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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
総理大臣・黒崎玲司

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第68話 総理を批判するな――支持率95%の異常事態

衆議院選挙で三百二十一議席を獲得した国民会計党。

黒崎玲司への支持は、選挙後も上昇を続けていた。

しかし、支持者の一部では、黒崎への批判そのものを許さない空気が生まれ始めていた。

圧倒的な支持を手にした総理大臣は、その力をどのように使うべきなのか。

そして、黒崎が最初に守ろうとしたのは、自分を批判する一人の国会議員だった。

2037年2月2日、午前7時12分。

東京都内、立憲未来党本部。

建物の前に、三十人ほどの人々が集まっていた。

「神谷は謝罪しろ!」

「黒崎総理の邪魔をするな!」

「選挙で負けたくせに!」

警察官が歩道の通行を確保する中、抗議の声が響いていた。

その建物の二階。

神谷蒼士(かみやそうし)は、窓から外を見下ろしていた。

「……朝から元気ですね」

秘書が、困った顔をした。

「先生、笑い事じゃありません」

「分かってるよ」

神谷は、机に置かれたスマートフォンを手に取った。

前日の国会中継を切り抜いた動画が、何十万回も再生されていた。

『神谷議員、黒崎総理の減税方針を批判』

その下には、無数のコメントが並んでいる。

『まだ総理の邪魔をするのか』

『321議席の意味が分からないのか』

『反対する議員は辞職しろ』

神谷は、画面を閉じた。

秘書が尋ねる。

「今日の委員会、質問を取り下げますか?」

神谷は、即座に答えた。

「取り下げない」

「ですが……」

「昨日の質問、内容は間違ってた?」

秘書は首を振った。

「いいえ。還付型税額控除の対象者と、制度から漏れる人への対応についてです」

「だったら、聞くよ」

神谷は上着を手に取った。

「選挙で負けたからって、質問する権利まで失ったわけじゃない」

* * *

同日、午前9時30分。

首相官邸。

「総理。警備担当から報告が来ています」

小野寺航(おのでらわたる)が、タブレットを差し出した。

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、画面を見た。

立憲未来党本部前での抗議活動。

神谷議員への大量の批判投稿。

そして、一部には、危害を加えることをほのめかす書き込みもあった。

黒崎の表情が変わった。

「……これは、警察に伝わっていますか?」

「はい。具体的な脅迫の疑いがあるものについては、関係機関が対応しています」

黒崎は、うなずいた。

「分かりました」

小野寺は続けた。

「ただ、総理の支持者を名乗る人たちによる抗議です。総理が直接発言すると、逆に騒ぎが大きくなる可能性もあります」

黒崎は、画面を見つめた。

「……神谷さんは、何を質問したんですか?」

「所得税控除の拡大だけでは、もともと所得税負担が小さい人への支援が十分に届かないのではないか、という内容です」

黒崎は顔を上げた。

「……正しい質問ですね」

小野寺は、少し驚いた。

「総理?」

「制度を作るなら、必ず考えなければいけないことです」

黒崎は立ち上がった。

「今日の委員会で、きちんと答えます」

* * *

午後1時15分。

衆議院予算委員会。

「黒崎総理に質問します」

神谷が立ち上がった。

委員会室には、多くの報道陣が詰めかけていた。

「政府は、中低所得者を中心とした所得税控除の拡大を検討しています」

神谷は資料を掲げた。

「しかし、所得税をほとんど納めていない人には、控除の拡大による恩恵が小さい。場合によっては、まったく受けられません」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

