第39話 仲間になる資格
七人の小さな会派に、三人の国会議員が参加を申し出た。
議席が増えれば、政策を実現する力も大きくなる。
しかし、政治家が集まる理由は、必ずしも同じではない。
黒崎玲司は、三人に一つの質問を投げかける。
2036年3月2日、午前10時。
東京都千代田区、衆議院議員会館。
「三人とも、与党を離れることを検討しているそうです」
小野寺航が、机に資料を並べた。
黒崎玲司は、三人の経歴を確認した。
大河内俊介。四十五歳。当選三回。元経済産業省職員。
西園寺健。三十九歳。当選二回。元地方銀行員。
朝倉理沙。三十三歳。当選一期。元看護師。
全員、国政自由党所属の衆議院議員だった。
「昨年の不信任案に賛成したのは?」
黒崎が尋ねると、小野寺は朝倉の資料を指さした。
「朝倉議員です。党の方針に反して、賛成票を投じています」
高瀬直樹が眉を上げた。
「相馬総理を辞めさせようとした人か」
「そういう判断をした議員です。ただし、理由は直接確認した方がいいでしょう」
黒崎は、三人の資料を閉じた。
「一人ずつ、お話を聞きたいです」
「三人まとめてではなく?」
「はい。参加したい理由が、それぞれ違うと思いますから」
* * *
午前11時30分。
最初に訪れたのは、大河内俊介だった。
濃紺のスーツに、整えられた髪。
話し方には、官僚出身らしい慎重さがあった。
「黒崎先生。率直に申し上げます」
大河内は席に着くなり、資料を差し出した。
「今の国政自由党では、行政改革が進みません」
黒崎は資料に目を通した。
「補助金事業の見直しですね」
「はい。成果が不明確な事業が、毎年のように継続されています」
「私たちも、効果検証の仕組みが必要だと考えています」
大河内は、満足そうにうなずいた。
「その点では、考えが一致しています」
黒崎は尋ねた。
「では、国民会計の会に参加したい理由は?」
大河内は、少し身を乗り出した。
「政策を実現するためには、選挙に勝たなければなりません」
「はい」
「私には、地元の後援会があります。企業経営者とのつながりもある。新しい政治勢力の組織づくりに貢献できます」
黒崎は、うなずいた。
「ありがたいお話です」
大河内は続けた。
「そこで、一つ確認したいことがあります」
「何でしょう?」
「次の衆議院選挙で、私を公認候補として扱っていただけますか?」
黒崎は、顔を上げた。
「……公認ですか?」
「はい。国民会計党を結成する構想があると聞いています」
大河内は笑みを浮かべた。
「私が参加するなら、次の選挙での公認を約束していただきたい」
黒崎は、しばらく考えた。
「申し訳ありませんが、今は約束できません」
大河内の表情が変わった。
「なぜですか?」
「まだ政党は結成していません。それに、候補者を選ぶ基準も決まっていません」
「私は三回、選挙に勝っています。実績は十分でしょう」
「その実績は尊重します」
黒崎は続けた。
「でも、公認するかどうかは、政策への考え方や政治資金の透明性も含めて判断する必要があります」
大河内は腕を組んだ。
「黒崎先生。政治は理想だけでは動きませんよ」
「分かっています」
「議席を増やさなければ、法律も通せません」
「それも分かっています」
黒崎は、まっすぐに答えた。
「だからこそ、人数を増やすためだけの約束はしたくありません」
大河内は、しばらく黙った。
やがて、資料を鞄に戻した。
「……少し、考えさせてください」
黒崎は、うなずいた。
「はい。ご判断を尊重します」
* * *
午後1時。
二人目は、西園寺健だった。
「私は、国民負担の議論を変えたいと思っています」
西園寺は、席に着くなりそう言った。
黒崎は、顔を上げた。
「具体的には?」
「税金と社会保険料を、別々に議論しすぎていることです」
西園寺は、資料を広げた。
「会社員の手取りを考えるなら、所得税だけを減らしても十分ではありません」
