第27話 七人目の仲間
一人の新人議員から始まった政治活動は、少しずつ仲間を増やしていた。
しかし、人数が増えれば、それだけ考え方も違ってくる。
同じ理想を掲げる者が、必ずしも同じ方法を選ぶとは限らない。
黒崎は今回、仲間を増やすことよりも難しい問題に直面する。
2035年9月10日、午前9時18分。
東京都千代田区、衆議院議員会館。
「黒崎さん。お二人が到着しました」
桐生美月から連絡を受け、黒崎玲司は会議室へ向かった。
扉を開けると、片岡誠司が二人の議員と話していた。
「黒崎さん。紹介します」
片岡は立ち上がった。
「佐伯健太郎さん。四十八歳、当選二回。地方財政に詳しい方です」
眼鏡をかけた男性が頭を下げた。
「佐伯です。よろしくお願いします」
「黒崎です」
続いて、片岡が隣の女性を紹介した。
「宮原奈緒さん。三十九歳、当選一期。社会保障政策を専門にされています」
宮原は、落ち着いた声で言った。
「初めまして。黒崎さんの活動は以前から拝見しています」
「ありがとうございます」
四人が席に着く。
片岡は、早速本題に入った。
「お二人は、国政自由党に所属しています」
黒崎はうなずいた。
「はい」
「ただ、今回の行政改革を巡る対応に、疑問を感じています」
佐伯が口を開いた。
「黒崎さん。最初に言っておきます」
「はい」
「私は、政府の政策がすべて間違っているとは思っていません」
黒崎はうなずいた。
「私もです」
佐伯は、少し驚いた表情を見せた。
黒崎は続けた。
「必要な政策は進めるべきです。ただ、何を根拠に判断したのかは説明してほしいと思っています」
佐伯は、ゆっくりとうなずいた。
「……その考えには賛成です」
宮原が続けた。
「ただし、私は社会保障の削減には反対です」
黒崎は、宮原を見た。
「分かりました」
「財政改革という言葉が、弱い立場の人への支援を減らす口実になることがあります」
宮原は、はっきりと言った。
「そこは譲れません」
黒崎は、少し考えた。
「……私も、必要な支援を削ることが改革だとは思っていません」
宮原は、黙って聞いていた。
「むしろ、効果がある支援なら、その理由を示して続けるべきだと思います」
黒崎は続けた。
「そのためにも、どの事業が誰の役に立っているのかを、きちんと確認したいんです」
宮原は、少し表情を和らげた。
「……なるほど」
佐伯が、資料を取り出した。
「実は、私たちも行政改革について提案をまとめています」
黒崎は、受け取った。
そこには、地方自治体の行政事務を簡素化するための政策案が記されていた。
「自治体の職員は、国への報告書類を作るために、かなりの時間を使っています」
佐伯は続けた。
「国が情報公開を進めるなら、自治体側の負担も減らさなければなりません」
黒崎は、うなずいた。
「それは重要ですね」
宮原が言った。
「黒崎さんのJAPAN LEDGERも、自治体に新しい報告を義務付ける仕組みにならないか心配しています」
黒崎は、静かに答えた。
「既存の公開情報を活用することを基本にしています」
そして、少し笑った。
「まだ試作版ですけど」
宮原も、小さく笑った。
「それなら、改善する余地がありますね」
黒崎は、うなずいた。
「はい。ぜひ、意見をください」
その時、片岡が口を開いた。
「……では、本題に入りましょう」
黒崎は、顔を上げた。
片岡は、二人を見た。
「佐伯さん、宮原さん。お二人の考えを、黒崎さんに伝えてください」
佐伯は、深く息を吸った。
「私は、国政自由党を離党することを決めました」
黒崎は、目を見開いた。
続いて、宮原も言った。
「私もです」
黒崎は、言葉を失った。
片岡が、静かに続けた。
「お二人とも、黒崎さんたちとの政策協力を希望しています」
黒崎は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
「……ありがとうございます」
* * *
2035年9月12日、午後1時07分。
