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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
第2章 日本を変える男

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第41話 大臣の椅子を蹴った男

相馬政権が、内閣改造に動き出した。

与党の分裂によって弱体化した政権は、新たな協力相手を必要としていた。

そんな中、黒崎玲司のもとに、総理大臣から直接呼び出しがかかる。

提示されたのは、一期目の国会議員には異例の話だった。

2036年4月2日、午前8時47分。

東京都千代田区、衆議院議員会館。

「黒崎さん。官邸から正式な面会要請です」

小野寺航(おのでらわたる)が、黒崎の机に封筒を置いた。

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、封筒を開いた。

差出人は、内閣総理大臣秘書官。

面会日時は、本日午後五時。

「急ですね」

「内閣改造の調整が大詰めに入っているようです」

黒崎は、新聞に目を落とした。

『相馬首相、週内にも内閣改造』

『新政改革連合十八人、政権との距離鮮明』

『無所属議員との政策連携を模索』

高瀬直樹(たかせなおき)が、コーヒーを片手に入ってきた。

「お、総理からラブレターか?」

黒崎は苦笑した。

「面会要請だよ」

「どうせ、また予算に賛成してくれって話だろ」

小野寺は首を振った。

「今回は、それだけではないかもしれません」

高瀬が眉を上げる。

「どういうこと?」

小野寺は、封筒を指さした。

「面会場所が、官邸の総理執務室です」

黒崎は、時計を見た。

午後五時。

何を求められても、その場で九人の進路を決めるつもりはなかった。

* * *

午後5時03分。

首相官邸。

「黒崎先生。お忙しいところ、ありがとうございます」

相馬孝一(そうまこういち)総理大臣が、立ち上がって迎えた。

室内には、久世隆臣(くぜたかおみ)財務副大臣もいた。

相馬は席に着くと、すぐに本題へ入った。

「率直に申し上げます。次の内閣で、あなたに仕事をお願いしたい」

黒崎は、相馬を見た。

「政策協議でしょうか」

「それ以上です」

相馬は、一枚の紙を差し出した。

そこには、役職名が記されていた。

『行政改革担当大臣』

黒崎は、紙を見つめた。

「……私に、ですか?」

「ええ」

相馬は続けた。

「政府支出の透明化。行政手続きの簡素化。あなたが訴えてきたことを、内閣の中で実行してほしい」

久世が口を開いた。

「省庁への資料要求も、外から求めるより進めやすくなります」

黒崎は、ゆっくりと紙を置いた。

「大変ありがたいお話です」

相馬が、うなずいた。

しかし黒崎は、続けた。

「一つ、確認させてください」

「何でしょう」

「私が大臣になった場合、国民会計の会は、政府提出法案に賛成する必要がありますか?」

相馬は、表情を引き締めた。

「少なくとも、内閣の一員として政府方針を支えていただく必要があります」

「九人全員も、でしょうか」

「そこは、協議できます。ただし、内閣の重要法案については協力してほしい」

黒崎は、うなずいた。

「では、社会保障負担の引き上げ案が出た場合、私が反対することはできますか?」

久世が答えた。

「閣内で議論することはできます。しかし、閣議決定後は、内閣としての一体性が求められます」

黒崎は、相馬を見た。

「反対を貫くなら、辞任することになるんですね」

相馬は、短く答えた。

「そうなります」

窓の外で、夕暮れの光が薄くなっていた。

黒崎は、もう一度、役職名を見た。

行政改革担当大臣。

一年も前なら、想像さえしなかった肩書きだった。

だが、黒崎が気になったのは、肩書きではなかった。

「総理。もう一つ、お聞きしてもいいでしょうか」

「どうぞ」

「政府支出の透明化について、公開対象を広げることはできますか?」

相馬は、久世に視線を向けた。

久世が答えた。

「安全保障や個人情報に関わる部分は、公開できません」

「もちろんです。それ以外の政策事業について、予算額だけでなく、実際の執行額や成果指標を公開する仕組みです」

久世は腕を組んだ。

「省庁間の調整が必要です」

「では、その制度を先に進められませんか?」

相馬が尋ねた。

「……大臣にならずに?」

「はい」

相馬は、思わず笑った。

「黒崎先生。普通は、大臣になってから進めたいと言うものですよ」

黒崎も笑った。

「そうかもしれません」

そして、真剣な表情に戻った。

「でも、役職をいただくことと、政策が実現することは別だと思っています」

相馬は、黙った。

黒崎は、紙を相馬の前に戻した。

「申し訳ありません。今回のお話は、お断りします」

久世が顔を上げた。

相馬は、しばらく黒崎を見つめていた。

「……理由は、内閣に入ると自由に反対できなくなるからですか」