黒崎は、うなずいた。
「私たちも同じ問題意識を持っています」
「ただし、社会保険料を引き下げるなら、医療や年金の財源をどう補うかまで示さなければなりません」
西園寺は、数字の並んだ表を指さした。
「私は銀行員時代、企業の資金繰りを見てきました。支出を減らすだけでは、事業は続きません」
黒崎は資料を読んだ。
そこには、社会保険料の負担軽減と、制度維持に必要な財源の比較案が記されていた。
「……かなり具体的ですね」
「まだ試算段階です。検証していただきたい」
黒崎は、少し笑った。
「ぜひ、森田さんにも見てもらいたいです」
西園寺は、うなずいた。
黒崎は尋ねた。
「一つ、確認してもいいでしょうか」
「はい」
「会派の方針と、ご自身の考えが違ったら、どうしますか?」
西園寺は、少し考えた。
「議論します」
「それでも一致しなかったら?」
「自分の考えを説明した上で、判断します」
黒崎は、うなずいた。
西園寺は続けた。
「ただし、私が間違っていると分かったら、考えを改めます」
黒崎は、顔を上げた。
「……ありがとうございます」
西園寺は、少し笑った。
「こちらこそ。反対意見を言える会派だと聞いたので、参加したいと思ったんです」
* * *
午後3時20分。
最後に訪れたのは、朝倉理沙だった。
「私は、医療の現場を変えたくて政治家になりました」
朝倉は、最初から真剣な表情だった。
黒崎は、うなずいた。
「経歴を拝見しました」
「地方の総合病院で、十年間働きました」
朝倉は、膝の上で手を組んだ。
「夜勤の人数が足りない。看護師が辞めていく。残った人の負担が増えて、また辞める」
黒崎は、黙って聞いていた。
「でも、政治の議論は、いつも財源の話ばかりです」
黒崎は、顔を上げた。
朝倉は続けた。
「もちろん、財源は必要です。でも、数字の向こうに人がいることを忘れないでほしい」
黒崎は、うなずいた。
「そのとおりだと思います」
朝倉は、少し驚いた。
「反論しないんですか?」
「反論する理由がありません」
黒崎は続けた。
「私たちが財政の透明化を求めるのも、国民の生活を良くするためです」
朝倉は、静かにうなずいた。
黒崎は尋ねた。
「昨年の内閣不信任案に賛成した理由を、教えていただけますか?」
朝倉は、少し考えた。
「政府が、医療現場の声を十分に聞いていないと感じたからです」
「具体的には?」
「診療報酬の議論で、地方病院の人件費負担が十分に考慮されていませんでした」
朝倉は、少し声を落とした。
「でも、不信任案に賛成しただけでは、何も解決しませんでした」
黒崎は、顔を上げた。
「……そうですね」
朝倉は続けた。
「私は、誰かを辞めさせるためではなく、制度を変えるために働きたいんです」
黒崎は、うなずいた。
「その考えには、賛成です」
そして、静かに言った。
「ぜひ、一緒に政策を考えさせてください」
* * *
2036年3月4日、午後6時。
衆議院議員会館。
七人の会派会議。
黒崎は、三人との面談内容を報告した。
水野彩香が、資料を読んだ。
「西園寺さんは、財政政策で協力できそうですね」
森田悠介も、うなずいた。
「銀行出身なら、企業の資金繰りにも詳しいでしょう。中小企業の負担軽減策を検証してもらいたいです」
宮原奈緒が言った。
「朝倉さんとは、社会保障政策で意見交換したいですね」
佐伯健太郎が、顔を上げた。
「大河内さんは?」
黒崎は、少し考えた。
「次の選挙での公認を求められました」
片岡誠司が、苦笑した。
「それは、難しい話ですね」
橘拓真が尋ねた。
「断ったんですか?」
「はい。今の段階では、約束できないと伝えました」
片岡は、うなずいた。
「当然でしょう。まだ党の候補者選定基準もありませんから」
黒崎は、ホワイトボードに四つの項目を書いた。
『政策への賛否を自由に表明できる』
『政治資金を公開する』
