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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
第2章 日本を変える男

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第36話 七人を買う値段

内閣不信任案は否決された。

しかし、与党内の対立は収まらず、政界再編の動きが加速していく。

そんな中、黒崎玲司のもとに、ある提案が持ち込まれる。

それは七人の会派を、一夜にして国政の中心へ押し上げる可能性を秘めていた。

2036年1月6日、午前9時15分。

東京都千代田区、衆議院議員会館。

「新年早々、物騒な話ですね」

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、新聞を机に置いた。

一面には、大きな見出しが躍っていた。

『国政自由党、分裂の危機』

『東条氏、改革派議員と新政治団体設立へ』

『離党者、二十人規模の可能性』

小野寺航(おのでらわたる)が資料を広げた。

「東条氏の周辺では、二十人前後が離党を検討しているようです。ただ、実際に何人が動くかは不明です」

高瀬直樹(たかせなおき)が言った。

「二十人も抜けたら、相馬政権は終わりじゃないのか?」

小野寺は首を振った。

「与党には連立相手もいます。離党者の数だけで、直ちに政権が倒れるとは限りません」

黒崎は、新聞の端を指で押さえた。

「……でも、予算案の審議には影響しそうですね」

「はい。年度末までに成立させなければならない重要な予算です」

その時、藤原真琴(ふじわらまこと)が入ってきた。

「黒崎さん。面会の申し込みです」

「どなたからですか?」

真琴は、少し言いにくそうに答えた。

「東条正臣議員の事務所からです」

高瀬が、顔をしかめた。

「またかよ」

黒崎は、時計を見た。

「……会いましょう」

* * *

同日、午後4時30分。

議員会館の応接室。

「黒崎先生。あけましておめでとうございます」

東条正臣(とうじょうまさおみ)は、上機嫌だった。

黒崎は、頭を下げた。

「本年もよろしくお願いいたします」

東条は席に着くなり、革の鞄から一枚の紙を取り出した。

そこには、新政治団体の設立構想が記されていた。

名称は『新政改革連合』。

「近く、正式に発表する予定です」

黒崎は、資料に目を通した。

「……それで、今日は?」

東条は笑った。

「あなた方七人にも、加わっていただきたい」

黒崎は、顔を上げた。

東条は続けた。

「我々の見込みでは、二十人以上の国会議員が集まる。あなた方が参加すれば、三十人規模の勢力になります」

「政策は?」

「行政改革、財政規律、経済成長です」

黒崎は、資料をめくった。

社会保険料の負担軽減については、一行しかなかった。

『持続可能な制度の構築を推進する』

「……具体策は、まだ決まっていないんですね」

東条は、笑みを崩さなかった。

「これから決めればいい。あなたにも政策づくりを任せたい」

「どのような立場で、でしょうか」

「政策調査会長を考えています」

同席していた小野寺が、わずかに顔を上げた。

新団体の政策責任者。

一期目の黒崎にとっては、破格の提案だった。

東条は、さらに続けた。

「次の選挙では、あなたの仲間の候補者も支援しましょう。資金も人員も、今とは比較にならない」

黒崎は、資料を机に置いた。

「……一つ確認させてください」

「何でしょう」

「政策で意見が割れた場合、私たち七人は反対票を投じられますか?」

東条の笑みが止まった。

「政党に入る以上、党議拘束は必要です」

「社会保障負担の引き上げに、私たちが反対した場合は?」

「党内で議論し、結論が出たら従っていただく」

黒崎は、うなずいた。

「分かりました」

東条は身を乗り出した。

「どうです。悪い話ではないでしょう?」

黒崎は、はっきりと答えた。

「今回は、お断りします」

「……理由は?」

「政策が決まっていないのに、役職と選挙支援だけで参加は決められません」

東条の顔から、笑みが消えた。

「黒崎先生。七人で何ができますか?」

黒崎は答えた。

「七人でできることを、やります」

「その間に、政治は先へ進みますよ」

「それでも構いません」

東条は立ち上がった。

「……あなたは、実に損な選択をする」

黒崎も立ち上がった。

「そうかもしれません」

そして、続けた。

「でも、仲間の七人を、私一人の判断で売ることはできません」

東条は何も言わず、部屋を出ていった。

* * *

2036年1月8日、午後6時10分。

衆議院議員会館。

「……政策調査会長を断ったんですか?」

橘拓真(たちばなたくま)が、目を丸くした。

七人の会派会議。

黒崎は、東条から受けた提案をすべて説明した。

片岡誠司(かたおかせいじ)が、苦笑した。

「東条さんは、黒崎さんの知名度が欲しかったんでしょう」

