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そもそも最後辺り時系列がおかしくないだろうか。
魔女が封印された後にどうやって呪いを振り撒くんだ……。
「どうだ?」
「どうだって……。歴史書じゃないにしても、あまりにも滑稽な内容」
「何割くらいが合ってる?」
「一割」
「どこだ?」
「私が魔女ってところです」
「それは……まあ、そうだろうな」
本来の流れでは、先に獣人から虐げられることになったのは私だ。
そして人間の国からやって来たとされる聖なる乙女だが、魔法の適性がある人間、つまり魔術師のことだ。
神に聖なる力を授かったなんて事実はない。ただの魔術師だ。
人間でも魔法の適性がなければ魔術師になることはできないが、獣人はそのすべてに魔法の適性がない。
なので、獣人のほうが身体的に優れていても魔法を扱える人間と真正面から対等にぶつかって負けることが多々あった。だから獣人は人間から軽視される。魔法は知恵の宝庫で、それらに適性がない獣人は知恵なき獣だと揶揄されるからだ。
一部の獣人は魔法に対しても対等に渡り合える実力を有していた。しかしやはり一部なのだ。
「これって……人間の国で流通している絵本なのよね?」
「ああ。俺たちの先祖は魔女に関しての情報を大して残してくれなかったからな」
「……そう」
それなら、聖なる乙女が獣人の王に殺されたっていうのは事実の可能性が高いか?
いや……人間側の私情が入っていれば誰に殺されたのかって部分は信用できない情報だ。それなら聖なる乙女が魔女を封印した後に殺されたって部分のほうに注目するべきか。
私にたくさんの魔法を教えてくれたあの人が、名もなき存在に殺される……?
獣人の王は強かった。私は魔法を使ったとしても一つだって傷を与えられなかった。王なら乙女を殺せる。
でも何のために? 私を封印した後、どうして乙女を殺した?
そして、いまに続く魔女の呪いは私が掛けたものじゃない。それは確実。
これ以上はあまり考えたくないような気がする。早く腕輪をどうにかして、ここを去りたい。
「……どうやら、なぜかご機嫌斜めのようだが、俺も慈善活動で封印を解いたわけじゃない。獣人への恨み根深いだろう。しかし、おまえを封じたのは俺ではないし、いまを生きる獣人の誰でもない。そしておまえにも封じられるそれだけの理由があったのだろうから、ここらでお互いかつての因縁は」
「何も知らないくせに」
「伝承以外何も知らないさ。なにせ、本当に魔女が封印されていたなんてことも、実際目にするまで半信半疑の代物だった」
「……」
「今はそれを少し後悔している。魔女の墓所と恐れて近寄らなかった頃をな。少しでも早くおまえを解放していたら、呪いで死ぬ者を救えただろう」
「おかしいことを言いますね。私は呪いを解くとは一言も告げてない」
「こうして目の前にいてくれるなら、どうにでもできる。言葉を尽くして理解し合うことや、おまえの憎しみを和らげることも」
「殺すこともできる。魔女を殺せば、呪いは解けるかもとは思わないんですか?」
「解けなかったらどうする。一番の手がかりを失って、本当にあとは自分たちが死ぬだけだ。今までだって、何もしてこなかったわけじゃない。呪いで死ぬ者が現れ始めたときからずっと、手は探してきていた。万策尽きたなら、手段はもう一つしかないだろう?」
「それで忌み嫌われる魔女を目覚めさせようなんて、気でも触れたか」
ラスカはひと呼吸置いたのち、シシュを強く見つめた。
「気ならとうに触れてるさ。親や友を失って、魔女への憎悪に狂いそうだったよ」
日が落ちて、トールはリーリーを連れて自分の家へと帰った。リーリーは私と共にいたがったが、気が立っている私の様子にラスカが首を縦に振らなかった。
