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支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
第1章 怒れる納税者

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18/100

第18話 全国放送で、政治家を黙らせた質問

選挙まで、あと五日。

圧倒的な組織力を持つ現職議員。野党の期待を背負う改革派。そして、支持率わずか四%の無所属新人。

三人の候補者が、初めて同じ壇上に立つ。

その夜、一つの質問が選挙の流れを変える。

2035年7月11日、午後5時42分。

東京都杉並区、選挙事務所。

「黒崎さん。最後に確認します」

藤原真琴(ふじわらまこと)が、資料を机に置いた。

「今日の討論会で、絶対に言ってはいけないことがあります」

黒崎玲司(くろさきれいじ)は、顔を上げた。

「何でしょう?」

「根拠のない数字です」

真琴は、真剣な表情だった。

「相手を追い詰めようとして、確認できていない数字を使わないでください。たった一つの間違いで、これまで築いた信用を失います」

「分かっています」

「それと、質問に答えられない時は、無理に答えないこと」

黒崎は苦笑した。

「いつもどおりですね」

「そうです。今日は、そのいつもどおりが一番難しいんです」

隣で高瀬直樹(たかせなおき)が、ノートパソコンを操作していた。

「配信の準備もできた。討論会の公式配信を案内する投稿も予約済み」

小野寺航(おのでらわたる)が、政策資料を差し出した。

「税収、社会保障、行政事業レビュー。数字は直前まで確認しました」

黒崎は資料を受け取った。

「ありがとうございます」

桐生美月(きりゅうみづき)は、黒崎のネクタイを見た。

「少し曲がっています」

「あ、本当ですか?」

黒崎が直そうとすると、美月は小さく笑った。

「反対です」

「……すみません」

「謝ることではありません」

美月は、ネクタイを整えた。

ほんの数秒。

二人の距離が近づく。

黒崎は、なぜか演説前より緊張した。

「……これで大丈夫です」

「ありがとうございます」

美月は、一歩下がった。

「今日は、相手を倒すことだけ考えないでください」

黒崎は、少し驚いた。

「どういう意味ですか?」

「討論会を見ている人は、誰が相手を言い負かしたかだけで判断するわけではありません」

美月は続けた。

「この人に、自分たちの生活を任せられるか。それを見ていると思います」

黒崎は、静かにうなずいた。

「……はい」

その時、長谷川慎吾(はせがわしんご)が時計を確認した。

「出発しましょう」

黒崎は、立ち上がった。

選挙まで、あと五日。

支持率、四%。

今夜の討論会が、最後の大きな勝負になるかもしれなかった。

* * *

2035年7月11日、午後7時02分。

東京都内、公開討論会会場。

会場には、約五百人の観客が集まっていた。

壇上には、三つの演台。

左に、与党現職の三崎健吾(みさきけんご)。

中央に、立憲未来党の神谷蒼士(かみやそうし)。

右に、無所属新人の黒崎玲司。

司会者が、カメラに向かって話し始めた。

「衆議院議員総選挙、東京第八区の公開政策討論会です。本日は、三人の候補者に経済政策、社会保障、行政改革について議論していただきます」

会場の照明が明るくなった。

黒崎は、正面のカメラを見た。

全国向けのニュース番組でも、一部が紹介される予定だった。

今までとは、注目の規模が違う。

「それでは、最初のテーマです」

スクリーンに文字が映し出された。

『国民負担を、どう考えるか』

最初に発言したのは三崎だった。

「社会保障を維持するためには、安定した財源が必要です。国民の皆様には、必要な負担についてご理解をいただかなければなりません」

落ち着いた声だった。

「私は、責任ある政治を進めます。将来世代に負担を先送りすることはできません」

会場から拍手が起こった。

続いて、神谷がマイクを握った。

「三崎議員のおっしゃる財源の重要性には同意します」

神谷は、一度会場を見渡した。

「しかし、負担を増やす前に、制度そのものを見直す必要があります。人口構造が変化している以上、過去の仕組みをそのまま維持することはできません」

神谷の言葉は、明快だった。

「必要な給付は守る。一方で、効果の低い事業は見直す。その改革を先送りしてきた政治にも責任があります」

拍手が起こった。

そして、黒崎の番が来た。

「黒崎候補、お願いします」

黒崎は、マイクを握った。

「私は、二人のお話に共通する部分があると思っています」

会場が少しざわついた。

黒崎は続けた。

「社会保障の財源は必要です。制度の見直しも必要です」

そして、まっすぐに前を見た。

「ただ、国民にとって一番分かりにくいのは、どの負担が何のために必要で、どんな成果につながっているのかという部分です」

黒崎は、資料を掲げた。

「私は、国の支出と政策の成果を、誰でも比較できる仕組みを作りたい」

少し間を置く。

「国民に我慢をお願いするなら、その理由を説明する。政治の基本を、そこから変えたいと思っています」

拍手が起こった。

だが、三崎は表情を変えなかった。

* * *

午後7時38分。

討論会は、二つ目のテーマに移っていた。

『消費税の引き下げは可能か』

司会者が黒崎に質問した。

「黒崎候補は、将来的に消費税率を十%から八%へ引き下げることを目指していますね」

「はい」

「しかし、財源はまだ確保できていないと説明されています。それでも政策として掲げる理由は何でしょうか」

黒崎は答えた。

「家計の負担を軽減したいからです。ただし、歳入減への対応ができなければ、実施するべきではありません」

その瞬間。

三崎が手を挙げた。

「よろしいですか?」

司会者がうなずいた。

「どうぞ」

三崎は、黒崎を見た。

「黒崎さん。あなたの姿勢は、非常に誠実だと思います」

黒崎は、軽く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「しかし、政治は誠実さだけでは成り立ちません」

