1-2
五百年眠っている間に何があったの?
ラスカの言いようでは、私がその災厄の魔女とやらで、獣人たちに呪いをかけていると。
まったくわからない。それとも寝起きで頭がボーっとしているだけで、私は本当に災厄の魔女と呼ばれるほどの何かをしていたのかも……。
でもまったく記憶にないなんてことあるのか。
考えても答えは浮かばない。
それに正直いまはそんなことを考えている余裕はなかった。五百年という、思っていた以上に長い歳月に私は胸が苦しく、けれどそれを顔に出さないよう必死なのだ。
とりあえずいまはこの場をなんとかやり過ごして、どこか人間のいる街へと行きたい。
金はないが魔法はあるので、五百年経ったとしても魔物の素材は金になるだろう。それを資金として人間の営みの中に紛れ、五百年間のことを少しずつ知っていけばいい。
それに前向きに考えれば、私のことを知っている者はもう誰一人としていないのだから好きに生きることができる。こいつら獣人二人に私の顔は知られてしまっているが、いまから戦闘不能になるまでボコボコにしたらいくらか記憶は飛ぶだろうし。
精神操作系の魔法は得意じゃないから、物理で訴えることにしよう。
「どうやら、こちらの訴えは聞いていただけない感じか?」
「最初からそうですけど、ね!」
命を奪うのはひとまずやめておこう。トールはともかく、ラスカのほうは手強い。
それに災厄の魔女とか呪いとか、後から聞きたいことができたときに死んでいては困る。いまは撤退を目的に、戦闘行為を続行しようと思う。
決して、ラスカの言葉に納得したからではない。断じて。
私は周囲に炎蛇を三体作り出すと、それらを一斉にラスカへと襲いかからせる。
ラスカは先ほどと同じように炎蛇を切り裂こうとするが、私の狙いはただの時間稼ぎだ。
私は魔力を大量に消費して天の怒りである雷を作り出す。バチバチと音を立てて唸る雷を弓矢に変えて、舞う炎蛇に翻弄されながら一匹ずつ確かに仕留めていっているラスカに狙いを定める。
私の筋力は大したものではないが、魔法で作り出したこの弓矢に筋力なんて必要ない。
添えた魔力が作用して、この弓矢は光の速度で獲物に届く。
「まあたぶん、死ぬことはないでしょう」
放った一矢は、最後の炎蛇を切り裂いたラスカへ吸い込まれるように届く。
「おっと危ない」
剣身に太陽の光が反射して、私はそれで一瞬目が焼かれてしまった。
思わず伏せた目をパッと開くと、ラスカは五体満足で立っている。
「……ハ?」
「今のはちょっと危なかったな」
肉の焼けた、嫌な臭いが鼻につく。
ちょっと危ないどころの話ではない。
ラスカは、私の放った雷の一矢を素手で掴んでいた。まったく意味がわからない。
恐らくだが、剣で切り落とすには距離が近すぎると判断して、身体に届く一瞬のうちに柄の部分を掴んで止めたのだろう。
あれはすべてが魔法の雷で作られているのだから柄に触れただけでもかなりのダメージを負う。それなのにこいつは、痛がる素振りを見せることなく、ちょっと危なかったで済ませている。
「ら、ラスカ様……それ痛くないんですか……」
「うーん」
ラスカは掴んだそれを地面に放って、剣を振り下ろす。バキリと折れた雷の一矢は、炎蛇と同じように粒子となって消えていった。
「火傷した程度だな」
「十分痛いじゃないですかっ! は、早く手当てを」
「まあ待て。手当てができるかどうかは魔女殿による」
空気の塊をぶつけて木々もろとも吹き飛ばしたっていうのにピンピンしていたところで早く気づくべきだった。
こいつ、獣人の中でも特に戦闘に特化しているタイプだ。
獣人はあらゆる面で人間より優れている。真正面からぶつかって勝てるわけがない種族。
その中でも更に、戦闘に適した身体で生まれてくる者がわずかにいた。ラスカはきっとそれだ。
本来なら魔法で制圧できるはずの獣人なのに、私のほうはまったく有利にならない。むしろこれから追い詰められるのは私だ。
なぜかラスカの剣は魔法を切り裂く。それはラスカ自身の能力なのか、それとも剣に何かの仕掛けがあるのか。
わからないうちは戦闘行為に及ぶべきじゃない。私にはあらゆる情報が足りなさすぎる。
「……悪いが、どこかへ行かせてやることはできないんだ」
足を一歩引いただけで意図に気づかれた。本当にどうしてくれよう、こいつ。
トールをひたすら狙ってその間に逃げようにもきっとすぐ追いつかれる。この場から安全に撤退するにはやはりラスカを戦闘不能もしくは追跡不能状態にすることが絶対条件。
しかしいまのやり取りで、ラスカには攻撃魔法がほとんど通用しないとわかった。
雷の一矢は私の中でかなり高度な魔法だ。それを剣で防がれたならまだしも素手。
素手。人前じゃなかったら悔しいしありえないしで地団駄踏んでいる。
「しつこい男は嫌われるって、どの時代でもそうだと思うんですけど?」
「それは確かに。ただ俺にも譲れない事情があるんでな。どうか俺の手を取ってほしい」
剣先を向けて言うことか?
ラスカは私の魔法を警戒してか自ら突っこんでくることはしない。私としては向こうから何かアクションを取ってくれたほうがまだ不意を突けそうな気がするのだが、それを悟らせるわけにもいかない。
あちらはなぜか私を血も涙もない極悪非道だと思っているような気配がする。
災厄の魔女って呼び名と呪いとやらが関係していそうだけど、いまの私には心当たりがまったくない。
しかし知られてしまうのはまずい。現状、認めたくないがラスカは私を殺せる。
そのくらいの実力差はある。というか魔術師の魔法が通用しなかった時点で、第二の攻撃手段を持たない魔術師は死あるのみ。
で、あるならば――やっぱりかく乱からの逃亡か?
攻撃魔法はどうしてかあの剣で切られて終わり。剣身に何か文字が刻まれているのが見えたので、魔法に対する妨害術式でも組み込まれているんだろう。そんなことが可能な時代になったのか……。
いまのところそれを破壊する手段を私は持たない。
そして雷の一矢の速度を超える魔法も私は知らない。あの速度を対応されてしまっては、他の魔法を使ったところで大して成果もなく終わるだろう。魔力の無駄だ。
攻撃魔法が駄目なら残るは一つ。
正直とてもやりたくない。でも背に腹は代えられない。
「さあ、返答をくれないか」
ひとまずラスカへの苛立ちを胸に、私は息を吸いこんだ。
女は度胸。やっちまえ!
「……、口笛?」
ラスカは眉をひそめて私を見る。
私は口笛を吹きながら、魔力を添えて音色に意味を持たせていく。
この音色は魔法によって広く響き、とある集団を呼び寄せる。
本来は、集団で待ち受け、狩りを行う為に使われる魔法だった。
「ラスカ様っ! あれ!」
トールが指差したほうへラスカは首を巡らす。
木々の間から顔を出したのは一匹の魔物。
しかしその隣にもう一匹、さらに一匹……どんどん増えていく魔物の数に、ラスカの余裕そうな表情が少し強張る。
「これはさすがに……それほど嫌か? 災厄の魔女殿」
「とっても嫌」
「嫌われたものだな」
ただし私だって油断はできない。
この魔法は近隣の魔物をただ呼び寄せるだけ。
私に従うなんてことはない。
魔物の一匹が私に視線を向けて、その大きな口から汚らしい涎を垂らす。
「……」
選択肢、間違ったかもしれない。




