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3-2

「……森?」

「そう、森」


 説明する時間が惜しい。集落の出口へ向かう。


「……まてまて。森へ行って何か狩るのか? この辺に一攫千金となるような魔物は生息していないぞ」

「狙いは魔物じゃない。薬草ですよ」

「草?」

「薬草! その中でも含有魔力量が豊富なホーリーミント。葉が数枚あればかなりの金額になるはずです。いまの時代もそうかわからないけど……ホーリーミントは魔物の近くでしか育たないから自生しているのを探すしかない。希少性はいまも昔も変わっていないはずなので」

「それは俺も聞いたことがあるな……。だが、そんな物が都合よく近くで見つかるのか?」

「ホーリーミントは一度自生すると繫殖力が強い。人間の手が入っていない場所なら時代問わず生え続けていると思います」


 五百年前、ホーリーミントはかなり貴重だった。

 葉に多くの魔力を蓄えるホーリーミントは加工すると高品質の回復薬になる。通常の回復薬は薬草の一種であるミントを加工して作られているが、骨折や裂傷などの重い怪我に対して即効性はなく飲み続けて治癒力を高めて治すしかない。

 対してホーリーミントで作る回復薬はどんなに重症だろうと即座に治す。さすがに失った手足を生やすことはできないが、それ以外であれば多大な効果を発揮する。


「五百年前、私は見つけたことがあります。人間に見つかって取り尽くされていなければきっとまだあそこに……」

「人間に関してはいらない心配だな。冒険者ですら立ち寄らない集落だ」

「……そこは胸を張るところじゃないでしょう」

「何はともあれ、金になりそうなら行かない手はないな。シシュ、場所は正確に覚えているのか?」

「正確ってほどじゃないけど、ある程度の方角までは。この辺は私の遊び場だったので」


 封印されていた湖の位置から、私がかつて見つけたホーリーミントの群生地までの距離は大体予想できる。

 多少の誤差はあってもそう遠くないだろう。

 集落を出て、私の感覚を頼りに森を歩き進んでいると、ラスカが揶揄い混じりに口を開く。


「ずいぶんとお転婆なお嬢さんだったんだな。部屋の奥に引きこもるよりも自然と戯れるほうが好きか?」

「言っておきますが、五百年前は獣人の居住地はもっと広かったし狩りに出る猛者も多かった! この辺りまではもっと綺麗に整備されていたんです! それに私は魔術師、部屋の隅で本を読んで一日をボケーっと過ごすようなことはしない。魔法の成長に必要なら喜んで外へ出ます」

「悪い悪い。それなら畑いじりは好きか? いつも見ているだけだろう、実はリーリーが一緒にやりたがっている」


 それは私も気づいている。

 私が笑顔で送り出すものだからリーリーは曖昧にへらりと笑って土に向かうのだが、本当は私と一緒にやりたいんだろうなぁと。

 でも無理だ。きっとラスカだってわかっているだろうに。


「他の獣人が何を言うかわからない。いまはおまえの顔を立てているけれど」


 私は常に受け身でいるようにしている。

 集落の中を歩き回るのはあくまでもリーリーが、子供がそう強請っているからだと。

 おとなしくしているのもラスカが魔女を降したから。あるいは、ラスカが金を積んで用意した魔封じの腕輪がよく効いているから。


「そうでもしないと、あいつらは私を殺しに来るでしょう」


 私に刺さる獣人の視線は二択。

 恐怖か、憎悪か。

 そんな私が彼らの生命線である畑に立ち入って何かしようものなら、その反発はラスカだけで抑えられるものだろうか。魔女を殺して呪いを解けなんてことになりかねない。

 わかりやすい逆鱗に触れる必要はない。


「……シシュが呪いを解いてくれたら解決する問題だと思わないか?」


 そうくるか。

 私は言い返そうとして、しかし口を閉ざした。

 私がリーリーに優しくするのは、そうしないと私の良心がちくりとするからであって、私が災厄の魔女を装い続けることは変わらない。獣人の呪いなんて知らない。魔封じの腕輪をどうにかしたら逃げ出してみせるんだから。

 今回のホーリーミント探しだって、私にもお金が必要だからだ。彼らの事情を利用しているに過ぎない。

 獣人から逃げ出せたところで私にも資金がなければ人間たちの所で暮らしていけないわけだし。


「シシュ専用の畑でも作るか」

「……は?」


 思わず石につまずきそうになって、ラスカが腕を支える。


「おっと。大丈夫か」

「あ、ありが……」


 いや災厄の魔女はこういう時に礼を言わないだろ!

