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7-4

 手のひらサイズの炎蛇が、ラスカに噛みつこうと飛び出す。

 ラスカは咄嗟に剣を抜いて、それを断ち斬った。


「何が気に食わなかった」

「私をお姫様と呼ぶな」

「そこで怒ったのか?」


 リーリーが口の中のランチをもきゅもきゅと飲み込んで、その小さな口を開く。


「ラスカ様は簡単に言っちゃう感じがよくないんだって」

「おまえにそれを教えたのは誰だ?」

「エンフィお姉ちゃん」

「……。まあ、その話は深堀しないでおこう」


 休憩を終えて午後の作業を始め、終わる頃にはリーリーの体力がすっかりと枯れて、ラスカは起こさないようにリーリーを抱き上げた。

 私は隣を歩きながら、すっかり慣れてしまっている自分に少し苦笑する。


「いきなりどうした」

「いえ……。変わるものだなと、思いまして」


 獣人へ向けていた激情はすっかりなくなって、いまでは庇護欲が溢れている。

 隣を歩く男に対しても、どうやって出し抜こうか逃げ出してやろうかと思っていたのに。こうして呑気に隣を歩いて、今後の予定について話し合うくらいにまで気を許すようになるなんて……。


「それを言うなら俺もそうだな。いざとなったらおまえを殺すことも選択肢にはあった」

「お互いに物騒なことを考えていたわけですね」

「最終手段でしかなかったけどな。なにせそれで呪いが本当に解けるかなんてわからないし……」

「……でも。そうならなくてよかったです。私があなたたちを見捨てて逃げたり、それであなたに殺されたり……そうなっていたら、お父さんの本当の想いを知ることはできなかった。私はあなたたちから感謝の言葉をたくさん頂きましたが、逆ですよ。私こそ、ありがとうございます」


 もしもあのとき、ラスカが私の封印を解いていなかったら。

 もしもあのとき、私がラスカに魔封じの腕輪を着けられていなかったら。

 そんな積み重ねがいくつもあって、私はいまこうして笑顔のままラスカの隣に立っている。


「……。ちょっと、なんで無言なんですか」

「いや……。照れ臭いものだな」

「そんな反応されると私だって恥ずかしくなってくるんですけど」


 ちらりと見上げたラスカの頬は、夕焼けで照らされている以上に深く染まっていて、私はなんだかそわそわと落ち着かなくなって少し早歩きになる。

 集落の広場では、数人の獣人たちが何やら集まっていて、私たちの姿を見つけるとすぐ駆け寄ってきた。


「ど、どうしたんです?」


 若年の獣人が眉と尻尾を下げて、実は……と切り出す。


「武装した人間が数人、周辺をうろついているようで……」


 服装的に賊の類だろうが、いったいどうしていきなりこの集落に目をつけたのか。


「うーん。まあ、たぶんだが、最近収入が増えて色々買い揃えられるようになってきていたからな。襲撃して金目の物を奪う価値ありと判断でもしたんだろう」

「いずれかの行商人が情報を売ったんでしょうか」

「人の口に戸は立てられないからなあ……。悪意があったと判断は難しい。とりあえず、丁重にお帰りいただこうか」

「エンフィが偵察に出向いています」

「わかった。リーリーを頼めるか」

「はい」


 私とラスカは集落を出て、エンフィと合流する。

 エンフィの見立てでは賊は大した実力ではないそうで、衰退していっている獣人の集落と侮って自分たちで蹂躙してやろうと調子に乗っている連中のようだった。

 集落から離れた場所で、夜になるのを待って襲撃を企んでいるようである。


「夜が更けてから襲撃なんて、獣人相手になんて無謀な……」

「人間との深い交流はとんとないですし、獣人の呪いについて誤った認識が流れていそうですね。私たちが病弱だとでも思っているんでしょう。私一人でも制圧可能ですが……」

「いや、おまえはやり過ぎるから……」

「骨の数本を折るだけですよ」

「まったく大丈夫じゃないんだよ」


 人間からはすっかり衰退した種族として軽んじられている獣人だが、ここで賊であっても人間をめっためたに打ちのめしたとあっては少々よろしくない。この賊たちが獣人を危険極まりない存在だと言い触らした場合、また五百年前のように、人間全体あるいは支配者階級の人間たちから獣人へ対する危険思想が強まれば、同じ道を辿ることになるかもしれないし……。

 だから獣人であるラスカやエンフィが対処するよりも、ここは私が出るべきだろう。


「魔法で焼き殺すのも駄目だぞ」

「しないよ! 私を何だと思っているんです!」

「けっこう感情任せに暴走するところあるだろ」

「魔法でちょっと脅かしてやるだけです!」

「心配だな……。俺もついて行くからな」


 仕方ない。私の鮮やかな魔法で賊を追い返すところを、しっかり目に焼きつけてもらうとしよう。

 今後ふざけた物言いを私にできないように!


