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2-3

 本当に余計な言葉しか話さない男だ。

 私の情に訴えるとか言っていたが、それならそれで選ぶ言葉があるだろうに。これで私が絆されるとでも?

 リーリーは可愛いがラスカはまったく可愛くないし、いまのところ抱いている感情は「ムカつく」だ。

 私はクッションの上に腰を下ろして、ラスカを睨む。不躾にじろじろと見てくる視線が鬱陶しい。


「なんです」

「いや……。思っていた以上で驚いている」


 似合わないのは自分でもわかっている。

 リーリーは子供だから、服が可愛いのと着ている者の非凡さとを分けて口に出すことができないんだろう。真に受けることはしないから、べつに釘を刺そうとしなくたって十分わかっている。


「べつに、似合ってないのは私が一番よくわかってます」


 だから、私にこんな金を使わなくていい。

 残っている服は他の獣人たちで分けるか、商人に売却して集落の資金に変えたりとか……ここの正確な貧困具合は知らないが私の機嫌取りのためにこんな物を用意するより先にすることがあるだろう。

 私だって似合わない服を着続けるのもストレスだ。それに服が襤褸でも気にしない。私にはそれが相応しいと思うし、そのくらいで獣人たちに何か思ったりもしない。


「何を言う」


 私の言葉に、ラスカがやや眉をひそめる。

 どこか怒っているみたいだった。


「似合っているから見惚れていたんだ。リーリーだってあんなにはしゃいでいただろ」


 ちょうどカップを取って口に運ぶところだった。

 それがスッと手から抜けて床に落ちそうになる。ラスカが咄嗟にキャッチして「おっと」なんて零しているが、私は目を数度瞬かせて、おかしなものを見るような視線を彼に向けた。

 頭がおかしいの?


「頭がおかしいの?」


 思わずそのまま口から飛び出る。


「ずいぶんな言い方だな。どうしてそう思う。獣人の言葉は何もかも信じられないのか?」


 自嘲気味とも取れる言い方に、私は言葉が続かない。

 獣人の言葉は信じられない。それは確かにそう。でもまだ子供で純粋そうなリーリーの言葉に嘘があるとは思えない、思いたくない。

 でもこれに関しては信じられない。

 私は襤褸をまとうほうが似合っている。

 私は可愛くない。


「……まあ、そのへんも追々話していこうか」


 ラスカはトールに目配せすると、されたトールは少し頷く。

 そしてリーリーに向かって笑顔を見せた。


「さあ、リーリー。お勉強の時間ですよ」

「えー」

「ほら、レディ。お部屋に案内してください」

「はーい」


 トールがリーリーを連れて出て行くと、部屋はあっという間に静かになる。

 ラスカと二人きりになってしまった。居心地が非常に悪い。


「リーリーとは仲良くできそうか?」

「……それなりに」

「それはよかった。リーリーは今朝から魔女に会えるって喜んでいたからな」


 それが本当にわからない。

 五百年前はリーリーと同じくらい子供の獣人にも嫌悪の視線を向けられていた。


「リーリーは……、リーリーの両親は魔女の呪いで死んだんだ」


 私はラスカのほうへ首を回す。

 ふざけているようには見えない。趣味の悪い冗談のようにも聞こえない。

 先ほど不自然な流れでリーリーを退室させた。これを私に伝えるためだったのだ。

 獣人を殺す、災厄の魔女の呪い。私が彼ら獣人に掛けたとされるもの。


「だから俺が引き取って育てている。俺で手が回らないところは集落の全員でカバーしてくれているし、リーリー自身も利口だから手間がかかることはそうないがな。……本当は、年相応にわがままくらい言ってほしいんだが」

「……なぜ、あの子は私を憎まないんですか」

「リーリーがもっと小さかった頃に絵本を買い与えたことがある。内容は、人間の国で伝わっている聖なる乙女の昔話だ。つまり、災厄の魔女を封印した女性の話だな。表紙が可愛くて、珍しく欲しがったものだから詳しい内容を見ずに買ってしまった。後からすごく焦ったよ。両親を呪いで亡くした子供に、その元凶の話を与えてしまったからな。でもリーリーはそれを読んで、魔女を憎むことはなかった」


 ラスカは立ち上がって、部屋の小さな本棚から一冊の絵本を取り出す。


「仲良く暮らしていたのに、誰も魔女様の味方をしなかったのはかわいそう……だとさ。ま、しょせんは絵本だ。内容すべてが正しい歴史とは限らない。むしろほとんどが作者の妄想だろう。歴史書じゃないからな。だからリーリーにしてみれば両親が亡くなったのと、絵本の魔女を憎んだり恐れるのは別問題なんだ。それで色々と似た絵本を買い集めていたんだが……それなんかはリーリーがあまり気に入らなかったやつだな。魔女を極悪非道に描いている」