『財源の裏付けがない公約をしない』
『議員個人の利益を優先しない』
黒崎は、全員を見た。
「この四つを、今後の参加条件の基本にしたいと思います」
水野が、うなずいた。
「いいと思います。ただし、四つ目は具体的なルールが必要ですね」
「はい。利益相反の申告や、候補者選定の手続きも決めたいです」
宮原が言った。
「人数が増える前に、決めておいた方がいいですね」
黒崎は、うなずいた。
「そう思います」
* * *
2036年3月6日、午前11時。
東京都千代田区、立憲未来党本部。
「これが、黒崎さんたちの制度案ですか」
神谷蒼士は、送られてきた資料を読んだ。
給付付き税額控除。
所得に応じた支援。
税と社会保障の情報連携。
そして、財源の確保。
まだ、たたき台だった。
神谷は、赤いペンを手に取った。
「……問題が多いな」
秘書が尋ねた。
「協力は難しそうですか?」
神谷は、首を振った。
「いや。問題があるから、議論する意味がある」
そして、資料に書き込んだ。
『所得把握の遅れ』
『自治体の事務負担』
『社会保険料との関係』
『不正受給防止と個人情報保護』
神谷は、少し笑った。
「……黒崎は、これを全部考えているかな」
秘書が尋ねた。
「厳しく指摘されるんですか?」
神谷は、うなずいた。
「当然だ」
そして、はっきりと言った。
「政策は、仲良くするために作るものじゃない」
* * *
2036年3月9日、午後2時。
衆議院議員会館。
黒崎と神谷が、向かい合って座っていた。
昨年七月。
二人は、東京八区で議席を争った。
結果は、黒崎の勝利。
その後も、社会保障政策を巡って公開討論を行った。
しかし、今回は違った。
二人の間には、同じ資料が置かれていた。
「黒崎さん。率直に言います」
神谷は、資料を開いた。
「この案は、まだ制度として成立していません」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
神谷は、少し驚いた。
「……認めるんですか?」
「たたき台ですから」
神谷は、赤いペンで資料を指さした。
「まず、所得の把握です。前年所得を使うなら、失業した人への支援が遅れます」
黒崎は、メモを取った。
「はい」
「当年所得を使うなら、後から精算する仕組みが必要になります」
「そうですね」
「それから、自治体の事務負担。新しい制度を作れば、システム改修が必要です」
黒崎は、うなずいた。
神谷は、少し眉をひそめた。
「黒崎さん」
「はい」
「反論はないんですか?」
黒崎は、顔を上げた。
「あります」
神谷が、少し笑った。
「聞きましょう」
黒崎は、資料の一ページを開いた。
「まず、制度を一度に全国導入するつもりはありません」
神谷は、顔を上げた。
「段階導入ですか?」
「はい。既存の税情報で対応できる範囲から始め、対象と事務負担を検証したいと考えています」
神谷は、資料を読んだ。
「なるほど」
黒崎は続けた。
「それと、所得が急減した人への対応は、別の緊急支援制度と組み合わせる案を考えています」
神谷は、少し考えた。
「それなら、制度を分けて整理した方がいいですね」
黒崎は、うなずいた。
「ぜひ、意見をいただきたいです」
神谷は、しばらく黙った。
そして、笑った。
「……あなたは、本当に変わった政治家ですね」
黒崎も、少し笑った。
「よく言われます」
* * *
2036年3月11日、午後7時。
衆議院議員会館。
「……二人が、正式に離党したそうです」
小野寺が、黒崎に報告した。
黒崎は、顔を上げた。
「誰ですか?」
「西園寺健議員と、朝倉理沙議員です」
高瀬が、驚いた。
「じゃあ、会派に入るのか?」
小野寺は、うなずいた。
「参加を正式に申し入れています」
黒崎は、少し考えた。
「七人で、もう一度確認しましょう」
その時。
真琴が、別の資料を持って入ってきた。