▼ ▼ ▼


 武装した荒くれ者たちが次々に悲鳴を上げては走り逃げる姿を、私とラスカは木の上から見守っていた。

 ラスカに太い枝まで運んでもらって、そこに腰掛け魔法をちょいと放てば、突然の魔法攻撃に賊は混乱に支配された。


 威嚇程度に炎蛇を数匹放って、彼らの武器を燃やして溶かしたり、避けきれる程度に噛みつく素振りをさせてみたり。

 もう少し戦闘経験のある者たちであれば冷静に判断し対処できただろう程度のちょっかいの掛け方だったが、この者たちはそうではないらしい。

 炎蛇を魔物だと思いこんでいるようで、近くに使役する魔術師がいるとは思いもしていない。見ていて哀れに思えてくるが、自分たちでは敵わない魔物が周辺にいると思わせれば、二度と獣人の集落を襲撃しようなんて思わないだろう。


「結界水晶の用意もないみたいですね」


 それでよく魔物と鉢合わせずに集落の近くまで来られたものだ。


「運だけはよかったみたいだな」


 逃げ去っていった者たちの悲鳴が遠くなって、ようやく私たちは木から下りて、周辺に散らばっている彼らの武器を拾い集めた。

 炎蛇に向かって乱暴に振り回して、手からすっぽ抜けている者もいた。思わず笑いそうになって、咄嗟に口を押さえる羽目になった。


「まだ使えそうな物がありますね」

「ありがたく頂戴しよう。迷惑料だな」


 エンフィを差し向けなくて本当によかったと、私とラスカの意見は一致した。

 彼女の手でとてつもないトラウマを植え付けられることになっていただろう。今後は反省して、真っ当に生きてほしいものだ。


「それよりも、どうです?」


 私が魔法で彼らを焼き殺すとか何とか、ずいぶんな物言いだったラスカを見上げる。


「傷一つ負わせずに! 追い払ってみせましたよ!」

「あいつらが勝手によろけて転んだのは?」

「それは私のせいじゃないですよね!?」


 それに、夜の襲撃を想定していたくせにいざ暗くなったら自分たちだって夜目に慣れていないのはどうかと思う。

 それで勝手に転んだり仲間同士でぶつかったりするのは、どう考えても彼らの準備不足だ。


「まあいいです。次はもっと派手な魔法で華麗に追い返してやりますから」

「べつにシシュがやらなくたっていいんだぞ。俺たちだって自分でどうにかできる力はあるんだ」

「あなたたちは人間とはなるべく揉めないほうがいいでしょう。それに、私が出たほうが都合いいですからね」

「都合?」

「はい。獣人を守る魔術師がいると、少しずつ広まっていけばいいと思っています」


 獣人を呪う魔女の認識がすっかりこびりついている。私はそれを少しずつでも、変えていきたい。

 私の名誉のためではない。獣人たちを守る要素を増やしていきたいだけだ。

 魔法に長けた魔術師が、衰退している獣人を守っている。


「興味を持った人間が集落を訪れるようになるでしょう。私は私を餌に、獣人の味方となる人間を増やしていきたいです。そして、獣人は恐ろしい相手ではないのだと知ってほしい。五百年前のようにはさせません。もしものときがあったとしても、私が全力であなたたちを守ります」

「……そんなことまで考えていたのか」

「ええ。だって私は、災厄の魔女。あなたたちを災厄から守る、とってもすごい魔術師なんですから!」


 ラスカが立ち止まる。

 そして私の手を引いて、腕の中に閉じこめた。


「な、なななっ」

「シシュ」

「なんです!?」

「口づけてもいいか」


 私は自分がとってもすごい魔術師であることをすっかり忘れて、全力の平手打ちをラスカの頬にかましたのであった。

 良い音が響き、集落で待つ獣人たちの耳にも届いたらしいことは余談である。

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