東京都千代田区、国会記者会館。
「本日付で、国政自由党に離党届を提出しました」
佐伯の声が、会見場に響いた。
隣には宮原が立っていた。
宮原も、はっきりと述べた。
「今後は無所属として、行政改革と社会保障政策に取り組みます」
記者が質問した。
「黒崎玲司議員の会派に参加するのですか?」
佐伯は、うなずいた。
「政策協力を進める方向で合意しています。会派の手続きについても調整中です」
別の記者が尋ねた。
「与党から、さらに離党者が出る可能性は?」
宮原は、首を振った。
「他の議員については、承知していません」
会見は、全国ニュースになった。
『与党議員二人が離党 黒崎氏らとの連携へ』
『行政改革を巡り与党内に亀裂』
『無所属議員の協力会派、六人規模に』
その日の午後。
黒崎の事務所は、再び慌ただしくなっていた。
「黒崎さん! 六人ですよ!」
高瀬直樹が、嬉しそうに叫んだ。
黒崎は、少し笑った。
「そうだな」
藤原真琴が、資料を確認した。
「ただし、全員が国民会計の会に加入したわけではありません」
高瀬は、うなずいた。
「分かってるって!」
小野寺航が言った。
「会派としての届け出を進めています。議員数が増えれば、国会活動の調整もしやすくなります」
黒崎は、うなずいた。
「お願いします」
高瀬は、少し考えた。
「……あと一人だな」
黒崎は、顔を上げた。
「何が?」
「七人だよ」
高瀬は、笑った。
「最初に目標にしてた七人まで、あと一人!」
黒崎は、少し考えた。
そして、静かに答えた。
「……人数だけを目標にしないようにしよう」
高瀬は、少し驚いた。
「え?」
黒崎は続けた。
「政策を実現するために仲間が必要なんだ。七人にすること自体が目的になったら、意味がない」
高瀬は、少し黙った。
そして、笑った。
「……そうだな」
* * *
2035年9月15日、午後3時42分。
東京都千代田区、衆議院議員会館。
「……六人が、全員一致しない?」
黒崎は、驚いた。
会議室には、黒崎、水野、森田、片岡、佐伯、宮原の六人が集まっていた。
議題は、今後の政策方針だった。
水野彩香が、資料を開いた。
「消費税の減税について、意見が分かれています」
黒崎は、うなずいた。
「……そうですね」
森田悠介が、口を開いた。
「私は、財源の裏付けがあるなら減税に賛成です」
佐伯も、うなずいた。
「ただし、地方自治体への影響も考える必要があります」
宮原は、静かに言った。
「社会保障の財源を減らしてまで、消費税を下げることには反対です」
片岡が続けた。
「私は、まず行政改革による歳出の見直しを進めるべきだと思っています」
黒崎は、全員の意見を聞いた。
それぞれ、違う考えだった。
しかし、誰かが間違っているとは思わなかった。
黒崎は、少し考えた。
「……では、消費税の減税については、会派として統一見解を出さないことにしましょう」
宮原が、顔を上げた。
「……いいんですか?」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
水野が尋ねた。
「黒崎さん自身は、減税を目指しているんですよね?」
「もちろんです」
黒崎は、はっきりと答えた。
「ただし、財源の裏付けが必要だという考えも変わっていません」
そして、続けた。
「だから、今は無理に全員の意見を一致させる必要はないと思います」
佐伯は、少し笑った。
「……面白いですね」
黒崎は、首をかしげた。
「何がですか?」
佐伯は、答えた。
「普通、勢力を作ろうとするなら、まず政策を統一しようとします」
黒崎は、うなずいた。
「そうですね」
「でも、あなたは違う」
佐伯は、静かに続けた。
「意見が違うまま、協力しようとしている」
黒崎は、少し考えた。
そして、答えた。
「……違う意見がある方が、間違いに気づけると思うんです」
会議室が静かになった。
黒崎は、続けた。
「全員が同じことしか言わなくなったら、私たちも今の政治と変わらなくなる気がします」