 私は口をぎゅっと閉じてしかめっ面を作る。


「触らないで」


 ラスカは特に気にしていないのか、面白そうに私を見てくる。


「さっきの顔のほうが素っぽいな。リーリーが懐くわけだ」

「なにくだらないこと言ってるんです」

「あの子は幼いが感情には敏感だ。疎まれているならそうと気づく」

「騙してるの! 私は優秀な魔術師だから!」

「それで畑のことなんだが」

「聞けよ!」


 腕輪から解放されたら一番に燃やしてやる。こいつの剣は厄介だが、腕輪で魔法を封じていると思っているところに不意打ちなら、最初の一発くらいは当たりそうな気がする。

 

「使ってないというか使えない場所が一角ある。そこなら誰も文句言わないだろ、どうだ?」

「……使えない?」

「何を植えても育たない。枯れるばかりなんだ。そんなに広くない範囲だから色々手をやろうにも金のほうがもったいなく感じて、ずっと放置してる。どうにかできるならそのまま使っていいぞ」

「私をいいように使おうとしてますね」

「世を震撼させた災厄の魔女殿には難しい注文だったか?」


 首肯しても否定しても腹の立つ問答。

 答えない私に、ラスカはニヤリと口角を上げる。


「決まりだな。そこならリーリーと好きに遊んでいいぞ」

「遊ぶんじゃない、愚かなおまえたちのために畑を見てやるだけ!」

「ああすごく助かるよ」


 何もかもがラスカの思い通りになっているようで気に入らない。

 それにしても、畑か……。色々な魔法薬を作るのに素材が必要だから私にだって栽培知識はあるけれど、枯れるばかりっていうのは土壌に問題があるのか?

 でも集落にある他の畑は問題ないみたいだから、一部分だけっていうのはちょっとおかしい。

 現場を見ないことには何もわからないか。いまはホーリーミントの群生地探しに集中しよう。


「もっと奥まで歩く感じか? この辺りには魔物の巣が多い。迂闊に歩き回ると危険だぞ」


 集落からだいぶ離れた。さすがの私も足に疲労が溜まってきている。ラスカは平気そうだが。

 しかしホーリーミントの群生地はどういうわけか魔物の巣の近くで発見されることが多い。含有魔力量が多く含んで育つことに関係しているのだろうが、そのせいで希少性は増している。

 だからこそひと儲けにピッタリなのだ。


「おまえは剣があるでしょう。リーリーのために立ち向かう気くらい見せなさい」

「俺はともかくお嬢さん、腕輪のことをお忘れか?」

「頭カチ割られたいの」

「冗談だ。でも一人でそう先を歩くな。シシュ、おまえには五百年前は庭遊びの一種だったかもしれんが、五百年も経てば魔物の傾向も変わる」

「何のためにおまえがいるんです」

「そうだな。じゃあ守ってやるから隣にいろよ」

「言い方ァ!!」


 本当に、リーリーのことがなければ相打ち覚悟で魔法を放っていたところだった。

 腕輪の解析は地道に進めているが魔力操作の感覚がまったくなので、腕輪に組み込まれている術式を私の魔力で焼き切ることができないのだ。目隠しをした状態で料理をするようなものである。加減がわからない。そもそも手元に食材が置いてあるかもわからない。手探り状態だが、手の置きどころを間違えれば指を切ってしまう。

 無理に魔力を流し込んで腕輪自体を破壊したり、術式を焼き切ったり……強行突破できなくもないがおそらく腕輪が魔力の圧に耐えられなくなって爆発する。私の手ごと。

 デメリットが大きすぎる。というかデメリットしか感じられない。


「シシュ」

「なに黙ってさっきから鬱陶し」

「止まれ。俺の後ろへ」


 ふざけている様子はない。瞳は冷静な色を湛えており、私は思わず言われた通りラスカの後ろに回る。

 ラスカは腰に佩いた剣へ手を伸ばすと、前方を強く見据えた。

 獣道を突き進んでいた私たちは、森のかなり奥のほうまで来ていた。生い茂った雑草や藪で視界が悪い中、ガサガサと騒がしい。

 何かが近づいて来ている。


『――プゥ』


 草の合間から顔を出したのは、白い毛の小さな動物のように見えた。鼻をひくひくと動かし、愛らしい声を上げる。

 サイズは小柄だ。両手にちょこりと乗れるくらい、小さい。

 見た目だけなら可愛い。これが見た目通りにおとなしい、愛らしい生物であるならば。


『プ』『プウ』『プププ』『プウプウ』『ププゥ』


 一匹、二匹、三匹……次々と顔を出してくるそれは、額に鋭い角を生やしている。

 数匹、その角に赤い汚れが見える。


『プ!』


 群れのリーダーだろうか、一匹の掛け声により、それらは一斉に襲いかかってきた。

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