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1-4

 自分の魔力をまったく感じられない。

 本当に最悪だ。唯一だった防衛手段を完全に奪われた。いまの私はトールにだって殺せる。

 どうしよう。怖い。先ほどまでは少しも感じなかった恐怖が私を襲う。


「よしよし。腕輪の効果は十分なようだな」


 ラスカは私を抱えたままトールの所まで戻る。


「ラスカ様……だ、大丈夫なんですか」

「ああ。無理をした甲斐があったな」

「騙されてなくてよかったですよ……」


 魔法が使えず、獣人が二人。

 これから何があっても私は一切の抵抗ができない。暴力を受けても、殺されそうになっても、すべては彼ら獣人の気の向くまま。

 命を握られている。

 私は恐怖に手が震えて、全身から血の気が引いていくのを感じた。


「魔女殿?」


 怖い。獣人は怖い。

 手のひらを返したように、彼らはあっという間に私を虐げる。苦しみの記憶が五百年という眠りの中で薄れていたようだけど、いま再び私の中に戻ってきている。

 どうして封印から解かれたんだろう。

 封じておくだけでは気が済まなくなったんだろうか。

 やはり殴ったり罵声を浴びせたり、ちょうどいい人形が必要になったんだろうか。

 痛いのも苦しいのも、全部慣れたものだと自分に言い聞かせて、これからまた受け入れ続けなきゃいけないんだろうか。

 ――そういえば。

 封印される間際、これでもう何も思わずに済むと思って、少しほっとしたんだっけか……。


「魔女殿!」

「……っ」


 ラスカの顔がグイっと近づく。

 その紅い瞳が怖くて、私は思いっきり肩を震わせた。ラスカはそれを見て眉を下げる。


「そう怯えなくても。俺は魔女殿に危害を加えるつもりはない」

「お、怯えてない!」


 私はいま魔力を感知できない。これは私自身の魔力に限らず、大気中に含まれている微量な魔力も含まれる。

 ということは、この腕輪は私から魔力を奪い吸い取っているわけでも、私の魔力を押さえつけているわけでもない。

 腕輪の効力はおそらく魔力を感知し魔法行使のために操作する感覚を遮断もしくは妨害することだ。私から魔力が消え去ったわけではない。ただそれを感知できないから、魔法の行使ができないのだ。

 魔力はある。それなら、無理矢理にでも魔法を発動できないか?

 いやでも魔法は繊細な魔力操作を必要とするから、感知できない魔力を勢いに任せてどばどば垂れ流したら最悪な場合だと魔法が暴発して私が粉微塵に吹き飛ぶ。そんなリスクは冒せない。


 腕輪にはラスカの持つ剣と同じように文字が刻まれている。何らかの魔術式だろう。五百年前にはなかったものだ。もしくは、存在していたが私の知識が乏しかったため認識するところではなかったか。

 可能性としてはそちらのほうが高そうな気がする。私は魔法を独学で覚えたし、人間との交流はほとんどなかった。師はいたが……あまり思い出したくない。


「最初に言った通り、災厄の魔女殿には俺たち獣人にかけた死の呪いを解いてほしいんだ。求めるのはそれだけで、解呪後は好きに生きてくれて構わない。もちろん俺たち獣人に対して五百年間の復讐をすると言うのなら俺が相手になろう。そのときはフェアになるようその腕輪は外して、一対一だ」


 こいつと一対一なんて私がその剣で刺されて死ぬ未来しか見えないんだが。

 それに獣人にかけられている呪いなんていうのもまったく心当たりがない。いまは腕輪のせいで魔力感知できないが、それまでにラスカとトールの二人から呪いに関わる魔力の気配なんて感じなかった。

 更に、私が災厄の魔女と言われているのもまったくわからない。


 わからないことが多すぎる。

 ラスカの要求に応じるフリをして、腕輪の破壊を試みる時間を稼ぐのが現時点でのベストな選択肢だろうか。

 それともすべてを正直に伝えるべきか……。

 でも魔法を封じられているいま、私に彼らの要求を叶える能力がないと知られてしまえば……彼らは私の身を五体満足に保つ必要がなくなる。それは私の命の危険を意味する。


 正直に言うと、獣人が呪われているなんてどうでもいい。

 そのまま死に絶えてしまえと思う。ラスカの言う通り、過去の因縁はいまを生きる獣人たちにとって関わりのない出来事であるのだとしても、私が獣人という種族の者たちから受けた暴力は私にとって消えない事実。

