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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
総理大臣・黒崎玲司

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第66話 日本中が、黒崎を選び始めた

2037年1月。

衆議院選挙が始まった。

国民会計党は三百二十一人の候補者を擁立し、単独過半数を目指す。

一方、かつての与党・国政自由党は、黒崎政権が減税を実現できなかったことを追及する。

総理大臣としての五か月間は、国民にどう評価されるのか。

選挙戦が進むにつれ、黒崎自身も予想しなかった変化が起き始める。

2037年1月6日、午前7時45分。

東京都内、品川駅前。

「黒崎総理! 減税はいつになるんですか!」

通勤途中の男性が、声を上げた。

街頭演説を終えた黒崎玲司(くろさきれいじ)は、足を止めた。

「……現時点では、実施日をお約束できません」

男性の表情が険しくなる。

「選挙前も同じことを言ってましたよね?」

「はい」

「総理になっても、何も変わってないじゃないですか!」

周囲の人々が振り向いた。

選挙スタッフが間に入ろうとしたが、黒崎は手で制した。

「……そう感じられるのは、当然だと思います」

男性は、少し驚いた。

黒崎は続けた。

「税金の使い道を公開する仕組みは進めています。ただ、それで皆さんの手取りが増えたわけではありません」

「だったら、何のために総理になったんですか?」

黒崎は、一瞬だけ言葉を失った。

そして、答えた。

「……それを実現するために、もう一度選挙に挑んでいます」

男性は、しばらく黒崎を見つめた。

「次も同じこと言ってたら、もう投票しませんからね」

黒崎は、深く頭を下げた。

「そのときは、厳しく評価してください」

男性は何も言わず、駅へ向かって歩いていった。

黒崎が顔を上げると、近くにいた女性が小さく拍手した。

しかし、黒崎は笑わなかった。

今の男性が言ったことは、間違っていなかったからだ。

* * *

2037年1月7日、午後2時。

大阪府内、国民会計党候補者の選挙事務所。

「……総理、本当に来てくださったんですね」

候補者の女性が、驚いたように言った。

元看護師の三十四歳。

今回が初めての選挙だった。

黒崎は、笑った。

「もちろんです」

女性は、事務所の奥を見た。

机は三つ。

スタッフは四人。

壁には、手書きの予定表が貼られていた。

「正直、勝てる気がしません」

黒崎は、顔を上げた。

「……どうしてですか?」

「相手は、七期連続当選のベテラン議員です。後援会も資金も、比べものになりません」

黒崎は、うなずいた。

「そうですね」

女性は、苦笑した。

「総理、そこは励ましてくださいよ」

黒崎も笑った。

「……すみません」

そして、壁に貼られた政策資料を見た。

医療従事者の待遇改善。

地方の診療体制。

社会保険料負担の透明化。

黒崎は、尋ねた。

「これ、全部ご自身で考えたんですか?」

「はい。現場で働いていて、ずっと疑問に思っていたことです」

黒崎は、うなずいた。

「だったら、それを話してください」

女性が顔を上げる。

「……それだけですか?」

「はい」

黒崎は、はっきりと言った。

「私の人気を借りるだけでは、選挙が終わった後に困ります」

女性は、黙った。

「あなた自身が、何を変えたいのか。それを伝えてください」

しばらくして、女性は小さく笑った。

「……分かりました」

* * *

2037年1月9日、午後8時。

東京、テレビ局の討論番組。

出演者は、主要政党の代表者たちだった。

司会者が口を開く。

「本日は、税制と財政について議論します」

画面には、各党の政策が表示された。

国民会計党。

所得税控除の拡大を優先し、財源確保後に実施。

還付型税額控除の試行準備。

消費税率の引き下げは、中長期目標として継続検討。

国政自由党。

経済成長による税収増を重視。

企業投資促進策の拡充。

立憲未来党。

低所得者への直接的な支援を優先。

社会保障財源の維持。

新政改革連合。

早期の所得税減税を主張。

司会者が、黒崎に尋ねた。

「黒崎総理。国民会計党は、減税を掲げて政権を獲得しました。しかし、まだ実現できていません」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

