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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
総理大臣・黒崎玲司

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第50話 総理大臣の給与明細

黒崎玲司内閣が、ついに発足した。

しかし、総理大臣になったからといって、すべての政策を自由に実行できるわけではない。

財務省との初協議、連立政権の思惑、そして国民からの期待。

黒崎は、総理として最初の一歩を踏み出す。

2036年7月23日、午前8時15分。

首相官邸、総理大臣執務室。

「総理。本日の予定です」

秘書官が、分厚い日程表を差し出した。

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、思わず苦笑した。

「……昼食の時間がありませんね」

「移動中にお取りいただく予定です」

「なるほど」

黒崎は、資料に目を通した。

午前九時、財務省との協議。

午前十一時、連立各党代表との会談。

午後一時、行政改革に関する説明。

午後三時、記者会見。

午後五時、経済団体との意見交換。

そして、午後七時から翌日の国会答弁準備。

「……会社員の頃より忙しいですね」

秘書官は、少し笑った。

「総理ですから」

黒崎は、机の上に置かれた一枚の紙を見た。

そこには、以前の会社員時代の給与明細を写したメモがあった。

額面、四十一万二千円。

手取り、およそ三十一万円。

家賃、十一万円。

残りの生活費から、食費、光熱費、通信費を支払っていた。

あの頃、黒崎は毎月の給与明細を見るたびに、同じことを考えていた。

なぜ、これだけ働いても、お金が残らないのか。

その疑問が、すべての始まりだった。

* * *

午前9時。

首相官邸、会議室。

財務省の幹部職員たちが、黒崎の前に座っていた。

「総理。本日は、政府支出公開制度についてご説明いたします」

担当者が、資料を開いた。

「現行の政府会計は、省庁ごとに管理する情報の形式が異なります」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

