3-1 金策に走る魔女
数日過ごして改めて獣人たちは貧困状態にあると感じた。
ラスカは寝台を私に譲って自分は床で寝るし、出される食事は最低限といったものだ。
獣人の代表的な存在としてリーダーを務めているらしいラスカの出す食事がそうということは、他の獣人たちがそれより高価なものを得ているとは考えにくい。
リーリーに案内された集落の保有する畑では食物を育てているようだがそれも少ない。
「新しい野菜の苗なんか植えてみたいんだがな。高くてちょっと手が出せない」
「私の服を買う余裕があるならそっちに回せばよかったじゃないですか。いつもあんな食事じゃ、大人はともかく子供が病気になります。魔女の呪いなんて待たずに死なせたいんですか?」
リーリーは元気に見えるが、それと健康であることはイコールにならない。
私の視線に気づいたのか、畑の隅で土いじりをしていたリーリーが側に寄ってくる。
「あそこの辺り、あたしがお世話したとこ! 実ったらシシュ様にあげるね」
「ありがとう。でも服の裾に泥が跳ねてますよ」
「あ……」
「トールに言って洗ってもらいなさい」
「はーい」
私はリーリーとすっかり仲良くなった。
だって可愛い。そして、腹の内を探らなくて済む。
言葉の真意を疑って神経を擦り減らす必要がないから、リーリーは癒しの存在となっていた。
「すっかり仲良くなったなあ。それを狙ってはいたが……」
「うるさい」
「それで、シシュ。呪いのこととは別に、ちょっと助けてほしいことがあるんだが……」
畑から顔を上げてラスカを見上げる。
ラスカは集落の者たちからとにかく頼りにされるようで、私の傍にいない時は獣人たちの要望を聞いて、解決するために駆け回っているようだ。その間はリーリーが私と一緒にいて、私はリーリーに絵本を読んだり、お昼寝をしたりしている。
リーリーが選ぶ絵本はいつもハッピーエンドで終わる。
災厄の魔女をベースにしているのだろうが、かなり子供向けに表現や展開が柔らかく仕上げられていて、ラストには魔女と獣人と乙女が仲直りをして終わる。リーリーはこういうものが好きらしい。
たまに魔女は伝承通り封印されて終わるものもあるが、それでも物語の前半部分では優しい少女として描かれている。
「数日後、集落に行商人が来ることになっている」
「そう」
「それでリーリーがかなり楽しみにしている。昨日こっそり教えてくれたんだが、シシュとお揃いのリボンが欲しいみたいなんだ」
「……おまえ最悪なことを私にしています。それを私にバラして、私に演技でもさせるつもりです?」
「だが俺にはあの子の楽しみを叶えてやることが非常に難しい」
「聞けよ」
サプライズだろ。どう考えてもリーリーは私に内緒でラスカに資金援助を頼んだはずだ。
それを本人に伝えてどうするのか。
リーリーからリボンを渡された時、私はきっとラスカの顔が浮かぶ。あいつの言っていた物だと。純粋に楽しんだり喜んだりできたはずなのに、ラスカのせいで余計なノイズが生まれてしまう。
「金がない」
「でしょうね」
なんら不思議に思わない。疑問にも思わない。
獣人たちは貧乏だ。リーダーであるラスカを筆頭に。
「このままだとリーリーにお小遣いをあげられない。何故か聞いてくれ」
「……どうしてですか?」
「シシュのために服やクッションを買ったからだ。魔女の封印を解くことに文句は言わせなかったが、シシュの機嫌取りのために用意した諸々は俺の金から出している。そこまで集落全体に負担を強いるわけにいかなかったからな」
機嫌取りってハッキリ言った、こいつ。
腕輪で魔法を封じられていなかったらいますぐにでもぶち殺してやるのに。
「貯金を奮発したわけだが、それが尽きたんだ。もちろん生きていくために必要最低限の買い物ができるくらいには残している。ただ、それだけだ。娯楽に割ける部分がまったくないんだよ。いつもなら魔物を狩って得た肉や皮、素材を売って資金に変えるんだが……」
