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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
総理大臣・黒崎玲司

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第61話 消えた補助金の行方――六千二百億円への挑戦

年内に、最初の減税を実施できるか判断する。

そう宣言した黒崎政権に残された時間は、二か月を切っていた。

財源として期待されるのは、来年度予算の歳出改革。

しかし、同じように見える補助金にも、それぞれの目的と受益者が存在する。

黒崎は、予算書の数字の向こう側にいる人々と向き合うことになる。

2036年11月4日、午前9時10分。

首相官邸、政策調整会議。

「……対象事業、百八十七件?」

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、分厚い資料を机に置いた。

森田悠介(もりたゆうすけ)がうなずく。

「はい。複数の省庁で、目的や対象が重複している可能性がある事業を抽出しました」

資料の表紙には、こう記されていた。

『令和十九年度予算編成・歳出改革候補一覧』

対象事業、百八十七件。

関連予算総額、約一兆三千億円。

黒崎は、ページをめくった。

「……一兆三千億円」

隣に座る片岡誠司(かたおかせいじ)が言った。

「六千二百億円の財源が、見えてきたんじゃありませんか?」

森田は、即座に首を振った。

「違います」

片岡が顔を上げる。

「……違う?」

「一兆三千億円は、調査対象となった事業の予算総額です。削減できる金額ではありません」

森田は、資料の一行を指さした。

「例えば、似た名称の補助金が二つあっても、対象となる企業や地域が違う場合があります」

黒崎はうなずいた。

「……つまり、重複して見えるだけかもしれない」

「はい」

森田は続けた。

「逆に、本当に重複している場合でも、制度を統合するための移行費用が必要になることがあります」

片岡は腕を組んだ。

「……簡単にはいきませんね」

黒崎は、資料を閉じた。

「では、最初に確認することは一つですね」

森田が尋ねる。

「何でしょう?」

「削減できる金額ではなく、削減してはいけないものを確認します」

* * *

午前11時。

首相官邸、行政改革会議。

「総理。こちらをご覧ください」

担当者がスクリーンに映したのは、地方の中小企業向け補助金だった。

経済産業省の設備導入支援。

総務省の地域デジタル化支援。

地方自治体を通じた業務改善支援。

名称は違う。

しかし、申請書に記載する項目は、驚くほど似ていた。

「……同じ企業が、三種類の申請書を書いているんですか?」

黒崎が尋ねた。

担当者は答えた。

「条件によっては、そうしたケースがあります」

黒崎は、画面を見つめた。

「申請書を一つにまとめられませんか?」

「制度ごとに審査基準が異なるため、調整が必要です」

「審査基準は違っても、会社名や所在地まで三回書く必要はありませんよね」

担当者は、言葉を止めた。

黒崎は続けた。

「補助金を減らす前に、申請する側の手間を減らしたいんです」

その時、水野彩香(みずのあやか)が発言した。

「総理。自治体側の負担も確認してください」

黒崎が振り向く。

「お願いします」

「国が申請窓口を統合しても、裏側の確認作業を自治体に移すだけなら、改革とは言えません」

黒崎はうなずいた。

「……国の支出だけ減って、地方の仕事が増える」

「はい」

黒崎は、資料に書き込んだ。

『国・地方・申請者の総費用で比較』

* * *

2036年11月6日、午後2時。

埼玉県内の金属加工会社。

「総理、これを見てくださいよ」

社長の男性が、机に書類を積み上げた。

厚さは、十センチ近くあった。

黒崎は目を丸くした。

「……全部、補助金の申請書ですか?」

「そうです。設備を一台入れるために、これだけ書きました」

社長は、苦笑した。

「しかも、似たようなことを何回も聞かれるんですよ」

黒崎は、一枚を手に取った。

