第67話 321議席――国民が与えた、危険な力
衆議院選挙で、歴史的な大勝が確実となった国民会計党。
かつて支持率ゼロから政治を始めた黒崎玲司は、今や日本で最も大きな支持を集める政治家になろうとしていた。
しかし、議席が増えることは、必ずしも政治が良くなることを意味しない。
選挙結果が確定した夜、黒崎は勝利の裏側に潜む新たな問題に気づき始める。
2037年1月18日、午前2時17分。
国民会計党本部。
「……最後の議席が確定しました」
片岡誠司の声が、静まり返った会議室に響いた。
黒崎玲司は、顔を上げた。
「……何議席ですか?」
片岡は、一度だけ息を吸った。
そして、はっきりと答えた。
「三百二十一議席です」
一瞬、誰も動かなかった。
「……三百二十一?」
黒崎が聞き返す。
「はい」
片岡は、手元の集計表を示した。
国民会計党が擁立した候補者、三百二十一人。
当選者、三百二十一人。
全員当選だった。
次の瞬間、会議室に歓声が響いた。
「やった!」
「全員当選だ!」
「総理! おめでとうございます!」
スタッフたちが立ち上がり、抱き合った。
泣いている者もいた。
黒崎は、しばらく集計表を見つめていた。
三十一議席。
それが、解散前の国民会計党だった。
そして今。
三百二十一議席。
衆議院四百六十五議席の、約六十九パーセント。
単独過半数どころではなかった。
衆議院の三分の二を超えていた。
黒崎は、静かにつぶやいた。
「……多すぎませんか」
片岡が振り向いた。
「……え?」
黒崎は、もう一度議席数を見た。
「……こんなに、勝つとは思っていませんでした」
片岡は、苦笑した。
「総理。勝ったんですよ」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
そして、続けた。
「だからこそ、怖いんです」
* * *
午前8時。
テレビ各局は、選挙結果を一斉に報じていた。
『国民会計党、三百二十一議席を獲得』
『黒崎政権、歴史的大勝』
『衆議院の三分の二を超える議席』
『国民が黒崎総理に圧倒的信任』
各党の議席数も確定した。
国民会計党、三百二十一。
立憲未来党、七十二。
国政自由党、四十三。
新政改革連合、十一。
その他・無所属、十八。
合計、四百六十五。
かつて百六十二議席を持っていた国政自由党は、四十三議席まで減少した。
新政改革連合も、五十三議席から十一議席へ。
一方、黒崎と政策論争を重ねてきた立憲未来党は、七十二議席を確保していた。
しかし、その議席数は国民会計党の四分の一にも満たなかった。
日本の政治勢力図は、一夜にして塗り替えられた。
* * *
午前10時30分。
国政自由党本部。
相馬孝一は、記者会見に臨んでいた。
「今回の選挙結果について、どう受け止めていますか?」
記者の質問に、相馬は深く頭を下げた。
「……国民の皆様から、厳しい審判をいただきました」
フラッシュが光る。
「黒崎政権に対する批判が、国民に届かなかったということでしょうか?」
相馬は、少し考えた。
「それだけではないと思います」
そして、続けた。
「国民は、これまでの政治そのものに、不満を持っていたのかもしれません」
記者が尋ねた。
「総裁を辞任されますか?」
相馬は、静かにうなずいた。
「……責任を取るつもりです」
かつて日本の総理大臣だった男は、最後にこう言った。
「ただし、黒崎総理には忘れてほしくありません」
記者たちが顔を上げた。
「三百二十一議席を持っていても、間違えるときは間違える」
相馬は、まっすぐカメラを見た。
「国会から、反対意見が消えたわけではありません」
* * *
午後1時。
国民会計党本部。
「総理。これで、かなりの法案を成立させやすくなります」
森田悠介が説明した。
「衆議院で単独過半数を大きく超えました。予算案の議決でも、安定した運営が見込めます」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
森田は続けた。
「さらに、三分の二を超える議席があります。参議院で否決された通常の法律案についても、憲法上の要件を満たせば衆議院で再可決できます」
黒崎は、資料を見た。
「……つまり、以前よりも、ずっと強い権限を持つことになりますね」
「はい」
そのとき、宮原奈緒が口を開いた。
「だからこそ、危険です」
会議室が静かになった。
片岡が尋ねる。
「……どういう意味ですか?」
宮原は、黒崎を見た。
「三百二十一人が全員、総理の考えに従うようになったらどうしますか?」
黒崎は、黙った。
宮原は続けた。
「間違った政策でも、党内で反対する人がいなければ、そのまま通ってしまいます」
森田が、うなずいた。
「……確かに」
宮原は、はっきりと言った。
「私は、総理が間違っていると思ったら、これまでどおり反対します」
黒崎は、少し笑った。
「……お願いします」
宮原は、首を振った。
「冗談じゃありませんよ」
黒崎は、真剣な表情になった。
「分かっています」
そして、続けた。
「私も、反対してくれる人が必要だと思っています」
* * *
2037年1月19日、午後3時。
国会議事堂。
黒崎は、神谷蒼士と会っていた。
「……三百二十一議席ですか」
神谷は、少し笑った。
「とんでもない結果ですね」
黒崎は、苦笑した。
「私も驚いています」
神谷は、椅子に座った。
「総理。これからは、私たちの意見を聞かなくても法律を通せますね」
黒崎は、首を振った。
「そんなことはありません」
「制度上は、かなりのことができます」
黒崎は、黙った。
神谷は続けた。
「だから、聞かなくなるんです」
黒崎は、顔を上げた。
「……どういう意味ですか?」
神谷は、静かに答えた。
「人は、反対されなくなると、自分が正しいと思い始めます」