「総理は、この問題をどう解決するつもりですか?」

黒崎は、答弁席に立った。

「ご指摘のとおり、所得税控除だけでは、支援が十分に届かない方がいます」

神谷は続けた。

「では、還付型税額控除の導入を急ぐべきではありませんか?」

「必要性は認識しています」

「いつ実施するんですか?」

黒崎は、一度だけ資料を見た。

「現時点では、実施時期を確約できません」

委員会室がざわついた。

神谷は、すぐに問い返した。

「総理。それでは、所得税を納める余裕すらない人たちは、いつまで待てばいいんですか?」

黒崎は、黙った。

神谷は声を強めた。

「減税を求める声が大きいことは分かります。しかし、最も生活が苦しい人が、その減税から取り残されるなら、政策として不十分ではありませんか?」

黒崎は、顔を上げた。

「……おっしゃるとおりです」

委員会室が静かになった。

黒崎は続けた。

「現在、実際の給付を伴わない制度検証を進めています。所得情報の更新や申請漏れ、自治体の事務負担について確認している段階です」

神谷は、うなずいた。

「検証は必要です」

そして、続けた。

「ただし、検証している間にも、生活に困っている人はいます」

黒崎は、静かに答えた。

「はい。その点は、既存の生活支援制度による対応も含めて検討を続けます」

神谷は、最後にこう言った。

「総理。三百二十一議席を持つ政党だからこそ、少数派の声を聞いてください」

黒崎は、まっすぐ神谷を見た。

「……そのために、国会があると思っています」

* * *

午後3時40分。

国民会計党本部。

「総理。今日の答弁が話題になっています」

片岡誠司(かたおかせいじ)が、スマートフォンを見せた。

画面には、国会中継の切り抜き動画が並んでいた。

『黒崎総理、神谷議員の追及を完全論破』

『野党の質問に冷静な回答』

『やっぱり黒崎総理しかいない』

黒崎は、眉をひそめた。

「……論破なんてしていませんよ」

片岡は、苦笑した。

「動画の見出しですから」

「神谷さんの質問は、重要でした」

「分かっています」

黒崎は、画面を見つめた。

「でも、これでは……」

そのとき、別の動画が自動再生された。

神谷が質問している場面だった。

しかし、動画は途中で切られていた。

『総理は、この問題をどう解決するつもりですか?』

次の瞬間、黒崎が答弁席に立つ場面へ飛ぶ。

『おっしゃるとおりです』

画面には、大きな文字が表示された。

『野党、総理に完全敗北!』

黒崎は、思わず声を上げた。

「……違うでしょう」

片岡が顔を上げる。

黒崎は、動画を止めた。

「これでは、何を議論したのか分からない」

片岡は、うなずいた。

「編集されていますね」

黒崎は、少し考えた。

「国会の正式な議事録や中継を、確認できるようにしましょう」

片岡が尋ねた。

「政府として、ですか?」

「いえ。まず党の発信からです」

黒崎は、はっきりと言った。

「私に都合のいい部分だけを切り取る必要はありません」

* * *

2037年2月4日、午前10時。

国民会計党、新人議員研修会。

「……総理、少しよろしいでしょうか」

一人の新人議員が手を挙げた。

黒崎は、うなずいた。

「どうぞ」

「最近、神谷議員の発言が問題になっています」

黒崎は、黙って聞いていた。

「国民会計党は三百二十一議席を獲得しました。国民は総理の政策を支持したわけです」

「はい」

「ならば、野党の批判に毎回対応する必要はないのではありませんか?」

会場の一部から、賛同する声が上がった。

新人議員は続けた。

「むしろ、批判ばかりする野党には、国民の意思を尊重してもらうべきだと思います」

黒崎は、しばらく黙った。

そして、尋ねた。

「……あなたは、何票で当選しましたか?」

新人議員は、少し驚いた。

「え?」

「あなたの選挙区で、何人の方が投票してくれましたか?」

「……約八万人です」

「では、あなた以外の候補者に投票した人は?」

新人議員は、答えに詰まった。

黒崎は続けた。

「その人たちも、あなたの選挙区の住民です」

会場が静かになった。

「当選したからといって、自分に投票しなかった人の意見を無視していいわけではありません」

新人議員は、ゆっくりとうなずいた。