「そのため、すべての支出情報を一元的に公開するには、システム改修が必要です」

「どの程度の費用がかかりますか?」

担当者は、少し間を置いた。

「現時点では、正確な試算ができておりません」

黒崎は、資料を見た。

「……では、試算してください」

担当者は、うなずいた。

「承知しました」

黒崎は続けた。

「ただし、最初から新しいシステムを作る必要があるのかも、確認したいです」

担当者が顔を上げた。

「と、おっしゃいますと?」

「すでに各省庁が持っているデータを、共通の形式で公開する方法はありませんか?」

会議室が静かになった。

黒崎は、資料を指さした。

「国民が知りたいのは、立派なシステムを作ったかどうかではありません」

そして、続けた。

「税金が、何に、いくら使われたのかです」

担当者は、しばらく考えた。

「……既存システムのデータを活用する方法も、検討いたします」

黒崎は、うなずいた。

「お願いします」

* * *

午前11時。

首相官邸、連立与党協議室。

東条正臣(とうじょうまさおみ)が、資料を机に置いた。

「黒崎総理。政府支出の公開制度については、我々も協力します」

黒崎は、うなずいた。

「ありがとうございます」

東条は続けた。

「ただし、行政改革による歳出削減を、減税の財源として活用することも考えるべきです」

黒崎は、資料を見た。

「もちろん、削減できる支出があれば、検討します」

東条は、少し笑った。

「なら、消費税の引き下げも、早めに打ち出せるでしょう」

黒崎は、首を振った。

「……まだ、数字が足りません」

東条の笑顔が、少し消えた。

「総理。選挙では、国民負担の軽減を訴えたはずです」

「はい」

黒崎は、うなずいた。

「だからこそ、財源を確認したいんです」

東条は、腕を組んだ。

「……慎重すぎませんか?」

黒崎は、静かに答えた。

「減税を実現した後に、別の税金や保険料が上がっては意味がありません」

会議室が静かになった。

東条は、しばらく黙った。

そして、少し笑った。

「……総理になっても、変わりませんね」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

* * *

午後1時30分。

首相官邸、行政改革担当者との協議。

「総理。こちらが、政府支出公開制度の試案です」

担当者が、スクリーンに資料を映した。

各省庁の予算額。

決算額。

事業名。

支出先。

政策の目的。

成果指標。

黒崎は、画面を見つめた。

「……これなら、国民にも分かりやすいですね」

担当者は、うなずいた。

「ただし、すべての事業について、支出先を詳細に公開できるわけではありません」

「理由は?」

「個人情報、契約上の守秘義務、安全保障上の問題などがあります」

黒崎は、うなずいた。

「それは、理解できます」

そして、続けた。

「では、公開できない項目については、理由を分類して表示できませんか?」

担当者は、少し考えた。

「……技術的には可能だと思います」

黒崎は、少し笑った。

「それで進めましょう」

* * *

午後3時。

首相官邸、記者会見室。

黒崎は、壇上に立った。

「本日、政府支出の透明化に向けた検討を開始しました」

記者たちが、ペンを走らせた。

「政府が何に、いくら使い、どのような成果が出たのか」

黒崎は続けた。

「国民が確認できる仕組みを作ります」

記者が手を挙げた。

「総理。すべての支出を公開するのですか?」

黒崎は、首を振った。

「個人情報や安全保障に関わる情報など、公開できないものもあります」

「では、完全な透明化ではないのでは?」

黒崎は、少し考えた。

「……完全な透明化という言葉は、使いません」

会場が静かになった。

黒崎は続けた。

「公開できる情報を増やし、公開できない理由も説明する。それが、まず必要だと考えています」

別の記者が尋ねた。

「総理。国民は、減税を期待しています。いつ実施するのですか?」

黒崎は、うなずいた。

「財源を確認したうえで、実施可能な時期を示します」

記者は、さらに質問した。

「選挙公約の後退ではありませんか?」

黒崎は、首を振った。

「実現できると確認していない政策を、実施すると約束することはできません」

そして、続けた。

「ただし、検討だけで終わらせるつもりもありません」

* * *

午後6時40分。

首相官邸、総理大臣執務室。

「……総理。少しよろしいでしょうか」

片岡誠司(かたおかせいじ)が、資料を持って入ってきた。

黒崎は、顔を上げた。

「はい」

片岡は、一枚の紙を差し出した。

「総理大臣の給与についてです」

黒崎は、少し驚いた。

「……給与ですか?」

「はい。総理大臣としての給与や手当について、説明を受けていただく必要があります」

黒崎は、資料を見た。

そこには、総理大臣の給与体系が記されていた。

黒崎は、しばらく黙った。

そして、ぽつりと言った。

「……会社員の頃とは、ずいぶん違いますね」

片岡は、少し笑った。

「当然です」

黒崎は、資料を机に置いた。

「……これ、国民に公開できますか?」

片岡は、顔を上げた。

「給与額ですか?」

「はい」

片岡は、少し考えた。

「法令で定められた給与額は、すでに公開情報です」

黒崎は、うなずいた。

「そうですよね」

そして、続けた。

「では、実際に支給される金額や、どのような手当があるのかも、分かりやすく説明できませんか?」

片岡は、少し驚いた。

「……総理自身の給与明細を、ですか?」

黒崎は、少し笑った。

「個人情報をすべて出す必要はありません」

そして、続けた。

「でも、国民の税金から支払われる報酬ですから、仕組みは分かるようにしたいです」

片岡は、しばらく考えた。

「……制度上の確認は必要ですが、説明資料を作ることはできると思います」

黒崎は、うなずいた。

「お願いします」

* * *

2036年7月24日、午前10時。

首相官邸、記者会見室。

黒崎は、再び壇上に立った。

「本日は、総理大臣の給与について説明します」

記者たちが、少し驚いた表情を見せた。

黒崎は、資料を掲げた。

「総理大臣の給与は、法律などに基づいて定められています」

そして、続けた。

「その仕組みを、国民の皆さんに分かりやすく説明する資料を公開します」

記者が尋ねた。

「総理。なぜ、最初に給与を公開するのですか?」

黒崎は、少し考えた。

「……私が政治家になったきっかけが、給与明細だったからです」

会場が静かになった。

黒崎は続けた。

「会社員だった頃、毎月の給与明細を見て、税金や社会保険料について考えていました」

そして、少し笑った。

「総理大臣になっても、その疑問を忘れたくないんです」

記者が、さらに尋ねた。

「総理自身の給与を減らすお考えは?」

黒崎は、首を振った。

「給与を減らすかどうかは、別の議論です」

そして、はっきりと言った。

「私一人の給与を減らしても、国民全体の負担は大きく変わりません」

黒崎は、資料を置いた。

「大切なのは、制度全体を見直すことです」

* * *

午後8時20分。

東京都中央区。

黒崎は、仕事帰りの桐生美月(きりゅうみづき)と電話で話していた。

『ニュース、見ました』

「ありがとうございます」

『総理大臣の給与明細を公開するなんて、黒崎さんらしいですね』

黒崎は、少し笑った。

「そうですか?」

『はい』

美月は続けた。

『でも、無理しないでくださいね』

黒崎は、うなずいた。

「気をつけます」

『ちゃんと、ご飯食べました?』

黒崎は、少し黙った。

「……まだです」

電話の向こうで、美月がため息をついた。

『もう』

黒崎は、笑った。

「すみません」

美月も笑った。

『総理大臣でも、ご飯は食べないと駄目です』

黒崎は、うなずいた。

「はい」

* * *

2036年7月25日、午前9時。

首相官邸。

「総理。財務省から、追加資料が届きました」

秘書官が、分厚いファイルを差し出した。

黒崎は、表紙を見た。

『政府支出公開制度に関する既存システム調査』

黒崎は、ページをめくった。

そこには、各省庁が保有する予算・決算データの形式や、公開可能な情報の範囲が整理されていた。

そして、最後のページ。

黒崎は、手を止めた。

『既存システムを活用した場合、全面的な新規システム構築よりも導入費用を抑制できる可能性がある』

黒崎は、顔を上げた。

「……やっぱり、方法はあるんですね」

片岡が、うなずいた。

「ただし、具体的な費用は、まだ試算中です」

黒崎は、資料を閉じた。

「では、次は数字ですね」

そして、静かに言った。

「どれだけ安くできるのか。どれだけ早く公開できるのか」

片岡は、少し笑った。

「総理。いよいよ、本格的な改革が始まりますね」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

窓の外には、夏の東京が広がっていた。

総理大臣になって、まだ数日。

黒崎は、ようやく最初の一歩を踏み出した。

だが、その改革が、これまで隠れていた多くの問題を表に出すことになるとは。

この時、まだ誰も知らなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、黒崎政権の最初の政策協議と、総理大臣の給与に関する情報公開を描きました。

政府支出の透明化は、単に情報を公開するだけではなく、既存の制度やシステムをどう活用するかが重要になります。

次回は、黒崎政権が実際の予算事業に踏み込みます。

政府の支出を見直す中で、黒崎は、ある事業の不自然な数字を発見します。

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