EX2 sideラスカ
「もう休ませて」
「ああ。案内しよう」
ラスカは空になった皿を下げて、シシュを連れて廊下を進む。奥の部屋はラスカの部屋で、昼間にリーリーが案内していたはずだが同室になるのは伝えていただろうか。
ベッドの布団は洗って干したし、ラスカが使用していたまま明け渡すわけじゃない。
「さすがに獣臭いとか言われると傷つくから思うだけに留めてくれ」
「おまえはどうするつもりです」
「雑魚寝でもするさ」
「……指一本でも触れたら殺します」
「ご安心を、お姫様。子供に手を出す趣味はない」
「おまえ本当に殺す」
廊下近くの壁に背を預けて座り、目を閉じた。数度シシュが体勢を変える衣擦れの音が聞こえたが、落ち着かないだけで次第に眠りにつくだろう。
「ねえ」
「……なんだ」
シシュから話しかけられると思わず、ラスカは反応が数秒遅れた。目を閉じたまま答える。
「あのクッションは盗みでもしました?」
「まさか。あれは災厄の魔女殿をお迎えするために買った。ろくな住まいじゃなかったら情に訴えるどころじゃないと思ったからな」
かなり直接的で、相手によっては激怒するような質問だなと思った。
ラスカは特に気にすることなく答える。
「気に入ってもらえたか? 服もそうだが、特に気合入れて用意したんだ」
「……もう寝る」
「ああ。おやすみ」
つくづく、伝え聞く魔女とはまったく違いすぎるなとラスカは思った。
力は本物だ。ラスカとトールを獣人だと判断してからの魔法による攻撃。その反応速度。
ラスカが魔法耐性のある剣を手に入れてなかったらシシュの魔法に対抗できなかっただろう。その場合、災厄の魔女の封印を解こうなんて方法は取れなかったからいまもシシュは湖の底に封じられているわけだが。
シシュがその辺を歩いていたって誰も災厄の魔女と思わないだろう。
見た目がすべてを表すわけじゃないにしても、シシュはその中身まで見た目通りに澄んでいるのではないかとラスカは思っている。
それならどうして災厄の魔女として封印されていたのかが引っ掛かるわけだが、それに関していまは確かな答えを出せない。
ただ、獣人に対する憎しみを持ちつつもリーリーにそれを直接ぶつけるようなことをしない。
たったそれだけで、ラスカはシシュの善性を信じられるのではないかと感じた。
獣人の住む土地に、災厄の魔女に関する書物は残っていない。
衰退していくなかで失われていったのか、あるいは元々そんなものを先祖は残そうとしなかったのか。
シシュに絵本を渡したときにその表情を観察していたのだが、その感情に怒りや憎悪の波は見られなかった。
こういうとき、事実を指摘されると怒り狂ったりするものだ。好き勝手に悪行を振る舞っていた者ほど、逆上して他者に怒りを吐き出す。
シシュにそういった様子は見られなかった。
これは中々にややこしい状況かもしれない。
もし、もしもだ。
シシュが災厄の魔女じゃなかったら? いまに伝わっている魔女の伝承の何もかもが誤りであったとしたら?
あんなにも可憐に見える少女が、ただ五百年もの時間を閉じこめられていただけの、魔法を使えるだけの人間の少女だったとしたら……。
「……駄目だな。夜に考えることじゃなかった」
そう小さく呟いて、ラスカは意識を眠りの底に沈ませた。




