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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
第4章『独裁者の最後の決断』

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第82話 国民が選ぶ独裁者

黒崎玲司が襲撃されてから六日。

日本は、総理大臣の生還に安堵していた。

しかし、左目の視力を失った黒崎が病院でリハビリを続ける一方、東京では新たな政治運動が広がり始めていた。

国民による総理大臣の直接選出。

それは、一見すると民主主義を強化する提案だった。

だが、その制度には、ある重大な問題が隠されていた。

そして黒崎は、病室で一つの決断を迫られる。

2037年4月27日、午前8時30分。

東京都千代田区、国会議事堂前。

「黒崎総理を守れ!」

「国民の意思を、政治に反映させろ!」

朝の永田町に、大きな声が響いていた。

国会議事堂の前には、多くの人々が集まっている。

手には、黒崎玲司の写真。

そして、新たなスローガン。

『総理大臣を、国民の手で選ぼう』

集会を主催していたのは、国民改革推進会議だった。

黒崎政権を強く支持する民間団体。

国民会計党の公式組織ではない。

しかし、襲撃事件以降、その存在感は急速に大きくなっていた。

演説台に立った代表者が、マイクを握る。

「皆さん!」

歓声が上がった。

「私たちは、今回の事件で思い知らされました!」

代表者は、黒崎の写真を掲げた。

「国民が圧倒的に支持する総理大臣であっても、暴力によって職務を奪われかねないという現実を!」

拍手が起きた。

「ならば、私たちは制度を変えなければなりません!」

代表者は、声を張り上げた。

「総理大臣を国会議員だけで選ぶのではなく、国民が直接選ぶのです!」

会場から、大きな歓声が上がった。

「そして、国民が選んだ総理大臣の地位を、一定期間、保障する!」

さらに拍手が起きた。

「それこそが、本当の民主主義ではありませんか!」

* * *

午前9時15分。

東京都内、国民会計党本部。

宮原奈緒(みやはらなお)は、テレビを見つめていた。

画面には、国民改革推進会議の集会が映っている。

「……ついに、ここまで来ましたか」

隣にいた森田悠介(もりたゆうすけ)が、ため息をついた。

「総理大臣の直接選挙ですか」

宮原は、うなずいた。

「それ自体は、政治制度として議論できるテーマです」

森田は、少し驚いた。

「……反対ではないんですか?」

宮原は、首を振った。

「制度の議論をすること自体には反対しません」

そして、テレビを指さした。

「問題は、何のために制度を変えようとしているのかです」

森田は、画面を見た。

宮原は、続けた。

「黒崎さんが襲撃されたから、黒崎さんの地位を保障するために制度を変える」

そして、静かに言った。

「……それは、制度改革ではなく、特定の人物を守るための制度変更です」

森田は、黙った。

宮原は、さらに続けた。

「しかも、本人は反対している」

「……はい」

宮原は、机の上の資料を見た。

「……黒崎さんが戻ってきたら、どう説明しましょうね」

森田は、苦笑した。

「……相当、怒るでしょうね」

* * *

午前10時05分。

愛知県内、病院。

「……黒崎さん、今日は少し歩いてみましょう」

理学療法士が声をかけた。

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、ベッドの端に座っていた。

左目には、保護材が当てられている。

胸腹部の傷は、まだ痛む。

「……歩くんですか?」

「はい。ただし、ほんの数歩です」

黒崎は、うなずいた。

「……分かりました」

理学療法士と看護師に支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。

足元が、少しふらついた。

「……っ」

「大丈夫です。焦らないでください」

黒崎は、息を整えた。

そして、一歩。

もう一歩。

ベッドから、わずか数メートル。

それだけで、額に汗が浮かんだ。

「……きついですね」

黒崎が苦笑すると、理学療法士は笑った。

「今日は、これで十分です」

黒崎は、うなずいた。

「……ありがとうございます」

ベッドに戻ると、疲労が一気に押し寄せた。

「……総理大臣って、体力仕事だと思ってましたけど」

理学療法士が笑った。

「今は、患者さんとしての体力づくりですね」

黒崎も、少し笑った。

