7-3
「まずは、呪いのことを集落の皆にどう説明するのか、ですね」
エンフィがラスカに次いで言葉を続ける。
「偽りを混ぜて伝えるというのには私も賛成です。人間に対して憎しみが向かえば、また新たな争いを生むだけでしょうから」
「でも、シシュ様……災厄の魔女が呪っていたというままにするのは、僕は反対です」
「それは私もです。ですから、こういうのはどうでしょう?」
五百年前、獣人や人間を脅かすとても凶悪な魔物がいた。
その魔物を退治するためたくさんの人々が挑んだが、そのすべてが犠牲となっていった。
そこで、人間の王は特別な力を持つ聖なる乙女に魔物退治を命じる。
乙女は獣人と協力し合い、魔物と戦った。その戦いは熾烈を極め、皆が疲弊していく。
乙女は魔物の封印を試みるが、魔物の力は凄まじく、乙女の力を吹き飛ばしてしまった。
魔物の牙が乙女と獣人を手に掛けようとしたとき、獣人に育てられた娘が立ち上がった。
娘は乙女と同じ特別な力を宿しており、その力で魔物を抑えこむと、乙女にこのまま封印するよう促す。
「——それこそが、後世に伝わる災厄の魔女。獣人と人間にとって災厄であった魔物を、その身を犠牲に封印した少女のことをそう呼んでいたのだと」
「なるほど。時代の移り変わりで伝承が捻じれ、魔物の存在と少女を混同してしまっていた、と」
「はい。そして呪いは、その魔物が封じられる間際に残していったもの。聖なる乙女と獣人は、魔物との戦いで致命傷を負っていたので呪いに対抗することはできず、人間側に真実が伝わることもなかった」
「封印から目覚めた少女は自分が呪いを掛けたのだと獣人から憎まれているにも関わらず、救いの手を差し伸べた。これでどうでしょうか、シシュ様」
「……ものすごく恥ずかしいです。ちょっと美化され過ぎじゃないですか」
「足りないくらいです」
エンフィの笑顔が強い。
まるで聖人かのように扱われてしまうと肌が痒くて仕方ないのだが、かといって代案があるのかと言われたら無理なので否と言えない。
ひとまず、エンフィが作った話を集落の皆に伝えるということで意見は一致した。
「……ていうか、私、当たり前のようにここに住むことで話が進んでいますよね?」
三人の視線が私に集まる。
「そのつもりしかなかったんだが……」
ラスカの言葉に、トールとエンフィが大きく頷く。
「他にどこか行く当てがあるのか?」
「失礼な言い方ですよ、ラスカ様。あの、シシュ様にどこか行きたい場所があるのならお止めできないのですが……」
「人間の街に行きたいということでしたら私が護衛に。しかしここを帰る場所と思っていただけたら嬉しいです」
勢いが凄い。私はそわそわと落ち着かなくなって、髪の先を指で遊ぶ。
「べ、べつに……。いまいきなりどこかに行こうなんて思ってないです」
「まあ、五百年も封じられていたんだ。色んな景色を見たいって気持ちあるだろ。そのうち俺が連れて行ってやる」
「ラスカがですか?」
「ああ。……なんだその嫌そうな顔」
「そんな顔はしてません!」
「そうか?」
この先、私はまた獣人たちと生きていく。
お父さんたちと暮らしていたときのことを思い出してまだ胸が痛むけれど、私はやっぱり……。
「部屋は変えてください。もう監視の必要はないはずです」
「そうですね、同室はどうかと思いますよ。ラスカ様」
「エンフィを味方につけたか……。トール、言動には気をつけないとな」
「僕ですか!? 主にラスカ様ですよ!」
ちょっと吹き出してしまいそうになった。ここには私を育て慈しんでくれた人たちはいないけれど、私を理解しようとしてくれる人たちがいる。私に対して感謝と謝罪の言葉を告げてくれる、心優しい人たちがいる。