水野彩香(みずのあやか)が尋ねた。

「なぜ、私たち七人全員なんでしょう?」

片岡は答えた。

「七議席に加えて、黒崎さんの支持者と政策の実績が手に入る。新団体にとっては、大きいですよ」

森田悠介(もりたゆうすけ)が腕を組んだ。

「でも、党議拘束を受ければ、会派の独立性は失われます」

宮原奈緒(みやはらなお)が、黒崎を見た。

「断ってくださって、よかったと思います」

黒崎は、首を振った。

「……皆さんに相談する前に断ったことは、申し訳ありません」

佐伯健太郎(さえきけんたろう)が答えた。

「正式な参加を決めたわけではありませんし、問題ないでしょう」

橘は、少し考えてから言った。

「でも、東条さんの言葉にも、一つだけ本当のことがあります」

全員が橘を見た。

「七人だけでは、法律を通せない」

会議室が静まった。

橘は続けた。

「いつまでも、政府にお願いするだけでいいんでしょうか」

黒崎は、すぐには答えられなかった。

その問いは、彼自身も何度も考えていたことだった。

* * *

2036年1月12日、午後1時20分。

東京都千代田区、首相官邸。

「東条が、新団体の設立を正式発表した」

相馬孝一(そうまこういち)総理大臣は、新聞を机に置いた。

官房長官が答えた。

「現時点で、離党届を提出した衆議院議員は十一人です。今後増える可能性があります」

「予算案は?」

「連立与党の議席は、なお過半数を維持しています。ただ、採決での欠席や造反が増えれば、厳しくなります」

相馬は、眉間を押さえた。

そこへ、久世隆臣(くぜたかおみ)財務副大臣が入ってきた。

「総理。税制改正の件です」

「今度は何だ?」

久世は、一枚の資料を差し出した。

「所得税の控除拡大案について、政府内の調整が進みました。ですが、低所得者への支援策が不十分だという声が与党内でも強まっています」

相馬は、資料を読んだ。

「黒崎の提案か」

「はい。昨年末の共同提言が、党内でも議論されています」

相馬は、少し考えた。

「……給付の仕組みを、すぐ作れるのか?」

久世は首を振った。

「恒久制度を直ちに導入するのは困難です。所得確認、自治体の事務負担、財源の問題があります」

「では、どうする」

久世は、別の紙を差し出した。

「既存の低所得世帯向け支援制度を使った、期限付きの追加給付なら、検討の余地があります」

相馬は、顔を上げた。

「財源は?」

「現在の予算案に含まれる物価高対策の予備的な枠から、一部を組み替える案です。ただし、対象を広げるには足りません」

相馬は、黙った。

政権は不安定だ。

しかし、政治的な延命だけのために、裏付けのない支出を約束するわけにはいかない。

「……数字を出せ」

相馬は言った。

「誰に、いくら届くのか。既存の支援を削って困る人がいないか。それも含めてだ」

久世は、うなずいた。

「承知しました」

* * *

2036年1月15日、午後5時40分。

衆議院議員会館。

「玲司、これ見てくれ」

高瀬が、ノートパソコンを黒崎の前に置いた。

JAPAN LEDGERの試算ページだった。

「政府が公表した資料を追加した。減税案と、既存の給付制度を使った支援案を比較できる」

黒崎は画面を操作した。

単身者。

年収二百万円。

年収四百万円。

子どものいる世帯。

条件を変えると、支援の効果が変わった。

「……同じ制度でも、こんなに差が出るんだね」

「そうなんだよ」

高瀬は、画面の下を指さした。

「それで、もう一つ」

そこには、赤い文字が表示されていた。

『この試算は、制度案の比較を目的とした概算です。実際の支給額を保証するものではありません』

黒崎は、うなずいた。

「大事だね」

高瀬は笑った。

「前みたいに、決まってない政策が決まったように広まるのは困るからな」

その時、小野寺が入ってきた。

「黒崎さん。政府側から、新しい協議資料が届きました」

黒崎は、受け取った。

数ページめくり、手を止めた。

「……これは」

小野寺が答えた。

「既存の支援制度を活用した、期限付き給付案です」

黒崎は、数字を確認した。

対象者。

支給額。

必要な予算。

そして、財源の候補。

「……ようやく、比較できる案が出てきましたね」

小野寺は、うなずいた。

「はい。ただし、まだ政府として決定したものではありません」

黒崎は、資料を閉じた。

「七人で検証しましょう」

* * *

2036年1月19日、午後7時05分。

東京都中央区、小さな定食屋。

「今日は、国会の話はなしにしませんか?」

桐生美月(きりゅうみづき)が笑った。

黒崎は、箸を持ったまま固まった。

「……そんなに国会の話ばかりしていますか?」

「しています」

美月は即答した。

黒崎は苦笑した。

二人は久しぶりに、仕事を離れて食事をしていた。

美月は会社勤めを続けながら、休日や退勤後に黒崎の活動を手伝っている。

以前、仕事を辞めることも考えていると話していた。

