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3-3

 小柄な体躯でありながら集団で獲物を襲い、自分より大きな存在であっても執拗に狙い続ける。

 鋭い角を武器に襲ってくる狩人、名を鋭貫兎(ホーンラビット)

 同じく小サイズの魔物である屍鼠(ゾンラット)との違いは、狩りの仕方にあるだろうか。

 屍鼠は生きたまま獲物を捕食し始めるのに対し、鋭貫兎は獲物の息の根を止めてから捕食を始める。素早さを活かして獲物の急所を貫き、確実に殺して反撃の余地をなくしてから捕食に入る。


「次から次へと大漁だな……。こいつら、皮も角も大して高く売れないわりに放っておくわけにもいかないから俺はあまり好きじゃないんだが」


 ラスカは顔面目掛けて突進してきた鋭貫兎を切り捨てながらぼやく。

 鋭貫兎はそのサイズ感から初心者向けの魔物のように見られるが、とにかく素早いのでこれに対応できないとすぐこいつらの餌と成り果てる。ただ馬鹿の一つ覚えみたいに急所ばかり狙うのでそれさえ把握していたら対処は簡単だ。

 ただ、屍鼠と同じく集団での狩りが基本なので一匹見かけたと思ったら倍以上が近くに潜んでいる。

 魔物相手ならそれがどんなに弱っちく見えても油断するなということだ。


「ちょっと、角はあまり折らないで殺してください」

「なんて無茶な」

「角は砕いて粉にしてから畑に撒きます。肥料代わりになるから。そうやって折りまくってたら拾うのが大変じゃないですか」

「肥料? 本当か?」

「昔はそうやってました」

「ははっ。仕方ないことだが、シシュおまえの見た目で昔とか言われるとちょっとおかしいな」


 二言目には余計なことを言わないと気が済まないのか、この男は!

 軽口を叩きながらであっても、ラスカは次々に襲い来る鋭貫兎を切り伏せる。白い毛を赤く染めながら辺り一面に骸が散乱していくのだが、そうであっても鋭貫兎の勢いは止まらない。

 近くにこいつらの巣があるのかもしれない。

 なら、ホーリーミントの群生地も近くにある? 歩いてきた感覚からしてそろそろだとは思っていた。しかし周辺にはただの雑草くらいしか見当たらない。さすがに五百年も経てば少しは風景も変わる。どの辺りだったか……。