「……そうですね」

そのとき。

病室のテレビから、ニュースが流れた。

『国民改革推進会議は、本日、総理大臣の直接選挙制度の導入を求める署名活動を開始しました』

黒崎の表情が変わった。

「……何?」

* * *

午前11時20分。

東京都内、立憲未来党本部。

神谷蒼士(かみやそうし)は、記者会見に臨んでいた。

記者が質問する。

「神谷さん。総理大臣の直接選挙制度について、どう考えていますか?」

神谷は、少し考えた。

「制度として議論すること自体は、否定しません」

記者たちが、ペンを動かした。

神谷は、続けた。

「ただし、日本の現在の憲法では、総理大臣は国会議員の中から、国会の議決によって指名されます」

そして、はっきりと言った。

「国民が直接選ぶ制度へ変更するなら、憲法改正を含む根本的な議論が必要です」

別の記者が質問した。

「では、今回の提案には反対ですか?」

神谷は、うなずいた。

「今回の提案には、重大な問題があります」

「……それは?」

神谷は、静かに答えた。

「特定の総理大臣の地位を守るために、制度を変更しようとしていることです」

会見場が、静かになった。

神谷は、続けた。

「民主主義は、人気のある政治家を守るための制度ではありません」

そして、少し声を強めた。

「人気のある政治家であっても、必要なら交代させられる。それが、民主主義の重要な仕組みです」

* * *

午後0時35分。

愛知県内、病院。

黒崎は、スマートフォンでニュースを読んでいた。

『国民による総理大臣直接選出制度』

『国民改革推進会議、全国署名を開始』

『黒崎総理の任期保障を求める声』

黒崎は、深くため息をついた。

「……何を考えてるんだ」

そのとき、扉が開いた。

桐生美月(きりゅうみづき)だった。

「……玲司?」

黒崎は、顔を上げた。

「……美月」

美月は、椅子に座った。

「……どうしたの?」

黒崎は、スマートフォンを見せた。

「……これ」

美月は、画面を見た。

「……総理大臣の直接選挙?」

黒崎は、うなずいた。

「……うん」

美月は、少し考えた。

「……国民が直接選ぶなら、いいことなんじゃないの?」

黒崎は、少し笑った。

「……そう思うよね」

美月は、うなずいた。

「うん」

黒崎は、ゆっくりと説明した。

「今の日本では、国民が国会議員を選んで、その国会議員が総理大臣を選ぶ」

「……うん」

「だから、総理大臣は国会に対して責任を負う」

美月は、うなずいた。

黒崎は、続けた。

「もし国会が、この総理には任せられないと判断したら、不信任決議を出せる」

「……なるほど」

黒崎は、スマートフォンを見た。

「でも、今回の提案は、国民が直接選んだ総理の地位を一定期間保障しようとしている」

美月は、少し考えた。

「……つまり?」

黒崎は、静かに答えた。

「……総理が間違ったことをしても、国会が止めにくくなる可能性がある」

美月は、黙った。

黒崎は、続けた。

「国民が直接選ぶ制度にも、いろいろな形がある。議会との関係をどう設計するかで、結果は変わる」

そして、少し声を落とした。

「でも、今の提案は、俺を守るために国会の権限を弱めようとしている」

美月は、ゆっくりとうなずいた。

「……それは、玲司が嫌がりそう」

黒崎は、苦笑した。

「……よく分かってるね」

美月は、笑った。

「……彼女ですから」

黒崎は、一瞬、言葉に詰まった。

そして、少し照れたように笑った。

「……そうでした」

* * *

午後2時10分。

東京都千代田区、国会議事堂。

国民会計党の議員たちが、非公式の意見交換を行っていた。

「直接選挙制度の議論を、党として始めるべきではないでしょうか」

一人の若手議員が言った。

「国民の関心が高まっています」

宮原は、静かに答えた。

「議論すること自体は、構いません」

若手議員は、少し安心した表情を見せた。

しかし、宮原は続けた。

「ただし、黒崎総理の地位を守るためという前提では、議論できません」

「……なぜですか?」

宮原は、資料を開いた。

「制度は、誰が総理大臣になっても機能するものでなければならないからです」

そして、若手議員を見た。

「例えば、黒崎さんではなく、あなたが最も嫌いな政治家が総理大臣になったとします」

若手議員は、少し驚いた。

宮原は、続けた。

「その人が、国民の直接投票で選ばれたからという理由で、国会による監督を受けにくくなっても、賛成できますか?」

若手議員は、黙った。

宮原は、静かに言った。

「……制度を考えるときは、好きな人が権力を持つ場合だけを想像してはいけません」