宮原は、少し笑った。
「……その考えには賛成です」
水野も、うなずいた。
「私もです」
黒崎は、静かに笑った。
「ありがとうございます」
その日の会議で、六人は三つの共通方針に合意した。
行政支出の説明責任を強化すること。
既存の公開情報を活用し、行政の事務負担を増やさずに透明性を高めること。
そして、政策ごとに議員個人の判断を尊重すること。
消費税減税については、引き続き議論することになった。
黒崎は、会議が終わった後、静かに息を吐いた。
「……仲間が増えるって、難しいですね」
水野が、隣で笑った。
「今さら気づいたんですか?」
黒崎も、少し笑った。
「……はい」
* * *
2035年9月17日、午後6時21分。
東京都千代田区、衆議院議員会館。
「黒崎さん。面会の申し込みです」
美月が、部屋に入ってきた。
黒崎は、顔を上げた。
「どなたですか?」
美月は、少し意外そうな表情をしていた。
「……無所属の衆議院議員です」
黒崎は、うなずいた。
「お名前は?」
「橘拓真さんです」
黒崎は、少し考えた。
「……橘さん?」
小野寺が、顔を上げた。
「三十七歳。今回の総選挙で初当選した議員ですね」
美月は、うなずいた。
「はい。元中小企業経営者だそうです」
黒崎は、少し驚いた。
「……経営者?」
小野寺は、資料を確認した。
「地方で製造業を経営されていた方です。税制と中小企業支援に関心があるようです」
黒崎は、静かにうなずいた。
「……お会いしましょう」
* * *
2035年9月18日、午前11時13分。
衆議院議員会館、黒崎事務所。
「初めまして。橘拓真です」
橘は、明るい表情で頭を下げた。
黒崎も、立ち上がった。
「黒崎です。よろしくお願いします」
橘は、席に座ると、すぐに言った。
「黒崎さん。私は、あなたの考えに賛成しています」
黒崎は、少し驚いた。
「ありがとうございます」
橘は続けた。
「特に、働いてもお金が残らないという問題です」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
「私は、以前、従業員三十人ほどの会社を経営していました」
橘は、少し表情を曇らせた。
「毎年、従業員の給与を上げたいと思っていました」
黒崎は、静かに聞いていた。
「でも、社会保険料の事業主負担も増える。原材料費も上がる。利益が残らない」
橘は、深く息を吐いた。
「給与を上げても、従業員の手取りが思ったほど増えない」
黒崎は、うなずいた。
「……そうですね」
橘は、まっすぐに言った。
「私は、そこを変えたい」
黒崎は、静かに答えた。
「私もです」
橘は、少し笑った。
「だから、国民会計の会に参加したいと思っています」
黒崎は、顔を上げた。
「……本当ですか?」
「はい」
橘は、うなずいた。
「ただし、一つお願いがあります」
黒崎は、少し緊張した。
「何でしょう?」
橘は、はっきりと言った。
「中小企業の社会保険料負担についても、政策の柱に加えてほしいんです」
黒崎は、少し考えた。
「……重要な課題ですね」
橘は、うなずいた。
「はい」
黒崎は続けた。
「ただし、負担を減らす場合、その財源や社会保障への影響も考える必要があります」
橘は、少し笑った。
「もちろんです」
黒崎は、顔を上げた。
橘は続けた。
「だからこそ、一緒に考えたいんです」
黒崎は、静かに笑った。
「……分かりました」
そして、手を差し出した。
「ぜひ、お願いします」
橘は、その手を強く握った。
* * *
2035年9月19日、午後2時04分。
東京都千代田区、国会記者会館。
「本日、無所属議員七人による協力会派を正式に届け出ました」
黒崎の声が、会見場に響いた。
隣には、水野、森田、片岡、佐伯、宮原、橘が並んでいた。
記者たちが、一斉にカメラを向けた。
黒崎は、続けた。
「会派の名称は、『国民会計の会』です」
会場がざわついた。
記者が質問した。
