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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
総理大臣・黒崎玲司

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第55話 減税を望む国民に、総理が出したもう一つの答え

消費税率を10%から8%に引き下げるには、年間約四兆八千億円の財源が必要になる。

財務省の試算を受け取った黒崎玲司は、消費税減税と還付型税額控除の比較を始めた。

同じ財政規模でも、制度によって恩恵を受ける人は変わる。

そして、その違いは、黒崎自身が掲げてきた政治理念にも関わるものだった。

2036年9月7日、午前9時。

首相官邸、総理大臣執務室。

「……年収四百万円の単身世帯で、年間三万六千円?」

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、資料の数字を見つめた。

森田悠介(もりたゆうすけ)が、うなずいた。

「はい。還付型税額控除を導入した場合の、試算例です」

机の上には、二つの政策を比較した資料が置かれていた。

一つは、消費税の標準税率を10%から8%に引き下げる案。

もう一つは、所得に応じて税額を控除し、控除しきれない分を給付する還付型税額控除だった。

「……同じ四兆八千億円を使う前提ですね」

黒崎が尋ねると、森田はうなずいた。

「はい。ただし、制度運営費や対象者の設定によって、実際の財政負担は変わります」

黒崎は、資料を読み進めた。

年収二百万円の単身世帯。

消費税減税による負担軽減、年間約一万二千円。

還付型税額控除による支援、年間約六万円。

年収四百万円の単身世帯。

消費税減税、年間約二万円。

還付型税額控除、年間約三万六千円。

年収八百万円の世帯。

消費税減税、年間約三万円。

還付型税額控除、対象外。

黒崎は、顔を上げた。

「……かなり違いますね」

森田は、うなずいた。

「消費税減税は、標準税率の対象となる消費額に応じて恩恵が生じます」

そして、続けた。

「一方、還付型税額控除は、所得の低い世帯に支援を集中できます」

黒崎は、資料を見つめた。

「……ただし、これは一例ですね」

「はい。実際の制度設計では、所得制限、家族構成、就労状況などを考慮する必要があります」

黒崎は、ペンを置いた。

「……数字だけで、決めるわけにはいきませんね」

* * *

午前11時。

首相官邸、政策調整会議。

「私は、還付型税額控除の検討を進めるべきだと思います」

宮原奈緒(みやはらなお)が、はっきりと言った。

黒崎は、うなずいた。

「理由を聞かせてください」

宮原は、資料を開いた。

「所得の低い人ほど、税金や社会保険料の負担が生活に与える影響は大きいからです」

西園寺健(さいおんじけん)が発言した。

「ただし、還付型税額控除には課題もあります」

黒崎は、顔を上げた。

「お願いします」

西園寺は、ホワイトボードに三つの項目を書いた。

所得の把握。

給付時期。

事務費用。

「例えば、前年の所得を基に給付額を決めると、今年失業した人への支援が遅れる可能性があります」

宮原は、うなずいた。

「それは、以前から指摘されている問題です」

西園寺は続けた。

「また、所得情報の扱いには、個人情報保護の観点から慎重な設計が必要です」

黒崎は、資料を見た。

「……以前、神谷さんにも指摘されましたね」

宮原が、うなずいた。

「はい」

黒崎は、少し考えた。

「では、制度を導入する場合、どの程度の事務費用が必要でしょうか?」

森田が答えた。

「以前の検討では、全国的な制度の初期整備費として約二千四百億円という概算がありました」

黒崎は、顔を上げた。

「……二千四百億円」

「ただし、既存システムをどこまで活用できるかによって変わります。現時点で確定した金額ではありません」

黒崎は、うなずいた。

「分かりました」

そして、続けた。

「初期費用と、毎年の運営費を分けて試算してください」

* * *

午後2時。

首相官邸、連立与党協議室。

「……総理。消費税減税を先送りするつもりですか?」

東条正臣(とうじょうまさおみ)が、厳しい表情で尋ねた。

黒崎は、首を振った。

「いいえ。比較検討を進めている段階です」

東条は、資料を机に置いた。

「しかし、還付型税額控除を導入すれば、消費税減税の財源がなくなるでしょう」

黒崎は、うなずいた。

「その可能性はあります」

「では、どちらを選ぶのですか?」

黒崎は、少し考えた。