会社概要。

従業員数。

事業内容。

設備導入の目的。

別の書類にも、同じ項目が並んでいた。

「……確かに、重複していますね」

社長はうなずいた。

「補助金は助かります。でも、申請に時間がかかるんです」

黒崎は尋ねた。

「申請をやめようと思ったことは?」

「何度もあります」

社長は、少し笑った。

「でも、設備が古いままだと仕事が取れない。だから、頑張って書くんです」

黒崎は、書類を机に戻した。

「……補助金をなくすことが、必ずしも改革ではないんですね」

社長は、少し驚いた。

「そう言ってもらえると、ありがたいです」

黒崎は、頭を下げた。

「今日は、ありがとうございました」

* * *

2036年11月9日、午前10時。

首相官邸。

「総理。第一次の精査結果が出ました」

森田が、資料を差し出した。

黒崎はページを開いた。

対象、百八十七事業。

うち、詳細調査が必要なもの、六十四事業。

現時点で整理・統合の余地があると判断されたもの、二十三事業。

年間削減効果の暫定見込み、約七百四十億円。

黒崎は、数字を見つめた。

「……七百四十億円」

森田はうなずいた。

「ただし、まだ確定ではありません。統合費用や自治体への影響を差し引く必要があります」

黒崎は、資料を閉じた。

「分かりました」

片岡が言った。

「それでも、かなり進んだんじゃありませんか?」

黒崎は首を振った。

「六千二百億円には、まだ遠いですね」

森田が続けた。

「しかも、七百四十億円すべてを来年度から削減できるとは限りません」

会議室が静かになった。

黒崎は、ホワイトボードに数字を書いた。

必要財源、六千二百億円。

暫定削減見込み、七百四十億円。

差額、五千四百六十億円。

「……まだ、これだけ足りません」

誰も、すぐには答えなかった。

* * *

2036年11月11日、午後1時。

衆議院議員会館。

「総理。あなたのやり方では、年内に間に合いませんよ」

東条正臣(とうじょうまさおみ)が、厳しい表情で言った。

黒崎は、うなずいた。

「その可能性はあります」

東条は、机を指でたたいた。

「七百四十億円。必要な六千二百億円の一割程度でしょう」

「はい」

「だったら、もっと大胆に削るべきです」

黒崎は尋ねた。

「具体的には、どの事業でしょうか?」

東条は、一枚の資料を差し出した。

そこには、地方自治体向けの交付金制度が並んでいた。

黒崎は、ページをめくった。

「……これを削減すると、自治体の事業に影響が出ませんか?」

東条は答えた。

「国がすべて面倒を見る時代ではありません」

黒崎は、顔を上げた。

「……その考え方自体は、議論の余地があると思います」

東条は、少し笑った。

「でしょう?」

しかし、黒崎は続けた。

「でも、地方に仕事だけ残して財源を削るなら、結局、住民の負担が増えます」

東条の笑みが消えた。

黒崎は、資料を戻した。

「その方法は、私の目指す減税ではありません」

* * *

2036年11月13日、午後4時。

首相官邸、政策調整会議。

「……総理。租税特別措置の見直しについて、追加資料が届きました」

森田が、資料を配った。

黒崎は、ページをめくった。

企業向けの税額控除。

特定設備への優遇措置。

研究開発に関する税制。

地域投資への優遇措置。

「……こちらも、かなりの金額ですね」

森田はうなずいた。

「はい。ただし、税制優遇を廃止すれば、そのまま同額の税収が増えるとは限りません」

黒崎は、顔を上げた。

「企業の行動が変わるからですね」

「そのとおりです」

宮原が発言した。

「それに、研究開発や地方投資を支える制度まで、一律に廃止するべきではありません」

黒崎はうなずいた。

「はい」

そして、続けた。

「効果が確認できない制度から、優先的に検証しましょう」

森田は、資料に書き込んだ。

「承知しました」

黒崎は、少し考えた。

「……ただし、もう一つ条件があります」

全員が顔を上げた。

「税制優遇を見直して増収が生じる場合は、それを『行政改革による削減』と呼ばないでください」

森田がうなずく。

「……税制の変更として、明確に示す」

