↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
第1章 怒れる納税者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/100

第5話 最初の一人

一人で始めた挑戦は、誰かの心を動かせるのか。

応援の言葉よりも、厳しい指摘の方が役に立つこともあります。

小さな政治活動に、初めて大きな選択が訪れます。

2035年5月6日、午前8時17分。

東京都内、黒崎の自宅。

『あなたの考えに興味があります。ただし、今の政策では、絶対に勝てません。』

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、昨夜届いたメッセージをもう一度読み返した。

差出人は、匿名のアカウント。

プロフィールには何も書かれていない。

黒崎は返信した。

『ご指摘ありがとうございます。どの点が不足しているとお考えでしょうか。』

返事は、すぐに届いた。

『あなたは「国の無駄を減らす」と言っています。しかし、無駄を減らして浮いたお金が、すべて減税に使えると思っていますか?』

黒崎は眉をひそめた。

『いいえ。必要な支出や将来の財政負担も考慮する必要があります。』

『では、なぜ演説ではそこまで説明しなかったのですか?』

黒崎は手を止めた。

確かに、昨日の演説では、分かりやすさを優先した。

国の支出を検証する。

無駄を見直す。

手取りを増やす。

だが、その間には、いくつもの難しい問題がある。

削減できた支出が一時的なものなら、恒久的な減税の財源にはできない。

社会保障費は、人口構成や制度の変更によって増減する。

国債費も、簡単に削れるものではない。

黒崎は、しばらく考えてから返信した。

『説明が足りませんでした。今後は、削減できる支出と継続的な財源を区別して説明します。』

数分後。

『その答えなら、少しは期待できます。』

黒崎は苦笑した。

『ありがとうございます。差し支えなければ、お名前を伺えますか?』

返信はなかった。

代わりに、別のメッセージが届いた。

『今夜、公開のオンライン説明会を開いてください。そこで質問します。』

黒崎は画面を見つめた。

公開の説明会。

政治経験のない自分が、見知らぬ人たちの質問に答える。

失敗すれば、昨日以上に批判されるかもしれない。

それでも。

黒崎は返信した。

『分かりました。午後8時から開催します。』

送信してから、気づいた。

「……どうやって開催するんだ?」

* * *

2035年5月6日、午前10時32分。

東京都千代田区、貸会議室。

「勝手に決めたんですか?」

桐生美月(きりゅうみづき)の声が、少し低くなった。

黒崎は正面からうなずいた。

「はい」

「参加者は?」

「まだ分かりません」

「配信環境は?」

「これから準備します」

「質問への回答資料は?」

「……これからです」

美月は、ゆっくりと目を閉じた。

隣で高瀬直樹(たかせなおき)が笑いをこらえている。

「黒崎さん」

「はい」

「あなたは、なぜ私に相談しなかったんですか?」

「昨日の夜だったので、迷惑かと思って」

「相談する時間がないなら、開催を決める時間もなかったはずです」

黒崎は返す言葉がなかった。

美月はノートパソコンを開いた。

「ただし、もう告知してしまったのなら、準備しましょう」

「ありがとうございます」

「その前に、一つ確認します」

美月は黒崎を見た。

「質問に答えられなかった場合、どうしますか?」

「分からないと答えます」

「その後は?」

黒崎は少し考えた。

「調べて、回答を公開します」

美月はうなずいた。

「では、それを最初に説明してください」

高瀬が口を挟んだ。

「配信は俺がやるよ。会社の会議でも使ってるし、設定はできる」

「助かる」

「ただ、変な人が来るかもしれないぞ」

「それは覚悟してる」

美月はホワイトボードに書いた。

『公開説明会 20時開始』

『参加無料』

『質問は事前受付・当日受付』

『答えられない質問は後日回答』

「それから」

美月はペンを置いた。

「個人情報は公開しないこと。質問者の名前や連絡先も、本人の許可なく表示しません」

黒崎はうなずいた。

「分かりました」

「そして、今日の目的は支持者を増やすことではありません」

「違うんですか?」

「はい」

美月は、はっきりと言った。

「あなたの考えが、批判に耐えられるか確認することです」