「……まだ、決めていません」

東条は、ため息をついた。

「総理。政治は、選択の連続です」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

東条は続けた。

「国民は、消費税減税を期待して、あなたに投票したんですよ」

黒崎は、静かに答えた。

「その期待は、忘れていません」

そして、続けた。

「でも、私は、消費税を下げることだけを目的に政治家になったわけではありません」

東条が、顔を上げた。

黒崎は、はっきりと言った。

「働いても、お金が残らない。その状況を変えたいんです」

会議室が静かになった。

黒崎は続けた。

「そのために、どの政策が最も効果的なのか。私は、確認したいと思っています」

* * *

2036年9月8日、午後6時30分。

東京都中央区。

黒崎は、仕事帰りの桐生美月(きりゅうみづき)と短い時間だけ会っていた。

「……還付型税額控除?」

美月が、首をかしげた。

黒崎は、うなずいた。

「はい」

「それって、どういう制度なんですか?」

黒崎は、少し考えた。

「簡単に言うと、所得に応じて税金を減らして、減らしきれない分は給付する制度です」

美月は、うなずいた。

「なるほど」

黒崎は続けた。

「例えば、三万円の税額控除を受けられる人が、所得税を一万円しか払っていなかった場合」

「はい」

「税金を一万円減らして、残り二万円を給付する、という仕組みが考えられます」

美月は、少し驚いた。

「……それなら、所得が低い人にも支援が届くんですね」

「そうですね」

美月は、少し考えた。

「でも、消費税を下げる方が、分かりやすい気もします」

黒崎は、うなずいた。

「そうなんです」

「買い物した時に、安くなったって分かりますから」

黒崎は、少し笑った。

「確かに」

美月は続けた。

「還付型税額控除って、いつ、いくらもらえるのか分かりにくそうです」

黒崎は、顔を上げた。

「……そこが、大事ですね」

美月は、少し笑った。

「そうですか?」

「はい」

黒崎は、手元のメモに書き込んだ。

『国民が、自分の支援額を確認できる仕組み』

美月は、少し驚いた。

「……また、仕事の話になっちゃいましたね」

黒崎は、苦笑した。

「すみません」

* * *

2036年9月10日、午前10時。

首相官邸、行政改革会議。

「総理。還付型税額控除の制度案について、整理しました」

担当者が、資料を配った。

黒崎は、ページをめくった。

対象者の所得情報。

税額控除額。

給付額。

申請方法。

支給時期。

黒崎は、資料を見た。

「……申請が必要なんですね」

担当者は、うなずいた。

「現時点の案では、申請方式を想定しています」

黒崎は、少し考えた。

「申請しなかった人は、支援を受けられない?」

「はい」

黒崎は、資料を閉じた。

「……それでは、制度を知らない人が取り残されますね」

担当者は、少し黙った。

黒崎は続けた。

「既存の税情報を活用して、対象者に案内を送ることはできませんか?」

担当者は、慎重に答えた。

「制度上の整理が必要ですが、検討は可能です」

黒崎は、うなずいた。

「お願いします」

そして、続けた。

「ただし、個人情報の扱いは慎重にしてください」

* * *

2036年9月12日、午後3時。

首相官邸、記者会見室。

黒崎は、壇上に立った。

「本日、消費税減税と還付型税額控除について、比較資料を公開します」

記者たちが、ペンを走らせた。

「同じ財政規模でも、世帯によって受けられる恩恵は異なります」

黒崎は続けた。

「消費税減税は、広く国民の負担を軽減できます」

「一方、還付型税額控除は、所得の低い世帯に支援を集中することができます」

記者が手を挙げた。

「総理。どちらを実施するのですか?」

黒崎は、静かに答えた。

「現時点では、決定していません」

別の記者が尋ねた。

「総理。消費税減税を期待していた国民は、失望するのではありませんか?」

黒崎は、少し考えた。

「……そう思う方も、いると思います」

そして、続けた。

「だからこそ、比較した数字を公開します」

記者が、さらに質問した。

「総理は、消費税減税を諦めたのですか?」

黒崎は、首を振った。

「いいえ」

そして、はっきりと言った。

「私が諦めていないのは、国民の生活を改善することです」

会場が静かになった。

黒崎は続けた。

「そのために、消費税減税も、還付型税額控除も、真剣に検討します」

* * *

2036年9月14日、午前9時。

首相官邸。

「……総理。世論調査の結果が出ました」

片岡が、資料を差し出した。

黒崎は、ページをめくった。