黒崎は、会場全体を見渡した。

「三百二十一議席は、何をしてもいいという許可証ではありません」

そして、はっきりと言った。

「間違えたときに、三百二十一人で間違える可能性があるということです」

誰も、何も言わなかった。

* * *

2037年2月6日、午後6時。

首相官邸、記者会見室。

黒崎は、予定外の記者会見を開いた。

「本日は、最近の政治的な言論について、お話ししたいと思います」

記者たちが顔を上げた。

「私は、多くの国民の皆様から支持をいただいています」

黒崎は、ゆっくりと続けた。

「そのことには、心から感謝しています」

そして、少し間を置いた。

「しかし、私への支持を理由に、他の政治家の発言を封じようとすることは、やめていただきたいと思います」

会場が静かになった。

「政策への批判は、民主主義に必要なものです」

黒崎は、まっすぐカメラを見た。

「神谷議員をはじめ、野党の皆さんには、これからも政府の政策を厳しく確認していただきたい」

記者が手を挙げた。

「総理。それは、ご自身の支持者に対する批判ですか?」

黒崎は、首を振った。

「支持すること自体を批判しているのではありません」

そして、続けた。

「ただ、誰かを支持することと、その人を批判できなくすることは、まったく違います」

別の記者が尋ねた。

「総理を批判する人に対して、辞職を求める声もあります」

黒崎は、即座に答えた。

「そのような要求には、賛同しません」

会場に、キーボードをたたく音が響いた。

黒崎は、最後にこう言った。

「私が間違っていると思ったら、皆さんも遠慮なく批判してください」

* * *

2037年2月7日、午後9時。

東京都内、桐生美月の自宅。

桐生美月(きりゅうみづき)は、テレビのニュースを見ていた。

『黒崎総理、支持者に冷静な対応を呼びかけ』

画面には、前日の記者会見が流れていた。

美月は、スマートフォンを手に取った。

『昨日の会見、見たよ』

黒崎から返信が来た。

『ありがとう』

美月は、少し考えてから送った。

『でも、あれで怒った人もいるみたい』

黒崎の返信は、少し遅れた。

『うん。知ってる』

美月は、画面を見つめた。

『大丈夫?』

しばらくして、返信が届いた。

『大丈夫。ただ、思っていたより難しい』

美月は、小さく笑った。

『総理大臣なんだから、難しいでしょ』

すぐに返信が来た。

『そうだね』

美月は、もう一通送った。

『でも、間違ってると思ったら、ちゃんと言ってね』

黒崎は、短く答えた。

『うん』

* * *

2037年2月9日、午前8時。

首相官邸。

「総理。最新の世論調査です」

秘書官が、資料を差し出した。

黒崎は、ページを開いた。

黒崎内閣支持率。

九十五・一パーセント。

不支持率。

二・七パーセント。

分からない・無回答。

二・二パーセント。

黒崎は、しばらく数字を見つめた。

「……上がっているんですか?」

秘書官は、うなずいた。

「はい。前回の九十二・六パーセントから、さらに上昇しています」

黒崎は、資料を置いた。

「……批判を受け入れると発言したのに」

片岡が、少し笑った。

「だからこそ、支持されたのかもしれません」

黒崎は、首を振った。

「……それならいいんですが」

そのとき、小野寺が入ってきた。

「総理。別の調査結果もあります」

黒崎は、顔を上げた。

「……何でしょう?」

小野寺は、資料を差し出した。

そこには、ある設問が記されていた。

『黒崎総理が進める政策について、国会での審議を簡略化してでも早期に実現すべきだと思いますか?』

賛成、六十八・四パーセント。

反対、二十一・六パーセント。

分からない、十・〇パーセント。

黒崎は、眉をひそめた。

「……六十八パーセント?」

小野寺は、うなずいた。

「はい」

黒崎は、もう一度資料を見た。

国民は、黒崎を支持している。

しかし、その支持の一部は、国会での議論を省略することまで求め始めていた。

黒崎は、静かに言った。

「……これは、よくないですね」

* * *

2037年2月11日、午後3時。

東京都内、大規模な市民集会。

会場には、数千人が集まっていた。

掲げられた旗には、黒崎の名前が書かれていた。

『黒崎総理を支持する』