「それもあります」

黒崎は続けた。

「今の私には、政府の政策を外から検証する役割があると思っています」

相馬は、背もたれに体を預けた。

「あなたを味方にできると思ったんですがね」

黒崎は答えた。

「政策によっては、これからも協力します」

「反対する時は?」

「反対します」

相馬は、声を上げて笑った。

「……本当に、扱いにくい人だ」

* * *

2036年4月3日、午前9時。

東京都千代田区、国会議事堂。

『黒崎議員、入閣要請を辞退か』

『相馬首相、無所属勢力との連携に失敗』

『国民会計の会、独立路線を維持』

朝から、ニュースが一斉に報じた。

藤原真琴(ふじわらまこと)は、電話対応に追われていた。

「はい。現時点で、正式な会見予定はありません」

電話を切ると、別の着信が入る。

高瀬が、ニュース画面を見ながら言った。

「……大臣を断るなんて、もったいないって意見が多いぞ」

黒崎は、記事を読んだ。

「そうだろうね」

「中には、責任から逃げたって書いてる人もいる」

黒崎は、手を止めた。

その言葉は、思っていた以上に重かった。

『批判するだけなら簡単だ』

『本当に改革したいなら、入閣すればよかった』

『結局、責任を取りたくないんだろ』

黒崎は、画面を閉じた。

「……説明しないといけないね」

* * *

同日、午後1時20分。

衆議院議員会館。

九人の会派会議。

片岡誠司(かたおかせいじ)が、開口一番に言った。

「黒崎さん。断る前に、相談してほしかったですね」

黒崎は、頭を下げた。

「申し訳ありません」

水野彩香(みずのあやか)が尋ねた。

「条件次第では、入閣を検討する余地もあったのでは?」

黒崎は、うなずいた。

「そう思います」

森田悠介(もりたゆうすけ)が資料を開いた。

「行政改革担当大臣なら、政策を実行する権限もあります。財政の透明化を進める機会だったかもしれません」

宮原奈緒(みやはらなお)は、慎重だった。

「でも、内閣に入れば、社会保障政策で自由に反対できなくなる可能性があります」

西園寺健(さいおんじけん)が言った。

「問題は、入閣するかどうかではなく、何を実現できるかでしょう」

黒崎は、全員を見た。

「……そのとおりです」

そして、続けた。

「今回、私一人の役職については断りました。でも、政策協力の可能性まで断ったわけではありません」

朝倉理沙(あさくらりさ)が尋ねた。

「では、政府には何を求めるんですか?」

黒崎は、ホワイトボードに書いた。

『行政支出の執行状況の公開』

『政策ごとの成果指標の明示』

『低所得者支援制度の追加検証』

『自治体の事務負担の評価』

「この四つを、正式な協議事項にしたいと思います」

佐伯健太郎(さえきけんたろう)がうなずいた。

「それなら、会派として判断できますね」

橘拓真(たちばなたくま)が言った。

「ただし、政府に都合よく利用されない仕組みが必要です」

片岡は、黒崎を見た。

「次からは、こういう大きな話を受けたら、必ず会派で相談してください」

黒崎は、深く頭を下げた。

「はい。約束します」

九人の間に、初めて明確な運営上のルールが生まれた。

代表者であっても、会派の進路を一人では決めない。

それは、黒崎自身を縛る約束でもあった。

* * *

2036年4月5日、午後3時。

東京都新宿区、駅前広場。

黒崎は、久しぶりに街頭演説を行っていた。

「大臣になれば、政策を進めやすくなる。そう考える方がいるのは、当然だと思います」

通行人が、足を止めた。

黒崎は続けた。

「私も、今回の提案をありがたいと思いました」

そして、はっきりと言った。

「しかし、私たちは、政府に賛成するために国会議員になったわけではありません」

人々が、耳を傾けた。

「良い政策には賛成します。問題がある政策には反対します」

黒崎は、マイクを握り直した。

「その判断を、役職によって変えたくありませんでした」

演説が終わると、一人の男性が近づいてきた。

五十代くらいの会社員だった。

「黒崎さん。ちょっといいですか」

「はい」

男性は、少し厳しい表情で言った。

「大臣を断ったのは、分かりました」

黒崎は、うなずいた。

「ありがとうございます」

「でも、俺たちは、あなたが大臣になるかどうかなんて、どうでもいいんですよ」

黒崎は、顔を上げた。

男性は続けた。

「給料が上がらない。物価は上がる。保険料も高い」

黒崎は、黙って聞いた。

「いつになったら、手取りが増えるんですか?」

黒崎は、すぐには答えられなかった。

男性は、ため息をついた。

「去年から、ずっと期待してるんです」

その言葉が、胸に刺さった。

黒崎は、深く頭を下げた。

「……おっしゃるとおりです」

そして、顔を上げた。

「今は、まだ十分な結果を出せていません」

男性は、黙った。

黒崎は続けた。

「だから、次は具体的な政策と、その財源を示します」

男性は、少し考えた。

「……本当に、できるんですか?」