* * *

午後3時45分。

東京都内、国民改革推進会議の事務所。

代表者は、幹部たちと会議をしていた。

机の上には、署名活動の速報値が置かれている。

「……予想以上です」

幹部の一人が言った。

「開始から数時間で、オンライン署名が急速に増えています」

代表者は、満足そうにうなずいた。

「国民は、黒崎総理を守りたいんだ」

別の幹部が、少し不安そうに口を開いた。

「……しかし、黒崎総理本人は、権限強化に反対しています」

代表者は、静かに答えた。

「分かっている」

「では、なぜ……」

代表者は、椅子に深く座った。

「黒崎総理は、自分のために権力を求める人ではない」

そして、続けた。

「だからこそ、国民が与える必要がある」

幹部は、黙った。

代表者は、資料を指さした。

「我々は、黒崎総理を独裁者にしたいわけではない」

そして、少し笑った。

「……国民が選んだ指導者に、十分な力を与えたいだけだ」

その言葉に、幹部たちはうなずいた。

しかし、誰も気づいていなかった。

それが、独裁を求める人々が、歴史の中で何度も使ってきた理屈に似ていることを。

* * *

午後5時20分。

愛知県内、病院。

小野寺が、黒崎の病室を訪れていた。

「……総理」

黒崎は、右目で小野寺を見た。

「……小野寺さん」

小野寺は、資料を差し出した。

「国民改革推進会議の提案について、概要をまとめました」

黒崎は、資料を受け取ろうとした。

しかし、左側に差し出された資料をうまくつかめなかった。

小野寺は、すぐに右側へ移した。

「……失礼しました」

黒崎は、苦笑した。

「……すみません。まだ慣れなくて」

小野寺は、首を振った。

「……いえ」

黒崎は、資料を読んだ。

そして、しばらく黙った。

「……これは」

小野寺は、顔を上げた。

「……はい」

黒崎は、静かに言った。

「……俺が一番嫌いな考え方ですね」

小野寺は、うなずいた。

黒崎は、続けた。

「国民の支持が高いから、総理の権限を強くする」

そして、資料を置いた。

「……それなら、支持率が下がったら権限を弱くするんですか?」

小野寺は、答えなかった。

黒崎は、続けた。

「支持率が高いときも、低いときも、総理大臣の権限は法律で決まっているべきでしょう」

「……はい」

黒崎は、少し息を整えた。

「……俺が刺されたことを、制度変更の理由にしてほしくない」

小野寺は、うなずいた。

「……承知しました」

黒崎は、少し考えた。

そして、静かに言った。

「……声明を出したいです」

小野寺は、驚いた。

「……総理、まだ療養中です」

「分かっています」

黒崎は、うなずいた。

「長い文章は無理です」

そして、少し笑った。

「……短くていい」

小野寺は、黙って聞いていた。

黒崎は、続けた。

「……国民に、誤解してほしくないんです」

* * *

午後7時00分。

東京都千代田区、首相官邸。

官房長官が、記者会見に臨んでいた。

「黒崎総理から、国民の皆様に向けたメッセージをお預かりしています」

会見場が、静まり返った。

官房長官は、文書を開いた。

「まず、今回の事件に際し、多くの皆様から温かいお言葉をいただいたことに、心より感謝申し上げます」

シャッター音が響く。

「私は現在、医師の指示に従い、治療とリハビリに専念しています」

そして、少し間を置いた。

「最近、私の負傷をきっかけとして、総理大臣の権限や選出方法を変更すべきだという議論があることを承知しています」

記者たちが、顔を上げた。

官房長官は、続けた。

「政治制度のあり方について、国民が議論することは大切です」

「しかし、その議論は、特定の政治家を守るためではなく、将来の日本のために行われるべきです」

会見場が、静かになった。

そして、最後の文章。

「私を守るために、民主主義の仕組みを弱くしないでください」

官房長官は、文書を閉じた。

記者たちは、しばらく動かなかった。

* * *

午後8時15分。

東京都内、テレビ局。

ニュース番組では、黒崎の声明が大きく取り上げられていた。

『黒崎総理、直接選挙制度をめぐる議論に言及』

『特定の政治家を守る制度変更に慎重姿勢』

『民主主義の仕組みを弱くしないで』

コメンテーターが、静かに言った。

「今回の声明は、非常に重要だと思います」

司会者が尋ねた。

「……どういう点でしょうか?」

コメンテーターは、答えた。

「黒崎総理は、自分への支持が非常に高い状況でも、その支持を理由に権限を強化することを拒んでいます」

そして、続けた。

「政治家にとって、自分の権力を制限する仕組みを守るというのは、簡単なことではありません」