 魔法が使えない私は戦力にならないので鋭貫兎の相手はラスカに任せて、少しでも記憶にある場所との類似点を探していると横のほうからガサガサと茂みが揺れる。


「え――」


 角だ、と思った瞬間には目の前に白いふわふわが迫っていて。

 それは確実に私の首まで一直線であり、咄嗟に防御のための魔法を発動させようとするけれど。

 魔力操作を正確に行えない。それ故の暴発が頭を過ぎって、一瞬でも躊躇する。

 その時間さえあれば、鋭貫兎が私の命を奪うなんて容易くできてしまう。

 ずいぶんと情けなく呆気ない。

 五百年も封印されたかと思えば、こんな魔物に命を奪われて終わるなんて。


「――シシュ!」


 視界が鮮血で染まる。

 しかしそれは私のものではない。

 私の首を庇うように出された剣は角を弾いて、そのまま鋭貫兎の身体を斜めに切り裂く。

 そして同時に、別の鋭貫兎がラスカの脇腹に突き刺さった。


「っぐぅ……!」


 ラスカは自分に刺さった鋭貫兎の首をわし掴んで引き抜くと、それを地面に叩きつけて片足で踏みつけた。

 グチュリと嫌な音を立てて鋭貫兎の頭が破裂する。


「……ふぅ。悪かった、目の前にばかり集中しすぎた」

「おまえ、なんで……」


 ようやく獲物が流した血の匂いに、残った鋭貫兎が涎を垂らしながらにじり寄ってくる。

 ラスカは腹から血を流しているくせに、私を鋭貫兎から隠すように立って、剣を構える。


「ちょっと! そんな傷じゃ」

「貫通していない。少し抉れたくらいだ」


 獣人は人間に比べて頑丈だ。力だって比べものにならない。それは、先ほど鋭貫兎を足で踏み潰したことからよくわかる。

 でも傷の痛みに関しては人間も獣人も変わらない。

 痛いものは痛い。苦しいものは苦しい。


 魔物相手に油断した私に責がある。

 知っている魔物だ、ラスカなら難なく相手できるだろう。そう思ってしまった。

 特に、ラスカなら何とかできると思ってしまった私自身を許せない。どうして獣人を頼ろうとしたんだろう。

 それも、当たり前のように。

 昔はそうだったけれど、いまは違う。切り替えろ、頭を。腕輪で魔法をろくに使えないならもっと頭を働かせろ。

 私にだってできることはある。

 だって私は、災厄の魔女。彼ら獣人にとって、恐ろしい、忌むべき存在なんだから。


「私を抱えて猛ダッシュしてください」

「……、わかった」


 ラスカは剣で地面を抉り、一時的な目くらましとして土煙を起こす。獣人の腕力でそれをやれば視界を防ぐくらいは簡単で、その間にラスカは剣を仕舞い私を抱き上げて、指示した方面へ向かって飛び出す。

 鋭貫兎も素早いが、あれは短距離での突進力によるものだ。長距離の移動となればそれほど早くはない。ラスカは次第に引き離していく。しかし流す血が多く、ラスカのスピードは徐々に落ちていった。鋭貫兎が追跡を諦めてくれていればいいが、そうでないなら迎え撃つ必要がある。

 そのためには、ホーリーミントの群生地が必要だった。


「あった! あそこ!」

「はいはい……」


 がむしゃらに逃げていたわけじゃない。私の記憶にある場所といまの風景とを照らし合わせ、湖からの距離も考えながら探し当てた場所だ。

 誰にも取り荒らされていない、よく成長したホーリーミントがたくさん生えている。

 ラスカに下ろしてもらって、私はホーリーミントの中心地へ行く。


「それでどうするんだ? たぶん追ってきてるぞ、あいつら」

「まとめて焼き殺す」

「……一応聞くんだが、その腕輪はただの飾りか?」

「安心しなさい。こいつのせいでおまえの腹に穴が空きました」


 その辺に転がっている枝を拾って、ホーリーミントの群生地を囲むように地面に円を描く。

 円の周りには、あることを行うための術式を書いていく。私に着けられている腕輪やラスカの剣のように、魔術師が刻むことで特別な効果を付与する術式だ。

 大気中の魔力はこの術式に反応して効果を持続させてくれる。


 さて、そんな術式だが、基本的には何か物に刻んで使用する。そして指示は複雑化しない。複数の細かい指示が術式の中で反発し合って結果うまく発動しないなんてこともあるからだ。

 それを踏まえて私に嵌められている魔封じの腕輪だが、これは私から魔力を奪っているのではなく魔力操作を感知できなくするという類のものだ。魔法を使うには繊細な魔力操作が求められる。


 コップに水を半分まで注いで十分ってところに、目隠し状態なのでどの程度なのか視認できずコップから水を溢れさせてしまうのがいまの私だ。

 そして水なら零しただけで済むが、魔力の場合は魔法の暴発を招いてしまい私の身が危ない。

 そしてこの魔法の暴発だが、どうして私に降りかかるのかというと発動者が私であるからではなく、実は魔力に関係している。

 私の魔力で発動している魔法だ。暴発した時、魔力の流れを辿って私へと降りかかる。


「それなら、私の魔力じゃなく別の魔力を使えばいいじゃないってことです」

「……なんとなく言いたいことはわかったが、そんなこと可能なのか? 魔術師は自分の魔力で魔法を発動するものだろう」

「だから術式が必要になるんですよ。これで私の外付けの魔力としてホーリーミントを指定する。私は私の魔力じゃなくホーリーミントがたっぷり蓄えている魔力を使うんだから、加減を間違えて暴発してもホーリーミントがそれを代わりに負ってくれる。私はただ魔法を発動すればいいだけ」


 あとはいくつかのホーリーミントが犠牲になっているうちに、私は魔法の加減を探っていけばいい。

 チャンスが一回だけなら試す気も起きないが、今回はたくさんのホーリーミントが私の代わりとなってくれる。


「……よし、書いた」


 念のため、ホーリーミントから少し離れて立つ。

 ラスカは剣に手を置いて、小さく息を吐いた。


「音が聞こえる。そろそろ来るぞ」


 その声と同時に、鋭貫兎の群れが再び姿を現した。

 私は魔法の発動を感じながら不敵に微笑む。これで少しは災厄の魔女っぽく、偉そうに悪そうに振る舞えているだろうか。


「全部燃やし尽くしてあげますね」

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