第34話 総理を辞めさせる一票
与党内で噴き出した総理大臣への不満。
政権を守るための取引が、永田町の裏側で始まる。
そんな中、黒崎玲司のもとに、思いがけない人物が現れた。
その人物が持ってきたのは、政権の命運を左右する提案だった。
2035年12月15日、午前8時20分。
東京都千代田区、国政自由党本部。
「総理には、退陣していただくべきです」
会議室に、鋭い声が響いた。
発言したのは、国政自由党の幹事長代理、東条正臣。
五十八歳。
当選八回。
党内最大派閥の実力者だった。
「内閣支持率は二十八パーセント。物価高への対応も遅れている。このままでは、次の選挙を戦えません」
向かいに座る党幹部が反論した。
「しかし、七月の総選挙では勝利しています。今、総理を交代させれば、政権の混乱を招きます」
東条は、机を軽く叩いた。
「混乱しているのは、今だ」
会議室が静かになった。
東条は続けた。
「国民は、政府の説明に納得していない。社会保障負担の問題も、税制改正も、すべて後手に回っている」
別の幹部が尋ねた。
「では、誰が次の総理を務めるのですか?」
東条は、少し笑った。
「……候補はいます」
その言葉に、室内の空気が変わった。
誰もが理解していた。
これは、単なる政策への不満ではない。
党の主導権を巡る戦いが、始まっていた。
* * *
同日、午前10時43分。
衆議院議員会館。
「……東条正臣?」
黒崎玲司は、小野寺航を見た。
「はい。与党内で、相馬総理の退陣を求める動きを主導している人物です」
高瀬直樹が、ニュース画面を見た。
「この人、次の総理を狙ってるのか?」
小野寺は答えた。
「本人は明言していません。ただ、党内で影響力が大きいのは確かです」
黒崎は、資料を読んだ。
東条正臣。
財政規律を重視し、増税にも比較的前向き。
党内では、相馬総理と政策面で対立していた。
「……私たちとは、考え方が違いますね」
小野寺は、うなずいた。
「はい」
その時。
藤原真琴が、部屋に入ってきた。
「黒崎さん。面会の申し込みが来ています」
黒崎は、顔を上げた。
「どなたからですか?」
真琴は、少し間を置いた。
「……東条正臣議員です」
高瀬が、思わず声を上げた。
「えっ?」
黒崎は、黙った。
真琴は続けた。
「今日の夕方、非公開でお会いしたいとのことです」
黒崎は、少し考えた。
「……分かりました」
小野寺が、顔を上げた。
「会うんですか?」
黒崎は、うなずいた。
「はい。ただし、会談した事実は後で公表します」
高瀬が尋ねた。
「……何を話すつもりなんだ?」
黒崎は、静かに答えた。
「まずは、向こうの話を聞きます」
* * *
2035年12月15日、午後6時12分。
東京都千代田区、議員会館の応接室。
「黒崎先生。お会いできて光栄です」
東条正臣は、笑顔で手を差し出した。
黒崎は、握手を交わした。
「こちらこそ、ありがとうございます」
東条は、ソファに座った。
「最近のご活躍、拝見しています」
「ありがとうございます」
「七人の会派で、政府の税制改正に影響を与えた。大したものです」
黒崎は、静かに答えた。
「まだ、政策が実現したわけではありません」
東条は、少し笑った。
「慎重ですね」
そして、表情を変えた。
「……本題に入りましょう」
黒崎は、姿勢を正した。
東条は、まっすぐに言った。
「相馬総理には、退陣していただくべきだと考えています」
黒崎は、黙った。
東条は続けた。
「現在の政権では、国民の信頼を取り戻せません」
黒崎は、静かに尋ねた。
「……それを、私にお話しされる理由は何でしょうか?」
東条は、少し笑った。
「黒崎先生。あなたの会派は七人ですが、世論への影響力が大きい」
黒崎は、黙って聞いていた。
「もし、あなたが相馬政権への不信任を支持すれば、政権への圧力は一気に高まります」
黒崎は、顔を上げた。
「……内閣不信任決議案ですか?」
「ええ」
東条は、うなずいた。
「野党が提出すれば、我々も対応を考えます」
黒崎は、少し考えた。
「……与党の議員が、不信任案に賛成するということですか?」
東条は、静かに答えた。
「可能性はあります」
黒崎は、黙った。
内閣不信任決議。
衆議院で可決されれば、内閣は十日以内に衆議院を解散するか、総辞職しなければならない。
政権の命運を左右する、重大な決議だった。
東条は、身を乗り出した。