それは五百年前もやっていた。
私が口笛に魔力を乗せて魔物を誘き出し、潜んでいた獣人たちがひたすらに狩る。
魔物の肉はそのまま食料になるし、皮や骨などは素材として高く売れる魔物もいて資金はあっという間に潤沢になった。
魔物を探しに森へ深追いするよりも森の中からこっちの居場所へ誘き出すほうが不意打ちを防げて安全に対処できる。魔物によっては内臓も傷一つついていなければ高級品として高く売れる。
「それで稼げる分を考えても、リーリーのためにリボンを買ってやるのは難しい。これはとても、非常に言いにくいことなんだが……」
悲壮な表情を浮かべているが何を言いたいのかはわかっている。
それだけにこの茶番のようなものはとても馬鹿げている。
「一人増えてるんですからね。私の食費に消えると言いたいんですね」
「べつにシシュの食事量で揺らぐような資金繰りをしていないつもりだが、魔女に怯える仲間たちの不安を和らげるためにちょっと奮発しておこうと考えると、やや心細い感じになるな」
「私が大食らいじゃないことはハッキリ言え!」
「まあそういうことだ。伝説の魔女殿にも金策を考えてもらおうと思ってな。何か案あるか?」
そう言われても……。
腕輪で魔法を使えないから口笛で狩る魔物を誘き出すことはできないし、この集落でまともに戦えるのはパッと見た感じだとラスカを含めて数人だけだ。金になるほど魔物が大挙して押し寄せても逆に命の危険を招くだけになりそう。
ラスカならそんなことなさそうだが、他に気を取られて……ってこともあり得る。五百年前はそれで勇猛な戦士が死んだりなんてことも普通に起きていた。
この腕輪をどうにかできない限りは、獣人たちが私の命綱でもある。そう簡単に死なれたら困る。
そうだ。この集落だが、入り口の所に小規模の魔物除けを発生させる術式が刻まれた水晶が設置されている。
珍しい物じゃない。五百年前も普通にあって、不可視の膜が村や街を覆って魔物の侵入を防ぐ。
魔物除けの結界だ。小規模な物は安価だが、結界の規模によって高価になる。設置してしまえば大気中の魔力を勝手に消費して結界を発動させるから魔術師が常に張り付いている必要がない。
簡単で便利な物だから五百年経っても存在しているのは納得だ。
魔物は追い払っても一時的なものでしかないから、寝ている間に戻ってきて襲われるなんてこともある。都市間を旅する者たちはテント用の小さな結界水晶を必ず持ち歩いていた。これは獣人と人間に関わらず常識である。
結界水晶以外にも魔物除けのアイテムはあったはずだが、五百年前はあまり主流じゃなかったような……。確か効果があまり持続しなくて使い捨ての頻度が多かったのだ。費用も嵩むので、野宿用だけでなく移動用にも結界水晶は重宝されていた。
魔物が整備された街道を避けるなんてことはないので、いつ出くわすかわからない。そのため、魔物除けのアイテムなんて物は常に需要の高いアイテムだった。
いまの時代では技術も進んで昔より様々なアイテムが売られているんだろうか。
「急に言われても……。金が必要なら私の服を売ればいいんじゃないですか」
「却下だ」
じゃあ勝手に悩んでいろと言いたいところで、音になる寸前までいったのだがリーリーの落ち込んだ寂しそうな表情を想像してしまって、私は少し真剣に考えこんでしまった。
私の服を勝手に用意したのはラスカだが、そのために消費された金を思うと無視するにはちょっと……。私のまとっていた襤褸は処分されてしまったので、いま着ている服を返せ脱げと言われて困るのは確かに私であるし……。
それにリーリーがへたったクッションというか薄っぺらい布と化している物に座って、私が柔らかなクッションに座っているのは視覚的にかなり気まずい。リーリーに譲ろうとしても、あの子は頑として首を縦に振らない。
金を用意できれば、あのほとんど床と同化しているクッションの残骸を新しい物に変えることが可能、か……。
「森へ行きますよ」