だが、あれから結論は出していなかった。

「……会社の方は、どうですか?」

黒崎が尋ねると、美月は少し笑った。

「忙しいですよ。でも、今の仕事も嫌いじゃないんです」

「そうなんですね」

「はい。だから、すぐに辞めるつもりはありません」

黒崎は、うなずいた。

「それがいいと思います」

美月は、少し意外そうな顔をした。

「……引き止めないんですね」

「引き止める理由がありませんから」

「手伝ってほしくないんですか?」

黒崎は慌てた。

「いえ、そういう意味じゃなくて」

美月が笑い出した。

「冗談です」

黒崎も、つられて笑った。

しばらくして、美月が尋ねた。

「……黒崎さんは、これからどうしたいんですか?」

「これから?」

「七人のままでいるんですか?」

黒崎は、箸を置いた。

「……ずっと七人のままでは、できることに限界があると思っています」

美月は、うなずいた。

「じゃあ、政党を作るんですか?」

黒崎は、少し考えた。

「……いずれは」

そして、続けた。

「でも、人数を増やすためだけに、誰でも入れるつもりはありません」

美月は、静かに笑った。

「黒崎さんらしいですね」

黒崎は、苦笑した。

「また、それですか」

「はい」

美月は、お茶を一口飲んだ。

「でも、一つだけ心配です」

「何でしょう?」

「黒崎さんが、全部一人で背負おうとすることです」

黒崎は、黙った。

美月は続けた。

「仲間が七人いるなら、七人で背負ってください」

黒崎は、ゆっくりとうなずいた。

「……そうですね」

* * *

2036年1月22日、午前10時30分。

衆議院議員会館。

「……政党を作る?」

水野が、顔を上げた。

黒崎は、七人の前に立っていた。

「はい。ただし、すぐに結成するという話ではありません」

片岡が尋ねた。

「なぜ、今その話を?」

黒崎は答えた。

「東条先生の提案を受けて、考えたんです」

そして、続けた。

「私たちは、七人で政策を提案してきました。でも、法律を通すには、もっと多くの議員の協力が必要です」

森田が、うなずいた。

「それは、確かです」

黒崎は続けた。

「だから、私たち自身の政策を中心に、人を集める仕組みを作りたい」

宮原が尋ねた。

「……政党の名前は?」

黒崎は、少し笑った。

「まだ、正式には決めていません」

そして、ホワイトボードに文字を書いた。

『国民会計党』

会議室が静かになった。

橘が、少し笑った。

「……そのままですね」

黒崎も笑った。

「分かりやすい方がいいと思って」

佐伯が、腕を組んだ。

「政党を作るなら、政策だけでなく、組織運営や政治資金の透明性も必要ですね」

黒崎は、うなずいた。

「はい」

片岡が言った。

「それに、七人全員が入党するとは限りません」

黒崎は、全員を見た。

「もちろんです」

そして、はっきりと言った。

「参加するかどうかは、一人ひとりに決めてほしいと思っています」

水野は、少し考えた。

「……まずは、党の基本方針を作りましょう」

宮原も、うなずいた。

「社会保障の考え方も、明確にしたいです」

森田が続けた。

「財源の裏付けを示すことも、原則に入れたいですね」

黒崎は、ホワイトボードを見た。

国民会計党。

まだ、名前だけの構想だった。

しかし、七人の表情は真剣だった。

その時。

小野寺が、会議室に入ってきた。

「黒崎さん。官邸から連絡です」

黒崎は、顔を上げた。

「……何でしょう?」

小野寺は、資料を差し出した。

「政府が、期限付き給付案について、国民会計の会との協議を正式に申し入れてきました」

黒崎は、資料を受け取った。

「……分かりました」

小野寺は続けた。

「ただし、政府側から一つ条件があります」

黒崎は、顔を上げた。

「条件?」

「今回の給付案について、共同で記者会見を行いたいそうです」

会議室が静かになった。

片岡が、眉をひそめた。

「……共同会見ですか」

水野が、静かに言った。

「政府と一緒に成果を発表するということですね」

黒崎は、資料を見つめた。

政策を実現するための協力。

しかし、それが政権の支持率回復に利用される可能性もある。

黒崎は、少し考えた。

そして、静かに言った。

「……まずは、制度の中身を確認しましょう」

七人が、うなずいた。

政党結成の構想。

政府との政策協議。

そして、揺れ続ける政権。

黒崎玲司の前には、これまで以上に大きな選択が待っていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、東条からの合流提案をきっかけに、黒崎たちが自分たちの政党を作る可能性について考え始めました。

七人の独立性を守りながら、どうすれば政策を実現できる力を持てるのか。

次回は、政府の具体的な給付案を巡り、黒崎たちが初めて「政策の成果を誰のものにするか」という問題に直面します。

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