 封じ続けておいて、自分たちの都合が悪くなったら助けてもらうために解放しました言うことを聞け、なんていうのは私からすると知ったことかバーカ! なのである。


 現時点で私がするべきことは魔法を封じる腕輪の破壊。

 封じられているのは魔力感知なので、腕輪に刻まれている魔術式を解析することは可能だ。仕組みがわかればどうにか破壊……できなくても、術式を乱して穴を作ることはできるはず。

 どうせ魔法は使えないと私を見下している連中に一撃を与えて逃げる隙を作るくらいなら……。

 そしてそのための時間稼ぎとして、業腹だがラスカたちに従おう。

 ただし、素直に応じる必要はない。


「嫌だと言ったら?」


 私は強気の態度を崩さないように努めて、ラスカを見下ろして言った。

 気取られてはいけない。少しも。

 ラスカの瞳がスッと細まる。こちらを見透かそうとする目に、私は視線を逸らさず真正面から打ち返す。


「じゃあ仕方ないなと解放することはできない」

「殴って従わせようとしたって無駄です。獣人にはお得意の方法だと思うけど、私には通用しません。慣れてますから」


 表情を歪ませるな。少しだって怯むな。

 私は彼らの望む私の姿、災厄の魔女を装う。


「暴力で従わせるのは俺も好きじゃない。それにできれば自主的に協力してほしいからな」


 トールはおろおろと視線を彷徨わせながら私とラスカを見ている。

 この問答の行方を不安がっているようだ。

 私を殺すのは容易だが、目的は彼らに掛けられているという呪いの解除。そのための手段である私を殺すわけにはいかないのだ。

 やはり、私は私の命を無敵の盾にできる。現時点では、と付くが。


「ま、順調に何もかもがうまく運ぶとは思ってないさ。これも想定内だ、そうだろトール」

「まさか本当にやるんですか……」

「こんな所で野宿を続けるつもりか? 事態が好転するどころか悪化するだろ。悪い待遇が続けばどんな相手にだって協力したいとは絶対思わない」

「でもぉ……」

「何を怯える必要がある。魔封じの腕輪はちゃんと機能しているし、俺の剣だって通用すると判明した。おまえだってその目で見ただろうに……。おまえに傷一つないのだって俺の剣の腕がよかったからだぞ」

「でも、それでも油断ならない悪逆非道だからこそ災厄の魔女なんて伝説になっているんですよ!?」

「過剰に伝わっているだけだろ」

「どうしてそう楽観的なんです!」

「おまえは悲観的すぎるんだ」


 察していたところだが、私に対して恐怖心なんて微塵も抱いていなさそうなラスカに対してトールは真逆だ。それにトールの様子からして今回のラスカの行動は彼単独の判断のように思われる。

 それを強行できるだけの立場にあるということか。


「それじゃ、行こうか」


 ラスカは私を片腕に抱き上げたまま歩き始める。

 トールが文句の代わりにため息を吐いて、肩を下ろして後ろに続いた。

 ラスカの声はわずかに楽しさを孕んでいる。


「出迎える準備はもう既に整えてあるんだ。気に入ってもらえるといいんだが……」

「な、なに。どういうこと」


 私は腕輪を爪でカリカリといじりながら、脈絡のない言葉に疑問を飛ばした。

 敵地のど真ん中に連行されるくらいの心持ちであったのに、ラスカはそれを少しも感じさせない。だからこそ、私は混乱してしまっていた。


「ん? ああ、魔女殿が呪いを解呪してやってもいいという気分になるまで、その情に訴え続けてみようと思ってな。とりあえず、俺の家に招待しよう」


 ラスカの尻尾がパタパタと揺れている。

 だから、なんでそう楽しそうなのか!

 しかし私はラスカに対して、なるべく悪どい表情に見えるよう努め、彼のやる気を鼻で笑うのだった。


「おまえが生きているうちに、私の情とやらが傾けばいいですね」


 絶対に知られてはいけない。彼らをおびやかす呪いなんて、私は少しも知らないってことを。

 私はこの日から、災厄の魔女となる。

 ラスカたち獣人を欺いて、私一人の自由を得るために。

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