『日本を変えろ』

『政治改革を止めるな』

ここまでは、一般的な政治集会だった。

しかし、壇上に立った男性の発言で、空気が変わった。

「皆さん! 国会は、黒崎総理の改革を邪魔しています!」

歓声が上がる。

「三百二十一議席を与えたのは、私たち国民です!」

さらに大きな歓声。

「だったら、もう野党の意見なんて聞く必要はありません!」

会場の一部から、拍手が起きた。

男性は、声を張り上げた。

「黒崎総理に、もっと強い権限を与えるべきです!」

そして、こう叫んだ。

「黒崎総理なら、日本を一人で変えられる!」

会場に、歓声が響いた。

その映像は、すぐにインターネット上で拡散された。

* * *

同日、午後8時。

首相官邸。

黒崎は、集会の映像を見つめていた。

「……一人で、日本を変える?」

画面の中では、数千人が黒崎の名前を叫んでいた。

「黒崎!」

「黒崎!」

「黒崎!」

黒崎は、映像を止めた。

そして、小野寺に尋ねた。

「……この人たちは、私に何をしてほしいんでしょうか」

小野寺は、少し考えた。

「政策を早く実現してほしいのだと思います」

黒崎は、うなずいた。

「……それは、分かります」

そして、続けた。

「でも、国会を無視していいとは、一度も言っていません」

小野寺は、黙った。

黒崎は、机に置かれた議席表を見た。

三百二十一議席。

衆議院の三分の二を超える議席。

法律を成立させるための、大きな力。

しかし、その力は、国民のために使わなければならない。

黒崎は、静かに立ち上がった。

「……小野寺さん」

「はい」

「次の国会で、私から提案したいことがあります」

小野寺が顔を上げた。

「……何でしょう?」

黒崎は、はっきりと言った。

「政府の重要法案について、野党が十分に質問できる時間を確保する仕組みです」

小野寺は、少し驚いた。

「総理。与党が三百二十一議席あるのに、ですか?」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

そして、静かに言った。

「……だからこそ、必要なんです」

* * *

2037年2月13日、午前10時。

国会議事堂。

黒崎は、神谷と向かい合っていた。

「……総理から、野党の質問時間を増やしたいと?」

神谷は、驚いたように尋ねた。

黒崎は、うなずいた。

「はい」

神谷は、少し笑った。

「普通は、逆でしょう」

「そうかもしれません」

黒崎は、資料を差し出した。

「与党が大きくなった今、国会の審議が形式的にならないようにしたいんです」

神谷は、資料を見つめた。

そして、静かに言った。

「……総理」

黒崎が顔を上げる。

「それを本気で実現するなら、私は協力します」

黒崎は、うなずいた。

「ありがとうございます」

神谷は、少し間を置いた。

「ただし、一つ条件があります」

「……何でしょう?」

神谷は、黒崎を見た。

「私たちが総理を批判したとき、党の議員たちに圧力をかけさせないでください」

黒崎は、即座に答えた。

「もちろんです」

神谷は、少し笑った。

「……なら、話を進めましょう」

二人は、資料を広げた。

国民会計党、三百二十一議席。

立憲未来党、七十二議席。

本来なら、与党が野党を無視しても、国会運営は進められる。

しかし、黒崎はあえて、野党の声を聞く仕組みを作ろうとしていた。

その判断が、将来どのような意味を持つのか。

このとき、黒崎はまだ知らなかった。

やがて、自分の権力を制限するために作った仕組みが、自分自身を総理大臣の座から降ろす力になることを。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、黒崎への支持が高まる一方で、政治的な批判を許さない空気が生まれ始める様子を描きました。

圧倒的な支持を得た政治家にとって、反対意見を受け入れることは、以前よりも難しくなるのかもしれません。

次回は、黒崎が進める国会改革と、さらに高まり続ける内閣支持率を描きます。

そして、黒崎自身の知らないところで、彼を「特別な指導者」にしようとする動きが始まります。

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