について』

本文には、こう書かれていた。

『私は都内で小さな飲食店を経営しています。税金や社会保険料の負担について、日頃から疑問を感じています。一度、直接お話を聞かせていただけませんか。』

黒崎は、すぐに返信しようとした。

その時、別の通知が表示された。

差出人、桐生美月(きりゅうみづき)。

『黒崎さん、おはようございます。記事が拡散されています。個別に返信する前に、今日の対応を相談しましょう。』

黒崎は、スマートフォンを見つめた。

「……先に読まれてたか」

続けて、もう一通。

『それと、今朝から勤務先に問い合わせが来ていないか確認してください。』

黒崎の表情が変わった。

* * *

2035年5月13日、午前9時08分。

東京都港区、黒崎の勤務先。

「黒崎君、ちょっといいか」

出社して間もなく、直属の上司に呼ばれた。

会議室に入ると、上司はスマートフォンを机に置いた。

画面には、例の記事が表示されていた。

「これ、君だよね?」

「はい」

「政治家になるつもりなの?」

黒崎は、姿勢を正した。

「次の衆議院選挙への立候補を検討しています」

上司は、大きく息を吐いた。

「……本気か」

「はい」

「会社として、個人の政治的な考えに口を出すつもりはない。ただ、仕事への影響は困る」

「承知しています」

「それと、会社の名前を勝手に使ったり、業務で知った情報を政治活動に利用したりしていないよね?」

「していません」

黒崎は、はっきりと答えた。

「政治活動は勤務時間外に行っています。会社の設備や情報も使っていません」

上司はうなずいた。

「なら、そこは徹底してくれ。就業規則の確認も必要だ」

「はい」

「あと、もう一つ」

上司は、少し言いにくそうに続けた。

「会社に、問い合わせが来ている」

黒崎は顔を上げた。

「問い合わせ?」

「『黒崎という社員が政治活動をしているのは事実か』って」

黒崎の背中に、冷たいものが走った。

「……申し訳ありません」

「謝る必要があるかどうかは、これからの対応次第だよ」

上司は、記事を閉じた。

「君が何を目指すかは自由だ。ただ、会社と政治活動は明確に分けてほしい」

「分かりました」

会議室を出た黒崎は、廊下で立ち止まった。

自分が注目されることと、周囲に影響が及ぶことは違う。

昨日まで、その重さを十分に考えていなかった。

スマートフォンを取り出し、美月に短いメッセージを送った。

『勤務先に問い合わせが来ていました。今夜、相談させてください。』

返信は、すぐに届いた。

『分かりました。まずはお仕事を優先してください。』

黒崎は、少しだけ肩の力を抜いた。

* * *

2035年5月13日、午後7時16分。

東京都千代田区、貸会議室。

「問い合わせ、合計六十二件です」

美月が、ノートパソコンを開いた。

「内訳は、活動への参加希望が二十一件。政策への質問が二十六件。取材依頼が三件。その他が十二件」

高瀬直樹(たかせなおき)が目を丸くした。

「すげえな。一日でそんなに?」

「ただし、同じ方からの複数の連絡もあります」

美月は冷静だった。

「全員を支持者として数えることはできません」

「分かってるよ」

高瀬は苦笑した。

小野寺航(おのでらわたる)が、資料を机に置いた。

「政策への質問には、同じ内容が多いですね」

「何が多いですか?」

黒崎が尋ねる。

「消費税を下げるのか。社会保険料を下げるのか。そして、その財源はどうするのか」

黒崎はうなずいた。

「やっぱり、そこですよね」

「はい。ただ、現時点で無理に減税率を決める必要はありません」

小野寺は続けた。

「まず、どのような条件が整えば負担を減らせるのか、考え方を示すべきです」

美月が画面を切り替えた。

「それから、黒崎さん。勤務先への問い合わせについてです」

黒崎の表情が引き締まった。

「はい」

「今後、政治活動の連絡先には、会社の情報を一切載せないでください。職業について聞かれた場合も、勤務先の名前を出す必要はありません」

「分かりました」

「そして、取材依頼には私が窓口として対応します」

黒崎は驚いた。

「美月さんが?」

「はい。黒崎さんが一件ずつ対応していたら、仕事も生活も回らなくなります」

「でも、美月さんにも仕事がありますよね」

「あります。ですから、対応できる時間を決めます」

美月は、手帳を開いた。

「平日は午後七時以降。休日は事前に調整。緊急性のない問い合わせは、翌日以降に回答します」

黒崎は、思わず笑った。

「もう決めてるんですね」

「決めないと、あなたは全部引き受けそうなので」