「はい」

黒崎は、はっきりと言った。

「国民に、別の形で負担してもらう可能性があることを隠したくありません」

* * *

2036年11月16日、午後3時。

首相官邸、記者会見室。

「総理。歳出改革の進捗を教えてください」

記者の質問に、黒崎は資料を掲げた。

「現在、百八十七事業を対象に、重複や制度運営費用の調査を進めています」

黒崎は続けた。

「第一次精査では、二十三事業について整理・統合の余地があると判断しました」

記者が尋ねた。

「削減額は?」

「年間約七百四十億円の暫定見込みです。ただし、確定額ではありません」

会場がざわついた。

別の記者が声を上げた。

「総理。所得税減税に必要な六千二百億円には、全然足りませんよね?」

黒崎はうなずいた。

「はい。足りません」

「では、年内の減税判断は不可能では?」

黒崎は、少し考えた。

「……現時点では、実施を決定できる状態ではありません」

記者が続けた。

「総理。支持者は失望するのではありませんか?」

黒崎は、静かに答えた。

「そう思う方も、いると思います」

そして、続けた。

「ただ、財源が足りないことを隠して、減税を約束することはできません」

会場が静かになった。

黒崎は、資料を置いた。

「私は、減税を実現するために、今できることを進めます」

* * *

2036年11月18日、午後7時30分。

首相官邸、総理大臣執務室。

黒崎は、机に広げられた資料を見つめていた。

必要財源、六千二百億円。

暫定削減見込み、七百四十億円。

差額、五千四百六十億円。

黒崎は、静かに息を吐いた。

「……厳しいですね」

小野寺がうなずいた。

「はい」

その時、秘書官が入ってきた。

「総理。会計検査院から、行政事業の支出状況に関する追加報告が届きました」

黒崎は、顔を上げた。

「……会計検査院から?」

「はい」

黒崎は、資料を受け取った。

表紙には、こう書かれていた。

『複数省庁における類似事業の執行状況に関する検査結果』

黒崎は、ページをめくった。

そして、手を止めた。

「……これは」

小野寺が、資料をのぞいた。

「どうされました?」

黒崎は、一つの項目を指さした。

そこには、同じ企業グループが、複数の補助金制度を利用している事例が記されていた。

黒崎は、資料を読み進めた。

「……同じ設備に、二つの補助金が使われている可能性がある?」

小野寺は、顔を引き締めた。

「……もし事実なら、制度上の確認が必要ですね」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

そして、静かに言った。

「……ただし、違法だと決めつけてはいけません」

黒崎は、資料を閉じた。

「まず、事実関係を確認しましょう」

その時、秘書官が、もう一枚の紙を差し出した。

「総理。もう一つ、報告があります」

黒崎は、受け取った。

そこには、短い文章が書かれていた。

『当該事業に関し、国会議員関係者との接触記録が確認された』

黒崎は、目を細めた。

「……国会議員?」

小野寺が、顔を上げた。

「誰でしょうか?」

黒崎は、資料の最後のページをめくった。

そして、動きを止めた。

そこには、ある議員の名前が記されていた。

黒崎は、静かに言った。

「……この人が、関係しているんですか?」

小野寺は、何も答えなかった。

減税の財源を探していたはずだった。

しかし、黒崎がたどり着いたのは、税金の使い道だけではなかった。

その使い道を決めてきた、政治そのものだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、来年度予算の歳出改革と、補助金制度の重複について描きました。

行政事業の予算総額と、実際に削減できる金額は異なります。また、制度の統合によって自治体や企業の負担が増える場合もあります。

次回は、補助金の執行状況をめぐる調査が進みます。

税金の使い道を追いかける黒崎は、政治と行政の間にある問題を明らかにできるのでしょうか。

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