 受け取った絵本の表紙には着飾って黒いローブをまとった少女の姿が描かれている。

 私が災厄の魔女とされているのなら正しく情報が伝わっているわけじゃないのは確かだ。いまのところそれを教えるつもりはないけど。

 腕輪の解析と破壊が済むまでは、私は災厄の魔女であり続ける。


「……そうとも限らない。この絵が私を指しているなら、似てなくもないですし」

「当事者の言葉だと信憑性が高いな。内容もそうか?」


 破かないよう慎重にページを開く。

 ぺらぺらと捲って、想像していたような内容であったため特に怒りも湧かない。


▼ ▼ ▼


 創世の時代に、悪さばかり繰り返す獣がいた。それに困り果てた人々は、創世の神に祈りを捧げ、聞き届けた神は獣に罰を与えた。

 ヒトの器をつくり、そこに獣を封じこめたのだ。しかし封じは完璧でなく、耳と尻尾は封じから漏れ出た。人々は彼らを獣人と呼んだ。これは人間や獣人にも伝わっている神話である。

 獣人は悪さをした獣の果て。そうして獣人はやがて差別の対象となっていった。耳と尻尾を服で隠せても、特有の鋭い瞳孔は隠せない。人間に不用意に近づいても嫌われ恐れられるだけ。獣人は人間から離れて暮らし、貧しい生活を送っていた。

 やがて一族の前に一人の黒衣の少女が現れた。少女は不思議な力を操り、神秘を見せた。


 少女はその力で獣人たちから信頼を得ていくが、少女の力は聖なるものではなく、獣人たちを蝕む悪しき力だった。

 獣人の王がこのことに気づいた時、少女――魔なる女の力は獣人全体にまで及んでいた。

 魔女は獣人たちを悪しき力で苦しめるために近づいてきたのだった。


 魔女は獣人を支配して国を築いた。獣人は大陸の覇者となったが、その後ろでは魔女が手を引いていたのである。

 しかし、獣人の中でも魔女の力を恐れる者が出始めた。獣人を支配する魔女の力に陰りが見え始めたのだ。


 ある時、獣人の王の元に交流のある国から使者が到着した。静謐さをまとったような乙女だった。王はひと目で乙女と恋に落ち、乙女もまた王の愛を受け入れた。それは獣人の国にとって祝福する出来事で、魔女にとって許しがたい屈辱だった。


 魔女は怒り狂い、国を滅ぼそうとした。

 王は魔女の怒りを鎮めようと言葉を尽くしたが、国は更に荒れていく。王はついに魔女の討伐を決意した。

 しかし、魔女の力は凄まじく、誰も敵わない。そこで魔女は王に告げた。


「貴方が永劫、私のものになるのなら。私だけを愛し、睦み合うと言うのなら、許します」


 手立てがない。王は頷き、魔女の手をとった。

 魔女に連れられ、ある湖に着いた。そこは魔女が生まれ落ちた場所だと言う。魔女は本当に、人間ではなかったのだ。

 王は魔女のものとなるべくその身を預けようとした。その時、王の伴侶である乙女が現れ、神より授かったとされる聖なる力をもって魔女の邪悪な力を押し返した。乙女は神に選ばれし聖女であったのだ。


「魔女よ、貴女を封印します」


 魔女は湖の底へ封印された。国は安寧を取り戻したかに見えたが、魔女の恨みは執念深かった。

 魔女は封印される間際に王へ強力な魔法をかけた。

 それは王を狂わせ、正気を失った王は愛する乙女をその凶悪な爪で切り裂く。

 魔女の嘲笑を浴びた王が正気に戻った時、乙女はもうすでにその命を終えようとしていた。


 しかし乙女は王を恨むことはなく、永遠の愛を口にする。

 王もまた涙に濡れながら乙女に愛を伝え、乙女の後を追った。

 魔女がどれだけ王と乙女を傷つけても、その心と矜持までは傷つけることはできなかったのだ。


 これに激怒した魔女は、恨みを呪いに変えて獣人の国へ降り注いだ。

 国は困窮し、これを好機と見た他国に攻め入られる。そうして大陸の覇者となっていた獣人は再び歴史の影へと消えたのだった。


▼ ▼ ▼


 鳥肌が立った。

 私が獣人の王に懸想していた? だいぶひどい。

 育ての親にそんなこと思うわけないだろうに。

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