高瀬が吹き出した。

「間違いない」

黒崎は反論できなかった。

その時、小野寺が口を開いた。

「ところで、少し気になる投稿があります」

「何ですか?」

小野寺は、画面を黒崎に向けた。

そこには、黒崎の活動を批判する長文が表示されていた。

『税金の無駄を調べると称して、地域団体の会計資料を集めている人物がいる。個人情報や内部資料が政治利用される危険性はないのか。』

黒崎は眉をひそめた。

「……これ、私たちのことですか?」

「おそらく」

美月が投稿を確認した。

「断定は避けていますが、記事の内容を指しているように見えます」

高瀬が声を上げた。

「そんなことしてないだろ!」

「ええ」

小野寺はうなずいた。

「先日の資料は、団体側から任意で提示されたものです。持ち帰ったのは、公開可能な範囲を確認した要点だけです」

黒崎は、しばらく考えた。

「……でも、心配する人がいるのは分かります」

美月が顔を上げた。

「どういう意味ですか?」

「知らない政治家志望者が、地域団体の資料を見ている。事情を知らなければ、不安になります」

黒崎は、画面を見つめた。

「だから、説明しましょう」

「何を?」

「私たちが、どんな情報を扱って、何を公開しないのかです」

小野寺がうなずいた。

「それは必要ですね」

黒崎は続けた。

「政治の透明性を求めるなら、まず自分たちの活動を透明にしないと」

美月は、少しだけ微笑んだ。

「では、活動方針に加えましょう」

ホワイトボードに、新しい項目が書き加えられた。

『資料の取得・利用・公開ルールを明確にする』

黒崎は、その文字を見つめた。

支持者が増えれば、扱う情報も増える。

そして、守るべきものも増える。

小さな活動だからこそ、最初からルールを決めなければならない。

そう感じていた。

* * *

2035年5月15日、午後6時34分。

東京都新宿区、飲食店。

「……これが、うちの現状です」

飲食店を経営する四十代の男性が、机の上に数字を書いた。

売上。

仕入れ。

家賃。

人件費。

光熱費。

そして、税金と社会保険料。

黒崎は、真剣に見つめた。

「思った以上に、余裕がないんですね」

男性は苦笑した。

「売上だけ見れば、そこそこあるんです。でも、残るお金は少ない」

「はい」

「従業員の給料を上げたい。でも、上げれば店の負担も増える」

男性は、コップの水を飲んだ。

「だからって、税金を全部なくせとは思ってませんよ」

黒崎はうなずいた。

「分かります」

「ただ、もう少し何とかならないのかって」

黒崎は、手帳を開いた。

「一つ、聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「今、一番困っていることは何ですか?」

男性は、少し考えた。

「……先が読めないことかな」

「先が読めない?」

「来年、どれだけ負担が増えるのか。何が変わるのか。小さな店には、それが一番怖い」

黒崎は、その言葉を書き留めた。

「なるほど」

「黒崎さん」

男性は、少し身を乗り出した。

「政治家になるなら、減税だけじゃなくて、そういう不安も考えてほしいんです」

黒崎は、まっすぐに答えた。

「はい」

男性は笑った。

「期待してますよ」

その時、店の扉が開いた。

「すみません、少しよろしいでしょうか」

入ってきたのは、スーツ姿の男性だった。

年齢は三十代後半ほど。

整えられた髪。

落ち着いた表情。

男性は、黒崎に名刺を差し出した。

「突然失礼します。私、榊田修平(さかきだしゅうへい)と申します」

黒崎は名刺を受け取った。

そこには、政治政策研究所の名前が記されていた。

「黒崎玲司さんですね」

「はい」

「最近、あなたの記事を拝見しました」

榊田は、穏やかに微笑んだ。

「少し、お話をしたいと思いまして」

黒崎は、名刺を見つめた。

「……どのようなお話でしょうか」

榊田は、静かに答えた。

「あなたが政治家を目指すなら、知っておいた方がいいことがあります」

* * *

2035年5月15日、午後7時02分。

東京都新宿区、飲食店。

「政治の世界では、正しいことを言うだけでは勝てません」

榊田は、落ち着いた口調で話し始めた。

黒崎は、黙って聞いていた。

「支持者を集める。資金を確保する。選挙区を決める。組織を作る」

榊田は続けた。

「そのどれもが、想像以上に難しい」

「……そうでしょうね」

「特に、あなたのように、既存の政党に所属していない方は」

黒崎はうなずいた。

「分かっています」

榊田は、少し笑った。