「黒崎先生。あなたも、今の政府には不満があるでしょう」
黒崎は、うなずいた。
「改善すべき点は、多いと思っています」
「ならば、協力しませんか?」
黒崎は、少し考えた。
「……一つ、質問してもよろしいでしょうか」
東条は、うなずいた。
「どうぞ」
黒崎は、まっすぐに尋ねた。
「相馬総理が退陣したら、国民の生活はどう変わるんですか?」
東条の表情が、わずかに変わった。
「……どういう意味ですか?」
黒崎は続けた。
「次の政権では、社会保障負担をどうするのか。所得税の減税案をどう扱うのか」
そして、静かに言った。
「そこを教えてください」
東条は、少し考えた。
「政策については、新しい体制で検討します」
黒崎は、うなずいた。
「……つまり、まだ決まっていないんですね」
東条は、黙った。
黒崎は続けた。
「それでは、現時点で協力を約束することはできません」
東条の笑顔が消えた。
「黒崎先生。政治には、決断が必要な時があります」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
東条は、低い声で言った。
「機会を逃せば、何も変えられませんよ」
黒崎は、静かに答えた。
「……総理を替えることだけが、政治を変えることではないと思っています」
東条は、しばらく黒崎を見つめた。
そして、立ち上がった。
「……分かりました」
黒崎も、立ち上がった。
東条は、最後に言った。
「黒崎先生。あなたは、まだ政治の怖さを知らない」
黒崎は、黙った。
東条は続けた。
「正しいことを言うだけでは、国は動きません」
黒崎は、静かに答えた。
「……それでも、政策の中身を確認してから判断したいです」
東条は、少し笑った。
「……覚えておきましょう」
* * *
2035年12月16日、午後1時08分。
衆議院議員会館。
「……不信任案への協力を求められたんですか?」
水野彩香が、驚いた。
黒崎は、うなずいた。
「はい」
七人の会派による緊急会議。
黒崎は、東条との会談内容を説明した。
片岡誠司が、険しい表情になった。
「東条さんらしいやり方ですね」
黒崎は、顔を上げた。
「……ご存じなんですか?」
片岡は、うなずいた。
「与党にいた頃、何度か政策協議をしました。非常に力のある方です」
宮原奈緒が言った。
「でも、総理を辞めさせた後の政策が決まっていないなら、協力は難しいです」
森田悠介も、うなずいた。
「政権交代や総理交代そのものが目的になってはいけません」
佐伯健太郎が、静かに言った。
「ただし、現政権への不信任をどう判断するかは、別の問題です」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
佐伯は続けた。
「政策の実行能力や、国会への説明責任も含めて判断する必要があります」
橘拓真が、腕を組んだ。
「……難しいですね」
黒崎は、少し笑った。
「本当に」
その時。
小野寺が、部屋に入ってきた。
「黒崎さん。新しい動きです」
黒崎は、顔を上げた。
「何でしょう?」
「野党第一党が、内閣不信任決議案の提出を検討していると発表しました」
会議室が静かになった。
片岡が、顔を上げた。
「……動きましたか」
小野寺は、うなずいた。
「はい。与党内の反相馬勢力とも、水面下で接触しているようです」
黒崎は、資料を見つめた。
総理を辞めさせるために、与党と野党が協力する。
その動きが、現実になり始めていた。
* * *
2035年12月18日、午前11時36分。
東京都千代田区、国会議事堂。
「黒崎先生」
廊下で声をかけられた。
振り返ると、久世隆臣財務副大臣が立っていた。
「久世副大臣」
黒崎は、頭を下げた。
久世は、静かに言った。
「東条先生と、お会いになったそうですね」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
久世は、少し笑った。
「……相変わらず、話が早い」
黒崎は、苦笑した。
久世は続けた。
「黒崎先生。今、政権が不安定になれば、税制改正も予算編成も遅れる可能性があります」
黒崎は、うなずいた。
「承知しています」
「それでも、不信任案に賛成されますか?」
黒崎は、少し考えた。
「……まだ、決めていません」
久世は、静かにうなずいた。
「そうですか」
そして、続けた。
「総理は、あなた方との政策協議を続けたいと考えています」