「黒崎さん。大河内議員についても動きがありました」
黒崎は、顔を上げた。
「どうしたんですか?」
真琴は、静かに答えた。
「大河内議員は、新政改革連合への参加を決めたそうです」
高瀬が、ため息をついた。
「……やっぱりか」
黒崎は、うなずいた。
「そうですか」
そして、続けた。
「それぞれの判断ですね」
* * *
2036年3月13日、午後3時。
衆議院議員会館。
七人の会派会議。
黒崎は、全員を見た。
「西園寺さんと朝倉さんの参加について、最終確認をしたいと思います」
水野が、うなずいた。
宮原も、資料を開いた。
片岡は、腕を組んだ。
森田、佐伯、橘も、真剣な表情だった。
黒崎は、二人の政策方針と政治資金の公開状況について説明した。
「現時点で、参加条件に反する問題は確認されていません」
片岡が尋ねた。
「今後、意見が分かれた場合の対応は?」
黒崎は、うなずいた。
「会派の基本方針を守りつつ、採決では個人の判断を尊重することで合意しています」
宮原が、静かに言った。
「私は、賛成です」
水野も、うなずいた。
「私も」
一人ずつ、意見が示された。
そして。
七人全員が、二人の参加に賛成した。
黒崎は、深く息を吐いた。
「では、正式に受け入れましょう」
* * *
2036年3月16日、午前11時。
衆議院議員会館、記者会見室。
壇上には、九人の議員が並んでいた。
黒崎は、マイクを握った。
「本日、国民会計の会に、新たに二人の衆議院議員が参加しました」
カメラのシャッター音が響いた。
「西園寺健議員と、朝倉理沙議員です」
二人が、頭を下げた。
記者が質問した。
「黒崎議員。会派が九人になりました。今後、政党を結成する予定はありますか?」
黒崎は、少し考えた。
「検討しています」
会場がざわついた。
黒崎は続けた。
「ただし、人数を増やすこと自体が目的ではありません」
そして、はっきりと言った。
「私たちの政策を実現するために、必要な組織を作りたいと考えています」
別の記者が尋ねた。
「政党名は、決まっていますか?」
黒崎は、少し笑った。
「まだ、正式には決まっていません」
記者たちが、さらに質問を重ねた。
その時。
小野寺が、会見場の後方から黒崎に合図を送った。
黒崎は、少し首をかしげた。
会見終了後。
小野寺が、黒崎に近づいた。
「黒崎さん。政府から連絡がありました」
「何でしょう?」
小野寺は、静かに答えた。
「三月に予定されていた、低所得者支援策の比較検討結果がまとまったそうです」
黒崎は、顔を上げた。
「本当ですか?」
「はい。来週、公表される予定です」
黒崎は、うなずいた。
昨年十一月。
政府に求めた、支援制度の比較。
あれから四か月。
ようやく、政策の判断材料が出てくる。
しかし、小野寺は続けた。
「ただし、一つ問題があります」
黒崎は、顔を上げた。
「問題?」
小野寺は、資料を差し出した。
「政府の比較結果では、恒久的な給付付き税額控除について、現時点での導入は困難と評価されているようです」
黒崎は、資料を見つめた。
「そうですか」
小野寺は、静かに言った。
「理由は、財源と制度運用の問題です」
黒崎は、ゆっくりとうなずいた。
「分かりました」
そして、続けた。
「なら、その問題を一つずつ解決するしかありませんね」
九人になった国民会計の会。
政府との政策協議。
そして、初めて示される制度改革の壁。
黒崎玲司の挑戦は、次の段階へ進もうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、国民会計の会への参加を希望する三人の議員と、黒崎の面談を描きました。
政策への考え方だけでなく、組織に何を求めるのかによっても、政治家の選択は変わります。
次回は、政府が公表する比較検討結果を巡り、九人となった国民会計の会が新たな政策判断を迫られます。




