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EX1 sideラスカ

 かつて、この世界には災厄の魔女がいた。

 魔女は獣の王に一目惚れし、その邪悪な力で王と国を惑わそうとした。

 王は聖なる乙女の加護を得て、魔女を退け、その邪悪な存在を封じこめた。

 しかし魔女は王に狂乱の呪いをかけ、狂った王は乙女を喰い殺してしまう。

 そして魔女の呪いは王の一族にまで及び、獣の国は滅ぶこととなった。


「こんなお伽話、本当に信じるんですか」

「五百年前の話だが、魔女の墓所があるのは本当だ。俺としては、何故今までそこを精査する者がいなかったのか気になる。呪いを解くには本人に聞くのが一番だろう」

「封印を解いたら災いが蘇るって言われてるのに、わざわざ解くわけないでしょう!?」

「そうか。まあ今から解くわけだが」

「ラスカ様ぁ」


 獣の耳に尻尾、人の体に獣を封じこめたとされる獣人。人間よりも強い肉体を持っている獣人は、かつては大きな街を築いて繁栄していた。しかし魔女の呪いにより不審死する者が増えた結果、いまでは小さな集落に暮らす者のみとなっている。

 かつて大陸の覇者とも謳われた獣人は、人間に虐げられる存在となっていた。

 獣人の街は滅ぼされたが、魔女を封じたとされる墓所は人間に踏み荒らされることなく残っている。魔女の存在は人間にとっても恐怖を抱くものなのだろう。


「何もしなければやがて一人も残らなくなる。案外、話の通じる相手かもしれんぞ」


 滅びかけている獣人族の首領である青年ラスカは従者のトールにそう告げると、トールは表情を青褪めてしまった。

 まず目の前の男に話が通じない、そう失礼なことでも思っているのだろう。


 ラスカとトールは若い獣人だ。獣の耳と尻尾は人間の嫌悪の的であり、人間の医者は獣人の集落に滅多に立ち寄ろうとしない。そもそも魔女の呪いを医者がなんとかできるのかわからないが、藁にもすがる思いだった。呪いに詳しいだろう魔術師は決して獣人に近寄ろうとはしない。

 結局、診てくれる医者はわずかで、皆匙を投げるだけだった。

 わからない。それが診断結果だ。


「俺は俺の代でこの呪いを終わらせたい。俺やおまえが発症しないなんて確証もないんだぞ」

「そうですけど……」


 でもわざわざ元凶の魔女を解き放とうとは思うまい。そう言いたげな従者の視線を無視して、ラスカは魔女の墓所を目指す。

 魔女の墓所は獣人の集落から遠くも近くもなく、ほどほどの距離にある。鬱蒼としげる森の中心、淡く光る湖。それが、災厄の魔女が封印されているといわれる墓所だ。

 湖が光っているのは、聖なる乙女の封印が作用しているから、らしい。

 ラスカは護身用の装備一式をトールに押しつけ、ジャバジャバと音をたてて湖に入る。後ろからトールが何か叫んでいるが気にも留めない。


 湖の中心に近づくにつれ深さが増してくる。息を吸いこみ潜ると、底に大きな棺があった。魔女が封印されてから五百年、誰も訪れなかったことはないだろうが、どこか傷ついた様子もなく、今まさに沈められたばかりのような様子だった。

 棺に触れても何も起こらない。封印の要のようなものを探すも、特に気になるものも見当たらない。

 一度上がるかと水面を目指そうとした時、視界の隅に何かが見えた、ような気がした。

 ――杭?

 棺からやや離れた位置に等間隔で杭が四つ打たれている。それは棺を囲うように見えた。


 赤く錆びついてるように見える杭は触れれば崩れてしまいそうで、ラスカは直感でこれだと思った。

 杭に手をかけ引き抜こうとする。杭は意外としっかり突き刺さっているようで、水中とはいえ獣人の力をもってしても抜けない。

 ――これは中々、骨が折れるな。


 ラスカは一度水面に上がり、もう一度深く潜ると、また杭を抜こうと手をかけた。すると杭の表面で少し手を擦ってしまったようでひりつく痛みを僅かに感じた。皮膚が少し裂けている。

 変化は直後起こった。


 杭は砂のように崩れ落ち、湖は僅かに震動する。ラスカが棺に目をやれば、硬く閉ざされていたそれは開き、中にはぐったりとした少女が納められていた。

 誰にも侵されていない、真白い雪のような髪とまろやかな肌。可憐といった言葉を閉じこめたような少女の容姿に、ラスカは一瞬息をのんだ。まとった衣服は裾が赤黒く汚れているが、少女の美しさには微塵も影響しなかった。

 ラスカは少女を抱き寄せて浮上し、水際で騒いでいるトールに少女を渡す。ラスカは湖から上がり、自身の服を脱いで絞った。

 不思議なことに、少女は少しも濡れていなかった。


 トールは恐る恐る少女を地面に寝かせた。

 ラスカは手早く服を着直すと、少女の寝顔を少し眺めた。伝説で聞く魔女にしては、ずいぶんと無垢な印象を受ける。


「ラスカ様、この娘は……」

「うん。魔女だろうな。棺の中にいたし」

「ああああ」

「うるさいぞ」

「怒り狂って殺されたらどうするんですかっ」

「むしろ感謝されるべきだ。封印を解いてやった」

「どうしてそう……」


 少女が身じろいだ。

 騒いでいたトールはぴたりと口を閉じ、ラスカに預かっていた剣を渡す。ラスカも素直に受け取って、すぐ対応できるよう神経を研ぎ澄ました。トールにはああ言ったが、この耳と尻尾を見た魔女が自分達を獣人と判断し、怒り狂う可能性は大いにあった。


 少女の瞼がふるりと震え、瞳が露わになった。現れたのは翡翠を閉じこめたような煌めく瞳。その瞳が微睡から目覚めるように宙を眺める。

 それに見惚れてしまったのは、その少女があまりにも美しかったからだ。伝説の聖なる乙女とはこちらのほうではないのかと思うほどに。

 その美しい瞳がやがて周囲に向けられると、ようやくラスカは当初の目的を思い出して少女の意識をこちらに向けるべく動き出す。二人の視線が交わる。


 反射だった。悍ましいほどの殺意を受けて、ラスカは咄嗟に防御姿勢を取った。横から凄まじい衝撃が身体に加わって、恐ろしい速度で木に激突しそうになる。それを剣で勢いを殺しながら着地すると、渇いた笑みが零れた。着地した気はピシピシと亀裂が広がっていき、大きな音を立てながら真っ二つに折れる。


「ま、やっぱりこうなるか」


 飛ばされてきた方向から、トールの切羽詰まった悲鳴が聞こえてくる。

 勝手に同行してきたのはトールだがここで見捨てるわけにもいかない。ラスカは両足にググっと力を入れると、獣人の圧倒的な膂力でもって一本の矢のように飛び出した。

 元の場所に戻ってきて最初に見えた光景は、蛇の形をした炎に巻かれ焼かれそうになっている従者の姿。

 それを一閃で退けると、散っていく炎の粒子の向こう側で少女が目を見開いている姿が見えた。


 ああ、やはり。

 ――美しい。

 獣人に対して疑いようのない殺意を向けている。ラスカよりも小さな身体のくせに。

 災厄の魔女であるという少女に対して抱く感情にしてはまったくもって不釣り合いなものを感じながら、ラスカは頬を緩ませた。

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