ラスカは簡単な食事を作り、テーブルに皿を置く。ラスカが「毒は入ってない」と告げ、よそったスープに口をつけた。私は彼の向かい側に座って、スプーンで薄い色のスープを掬う。ほとんど入っていないような具材と、薄味。
私の記憶に残る獣人たちの暮らしはもう少し豪勢だった。
私に与えられた服やクッションは、少しでも心証を良くしようと奮発したのだろうか。
「リーリーが初めて読んだ災厄の魔女に関する絵本は、かなり子供向けに描写が限られているやつでな。それがきっかけなのか、リーリーは獣人の誰もが恐れる魔女の伝説を、目を輝かせて読むんだ。魔法を使う少女のことを、憧れだと笑って。少女が魔女となって獣人と対立するところは、いつも泣いている。魔女様を虐めないで、と」
「親を呪いで亡くしても、どうして私に笑顔を向けるんですか」
「なんでだと思う?」
「……分からないから、おまえに聞いた」
ラスカが私の顔を覗きこむ。凪いだ赤い瞳は、私の内側を探るようで少し心地悪かった。魔女であっても、幼い子供の純粋な気持ちを捨ておくことはできなかった。真実を話してしまおうかという思いが芽吹く。
しかしそれは腕にある非情な冷たさで枯れていく。ラスカの座る椅子のすぐ近くには、彼の武器である剣が鞘に納まって立て掛けられている。命を握られている。それがただひたすらに怖い。
言葉を尽くして理解し合いたいとラスカは言った。……良い獣人なのだろうと思う。けれど良い獣人は、シシュを容易く裏切って、牙を剝く。五百年前そうであったように。
神話の時代、人間の器に封じられた獣の話。それを私は信じている。獣人の内側には、悪い獣が巣くっている。
リーリーもやがて、変わる。変わってしまうだろう。
「本人に直接聞いてくれ。俺としてはそのままリーリーと仲良くなって、呪いを解いてくれると有難い」
「うっさい馬鹿」
「はは。まあ、気長にとはいかないが、頼むよ。もう誰も死んでほしくない」
「たとえば私が呪いを解くと告げたところで、それが嘘だと思わないんですか。腕輪を外された瞬間に反撃されるとは? おまえには魔法斬りの剣があるけど、他の者たちにはそれがない。防ぐ手立てはない。おまえ一人ですべて防ぎきれるほど私の魔法は弱くないし、おまえが守れる範囲はその剣が届く内だけです」
「信じなきゃ何も始まらないと思ってるだけだ。魔女の墓所に行ったのも、信じたからだ」
「答えとしては弱い。それで獣人すべて危険に晒しますか」
「そうだ」
私はラスカの返答に驚いた。先ほどまで凪いでいた赤い瞳が、強い光を宿している。
「言っただろう。万策尽きた。大きな街が小さな村に、村からこんな所まで落ちぶれた。俺は俺の代でこの呪いを終わらせたい。もう誰も死んでほしくない。でもそれで決断すべきことを見失うほど、俺自身は落ちぶれていないつもりだ。優しいことだけじゃ生きていけないからな。いつ呪いが発症して死ぬともしれん明日で、真綿に包んで守るだけじゃどうにもならない。賛否あるが、もしものときは共に傷ついてもらうさ。他に候補がいなかったとはいえ集団のリーダーとなったからには、優しく厳しくいかないとな」
私の内に、ラスカの言葉が広がる。魔女を憎悪すると言った口で、ラスカはしかしそれ以上の憎しみを私にぶつけようとしなかった。それは呪いを解くために私の機嫌を損ねないようといった意図もあったろうが、憎い相手を前にその感情をひそませることはどれほどの人ができるだろう。
私でさえ、ラスカの耳と尻尾を見て、滾る激情を抑えられなかったのに。
私はすっかり冷えたスープを飲み干した。
具材一つ残らず綺麗に完食。それを見たラスカが、若干頬を緩ませる。
「ごちそうさま」
私の好きだった獣人の姿をラスカに重ねた。
それが少し……いやとても、気恥ずかしかったのは絶対に知られるわけにはいかなかった。




