第十話 もう一度
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌朝。
目が覚めた瞬間。
最初に思い出したのは猪だった。
大きな体。
速い突進。
硬い皮膚。
そして。
勝てなかった事実。
悔しかった。
今までの依頼は何とかできていた。
工夫すれば何とかなった。
考えれば答えが出た。
でも。
昨日は違った。
力が足りなかった。
単純に。
圧倒的に。
足りなかった。
***
木剣を持つ。
庭へ出る。
振る。
一回。
二回。
三回。
何度も。
何度も。
何度も。
振る。
「何してるの?」
母さんが洗濯物を抱えて出てきた。
「剣」
「見れば分かるわよ」
そう言って呆れた顔をする。
「怪我したんだから休みなさい」
「治った」
「一日で治るわけないでしょう」
肩を見る。
まだ少し痛い。
でも剣は振れる。
なら問題ない。
「街一番になるので」
「はいはい」
母さんはもう慣れたらしい。
最近は反対もしなくなった。
***
ギルドへ向かう。
途中。
ずっと考えていた。
どうすれば猪に勝てるのか。
身体強化。
剣術。
足りない。
全部足りない。
でも。
一番足りなかったのは経験だと思った。
「知らなかったからな」
強い相手を。
自分より強い相手を。
だから驚いた。
だから押された。
なら。
もっと知ればいい。
***
ギルドへ入る。
受付嬢が気付いた。
「もう来たの?」
「はい」
「休まないの?」
「大丈夫です」
受付嬢は肩の包帯を見る。
ため息をつく。
「無茶だけはしないでよ」
「分かりました」
たぶん心配されている。
少し申し訳なかった。
***
依頼票の前へ行く。
森の巡回。
薬草採取。
害獣駆除。
いろいろある。
すると。
「坊主」
声がした。
ギルド長だった。
「はい」
「猪はどうだった」
聞かれる。
少し考える。
「強かったです」
「そうか」
「勝てませんでした」
「だろうな」
昨日と同じ返事だった。
「ならどうする?」
ギルド長が聞く。
「強くなります」
「どうやって」
今度は少し悩んだ。
強くなる。
それは決まっている。
でも。
方法は一つじゃない。
「もっと戦います」
「うん」
「もっと勉強します」
「うん」
「身体強化も研究します」
ギルド長は小さく笑った。
「研究ねぇ」
「駄目ですか?」
「いや」
腕を組む。
「面白いと思ってな」
そう言った。
***
依頼を受ける。
今度は薬草採取。
強くなる方法は戦うだけじゃない。
それも最近分かってきた。
***
森へ入る。
薬草を探す。
途中で足を止める。
木の枝を拾う。
振る。
身体強化。
発動。
停止。
発動。
停止。
発動。
停止。
「遅いな」
昨日より少し速い。
でもまだ足りない。
発動までの時間。
魔力の流れ。
全てが遅い。
猪には届かない。
***
しばらくして。
小さな影が動いた。
角兎だ。
こちらに気付く。
逃げる。
「待て」
追う。
脚へ身体強化。
一瞬。
加速。
距離が縮まる。
さらに。
今度は踏み込む瞬間だけ。
強化。
いつもより速い。
「おっ」
少しだけ。
本当に少しだけ。
速くなった気がした。
***
角兎を倒す。
ノートを開く。
書く。
『発動時間を短くすると速い』
『踏み込み前が一番良い』
『まだ遅い』
『改善』
書いて。
考える。
また書く。
最近はこれが当たり前になっていた。
***
夕方。
帰り道。
ふと空を見る。
綺麗だった。
夕焼けだった。
そして。
なぜか思い出した。
教会の日。
差し出された手。
『立てる?』
あの日。
初めて話した。
俺の名前も知らないだろうに、手を差し伸べてくれた。
だからだろうか。
負けても。
怪我しても。
不思議とやめようとは思わなかった。
***
「よし」
空を見上げる。
猪には負けた。
悔しい。
でも。
昨日の俺より今日の俺の方が強い。
なら。
明日も強くなれる。
たぶん。
街一番はそういう積み重ねだ。
だから。
もう一度やる。
何度でも。
そう決めて歩き出した。
お読み頂き、ありがとうございます。