『消費税減税を優先すべき』

四十二%。

『還付型税額控除を優先すべき』

三十一%。

『どちらも必要』

十九%。

『分からない』

八%。

黒崎は、しばらく数字を見つめた。

「……意見が分かれていますね」

片岡は、うなずいた。

「はい」

黒崎は、資料を閉じた。

「……だからこそ、説明が必要ですね」

片岡は、少し笑った。

「総理らしいですね」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

その時、秘書官が入ってきた。

「総理。立憲未来党の神谷議員から、面会の申し入れがありました」

黒崎は、顔を上げた。

「……神谷さんから?」

「はい」

秘書官は続けた。

「還付型税額控除について、直接お話ししたいとのことです」

黒崎は、少し考えた。

「分かりました。日程を調整してください」

* * *

2036年9月15日、午後4時。

首相官邸、会議室。

神谷蒼士(かみやそうし)が、黒崎の前に座っていた。

「……久しぶりですね、黒崎総理」

黒崎は、少し笑った。

「そうですね」

神谷は、資料を机に置いた。

「還付型税額控除について、提案があります」

黒崎は、顔を上げた。

「お願いします」

神谷は、資料を開いた。

「所得の低い人ほど支援が必要なのは、私も同じ考えです」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

神谷は続けた。

「ただし、所得情報の更新が遅れれば、本当に困っている人に支援が届きません」

黒崎は、真剣な表情になった。

「……その点は、私たちも課題だと考えています」

神谷は、別のページを示した。

「そこで、前年所得だけでなく、直近の所得減少を申告できる仕組みを提案します」

黒崎は、資料を読んだ。

「……ただし、虚偽申告への対応も必要ですね」

神谷は、うなずいた。

「もちろんです」

そして、続けた。

「事後確認や返還制度も必要になるでしょう」

黒崎は、少し考えた。

「……実現できるか、検討する価値はありますね」

神谷は、少し笑った。

「総理。あなたが以前、私に言った言葉を覚えていますか?」

黒崎は、首をかしげた。

「何でしょう?」

神谷は、静かに言った。

「分からないことを、分からないと言える政治家でいたい」

黒崎は、少し驚いた。

神谷は続けた。

「……総理になっても、その考えは変わっていないようですね」

黒崎は、少し笑った。

「はい」

神谷は、資料を閉じた。

「なら、私も協力します」

黒崎は、頭を下げた。

「ありがとうございます」

* * *

午後6時30分。

首相官邸、総理大臣執務室。

黒崎は、神谷から受け取った資料を読み返していた。

所得減少への対応。

申請漏れの防止。

個人情報の保護。

制度運営費。

そして、支給時期。

黒崎は、ペンを置いた。

「……制度を作るだけでは、足りないんですね」

小野寺が、うなずいた。

「はい。必要な人に届く仕組みが必要です」

黒崎は、窓の外を見た。

消費税減税。

還付型税額控除。

どちらも、国民の生活を改善するための手段だった。

しかし、財源には限りがある。

そして、制度を実施するには、時間も費用もかかる。

黒崎は、静かに言った。

「……次は、実際に制度を使う人の声を聞きたいです」

小野寺は、うなずいた。

「分かりました」

その時、秘書官が入ってきた。

「総理。厚生労働省から、社会保険料負担に関する資料が届きました」

黒崎は、顔を上げた。

「社会保険料ですか?」

「はい」

黒崎は、資料を受け取った。

表紙には、こう書かれていた。

『現役世代の社会保険料負担と可処分所得に関する分析』

黒崎は、ページをめくった。

そして、手を止めた。

「……これは」

そこには、所得税や消費税だけでなく、社会保険料が家計に与える影響が整理されていた。

黒崎は、しばらく数字を見つめた。

そして、静かに言った。

「……手取りを増やすなら、ここも避けて通れませんね」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、消費税減税と還付型税額控除の違いを、家計への影響から描きました。

還付型税額控除は、所得の低い世帯に支援を集中できる一方、所得把握や申請漏れ、支給時期などの課題があります。

次回は、現役世代の社会保険料負担に焦点を当てます。

所得税や消費税だけでは見えてこない、給与明細のもう一つの問題とは何でしょうか。

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