司会者は、うなずいた。

「……なるほど」

しかし、別のコメンテーターが口を開いた。

「ただし、直接選挙制度そのものを否定する必要はないと思います」

司会者が、顔を向けた。

「……といいますと?」

「国民が総理大臣を直接選ぶ制度には、民主的正統性を強めるという考え方もあります」

そして、続けた。

「問題は、国会による監督や権力分立をどう設計するかです」

司会者は、うなずいた。

「……制度の中身が重要ということですね」

「そのとおりです」

* * *

午後9時30分。

愛知県内、病院。

美月は、黒崎の病室を訪れていた。

「……玲司」

黒崎は、右目で美月を見た。

「……美月」

美月は、椅子に座った。

「ニュース、見たよ」

黒崎は、少し笑った。

「……声明?」

「うん」

美月は、うなずいた。

「……玲司らしいね」

黒崎は、苦笑した。

「……そうかな」

美月は、笑った。

「うん」

そして、少し真剣な表情になった。

「……でも、無理しないでね」

黒崎は、うなずいた。

「……分かってる」

美月は、眉をひそめた。

「……本当に?」

黒崎は、少し笑った。

「……努力します」

美月は、ため息をついた。

「……もう」

二人は、少し笑った。

しばらくして、美月が口を開いた。

「……玲司」

「……何?」

「……退院したら、何したい?」

黒崎は、少し考えた。

「……そうだな」

そして、笑った。

「……普通に、ご飯食べたい」

美月も笑った。

「……また、それ?」

黒崎は、うなずいた。

「うん」

そして、続けた。

「……美月と、定食屋に行きたい」

美月は、少し顔を赤くした。

「……いいよ」

黒崎は、笑った。

「……約束」

美月は、うなずいた。

「……約束」

* * *

午後11時05分。

東京都内、国民改革推進会議の事務所。

代表者は、黒崎の声明を読んでいた。

机の上には、署名活動の集計表が置かれている。

「……総理は、やはり反対か」

幹部の一人が言った。

代表者は、静かにうなずいた。

「……そうだな」

「では、運動を中止しますか?」

代表者は、首を振った。

「……いや」

幹部は、驚いた。

「……なぜですか?」

代表者は、資料を見た。

「黒崎総理は、自分の権限を強くすることを望んでいない」

そして、続けた。

「だが、国民はどうだ?」

幹部は、黙った。

代表者は、署名の数字を指さした。

「……国民は、黒崎総理を守りたいと考えている」

そして、静かに言った。

「ならば、国民の意思を問えばいい」

幹部が、顔を上げた。

「……国民の意思?」

代表者は、うなずいた。

「総理大臣の直接選挙制度について、全国規模の世論調査を実施する」

幹部は、少し考えた。

「……それで、賛成が多数だったら?」

代表者は、静かに笑った。

「……その結果を、国会に突きつける」

* * *

2037年4月28日、午前0時20分。

愛知県内、病院。

黒崎は、眠っていた。

左目には、保護材が当てられている。

胸腹部の傷は、まだ痛む。

しかし、少しずつ身体は回復していた。

ベッド脇のスマートフォンには、美月からのメッセージが届いていた。

『おやすみ。今日も大好きだよ』

黒崎は、眠る前に返信していた。

『俺も。おやすみ』

二人にとっては、ささやかな幸せだった。

だが、その夜。

東京では、新たな世論調査の準備が進められていた。

設問は、こうだった。

『国民が圧倒的に支持する総理大臣を、国民自身の手で直接選べる制度に賛成ですか?』

そこには、国会による監督や、総理大臣の権限をどう制限するかという説明はなかった。

国民が何を選ぶのか。

その問いの作り方によって、答えは大きく変わる。

そして、黒崎玲司はまだ知らなかった。

自分を守るために始まった運動が、やがて自分の意思すら超えて進み始めることを。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

第82話では、国民改革推進会議が「総理大臣の直接選出制度」を提案し、黒崎がそれに対して明確な考えを示しました。

制度そのものを議論することと、特定の政治家を守るために制度を変更することは、別の問題です。

一方、黒崎と美月は、交際を始めたばかりの二人として、少しずつ関係を深めています。

次回、第83話『九十九パーセントの民意』。

黒崎を守ろうとする国民の声が、彼自身の意思と衝突し始めます。

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