第62話 税金を盗んだのは、誰だ
減税の財源を探すため、政府支出の見直しを進める黒崎政権。
その過程で、複数の補助金を受け取っていた企業グループと、国会議員関係者との接触記録が見つかった。
しかし、補助金の重複受給も、政治家との接触も、それだけで不正を意味するわけではない。
黒崎は、疑惑を追及する立場と、総理大臣として守るべき手続きの間で、新たな試練を迎える。
首相官邸、総理大臣執務室。
「……東条正臣?」
黒崎玲司は、報告書に記された名前を読み上げた。
小野寺航が、表情を引き締める。
「はい。新政改革連合の東条代表です」
黒崎は、資料をもう一度確認した。
そこには、ある企業グループが複数の補助金制度を利用していた記録と、東条の政策担当秘書が関係省庁の担当者と面会した記録が記されていた。
「……面会の目的は?」
「地方の設備投資支援制度について、企業側から相談を受けたとの説明です」
黒崎は、うなずいた。
「それ自体は、議員活動としてあり得ますね」
「はい」
「補助金の交付決定に影響を与えた証拠は?」
小野寺は、首を振った。
「現時点では、確認されていません」
黒崎は、報告書を閉じた。
「……では、不正があったとは言えません」
小野寺は、少し驚いた表情を見せた。
「総理。東条代表は、政権運営に影響力を持つ人物です」
「分かっています」
黒崎は、静かに答えた。
「だからこそ、疑惑だけで判断してはいけません」
* * *
午前10時。
首相官邸、行政改革会議。
「問題となっているのは、二つの補助金です」
森田悠介が、資料をスクリーンに映した。
一つ目は、経済産業省の設備導入支援。
二つ目は、地方自治体を通じた地域産業高度化支援。
どちらも、企業の設備投資を支援する制度だった。
「同じ企業グループが、両方を利用しています」
森田は続けた。
「ただし、現時点では、同一の経費に対して二重に補助金が交付されたと確定したわけではありません」
黒崎は、うなずいた。
「では、何が問題なんですか?」
森田は、別のページを示した。
「申請書に記載された設備の名称と、導入場所が似ています」
「……同じ設備の可能性がある?」
「はい。ただし、型番や設置時期が異なる可能性もあります」
宮原奈緒が発言した。
「総理。ここは、慎重に進めるべきです」
黒崎は、顔を上げた。
「お願いします」
「もし正当な申請だった場合、企業名だけが先に広まれば、信用を失う可能性があります」
黒崎は、うなずいた。
「……そのとおりですね」
そして、続けた。
「企業名も議員名も、調査結果が出るまでは不用意に公表しません」
森田は、うなずいた。
「承知しました」
* * *
2036年11月20日、午後2時。
衆議院議員会館。
「……私が補助金を不正に受け取らせたと?」
東条正臣は、低い声で尋ねた。
黒崎は、首を振った。
「いいえ。そう判断した事実はありません」
東条は、腕を組んだ。
「では、なぜ私を呼んだんですか?」
黒崎は、資料を机に置いた。
「政策担当秘書の方が、補助金制度について省庁と面会した記録があります」
東条は、資料を見た。
「……それが?」
「面会の目的を確認したいんです」
東条は、少し笑った。
「総理。国会議員が企業の相談を受けることは、珍しくありませんよ」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
東条は続けた。
「地元企業が設備投資を進めたい。制度について分からないことがある。だから、役所に確認する」
黒崎は、黙って聞いていた。
「それの何が問題なんですか?」
黒崎は、静かに答えた。
「問題があると決めつけているわけではありません」
そして、続けた。
「ただ、補助金の交付判断に特別な働きかけがなかったか、確認する必要があります」
東条の表情が変わった。
「……私を疑っているんですね」
黒崎は、少し考えた。
「……事実を確認しています」
東条は、しばらく黙った。
そして、低い声で言った。
「総理。あなたは、私たちの協力がなければ政権を維持できないことを忘れていませんか?」
黒崎は、東条を見た。
「忘れていません」
「なら、もう少し慎重に行動した方がいい」
黒崎は、静かに答えた。
「慎重に進めるつもりです」
そして、続けた。
「ですが、政権を支えていただいていることと、調査を行うことは別です」
東条は、何も答えなかった。
* * *
2036年11月22日、午前11時。
首相官邸。
「総理。会計検査院から、追加の確認結果が届きました」
小野寺が、資料を差し出した。
黒崎は、ページをめくった。
「……設備は、別のものだった?」
「はい。現時点で確認された資料では、型番と設置場所が異なっています」
黒崎は、うなずいた。
