EX7 sideラスカ
頬に真っ赤な花を咲かせたラスカに、トールが恐る恐る口を開く。
「それ……」
「言うな。俺でも失言だったなと思ってる」
得意気に笑う姿を見て、胸にグワーッと込み上げるものがあったのだ。
その感情のままに発してしまったのは確かに配慮がなかったと反省している。
視界の先でリーリーと川の水で戯れているシシュを微笑ましく眺めながら、ラスカはトールにそう返した。
「またどうしていきなり……」
「魔女の情に訴えて呪いを解いてもらおうなんて、最初はそう考えていたわけだが……。絆されたのは俺のほうだったな」
「良い方ですから、僕は特に反対しませんけど」
「ま、気長にいくさ。俺たちもシシュも、この先の時間はたっぷりとある」
呪いは消え去り、シシュもこの集落で共に暮らしていくことになった。
少女本来の笑顔を取り戻したシシュは日に日に輝きを増しており、ラスカは中々目を離せない。
それが惚れたせいなのか否かは……まあ両方であろうなと。
「避けることもできたでしょうに」
平手打ちのことか。
確かにラスカには避けることができた。それはもう簡単に。
「できないこともなかった」
まあつまり、見惚れたのだ。
照れて赤く染まった肌と、やや潤む瞳を携えた少女に。
トールから注がれたのは驚愕とやや少しの呆れだろうか。
「ラスカ様……」
「なんだよ。おまえだって惚れた相手にはそうなる。いつもエンフィにたじたじのくせに」
「ぼ、僕はべつにエンフィさんのことは!」
「よく言うよ。俺がエンフィと狩りに出ると若干機嫌が悪くなるくせに。バレてないと思ったか?」
「ラスカ様!」
エンフィはわかっていて放置しているようだから、トールから何かアクションを起こさない限り進展することはないだろう。それか、エンフィが痺れを切らして動き出すか。
どっちにしても面白い光景になりそうだから、できればラスカが近くにいるときに進展してもらいたいものだ。
なによりエンフィのすまし顔がどう崩れるのかが非常に気になる。エンフィを怒らせたとき用のために弱みを一つくらい握っておきたい。
「悪い顔をしていますよ」
「……ああ。水遊びは終わったのか?」
「私は少し休憩です。そっちは……ちゃんと終わったみたいですね」
賊を撃退し手に入れた戦利品の仕分けはとっくに終わらせている。
シシュはすべてラスカに任せきりにしたことに少し罪悪感を覚えているようだが、これは贖罪も兼ねているので何も気にしなくていい。むしろ頭を冷やすのにちょうどよかった。
「何の話をしていたんですか?」
「トールの恋愛についてだな」
「ちょっと!?」
「え、気になります」
ラスカの隣にちょこんと座って、シシュはキラキラとした視線をトールに向ける。トールは咄嗟にラスカを見るが、知らないフリだ。
「いま現在好きな人がいるってことですか?」
「うぅ……」
「もちろん集落内ですよね? それともまさか外部の……」
シシュは意外にもこういった話が好きなようで、矢継ぎ早にトールへ質問を投げかけている。
この少女が楽しそうにしているのはラスカの目の保養になるので、トールにはこのまま頑張っていてもらいたい。
シシュの隣で考えるのは、彼女に施された封印を解いたときのことだ。
封印の魔法を施した魔術師ナタリアの思惑がどうであったのか、その真実を明らかにすることはできないが、こうじゃないかと思うことはある。
湖に潜って杭を抜いたとき、ラスカは杭が擦れて本当にわずかだが血を流した。
いま思うと、それが封印を解いたきっかけだったのではないか。
当時のナタリアには、不意打ちでシシュを殺すことなど容易だったはず。
そして獣人たちに対しても、近距離での戦闘なら殺害は不可能だったに違いないが魔法は遠方からでも撃てるのだ。全員が戦闘に特化しているわけでもない。
彼女がやろうと思えば、簡単に制圧できていたのではないかと疑いが生まれる。
すべてはシシュのために、争いから遠ざけるために封印して、その封印を解く鍵は獣人で、その獣人全員をすぐ殺すことなく。
ナタリアもまた、獣人と人間との間で苦悩していたのだとしたら……。
「……なんてな」
妄想に過ぎない。ナタリアの心の内など、五百年前に失われているのだ。
ラスカの呟きを拾って、トールに向いていた顔がこちらを振り向く。
「どうしました?」
その頬に手を添え、安心しきっている様子に少し悪戯心が芽生える。
「やっぱり口づけたいんだが」
とってもすごい魔術師殿の、渾身の平手打ち二発目を受けるまであと一秒もなかった。
これにて完結です!
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