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まあ、そうは言っても単純な攻撃範囲だけなら魔法を使える私のほうに分があるだろう。距離を取りつつ魔法で牽制、私への追撃を諦めたらラスカとトールのほうへ魔物どもはなだれ込むだろうし、逃げる隙は十分にあると見た。
餌と認識されて涎を垂らされる状況は居心地悪いが、少しの我慢だ。
……それにしても、魔物の数多すぎない? この辺り、そんなに多く生息していたっけ……。
なんてことを思いながら、炎蛇を数体作り、私を狙って駆けてくる魔物へ放った。
頭部だけでなく腹部にも大きな口を持つ大喰熊だ。両手に鋭い爪が生えており、大した実力もないのに挑むとその爪で身体を真っ二つに裂かれる。更に、実力者であっても驕っていると爪に気を取られた隙に腹部にある口に噛みつかれてお陀仏だ。
それが二匹、私に向かって猛スピードで接近してくる。五百年経っても魔物の姿は早々変わらないようで安心した。
炎蛇に巻きつかれた大喰熊は一気に燃え上がり、情けない叫びを上げてその大きな図体を必死に動かす。炎蛇を振りほどきたいようだが、生物ならまだしもこれは魔法で実体は炎だ。振りほどけるはずもなく、数秒後にはプスプスと焦げながら絶命した。
知性ある魔物は少ない。しかし獣型の魔物は本能で襲うべき相手を見極めるようで、大喰熊を一度に二匹も制圧した私に対して次鋒となるのを躊躇っているようだ。距離を保ったまま唸り声を上げている。
これなら私も警戒しつつ逃亡ルートへ進めるだろう。私を餌とすることを諦めた魔物たちが次々にラスカたちのほうへと向かっている。先ほど私の魔法を難なくやり過ごしたラスカの実力からすれば死ぬことはなさそうだ。しかし私を追うまでの余裕はないはず。
さて。私はいつでも防御できるように魔法を編みながら、とっととこの場を去ることにするか。
「――あ。危ないぞ魔女殿」
「……っ」
目の前を魔物が吹っ飛んでいった。
それもビュンッ! と凄まじい勢いで。
その魔物は木へ激突してベチャリと潰れている。辺りに血が飛んでいるし、もう少し私が横にずれていたらその血を浴びていた。
激突死した魔物は小柄な屍鼠だ。頭が悪く個々に大した力はないが集団で獲物を襲って、生きたまま肉を食い漁る。数がとにかく多いので厄介な魔物だ。
それが次々にラスカのほうから飛んでくる。私に当たるギリギリを狙って。
「わざとだろ! わざとやってるだろ!」
「いやいや何のことやら」
「言ってる傍から私に飛ばすな!」
「たまたまそちらに向かって飛ぶ頻度が高いだけだ」
ラスカに――というよりトールへ向かって殺到してくる屍鼠を、ラスカは次々に蹴り飛ばしている。主に私のほうへ。
この中で肉にありつけるとしたらそれはトールの肉だ。そう判断した屍鼠は群れを成してトールへ一直線なのだが、ありえないことにラスカはこれにすべて対応している。一匹くらいトールに齧りつけそうなものなのに。
だって当の本人は頭を抱えてしゃがみ込んで「ひゃー!」なんて叫んでいる。屍鼠がターゲットにするのは十分わかる。
屍鼠は私に当たることはないのだが、私が少しでも移動しようものならきっとぶつかっていたのだろうなといった絶妙なタイミングで頭上や左右に飛んでくる。
こんなのがぶつかったら屍鼠もろとも私も死ぬ。死なずとも無事では済まない。
パッと目が合ったラスカは不敵に微笑んだ。
こいつやっぱりわかってやってる!