「それでも、もう一度政権を任せてほしいと?」

「はい」

司会者は、相馬孝一(そうまこういち)に話を振った。

「相馬総裁、いかがでしょうか?」

相馬は、黒崎を見た。

「……私は、政治家には結果が必要だと思っています」

そして、続けた。

「黒崎総理は、数字を公開することばかり話している。しかし、国民が求めているのは生活の改善です」

黒崎は、黙って聞いていた。

相馬は声を強めた。

「五か月間、何をしていたんですか?」

スタジオが静かになった。

黒崎は、少し考えた。

「……国の支出を確認していました」

相馬が、笑った。

「確認だけですか?」

「はい。確認しなければ、どこを変えるべきか判断できません」

相馬は、首を振った。

「それでは遅すぎる」

黒崎は、静かに答えた。

「そうかもしれません」

司会者が、驚いた表情を見せた。

黒崎は続けた。

「ただ、私は国民に説明できない減税を実施するつもりはありません」

相馬が尋ねた。

「では、いつ実施するんですか?」

黒崎は、まっすぐ相馬を見た。

「財源が確保できたときです」

相馬は、肩をすくめた。

「……それでは、いつまでも実現できませんよ」

そのとき、神谷蒼士(かみやそうし)が口を開いた。

「相馬総裁。一つ確認してもいいですか?」

相馬が振り向く。

「何でしょう?」

「国政自由党は、経済成長による税収増を重視すると説明しています」

「はい」

「その税収増が想定を下回った場合、どうするんですか?」

相馬は、少し間を置いた。

「必要に応じて、予算を調整します」

神谷は、うなずいた。

「……つまり、財源の確認は必要だということですね」

相馬の表情が変わった。

神谷は続けた。

「私は黒崎総理の政策すべてに賛成しているわけではありません」

そして、黒崎を見た。

「ただ、数字を確認すること自体を批判するのは、違うと思います」

スタジオに、短い沈黙が落ちた。

* * *

2037年1月10日、午前9時。

国民会計党選挙対策本部。

「総理。昨日の討論番組の反響です」

片岡誠司(かたおかせいじ)が、資料を差し出した。

黒崎は、ページをめくった。

『減税できなかったことを認めたのは評価できる』

『でも、そろそろ結果を出してほしい』

『相馬より黒崎の方が説明が具体的だった』

『神谷の質問が一番まともだった』

賛否は分かれていた。

黒崎は、うなずいた。

「……いろいろな意見がありますね」

片岡は、別の資料を差し出した。

「ただし、こちらをご覧ください」

そこには、選挙情勢調査の結果が記されていた。

国民会計党の小選挙区候補。

優勢、百二十七。

接戦、百四十一。

劣勢、五十三。

黒崎は、数字を見つめた。

「……接戦が多いですね」

片岡は、うなずいた。

「はい。三百二十一人を擁立できても、単独過半数はまだ確実ではありません」

黒崎は、資料を閉じた。

「……最後まで、地元で政策を説明してもらいましょう」

* * *

2037年1月12日、午後4時。

福岡県内、商店街。

黒崎は、街頭演説を終えたところだった。

そのとき、小さな食料品店を営む男性が声をかけてきた。

「総理。消費税、下げてくれるんですよね?」

黒崎は、うなずいた。

「将来的な引き下げを目指しています」

男性は、首を振った。

「将来じゃ困るんですよ」

黒崎は、黙った。

男性は続けた。

「仕入れ値も電気代も上がってる。お客さんは安いものしか買わない」

黒崎は、うなずいた。

「……そうですね」

「うちは、あと一年持つかどうか分からない」

その言葉に、黒崎は返事ができなかった。

男性は、少し笑った。

「総理が悪いって言ってるわけじゃないんです」

そして、続けた。

「ただ、待ってる間に店がなくなったら、意味がないでしょう?」

黒崎は、深く頭を下げた。

「……おっしゃるとおりです」

その夜。

移動中の車内で、黒崎は窓の外を見つめていた。

政治の時間。

国民の生活の時間。

その二つは、同じ速さでは進まない。

黒崎は、静かにつぶやいた。

「……もっと早く、結果を出さないと」

* * *

2037年1月14日、午後7時。

東京都内、国民会計党選挙対策本部。

「総理。最新の情勢調査が届きました」

片岡が、資料を差し出した。

黒崎は、ページをめくった。

国民会計党。