「では、同一設備への二重交付という疑いは?」
「今回確認された範囲では、裏付けられていません」
黒崎は、静かに息を吐いた。
「……よかった」
しかし、小野寺は続けた。
「ただし、別の問題が見つかっています」
黒崎は、顔を上げた。
「何でしょう?」
小野寺は、資料の一行を指さした。
『補助金の審査における事業効果の確認方法が、制度ごとに異なる』
黒崎は、ページをめくった。
「……片方は設備導入を確認するだけ。もう片方は、導入後の成果も確認している?」
「はい」
黒崎は、少し考えた。
「……同じような目的の制度でも、効果の測り方が違うんですね」
小野寺は、うなずいた。
「そのとおりです」
黒崎は、資料を閉じた。
「……では、今回の問題は、補助金の不正というより、制度の設計ですね」
* * *
2036年11月24日、午後1時。
首相官邸、政策調整会議。
「総理。補助金制度の見直し案をまとめました」
森田が、資料を配った。
黒崎は、ページをめくった。
申請情報の共通化。
同一経費への重複交付を防ぐ確認手続き。
事業効果の評価基準の整理。
交付後の確認方法の統一。
森田は説明した。
「制度を統合する前に、まず共通の確認項目を設ける案です」
黒崎は、うなずいた。
「……それなら、企業側の申請負担も減らせる可能性がありますね」
「はい」
水野が発言した。
「ただし、自治体側のシステム改修費用も必要です」
黒崎は、うなずいた。
「分かっています」
そして、続けた。
「費用を含めて、効果を試算してください」
森田は、資料に書き込んだ。
「承知しました」
黒崎は、少し考えた。
「……今回の調査で、削減できる金額は分かりましたか?」
森田は、首を振った。
「まだです」
黒崎は、うなずいた。
「では、財源には数えません」
* * *
2036年11月26日、午後3時。
首相官邸、記者会見室。
「総理。補助金制度に関する調査について、説明してください」
記者の質問に、黒崎は資料を掲げた。
「複数の補助金制度について、交付状況や審査方法の確認を進めています」
黒崎は続けた。
「今回確認された範囲では、同一設備への二重交付を裏付ける事実は確認されていません」
記者が尋ねた。
「総理。国会議員が関係しているという情報がありますが?」
黒崎は、静かに答えた。
「個別の面会記録については、関係者の権利や調査への影響を考慮し、現時点では詳細を申し上げません」
別の記者が声を上げた。
「総理。政治家を守っているのではありませんか?」
黒崎は、首を振った。
「いいえ」
そして、続けた。
「疑惑だけで誰かを犯人扱いすることも、政治家だから調査しないことも、どちらも間違っていると思います」
会場が静かになった。
黒崎は、はっきりと言った。
「確認できた事実は、必要な手続きを経て公開します」
* * *
2036年11月28日、午後7時。
首相官邸、総理大臣執務室。
黒崎は、机の上に置かれた資料を見つめていた。
補助金制度の重複。
審査基準の違い。
申請手続きの複雑さ。
そして、削減額が確定しない歳出改革。
黒崎は、静かに息を吐いた。
「……財源探しは、簡単ではありませんね」
小野寺が、うなずいた。
「はい」
その時、秘書官が入ってきた。
「総理。財務省から、所得税控除拡大案について、最終調整に向けた資料が届きました」
黒崎は、顔を上げた。
「……最終調整?」
「はい」
黒崎は、資料を受け取った。
表紙には、こう書かれていた。
『所得税控除拡大案・財源確保に関する選択肢』
黒崎は、ページをめくった。
そこには、三つの案が示されていた。
第一案。
控除拡大の規模を縮小する。
第二案。
実施時期を延期し、財源確保を継続する。
第三案。
一部の税制優遇措置を見直し、財源を確保する。
黒崎は、しばらく数字を見つめた。
「……どれを選んでも、誰かに影響が出ますね」
小野寺は、うなずいた。
「はい」
黒崎は、資料を閉じた。
年内に、判断する。
そう約束した期限が、近づいていた。
減税を実現するのか。
規模を縮小するのか。
それとも、延期するのか。
黒崎は、静かに言った。
「……次は、決めなければいけませんね」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、補助金制度の調査と、政治家との関係について描きました。
政治家が企業や自治体から相談を受けること自体は、通常の議員活動の一つです。また、複数の補助金を利用していることだけで、不正とは判断できません。
重要なのは、制度が適切に運用されているか、客観的な事実に基づいて確認することです。
次回は、所得税控除拡大案について、黒崎が最終的な判断を下します。
財源と国民生活の間で、黒崎はどのような決断をするのでしょうか。




