第十三話 誰よりも早く
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
まだ空が暗いうちに目が覚めた。
最近はずっとそうだ。
目覚ましなんて持っていない。
けれど自然に目が開く。
強くなりたいと思うと眠っていられなかった。
「……よし」
静かに起き上がる。
母さんを起こさないように部屋を出る。
木剣を持つ。
いつもの場所へ向かう。
***
誰もいない広場。
朝露が残っている。
空気が冷たい。
木剣を構える。
振る。
一回。
二回。
三回。
何度も。
何度も。
何度も。
振り続ける。
***
最近気付いたことがある。
身体強化は便利だ。
強い。
速い。
だが。
強くなるのは身体強化ではない。
使う本人だ。
身体強化を使わなくても強くなっておかないといけない。
そう思った。
だから朝は剣を振る。
身体強化は使わない。
ただ振る。
ひたすら振る。
***
百回。
二百回。
三百回。
腕が重くなる。
肩が痛くなる。
汗が流れる。
それでも続ける。
すると。
「朝から頑張るな」
声がした。
振り返る。
ギルド長だった。
「おはようございます」
「おう」
なぜいるのだろう。
そう思ったが聞かなかった。
***
ギルド長は少し離れた場所に立つ。
腕を組む。
それから言った。
「何回振った」
「三百七十二回です」
「数えてんのか」
「はい」
当然だった。
数えないと分からない。
前より多く振れたのか。
前より成長したのか。
確認できない。
だから数える。
***
ギルド長は少し黙った。
そして。
「毎日か?」
「毎日です」
「冒険者登録する前から?」
「いえ」
「じゃあいつからだ」
少し考える。
いつから。
答えは簡単だった。
「リリアナ様に会ってからです」
ギルド長が吹き出した。
咳き込む。
「お前な……」
何かおかしいことを言っただろうか。
分からない。
***
「街一番になる理由だっけか」
「はい」
「本気か?」
「本気です」
即答だった。
今さら迷う理由はない。
三年前じゃない。
三日前でもない。
毎日考えている。
毎日決めている。
街一番になる。
その答えは変わらなかった。
***
ギルド長はしばらく俺を見る。
それから。
「なら一つ教えてやる」
そう言った。
少し驚く。
初めてだった。
向こうから何かを教えてくれるのは。
「お前は何で強くなってると思う」
「剣を振っているからです」
「半分正解」
半分。
ということは半分間違いらしい。
「残りは?」
聞く。
ギルド長は答えた。
「続けてるからだ」
それだけだった。
「一日頑張る奴はいる」
「はい」
「一週間頑張る奴もいる」
「はい」
「一か月頑張る奴もいる」
そこまで言って。
ギルド長は笑った。
「だが続かねぇ」
妙に重い言葉だった。
「強くなる奴はな」
空を見る。
「続ける奴だ」
沈黙。
少し考える。
続ける。
それだけ。
そんな簡単なことなのだろうか。
でも。
少し分かる気もした。
薬草採取。
身体強化。
ノート。
講習会。
全部。
続けているから少しずつ変わっている。
「分かったか?」
「たぶん」
「そうか」
ギルド長は立ち去ろうとする。
そこで俺は聞いた。
「あの」
「なんだ」
「ギルド長も続けたんですか?」
少しだけ気になった。
強い人だから。
きっと特別な理由がある。
そう思った。
だが。
ギルド長は笑った。
「当たり前だろ」
それだけだった。
「才能ある奴なんて山ほど見た」
振り返る。
「でもな」
「はい」
「最後に残るのは続けた奴だ」
***
ギルド長が去っていく。
俺は木剣を握り直す。
続ける。
それならできる。
街一番になる方法はまだ分からない。
でも。
今日も剣を振ることはできる。
明日も。
明後日も。
その次の日も。
「よし」
木剣を構える。
振る。
一回。
二回。
三回。
また始める。
***
その日の夜。
ノートを開く。
新しいページ。
そこへ書く。
『続ける』
それだけ。
たった四文字。
でも。
なぜか大事な気がした。
だから下にもう一行書く。
『街一番になるまで』
そして最後に。
『リリアナ様に会うまで』
ペンを置く。
少しだけ笑った。
明日も頑張ろう。
そう思えた。
お読み頂き、ありがとうございます。