三崎の声が、少し強くなった。

「消費税を二%引き下げれば、国と地方を合わせて相当な税収減になります。その財源を示せないのに減税を目指すというのは、結局、期待だけを振りまいているのではありませんか?」

会場が静かになった。

黒崎は、すぐには答えなかった。

三崎は続けた。

「あなたは行政支出の見直しを訴えていますが、具体的にどの事業を、いくら削減するのですか?」

黒崎は、マイクを握り直した。

「現時点で、消費税二%分を賄える削減案は示せません」

会場がざわついた。

三崎は、間髪を入れずに言った。

「それでは、政策とは呼べないのではありませんか?」

黒崎は、三崎を見た。

「そういうご批判は受け止めます」

三崎の表情に、わずかな余裕が生まれた。

しかし、黒崎は続けた。

「ただ、一つ質問させてください」

「何でしょう?」

黒崎は、手元の資料を置いた。

「三崎議員は、国民に追加の負担を求める可能性について、繰り返し説明されています」

「ええ」

「その負担が必要かどうか、国民自身が判断できるようにすることには賛成ですか?」

三崎は、少し眉を上げた。

「もちろんです」

「では、行政事業ごとの支出、成果、見直しの理由を、一般の人にも分かりやすい形で公開することには?」

「すでに政府は、さまざまな情報を公開しています」

黒崎はうなずいた。

「はい。公開されていることは承知しています」

そして、静かに続けた。

「ですが、公開されていることと、国民が理解できることは、同じでしょうか」

会場が静かになった。

黒崎は、三崎を見つめた。

「三崎議員。私からの質問は、一つです」

一度、息を吸う。

「国民に負担をお願いする時、なぜ必要なのかを、国民が自分で確かめられる仕組みを作ることに賛成していただけますか?」

三崎は、少し考えた。

「透明性を高めること自体には、賛成です」

「ありがとうございます」

黒崎は、うなずいた。

「では、ぜひ一緒に進めていただきたいです」

三崎の表情が変わった。

「……一緒に?」

「はい」

黒崎は続けた。

「私は、三崎議員を批判するためだけに立候補したわけではありません。必要な改革なら、与党でも野党でも協力したいと思っています」

会場がざわついた。

黒崎は、神谷の方も見た。

「神谷さんにも、同じことをお願いしたいです」

神谷は、少し驚いたように黒崎を見た。

「行政の透明化ですか?」

「はい」

神谷は、静かに答えた。

「具体的な制度設計について議論する価値はあると思います」

黒崎は、うなずいた。

「ありがとうございます」

三崎は、しばらく黙っていた。

そして、マイクを握った。

「……理念としては、理解できます」

黒崎は、まっすぐに答えた。

「では、選挙が終わった後も、ぜひ議論させてください」

その瞬間。

会場から拍手が起こった。

最初は、まばらだった。

しかし、少しずつ大きくなっていった。

黒崎は、深く頭を下げた。

相手を言い負かしたわけではない。

三崎の政策が間違っていると証明したわけでもない。

ただ、一つの約束を求めた。

国民が、自分たちのお金の使い道を確かめられる政治。

その実現に、政党の違いは関係ないはずだった。

* * *

午後8時16分。

討論会、最終質問。

司会者が三人を見渡した。

「最後に、お一人ずつお聞きします」

スクリーンに、新しい文字が表示された。

『あなたが落選したら、この選挙区に何を残しますか?』

三崎が、最初に答えた。

「私は、これまで築いてきた地域とのつながりを大切にしています。結果がどうであれ、地域の発展に貢献し続けたいと思います」

続いて神谷。

「今回の選挙で示した改革案を、政治の議論として残したい。たとえ議席を得られなくても、政策の実現に向けて活動します」

最後に、黒崎。

黒崎は、少し考えた。

そして、マイクを握った。

「……私は、政治に興味を持つ人を、一人でも増やしたいです」

会場が静かになった。

「数か月前まで、私は政治家になるつもりなんてありませんでした」

黒崎は続けた。

「毎日働いて、給料をもらって、生活する。それだけで精いっぱいでした」

そして、ゆっくりと顔を上げた。

「でも、国のお金の使い方に疑問を持って、調べて、声を上げてみたら、同じ疑問を持つ人がたくさんいることを知りました」

黒崎は、聴衆を見渡した。

「私は、今回の選挙で勝ちたいです」

少し間を置く。

「ですが、私に投票しなくても構いません」

会場がざわついた。

黒崎は、はっきりと言った。

「三崎さんでも、神谷さんでもいい。皆さん自身が政策を比べて、納得して投票してほしいんです」

三崎が、黒崎を見た。

神谷も、静かに耳を傾けていた。

「政治は、政治家だけのものではありません」

黒崎は、マイクを握りしめた。