口笛の魔法で誘き寄せた魔物たちはラスカに蹂躙されている屍鼠を見て、トールという良いご馳走を目の前にしてもリスクのほうが大きすぎると尻ごみしているようだった。一匹、また一匹と、諦めて尾を向けて少しずつ減っていく。この場の魔物たちに連携して獲物を狙うという考えはない。
屍鼠も数を減らし、最後の一匹はラスカの持つ剣でスッパリと裂かれて息絶えた。
再びこの場には私と獣人二人だけとなる。
「お次は?」
ラスカは余裕そうに――実際余裕なのだろうが――そう言いながら薄く笑みを作って、私に視線を向ける。
私はといえば吹き飛んでくる屍鼠のせいで一歩も動けず、何のために魔物を誘き寄せたのか。逃亡の選択肢を潰され、その潰され方も情けなく、相当に苛立っていた。
こいつ本当にどうしてくれよう。
「なあ。何が不満だ? ちょっと話を聞いてほしいってだけだ。俺はべつに奴隷のように従えと言っているわけじゃない」
「そういう奴は花でも土産に持ってくるものですよ。そんな剣を持ってきている時点で、私にとってお前は危険でしかない」
魔法に対抗できる剣を佩きながら何を言っているのか。
私は何もしていないのに五百年間も湖の底に封印されていた。それをしたのは獣人だ。
獣人は平気で噓をつく。騙す。
信用できない。
「俺だって自衛は必要だ。現に、先に手を出したのはそちらだろう?」
「おまえが獣人じゃなかったら、私だって魔法でいきなり攻撃はしなかったでしょうね」
つまり獣人が全部悪いってこと!
私の中でハッキリしている記憶は、私を封印したのは獣人で、それは信じていた人たちで、愛していた人たちで……それをいとも簡単に裏切られてしまったという事実。いまの私にとってそれが重要なこと。
「平行線だな。どうしたものか……」
早く獣人から離れてひと息つける場所まで行って、身体を休めながら記憶の整理をしたい。
ラスカの様子から、恐らくやろうと思えば私のことなんてすぐにでも拘束できてしまえるのだろう。それをしないのは、結果私との間にある亀裂が決定的なものになるから。いまでも相当なものだが。
対して私の手札にはラスカに一撃加えるものがない。最初に与えることができた空気弾のようなものは突発的だったし、ラスカ自身にも油断があったのだと思う。そのときに追撃できていたらもう少しいまの状況は変わっていただろうか。
現状だけで見るならラスカに従うのがベストな選択肢。私はラスカを殺せないけれど、ラスカには私を殺せるから。
でもいま従ったところで、その後も私の安全が保障されるとは限らない。こいつらの目的が果たされたときに私を排除しようと動くかもしれないのだ。
どうやら彼らにとって私は災厄の魔女らしいので。
いやまったくもって何のことなのか知らないんだけど。
さてどうしたものかと、私も同じようなことを思いながら唇を噛む。
魔法は通用しない。魔物をけしかけてみても駄目。
お荷物状態のトールを利用しようにも、ラスカの常人離れした力で阻まれる。
私はこのとき、失念していた。
私の周囲には大量の屍鼠から噴き出した血があちこちに小さな血だまりを形成していることを。
そして私は足元の確認を疎かにしており、少しずらした足がその血だまりへと沈み、ズルリと滑る。
もう最悪だ。走馬灯のようなものが脳裏を走る。
汚らしい魔物の血にダイブしそうになって、私は内心半泣き状態で目をギュッと閉じた。息も止めた。口も閉じた。万が一、口に入るようなことがあったら世界中の屍鼠を一匹残らず焼いて回ろうと思う。
これから落ちてくるギロチンを待ち受けるような気持ちで最悪の瞬間を待っていると、私の身体は横から何かにガッと掴まれると、途端に浮遊感を味わった。
「……炎か雷か、どっちがいいか選んでもらえます?」
「その中なら感謝の言葉がいいなあ」
すぐ近くにラスカの顔がある。
獣人特有の鋭い眼孔。それが至近距離で私を見つめている。
私はラスカの片腕に抱えられていた。下から私を見上げるラスカの紅い瞳は三日月に緩んでいるが、少しも笑っていない。
首に牙を突き立てられている気分だ。
強がる言葉しか出てこない。
「ひとまず話を続けられるように……俺からのプレゼントを受け取ってくれ」
身体にずしりと重い感覚。見れば、私の手首には腕輪を着けられていた。恐らくいまのどさくさに紛れてラスカがやったんだろう。
妙に身体が重い。この腕輪、嫌な予感がする……。
「魔封じの腕輪だ。気に入ってもらえたか?」
最悪だよこいつ!