黒崎は答えた。

「できると確認できたことだけを、約束します」

男性は、しばらく黒崎を見つめた。

そして、短く言った。

「……待ってますよ」

黒崎は、うなずいた。

* * *

2036年4月7日、午後8時15分。

東京都中央区。

「……疲れてますね」

桐生美月(きりゅうみづき)が、黒崎の顔を見て言った。

二人は、仕事帰りに小さな喫茶店で会っていた。

黒崎は、苦笑した。

「そんなに分かりますか?」

「分かります」

美月は、温かいコーヒーを黒崎の前に置いた。

「大臣を断ったこと、後悔していますか?」

黒崎は、少し考えた。

「……後悔していない、と言いたいです」

美月は、顔を上げた。

「言いたい?」

「はい」

黒崎は、窓の外を見た。

「でも、もし入閣していたら、もっと早く変えられることがあったかもしれない」

美月は、黙って聞いていた。

黒崎は続けた。

「それを考えると、少し怖いです」

美月は、静かに言った。

「……じゃあ、次は結果を出すしかないですね」

黒崎は、顔を上げた。

美月は、少し笑った。

「断ったことが正しかったかどうかは、これからの行動で決まるんじゃないですか?」

黒崎は、しばらく黙った。

そして、うなずいた。

「……そうですね」

* * *

2036年4月10日、午前10時30分。

首相官邸。

相馬総理は、内閣改造の最終調整を進めていた。

久世が、資料を差し出す。

「黒崎議員の入閣は、見送りで確定です」

相馬は、うなずいた。

「分かっている」

久世は続けた。

「ただ、国民会計の会との政策協議は継続できそうです」

相馬は、資料を読んだ。

「……それなら、十分だ」

久世が顔を上げた。

「よろしいのですか?」

相馬は、少し笑った。

「黒崎を大臣にしても、思いどおりには動かんだろう」

久世も、苦笑した。

「そうでしょうね」

相馬は続けた。

「それなら、外にいてもらった方が、役に立つこともある」

そして、窓の外を見た。

「ただし、政権がいつまで持つかは、別の問題だ」

久世の表情が引き締まった。

「東条氏の新政改革連合が、野党との協議を始めています」

相馬は、うなずいた。

「……知っている」

「衆議院の解散を求める動きも出ています」

相馬は、しばらく黙った。

そして、静かに言った。

「選挙になれば、黒崎の九人も動くだろうな」

久世は答えた。

「おそらく」

相馬は、少し笑った。

「……なら、こちらも準備しておく必要がある」

* * *

2036年4月13日、午後7時。

衆議院議員会館。

「……政党結成の準備を、本格化させたいと思います」

黒崎の言葉に、九人が顔を上げた。

片岡が尋ねた。

「時期は?」

黒崎は、資料を広げた。

「五月中を目標に、党の基本方針と組織規約をまとめたいです」

水野が、うなずいた。

「政策集も必要ですね」

森田が言った。

「財源の試算も、まだ完成していません」

黒崎は、うなずいた。

「だから、役割を分担したいと思います」

西園寺が、資料を開いた。

「財政と税制は、森田さんと私で進めます」

宮原が続けた。

「社会保障は、朝倉さんと一緒にまとめます」

佐伯は、地方自治体への影響を担当すると申し出た。

橘は、中小企業政策。

片岡は、党の組織規約と候補者選定の仕組み。

水野は、行政手続きと自治体負担の見直し。

黒崎は、全体の調整を担当することになった。

小野寺が、会議の内容を記録していく。

その時。

真琴が、会議室に入ってきた。

「黒崎さん。速報です」

黒崎は、顔を上げた。

「何でしょう?」

真琴は、スマートフォンを見せた。

『新政改革連合、野党各党と衆議院解散要求で協議へ』

『東条代表、早期の国民の信を問うべきと主張』

高瀬が、驚いた。

「……選挙になるのか?」

片岡は、首を振った。

「まだ分かりません。解散を決めるのは、簡単な話ではありませんから」

黒崎は、画面を見つめた。

昨年七月。

初めて国会議員になった。

あれから、まだ一年も経っていない。

それなのに、次の選挙の足音が聞こえ始めていた。

黒崎は、九人を見た。

「……選挙がいつになっても、準備できるようにしましょう」

全員が、うなずいた。

そして、黒崎は続けた。

「ただし、選挙のために政策を作るのではありません」

ホワイトボードには、党の基本方針が書かれていた。

『働いても、お金が残らない。』

黒崎は、その言葉を見つめた。

自分が政治を始めた理由。

それだけは、変えたくなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、相馬総理からの入閣要請を巡り、黒崎が大きな決断を下しました。

役職を得ることと、政策を実現することは必ずしも同じではありません。

次回は、国民会計党の結成準備が本格化する中、政界全体を揺るがす新たな動きが始まります。

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