黒崎は、その言葉をノートに書き込んだ。

* * *

2035年5月6日、午後8時00分。

東京都千代田区、貸会議室。

「……始まったぞ」

高瀬が小声で言った。

ノートパソコンの画面に、配信開始の表示が出ている。

視聴者数。

三人。

黒崎は、思わず笑った。

「三人か」

「ゼロじゃないだけいいだろ」

高瀬が肩をすくめる。

美月は、画面の横に座っていた。

「黒崎さん、始めてください」

黒崎はカメラに向き直った。

「こんばんは。黒崎玲司です」

声が少し震えた。

「私は現在、会社員として働きながら、政治活動の準備をしています」

視聴者数が五人になった。

「今日は、税金や社会保険料、国の予算について、皆さんの質問に答えたいと思います」

黒崎は一度、息を吸った。

「最初に、お伝えしておきます。私は、すべての質問に答えられるわけではありません」

コメント欄に文字が流れた。

『政治家志望なのに?』

黒崎は続けた。

「分からないことは、分からないと答えます。ただし、確認できるものは調べて、後日回答します」

視聴者数。

十二人。

最初の質問が届いた。

『消費税をゼロにできますか?』

黒崎は答えた。

「現時点では、できると約束できません」

すぐにコメントが流れた。

『夢がない』

『じゃあ何のために政治家になるの?』

黒崎は、画面を見つめた。

「消費税を下げるなら、減った税収をどう補うのか考える必要があります。単年度の支出削減だけで、毎年の減税を続けることはできません」

美月が、静かにうなずいた。

次の質問。

『社会保険料を下げるなら、医療費はどうするんですか?』

黒崎は答えた。

「医療や年金の制度を維持するために、保険料が必要なのは事実です。ただ、制度の運営費や事務処理の効率化など、見直せる部分がないか検証したいと考えています」

『具体的にいくら削れる?』

「まだ、金額は出せません」

『結局、何も決まってないじゃん』

黒崎は、言葉に詰まった。

確かに、その通りだった。

美月が、小さなメモを差し出した。

『できることを答える』

黒崎は、顔を上げた。

「今、私にできることはあります」

コメントの流れが少し遅くなった。

「国が公開している予算資料を、誰でも理解できる形に整理することです」

黒崎は画面を共有した。

昨日までに作った簡単な表。

事業名。

予算額。

執行額。

成果の説明。

そして、確認できていない項目。

「これは、まだ試作です」

黒崎は説明した。

「ただ、国民が払ったお金について、何が分かっていて、何が分かっていないのかを、一つずつ整理していきたいと思っています」

視聴者数。

二十七人。

コメント欄に、新しい質問が現れた。

『その資料、公開できますか?』

黒崎は即答した。

「はい。元の資料へのリンクも付けて公開します」

『間違ってたら訂正する?』

「もちろんです」

『じゃあ、俺も確認してみる』

黒崎は、少し驚いた。

批判だけではない。

資料そのものに興味を持つ人が現れ始めていた。

その時だった。

画面に、長い質問が表示された。

『あなたは、国の支出を見直すと言っています。しかし、予算の削減には、必ず影響を受ける人がいます。あなたは、その人たちの生活をどう考えていますか?』

黒崎は、画面を見つめた。

昨日の匿名アカウントと、同じ文体だった。

「……大切な質問だと思います」

黒崎は、ゆっくりと答えた。

「無駄だと思って削った支出が、誰かの生活を支えているかもしれません。だから、金額だけで判断するべきではないと思います」

コメント欄が静かになった。

「必要な支出なら、残すべきです。見直すなら、その理由と影響を説明する必要があります」

黒崎は続けた。

「私は、税金を減らすことだけが目的ではありません」

そして、カメラをまっすぐ見た。

「国民が納得できる形で、お金を使う政治をしたいんです」

数秒の沈黙。

その後、一つのコメントが表示された。

『その答えを、待っていました。』

黒崎は息を止めた。

続けて、もう一文。

『明日、直接お会いできませんか。』

* * *

2035年5月7日、午後6時21分。

東京都千代田区、喫茶店。

「初めまして」

黒崎は、目の前の男性に頭を下げた。

男性は四十代半ば。

落ち着いた服装で、薄い眼鏡を掛けていた。

「小野寺航(おのでらわたる)と申します」

黒崎は名刺を受け取った。

そこには、行政関係の調査・分析業務に携わっていた経歴が記されていた。