「本当に?」

黒崎は顔を上げた。

「どういう意味ですか?」

「あなたは、税金の使い道を分かりやすくすると言っています」

「はい」

「その考え自体は、私も賛成です」

榊田は、少し間を置いた。

「しかし、それを実現するには、既存の制度や組織を動かさなければならない」

黒崎は黙っていた。

「あなた一人が正しいことを言っても、何も変わらないんです」

黒崎は、ゆっくりとうなずいた。

「……その通りだと思います」

榊田は、少し驚いた顔をした。

「反論しないんですね」

「反論する理由がありません」

黒崎は答えた。

「一人では変えられないから、仲間を集めています」

榊田は、しばらく黒崎を見つめた。

そして、微笑んだ。

「面白い方ですね」

黒崎は、名刺を机に置いた。

「榊田さんは、なぜ私に会いに来たんですか?」

榊田は、少しだけ表情を変えた。

「あなたの活動が、今後どうなるのか興味があるからです」

「それだけですか?」

「……もう一つあります」

榊田は、声を落とした。

「あなたが、誰かに利用されないか心配なんです」

黒崎は眉をひそめた。

「利用?」

「政治の世界には、純粋な理想を持つ人を、都合よく使おうとする人間がいます」

榊田は、黒崎の目を見た。

「資金を出す代わりに、政策を変えろと言う人。支援する代わりに、特定の利益を守れと言う人」

黒崎は、黙って聞いていた。

「あなたは、そういう人たちにどう対応しますか?」

黒崎は、少し考えた。

「……断ります」

榊田は笑った。

「簡単に言いますね」

「簡単ではないと思います」

黒崎は続けた。

「でも、そこで考えを曲げるなら、政治家になる意味がありません」

榊田は、しばらく黙っていた。

やがて、静かにうなずいた。

「……覚えておきます」

黒崎は、榊田の表情を見つめた。

敵なのか。

味方なのか。

まだ分からない。

ただ、この男は、自分が知らない政治の世界を知っている。

それだけは、確かだった。

* * *

2035年5月15日、午後9時18分。

東京都千代田区、貸会議室。

「榊田修平……」

小野寺が、名刺を見つめた。

黒崎は、今日の出来事を説明した。

「知っているんですか?」

「名前は聞いたことがあります」

小野寺は答えた。

「政治制度や行政改革について、研究活動をしている方です」

美月が、静かに口を開いた。

「黒崎さん」

「はい」

「これからは、知らない方と会う時、できるだけ事前に相談してください」

「……すみません」

「責めているわけではありません」

美月は続けた。

「あなたの活動が知られるようになれば、いろいろな目的で近づいてくる人が増えます」

黒崎はうなずいた。

「分かりました」

高瀬が、ノートパソコンを見ながら声を上げた。

「おい、ちょっと待って!」

「どうした?」

「活動への参加希望、また増えてるぞ!」

美月が画面を確認した。

「……確かに」

黒崎は、ホワイトボードを見た。

『継続的な支持者 1人』

高瀬が笑った。

「これ、そろそろ書き換えられるんじゃないか?」

美月は首を振った。

「まだです。参加希望と、継続的な支持は別です」

「相変わらず厳しいな」

高瀬は苦笑した。

黒崎は、画面に並ぶメッセージを見つめた。

会社員。

自営業者。

学生。

子育て中の親。

さまざまな人が、自分の活動に興味を持ち始めている。

その中に、一通だけ、異なる内容のメールがあった。

件名。

『黒崎玲司氏の政治活動について』

差出人は、ある地方議員の事務所だった。

本文には、短い一文が書かれていた。

『一度、直接お話しする機会をいただけないでしょうか。』

黒崎は、美月に画面を見せた。

「……これ、どう思いますか?」

美月は、メールを読んだ。

そして、静かに答えた。

「黒崎さん」

「はい」

「どうやら、政治の世界にも、あなたの存在が知られ始めたようです」

黒崎は、画面を見つめた。

まだ、支持者は一人。

政党もない。

資金も足りない。

それでも。

小さな波は、確実に広がり始めていた。

そして、その波を見つめているのは、応援する人たちだけではなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

注目が集まるほど、さまざまな立場の人が関わるようになります。

その中で何を信じ、どこまで自分の考えを貫けるのか。

黒崎の政治活動は、少しずつ新しい段階へ進んでいきます。

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