「選挙が終わった後も、政治家が何をしているのか見ていてください。約束を守っているか、確かめてください」

そして、最後に言った。

「もし私が当選して、間違ったことをしたら」

一瞬、言葉を止めた。

「その時は、遠慮なく私を批判してください」

会場が静まり返った。

次の瞬間。

大きな拍手が起こった。

黒崎は、深く頭を下げた。

* * *

2035年7月11日、午後9時47分。

東京都杉並区、選挙事務所。

「……信じられない」

高瀬が、ノートパソコンの画面を見つめていた。

美月が顔を上げた。

「どうしました?」

「討論会の動画、すごい勢いで広がってる」

真琴が、画面を確認した。

「どの部分ですか?」

高瀬は、再生ボタンを押した。

画面には、黒崎の最後の発言が映っていた。

『もし私が当選して、間違ったことをしたら、その時は、遠慮なく私を批判してください』

真琴は、しばらく黙っていた。

そして、静かに言った。

「……これは、強いですね」

高瀬が、興奮した声で続けた。

「今まで政治に興味なかった人まで、コメントしてる!」

画面には、さまざまな意見が流れていた。

『こんな候補者、初めて見た』

『自分に投票しなくてもいいって言うのか』

『理想論だけど、嫌いじゃない』

『政策はまだ弱い。でも話は聞きたい』

『三崎も神谷も悪くなかった。今回は迷う』

真琴は、うなずいた。

「三人の違いが、きちんと伝わったようですね」

その時。

事務所の電話が鳴った。

美月が受話器を取る。

「はい。黒崎玲司選挙事務所です」

数秒後。

美月の表情が変わった。

「……承知しました。ありがとうございます」

電話を切る。

黒崎が尋ねた。

「どうしました?」

美月は、少し驚いたように答えた。

「明日の街頭演説に、参加したいという方からでした」

「そうですか」

「それだけではありません」

美月は、電話の着信履歴を見せた。

「討論会が終わってから、問い合わせが続いています」

高瀬が、画面を確認した。

「ウェブサイトもアクセスが急増してる!」

長谷川が、静かに言った。

「落ち着いてください」

全員が振り返った。

長谷川は続けた。

「注目されることと、票になることは別です」

黒崎はうなずいた。

「分かっています」

長谷川は、黒崎を見た。

「明日から、さらに忙しくなります」

「はい」

「ですが、あと四日です」

黒崎は、静かにうなずいた。

「……四日」

長谷川は、少しだけ笑った。

「最後まで、気を抜かないでください」

黒崎は、まっすぐに答えた。

「はい」

* * *

2035年7月12日、午前7時18分。

東京都内、三崎健吾選挙事務所。

「先生」

秘書が、資料を差し出した。

三崎は、朝のコーヒーを飲みながら受け取った。

「何だ?」

「昨夜の討論会後、情勢調査会社が追加の聞き取りを行ったそうです」

三崎は、資料を開いた。

そこには、三人の候補者の名前が並んでいた。

三崎健吾。

神谷蒼士。

黒崎玲司。

三崎の目が、ある数字で止まった。

「……何だ、これは」

秘書は、静かに答えた。

「まだ速報値で、調査規模も限られています」

三崎は、黙って資料を見つめた。

秘書は続けた。

「ただ、黒崎候補への支持が、急激に伸びています」

三崎は、ゆっくりと資料を置いた。

「……何%だ?」

秘書は、一度だけ息を吸った。

「十八%です」

三崎は、言葉を失った。

四%だった無名の新人が。

わずか数日で、十八%。

秘書は続けた。

「三崎先生は三十七%。神谷候補は三十五%。未定・その他が十%です」

三崎は、しばらく黙っていた。

そして、静かに言った。

「……まずいな」

秘書が顔を上げた。

「先生?」

三崎は、資料を見つめた。

「神谷だけを見ていればいい選挙ではなくなった」

そして、ゆっくりと立ち上がった。

「黒崎玲司について、もう一度調べてくれ」

秘書は、うなずいた。

「承知しました」

三崎は、窓の外を見た。

「……ただの新人ではないようだ」

その頃。

黒崎は、まだ何も知らずに、駅前へ向かっていた。

選挙まで、あと四日。

そして、東京第八区の選挙戦は、誰も予想しなかった三つどもえへと変わり始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

政策で対立する相手であっても、すべてを否定する必要はありません。

今回の討論会は、黒崎にとって、自分が目指す政治の姿を伝える大きな機会となりました。

次回はいよいよ選挙戦の最終局面。三人の候補者が、最後の一票を巡って動き始めます。

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