「昨日の配信で質問していたのは、私です」

「やはり、そうでしたか」

小野寺は微笑んだ。

「最初は、あなたを信用していませんでした」

黒崎は苦笑した。

「今も、あまり信用されていない気がします」

「正直に言えば、半分くらいです」

小野寺は、鞄から一冊の資料を取り出した。

「ただ、あなたの考え方には興味があります」

資料の表紙には、こう書かれていた。

『行政事業の予算・成果比較における課題』

黒崎はページを開いた。

複数の事業について、年度ごとの予算や成果指標が整理されている。

「……これ、全部ご自分で?」

「はい。仕事の合間に調べていました」

小野寺は続けた。

「行政の支出を比較する時、最も危険なのは、条件の違う数字をそのまま並べることです」

黒崎はうなずいた。

「対象者が増えたのに、予算が増えたことだけを批判するような場合ですね」

「そうです」

小野寺は、少し驚いた顔をした。

「そこまで理解しているなら、話は早い」

黒崎は資料をめくった。

そこには、確認済みの数字と、推定値が分けて記されていた。

「……分かりやすいですね」

「まだ、未完成です」

小野寺は、静かに言った。

「ただ、これを一人で続けるのは限界があります」

黒崎は顔を上げた。

「どういうことでしょうか」

小野寺は、黒崎をまっすぐ見た。

「あなたが本気で政治家を目指すなら、私も協力したいと思っています」

黒崎は、言葉を失った。

「……本当ですか?」

「はい」

小野寺はうなずいた。

「ただし、条件があります」

「何でしょう」

「都合の悪い数字も、隠さないことです」

黒崎は即答した。

「約束します」

小野寺は、少しだけ笑った。

「では、よろしくお願いします」

二人は握手を交わした。

黒崎にとって、初めての本格的な政策協力者だった。

* * *

2035年5月8日、午後7時43分。

東京都千代田区、貸会議室。

「……四人になりましたね」

美月が、ホワイトボードを見ながら言った。

黒崎。

高瀬。

美月。

小野寺。

小さな会議室に、四人が集まっていた。

黒崎は首をかしげた。

「美月さんも、数えていいんですか?」

美月は、少し考えた。

「今日からは、数えてください」

黒崎は驚いた。

「……本当に?」

「はい」

美月は、手帳を閉じた。

「ただし、正式に秘書になるわけではありません。今の仕事もありますし、まずは活動の準備をお手伝いします」

黒崎は、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

高瀬が笑った。

「これで、ようやく四人か」

小野寺は、ホワイトボードを見つめていた。

そこには、五月末までの目標が書かれている。

『継続的な支持者 100人』

現時点。

『0人』

小野寺が口を開いた。

「一つ、提案があります」

黒崎が振り返る。

「何でしょう」

「支援者を集める前に、誰でも参加できる公開勉強会を開きませんか」

「勉強会?」

「はい。税金や予算について、資料を一緒に読み解く場です」

美月がうなずいた。

「それなら、政治活動に興味がない人も参加しやすいですね」

高瀬が手を挙げた。

「俺、配信の準備やるよ」

黒崎は三人を見渡した。

数日前まで、すべて一人で考えていた。

今は違う。

自分より詳しい人がいる。

自分に厳しいことを言ってくれる人がいる。

そして、一緒に行動してくれる人がいる。

黒崎は、ホワイトボードに新しい文字を書いた。

『第1回 国民の財布を考える会』

美月が、その文字を見て微笑んだ。

「いい名前ですね」

黒崎は、ペンを置いた。

「ここから始めましょう」

その夜、四人は初めて、活動の具体的な予定を決めた。

まだ政党ではない。

政治団体ですらない。

だが、黒崎の周囲には、確かに仲間が集まり始めていた。

そして、黒崎はまだ知らなかった。

この小さな会議室に集まった人々が、十年後の日本を動かすことになるとは。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

一人では難しいことも、異なる知識や経験を持つ人が集まることで、少しずつ形になっていきます。

本作では、主人公だけでなく、彼を支える仲間たちにも、それぞれの信念や役割を持たせていきます。

次回もお楽しみいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。