小選挙区で優勢、百五十九。

接戦、百二十六。

劣勢、三十六。

黒崎は、顔を上げた。

「……優勢が増えていますね」

片岡は、うなずいた。

「はい。ただし、接戦区の結果次第で議席数は大きく変わります」

黒崎は、資料を見つめた。

「……過半数は?」

片岡は、少し間を置いた。

「可能性はあります」

そして、続けた。

「ですが、まだ分かりません」

黒崎は、うなずいた。

「……最後まで、気を抜かないようにしましょう」

* * *

2037年1月16日、午後6時30分。

東京・新宿駅前。

選挙戦、最終日。

黒崎は、最後の街頭演説に立っていた。

目の前には、数え切れないほどの人が集まっていた。

五か月前、総理大臣になったとき。

黒崎は、ここまで大きな支持を受けるとは思っていなかった。

しかし、今日は違った。

「黒崎!」

「頑張れ!」

「日本を変えてくれ!」

人々の声が、夜の街に響いた。

黒崎は、マイクを握った。

「皆さん。今日まで、ありがとうございました」

拍手が起きた。

「私は、まだ減税を実現できていません」

会場が静かになった。

「それでも、もう一度、私たちに期待してくださる方がいる」

黒崎は、深く頭を下げた。

「本当に、ありがとうございます」

そして、顔を上げた。

「……私は、皆さんに約束します」

人々が、静かに耳を傾けた。

「国民のお金を、国民のために使う」

「政治家のためではなく、国民の生活のために使う」

黒崎は、声を強めた。

「その原則だけは、絶対に変えません!」

大きな拍手が起きた。

「黒崎!」

「黒崎!」

声が重なっていく。

黒崎は、少しだけ驚いた。

自分の名前が、こんなにも多くの人に呼ばれる。

その光景は、どこか現実離れしていた。

そして、黒崎は最後にこう言った。

「……明日、皆さんの一票で、日本の未来を決めてください!」

* * *

2037年1月17日、午後7時58分。

国民会計党本部。

投票終了まで、あと二分。

黒崎は、静かにテレビを見つめていた。

周囲には、党幹部とスタッフが集まっている。

誰も、ほとんど話さなかった。

午後8時。

投票が締め切られた。

テレビ画面が切り替わる。

『衆議院選挙・開票速報』

アナウンサーが、緊張した声で話し始めた。

『各社の出口調査によりますと――』

黒崎は、画面を見つめた。

『国民会計党が、単独過半数を大きく上回る勢いです』

会議室がざわついた。

片岡が、立ち上がった。

「……総理」

黒崎は、何も答えなかった。

画面には、各党の予測議席数が表示された。

国民会計党。

予測議席数、二百七十から三百十。

黒崎は、目を見開いた。

「……三百?」

片岡が、震える声で言った。

「……総理。これは……」

そのとき、テレビのアナウンサーが続けた。

『さらに、接戦区の動向によっては、国民会計党が擁立した三百二十一人の候補者の大半が当選する可能性もあります』

会議室に、歓声が上がった。

しかし、黒崎は動かなかった。

三百二十一人。

前回は、三十一人だった。

たった半年で、国民会計党は日本最大の政党になろうとしていた。

黒崎は、静かにつぶやいた。

「……本当に、こんなことが」

その瞬間。

テレビ画面に、新しい速報が表示された。

『国民会計党、歴史的大勝の見通し』

黒崎は、画面を見つめた。

しかし、その表情には、喜びだけではないものが浮かんでいた。

あまりにも大きな支持。

あまりにも急激な変化。

そして、国民から寄せられる期待。

黒崎は、静かに息を吐いた。

「……これだけの議席を、どう使うかですね」

選挙の勝利は、まだ確定していなかった。

だが、日本の政治が大きく変わろうとしていることだけは、誰の目にも明らかだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、全国での選挙戦と、黒崎に対する国民の評価を描きました。

政策を丁寧に説明することと、国民が求める速度で結果を出すこと。その両立は、政治にとって大きな課題です。

次回は、衆議院選挙の最終結果が明らかになります。

国民会計党は、どこまで議席を伸ばすのか。

そして、圧倒的な支持を手にした黒崎に、新たな試練が訪れます。

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