黒崎は、しばらく考えた。
「……私も、そうなると思いますか?」
神谷は、迷わず答えた。
「可能性はあります」
黒崎は、少し驚いた。
神谷は続けた。
「私だって、同じ立場ならそうなるかもしれません」
そして、黒崎を見た。
「だから、政治には野党が必要なんです」
黒崎は、ゆっくりとうなずいた。
「……そうですね」
神谷は、立ち上がった。
「次の国会では、遠慮なく追及しますよ」
黒崎も立ち上がった。
「お願いします」
神谷は、少し笑った。
「……本当に、変わった総理ですね」
* * *
2037年1月21日、午後7時。
東京都内の飲食店。
「……三百二十一人全員当選って、すごすぎない?」
桐生美月が、呆れたように言った。
黒崎は、苦笑した。
「……僕も驚いてる」
美月は、スマートフォンを見せた。
画面には、黒崎の写真が並んでいた。
『日本を救った総理』
『黒崎なら何でもできる』
『日本の未来を一人で変えた男』
黒崎は、眉をひそめた。
「……何ですか、これ」
美月は、スマートフォンを置いた。
「最近、こういう投稿が増えてる」
黒崎は、黙っていた。
美月は続けた。
「黒崎が言うことなら、全部正しいって」
黒崎は、首を振った。
「そんなわけないよ」
「分かってる」
美月は、少し真剣な表情になった。
「でも、そう思ってる人が増えてるんだよ」
黒崎は、しばらく黙った。
美月は、静かに言った。
「……玲司」
黒崎が顔を上げる。
「間違えたら、ちゃんと謝ってね」
黒崎は、少し笑った。
「……うん」
美月は、続けた。
「それと、誰かに反対されたとき、怒らないでね」
黒崎は、うなずいた。
「分かった」
美月は、少しだけ安心したように笑った。
「……なら、いい」
* * *
2037年1月23日、午前9時。
首相官邸。
「総理。最新の世論調査が発表されました」
秘書官が、資料を差し出した。
黒崎は、受け取った。
黒崎内閣支持率。
九十二・六パーセント。
不支持率。
四・一パーセント。
分からない・無回答。
三・三パーセント。
黒崎は、しばらく数字を見つめた。
「……九十二?」
秘書官は、うなずいた。
「はい。非常に高い支持率です」
片岡が、少し笑った。
「総理。国民の期待が、それだけ大きいということです」
黒崎は、資料を置いた。
「……期待されているのは、ありがたいです」
そして、続けた。
「でも、九十二パーセントの人が、私の政策を全部理解しているわけではありませんよね」
片岡は、少し驚いた。
黒崎は、静かに言った。
「……支持率が高いことと、政策が正しいことは、別です」
* * *
2037年1月25日、午後2時。
国民会計党本部。
新たに当選した議員たちを集めた研修会が開かれていた。
三百人を超える国会議員が、会場に集まっていた。
黒崎は、壇上に立った。
「皆さん。当選おめでとうございます」
拍手が起きた。
「ただし、今日は一つだけ、お願いがあります」
会場が静かになった。
黒崎は、ゆっくりと話し始めた。
「私に、従わないでください」
議員たちが、ざわついた。
黒崎は続けた。
「私が間違っていると思ったら、反対してください」
「政策に問題があると思ったら、質問してください」
「数字がおかしいと思ったら、確認してください」
黒崎は、会場を見渡した。
「皆さんは、私に雇われたわけではありません」
そして、はっきりと言った。
「国民に選ばれた国会議員です」
会場が静まり返った。
「だから、私の顔色ではなく、国民の生活を見て判断してください」
しばらくして、拍手が起きた。
最初は、まばらだった。
しかし、やがて大きな拍手になった。
黒崎は、深く頭を下げた。
* * *
2037年1月28日、午後6時。
首相官邸。
黒崎は、一人で執務室にいた。
机には、選挙結果の資料が置かれていた。
三百二十一議席。
内閣支持率、九十二・六パーセント。
かつて、支持率ゼロから始まった政治活動。
今では、日本中が黒崎に期待している。
黒崎は、窓の外を見た。
「……これで、ようやく政策を進められる」
そのとき、スマートフォンに通知が届いた。
ニュース速報だった。
『黒崎総理の支持者ら、首相官邸前で集会』
黒崎は、画面を開いた。
そこには、多くの人々が集まる映像が流れていた。
人々は、旗を振っていた。
『黒崎総理を守れ!』
『国会は黒崎総理に従え!』
『反対する政治家はいらない!』
黒崎は、眉をひそめた。
「……何だ、これは」
映像の中で、一人の男性が叫んでいた。
『黒崎総理が正しいんだから、野党なんて必要ない!』
周囲から歓声が上がった。
黒崎は、スマートフォンを置いた。
そして、静かにつぶやいた。
「……違う」
しばらくして、もう一度言った。
「……それは、違う」
窓の外には、夜の東京が広がっていた。
国民会計党、三百二十一議席。
内閣支持率、九十二・六パーセント。
黒崎玲司は、日本で最も大きな政治的権力を持つ人物になった。
しかし、その力を与えた国民の一部が、今度は民主主義そのものを否定し始めていた。
黒崎は、静かに立ち上がった。
「……これは、止めないといけない」
政治家になってから、初めてだった。
国民の支持が、怖いと思ったのは。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、国民会計党の歴史的大勝と、その後に生まれた新たな問題を描きました。
三百二十一議席という圧倒的な議席数は、政策を進める力になります。一方で、反対意見を軽視すれば、民主主義を弱める危険性もあります。
次回は、黒崎への支持がさらに高まる一方で、支持者の一部が過激な行動を取り始めます。
黒崎は、自分を支持する国民に対して、どのような言葉を投げかけるのでしょうか。