黒崎は、顔を上げた。
「……ありがとうございます」
久世は、まっすぐに言った。
「ただし、政権が倒れれば、その約束もどうなるか分かりません」
黒崎は、黙った。
久世は、少し声を落とした。
「黒崎先生。政治には、守るべき順番があります」
黒崎は、静かに答えた。
「……はい」
そして、続けた。
「でも、国民の生活より、政権を守ることが先になってはいけないと思っています」
久世は、しばらく黒崎を見つめた。
そして、少し笑った。
「……本当に、厄介な方ですね」
黒崎も、少し笑った。
「よく言われます」
* * *
2035年12月19日、午後5時24分。
衆議院議員会館。
「……黒崎さん。ついに決まりました」
真琴が、ニュース画面を見せた。
『野党第一党、内閣不信任決議案を提出へ』
『与党内の造反議員数が焦点』
『相馬首相、解散も辞さない構え』
高瀬が、顔を上げた。
「……本当に不信任案が出るのか」
小野寺は、うなずいた。
「はい。来週、採決される見通しです」
黒崎は、画面を見つめた。
七人の会派。
衆議院全体から見れば、ごく小さな勢力だ。
しかし、今回の採決では、その七票も注目されていた。
真琴が尋ねた。
「……どうしますか?」
黒崎は、少し考えた。
「七人で、もう一度話しましょう」
小野寺が、うなずいた。
「分かりました」
黒崎は、静かに続けた。
「政権を倒すためではなく、今の政府に信任を与えられるかどうかで判断したいです」
その時。
美月から、メッセージが届いた。
『ニュース見ました。大変なことになっていますね』
黒崎は、画面を見た。
『うん。初めて、本当に重い一票を投じることになりそうだよ』
数秒後。
返信が届いた。
『黒崎さんが納得できる判断をしてください』
黒崎は、少し笑った。
『ありがとう』
そして、スマートフォンを置いた。
* * *
2035年12月22日、午前9時。
衆議院議員会館。
七人の議員が、会議室に集まった。
黒崎は、全員を見た。
「……今日、不信任案への対応を決めたいと思います」
水野が、うなずいた。
宮原も、資料を開いた。
片岡は、静かに腕を組んだ。
佐伯と森田、橘も、黒崎を見た。
黒崎は、少し考えた。
そして、はっきりと言った。
「まず、私の考えをお話しします」
会議室が静かになった。
「私は、相馬総理の政策には改善すべき点が多いと思っています」
黒崎は続けた。
「ただし、政府が税制改正の協議に応じ、追加支援の比較検討も進めていることは評価しています」
宮原が、うなずいた。
黒崎は、資料を閉じた。
「……だから、私は今回の不信任案には賛成しないつもりです」
会議室が、静まり返った。
片岡が、顔を上げた。
「……反対する、ということですか?」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
そして、続けた。
「ただし、皆さんに同じ判断を求めるつもりはありません」
水野が、少し考えた。
「……分かりました」
黒崎は、静かに言った。
「七人それぞれが、自分の責任で判断しましょう」
その時。
小野寺が、会議室に駆け込んできた。
「黒崎さん!」
黒崎は、顔を上げた。
「どうしました?」
小野寺は、息を整えた。
「……与党の東条議員が、正式に党執行部への反旗を翻しました」
片岡が、立ち上がった。
「……何ですって?」
小野寺は、続けた。
「東条議員に近い与党議員が、内閣不信任案への賛成を検討していると表明しています」
会議室が、ざわついた。
黒崎は、静かに息を吐いた。
「……いよいよですね」
小野寺は、うなずいた。
「はい」
そして、最後に言った。
「……場合によっては、不信任案が可決される可能性があります」
黒崎は、窓の外を見た。
国会議事堂。
その中で、政権の命運を左右する採決が迫っていた。
七人の小さな会派。
一人ひとりの一票。
そして、揺らぎ始めた総理大臣の座。
黒崎は、静かに言った。
「……私たちも、覚悟を決めましょう」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、与党内の権力争いが表面化し、黒崎たちも内閣不信任決議への対応を迫られました。
政権を倒すことと、国民の生活を良くすることは同じなのか。
次回は、内閣不信任決議案の採決を迎え、国会が大きく揺れ動きます。