「今後、政党を結成する予定はありますか?」
黒崎は、少し考えた。
「……将来的な可能性としては、考えています」
「では、国民会計党の結成を目指すということですか?」
黒崎は、うなずいた。
「政策を実現するために必要であれば、検討します」
別の記者が尋ねた。
「七人の政策は、すべて一致しているのですか?」
黒崎は、首を振った。
「いいえ」
会場が、少しざわついた。
黒崎は続けた。
「政策によって、意見が違うこともあります」
記者が、驚いた表情で尋ねた。
「それで、会派として活動できるのですか?」
黒崎は、静かに答えた。
「できると思っています」
そして、続けた。
「大切なのは、全員が同じ意見を持つことではありません」
黒崎は、隣の六人を見た。
「違う意見を持ちながらも、共通する課題について協力することです」
水野が、静かにうなずいた。
宮原も、少し笑った。
橘は、真剣な表情で前を向いていた。
黒崎は、はっきりと言った。
「私たちは、国民に説明できる政治を目指します」
その言葉に、会場のカメラが一斉に向けられた。
* * *
2035年9月19日、午後7時36分。
東京都千代田区、衆議院議員会館。
「……七人」
高瀬が、ホワイトボードを見つめた。
そこには、七人の名前が書かれていた。
黒崎玲司。
水野彩香。
森田悠介。
片岡誠司。
佐伯健太郎。
宮原奈緒。
橘拓真。
高瀬は、少し笑った。
「……本当に七人になったな」
黒崎は、うなずいた。
「はい」
真琴が、資料を整理しながら言った。
「でも、ここからが大変ですよ」
黒崎は、顔を上げた。
「……そうですね」
小野寺が、静かに続けた。
「七人になったことで、国会での発言機会や政策協議の可能性は広がります。ただし、会派としての責任も増えます」
黒崎は、うなずいた。
「分かっています」
美月が、少し笑った。
「最初は、一人で国会に行くことすら想像できなかったのに」
黒崎は、静かに笑った。
「……本当ですね」
そして、窓の外を見た。
国会議事堂。
あの建物の中に、七人の仲間がいる。
一人ではできなかったこと。
三人でも難しかったこと。
七人なら、少しずつ変えられるかもしれない。
黒崎は、静かに言った。
「……次は、政策を実現したいですね」
小野寺が、うなずいた。
「はい」
その時。
真琴のスマートフォンが震えた。
画面を見た彼女の表情が変わった。
「……黒崎さん」
「はい」
「ニュースが出ています」
黒崎は、顔を上げた。
真琴は、画面を見せた。
『政府、社会保障財源確保に向けた追加負担策を検討』
黒崎は、眉をひそめた。
「……追加負担?」
小野寺が、資料を確認した。
「まだ具体的な内容は分かりません」
真琴が続けた。
「ただ、来年度の制度改正に向けて、政府内で複数案が検討されているようです」
黒崎は、画面を見つめた。
働いても、お金が残らない。
その問題を変えるために、政治家になった。
そして今。
政府は、国民の負担をさらに増やす可能性を検討している。
黒崎は、静かに息を吐いた。
「……七人になって、最初の仕事ですね」
高瀬が、顔を上げた。
「……何をする?」
黒崎は、はっきりと答えた。
「まず、政府が何を検討しているのか確認します」
そして、続けた。
「そのうえで、国民の手取りを守るための提案を出したい」
小野寺が、うなずいた。
「準備します」
黒崎は、窓の外を見た。
一議席から始まった挑戦。
七人になった今、ようやく政策を動かすための土台ができた。
しかし、国会の中で七人は、まだ圧倒的な少数派だった。
本当の勝負は、これから始まる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回、黒崎たちは七人の協力会派を結成しました。
ただし、人数が増えたからといって、政策が自動的に実現するわけではありません。
次回からは、七人の力を使い、国民の手取りに直結する政策へ踏み込んでいきます。