私はここで生きていきたい。彼らと色んなことを共有して、笑って、涙して、怒って、生きていきたい。
▼ ▼ ▼
先を歩くリーリーが飛び跳ねて、尻尾をふりふりと振りながら私を振り返る。
ご機嫌に頬を桃色に染めて可愛らしい声で私の名を呼んだ。
「シシュ様! 早く早く!」
「前を向いて歩いてください、リーリー。転んでしまいますよ」
「はーい!」
呪いを解決してから日が経って、私はリーリーと一緒に畑へと来ていた。
リーリーはすっかりよくなって、走り回っても問題ないほど回復している。
「わあー! 芽が出てるね!」
私がラスカから貰った畑には、しっかりと緑の小さな芽が土から顔を出していた。
育ちきるにはまだもう少しかかるが、このままお世話を続けていれば問題なく育つことだろう。
「雑草を抜きましょうか。薬草と間違えないようにしましょうね」
「うんっ。シシュ様、これは?」
「それは抜いて大丈夫ですよ。同じ物を探して抜いてください」
リーリーは雑草抜きも楽しくて仕方ないようで、私も負けないように雑草を抜いていく。
教えた通りにリーリーは間違えることなく雑草を抜いて、畑の横にそれを積む。
「はあ……。疲れましたね、そろそろ休憩にしましょうか」
近くの小川で手を洗って、私とリーリーはトールから渡されていたバスケットを開ける。
中には野菜と干し肉をパンで挟んだ物が入っていて、しかし二人で食べるには数が多い。
「お。出遅れたか」
「ラスカ様!」
行商人と交渉をしていたはずのラスカがやって来た。ちなみに前回の行商人とは別の者である。
「一個貰うぞ」
「……あなたの分でしたか」
「ああ。本当はもう少し早く終わって手伝いに来るつもりだったんだが……」
「いや、集落の長としての仕事をやってくださいよ」
「やってるやってる。必要な物資は確保したし、魔物の素材もかなり売れたからな。豪華な飯が食えるぞ」
私はラスカやエンフィと共に魔物狩りをして、資金源となる魔物の素材集めを主な仕事としていた。
自由に魔法を使えるって素晴らしい。長いこと封じられていたものだから、あれもこれもと魔法を試したくなって、気づけば魔物の死体の山ができあがっていた。
ラスカが文句を垂れ流しながらそれを解体していたのはつい先日のことだ。
「私の取り分はいくらでしょうか」
「エンフィに預けてある。何か欲しい物でもあるのか?」
「人間の街へ行った時に色々と買い物を楽しみたいのです。リーリーへのお土産も考えたいですし」
集落に住む他の獣人たちは、ラスカの言葉を聞いてすぐにすべてを飲み込めたわけではないようだったが、私がリーリーに掛けられた呪いを解いたのだとリーリー自身の言葉もあって、災厄の魔女という存在は脅威ではなくなったようだった。
トールのように号泣する者が現れたときはどうしようと焦ってしまったが、彼らから「救ってくれてありがとう」と伝えられると、私まで泣きそうになってしまった。
「皆にも何か買いたいです」
「大荷物になりそうだな……」
「そうですよ。荷物持ち、しっかり頼みましたからね」
「はいはい」
「はいは一回で十分です」
「……エンフィに似てきたな」
人間との関わりが今後どうなるのかはわからない。それを決めるのは私ではなく獣人たちで、ラスカだ。
しかしどう転んだとしても、私が彼らの盾となり矛となるのは変わらない。
私は獣人が好きだ。
お父さんに返せなかった恩を、ここで返していきたい。そして、いつかまた会えたときに伝えたいのだ。
あなたの娘として生きることができて、心底幸せであったのだと。
「ご飯を食べたら、今度は肥料を撒きますからね。肥料袋は重いので、ラスカ頼みましたよ」
「全部俺にやらせるつもりか? まったく、獣人使いが荒いお姫様だな」
私の魔法が火を噴いた。




